018 襲撃者と、狂戦士と屍術士
自宅に戻った兄妹は簡単に食事を済ませた。
居間で武器の手入れを行い、あとは任務を全うした心地よい疲れから、ぐっすりと眠るはずだった。
がさ……がさ……。
だが、そのささやかな願いは叶わないことに気が付いた。フライアの悪い予感は、やはり的中していたようだ。
「…………」
「…………」
ライアスとフライアはジッと息をひそめていた。
カサカサと草が揺れる音が僅かに聞こえ、さらに物音は裏の作業場からも。数人はいる。
兄妹は思った通り、というふうに頷き合った。
「……やっぱり、なんかいるよな?」
「……うん」
ライアスは憑依するよう妹に合図すると剣を手に取る。フライアも表情をこわばらせたまま杖を持ち、兄に憑依した。
兄妹がゆっくりと家を出る。すると、暗い視界の先に大男が立っていた。そして、その男を中央に左右から六人もの野盗が視界に現れた。
(あ、ああぁ……)
怯えて表情を歪めるフライアの視線の先、リーダー格と思わしき大男が口を開く。
「おう、自分から出てきたか。覚悟はできてんだよなぁ?」
「……何の用だ?」
しれっと応じるライアスを睨み付け、男は額にビキビキと青筋を浮かべた。
「すっとぼけんじゃねえぞ! 俺たちの討伐に参加しておいてシラ切れるとでも思ってんのか⁉」
「知らんな。野盗はやっつけたぜ? お前ら、ほんとに野盗なら巣窟が壊滅してるのに何のこのこやって来てるんだ?」
「……ッ‼ てめえっ‼」
リーダー格の男が物凄い剣幕でがなり立てる。《独りの兄妹》の影響でライアスは無表情を貫くがこの人数差だ。心はフライアが浮かべている表情そのものだ。
ずかずかと歩み寄ってくる男に向き合い、ライアスは剣を構えた。すると後ろ、家のドアが蹴り飛ばされ、手下の野盗が慌てた様子で飛び出してきた。
「ボス! そいつがいつも連れてる女の子がいないっす!」
フライアがぶるるっと身体を震わせる。
(……私のこと?)
この言葉にライアスも固まった。どうやら兄だけではなく、妹まで知られていたらしい。
なぜだ? 敵前で憑依なんて見せてこなかったのに……? 兄妹で目と耳を疑った。
「けっ! せめてそいつを差し出せば命だけは助けてやろうと思ったが……どうやら死にてえみたいだな!」
必死で動揺を押し隠すようにライアスはやれやれと肩をすくめた。
「そもそも報復か嫌がらせかで端っから殺しに来たんだろ?」
「うるせぇ!」
男は怒鳴り声を上げ、手にしている戦斧を振り上げ襲い掛かってきた。
「ぐうっ!!」
男の斧をライアスが剣で弾き、重い金属音が辺りに響き渡る。激昂した男は刃の厚い斧を次々と打ち下ろしていく。
「っ! がっ……!」
だが、武器の重さも使用者の力も違う。連続する重い衝撃についに耐え切れず、ライアスの手から剣が弾き飛ばされてしまった。
それを見て手下の野盗が「ひっひ」といやらしい笑い声を上げる。
「ボスに逆らおうなんて十年はや……?」
しかしその表情は一転、驚愕の色に変わった。
「ボスっ⁉」
「うっ! ぐああっ……!」
その視線の先、地べたにボタボタと垂れる血の出所。リーダー格の男の腹に刃が突き入れられていた。
呻き声を漏らす男の腹に腕を押し当てるライアス、その腕に装着された腕輪から飛び出した隠し刃が男の腹に深く食い込んでいる。その腕がおもむろに動かされ、男の腹肉が横に裂かれ、そこへ裏拳をかます。
リーダー格の男の巨体がガタッと地面へ崩れ落ちた。
(あぶねえ……。さっきまで、作っといて、よかった……!)
「ボス! ……ボス⁉ てめぇ‼」
ダガーナイフを構えた手下の野盗が強襲する。しかし眼前に現れた氷壁に激突、派手に転倒した。
その隙にライアスは剣を拾い上げ、倒れ込んだ野盗の胸に勢いよく剣を突き立てる。その躊躇のない動きにざわつく声が聞こえた。
なんとか囲まれた状態からは脱した。想定外の反撃に野盗たちは誰もが狼狽えたが、まだ数が多すぎる。
「貴様ぁ……。ガキと見たのが間違いだったぜ……」
やがて全員が武器を構えた。幾多の突き刺さる視線にライアスの足が震えた。
「さあ、とっとと殺るぞ。こんな殺人鬼、なぶり殺したって罰は当たらねえよ」
「ああ、これがシェラタンの自警団の姿さ」
「串刺しをいとわないってよ。正義のカケラもねえ、結局現実を見ない偽善共だ……」
「おう、なんとか言ってみろよ。平気で人をぶち殺すガキがよぉ……!」
身構えながら、緊張で息が上がる。もうすっかり自分たちが犯罪者に仕立てられている。
そんなつもりはない。絶対にない。
なんとか、生き残ろうと必死になっているだけなのに――。
けれど……。
野盗といえども人間だ。死を意識して怯える者もいれば、仲間を傷付けられ激昂する者もいる。悪人ばかりでもないのだろう。もともと穏やかに暮らしていた人間が野盗に身を落とすなんて、この都ではよくある話だ。
もう、腹をくくるしかない。
(や、やるぞ……。頼むぞ……!)
(う、ううぅ……!)
これ以上考える余裕はない。残る野盗六人がゆっくりとばらけてライアスを取り囲む。
殺らなければ殺られてしまう。それは人々が争い奪い合うこの世界で、兄妹が学んだシンプルなルールだ。
ただ、今回はこれまでにない数の相手をするだけだ……!
(……覚悟したんだ。前に進まなきゃいけないって……)
――。
――。
――――。
「こ、こいつ……。化け物か……⁉」
戦い続けて数十分。もう何回剣を振るったかわからない。
斬っては斬られ、ライアスの腕や頬から血が滲みだしている。頭は熱が上がったようにぼうっとしている。注意が散漫になり、妹に何度助けられているかもわからない。
「ぐわあっ、や、やめろおおぉっ!」
「こぉの、この野郎がぁっ‼」
「ひ、怯むなっ! かかれ!」
刃が向けられているのにライアスはもう動じない。
相打ちとなり、自分に傷が及ぶとわかっていても、それでも、襲いかかってくる相手をひたすら斬り続ける。
一方のフライアは――。惨状を前にもがき苦しんでいた。
疲弊しながら傷付くライアスを治癒し、氷で守りながら、声にもならない悲鳴と無慈悲な金属音を聞き続けた。
(いやだ……。やだよ……)
兄を嘲笑う声、死の寸前の断末魔。人体を串刺しにする鈍い音……。その全てがフライアの頭に鮮明に刻まれていく。
(なんで……。なんでこんなこと……)
もう怖い。戦いたくない。そう思いながら、何より恐れる兄の死を避けるために狂うようにエレメントを行使する。
杖を握りしめ、魔法を放ちながら、大粒の涙がフライアの頬を伝った。
(やめて……聞きたくないよ……!)
兄の身体の中からそう願った。けれど、とうとうライアスは自ら止まることはなかった。
「だ、だめだ……。今日は引き上げだ……!」
残る野盗は二人。ライアスと比べればまだ軽症だが、いくら戦っても倒れないライアスに恐れをなして逃亡をはじめた。
「ま……て……!」
ライアスが唸り声を上げたが、すでに追いかけるだけの力は残っていなかった。
「う、ううぅ……」
だが、彼以外からふと呻き声が聞こえた。
視線を送るとリーダー格の大男が血だらけの腹に手をやり震えていた。
まだ生きていたか、とライアスは剣を構えなおし、ふらふらと覚束ない足取りで男の傍へと歩み寄る。
「ふうぅ……はぁ……ぐ、ぐうぅ……」
ライアスはもはや剣を持ち上げることすら精一杯だ。
両手で握った剣の切っ先をその身体に向けると、男は微かな気息を漏らし、虚ろな目でライアスを見上げると、命乞いをはじめた。
「や、やめろ……やめてくれぇ……」
(もう、やめて。やめて……)
目の前から聞こえる声、そして頭の中から聞こえてくる妹の声。ライアスはもうそれらの声が聞こえていないかのように、握った剣を突き下ろすべく高々と持ち上げた。
「おめえが……ここに来なけりゃ……!」
呻くようなライアスの怒声に重なるようにフライアが怯えた声を上げる。
(怖い……怖いよ……)
それは兄に怯える妹の声であり、同時に《独りの兄妹》の片割れであるライアス自身の声でもあった。
「ぬううぅあああああっ‼」
しかしライアスは剣を突き下ろした。
剣先が男の胸に食い込み、断末魔のうめきが漏れる。男が命を絶つその時までライアスは剣を抜かず、フライアは怯えた顔でガチガチと身体を震わせていた。




