017 野盗掃討へ ~ 不穏な断末魔
野盗掃討作戦の準備は入念に行われた。
部隊毎のミッションは作戦会議にて各員に伝えられ、また部隊内で幾度となく打ち合わせがあり、各個人の役割まで事細かに確認が行われる。遊撃隊に所属する兄妹も戦闘準備を行い、フライアを憑依させたライアスも任地となる山間の木々と谷に囲まれた野盗の巣窟に向かった。
現地は一見、人が住むような場所には見えない自然の渓谷だ。だが、情報によればここに何十人という規模で野盗が潜んでいるという。兄妹は小隊長から説明を受ける。
「いいか。我々の目的は本隊があぶり出した際に散った敵を討伐することだ。この奥に巣窟と繋がる穴がある。状況によって野盗はそこから攻めてくることもあれば逃げる場合もあるだろう。作戦は常に切り替わることを意識しておけ。基本は潜伏しての迎撃だが、野盗が撤退した時は突撃の準備をしておくのだ!」
そう言われて配置に就く。兄妹だけでなく、見知らぬ冒険者も草木に隠れて迎撃の構えを取っていた。
まだかまだか、と小隊長を見ると音を立てずにしきりに合図を送っている。
そして、それが落ち着いた直後、作戦がはじまった。
「本隊が今突撃した! 戦闘開始だ!」
アジト周囲の野盗は巣窟の中心部に踏み入った勇者の軍勢に既に気付いており、敵戦力の分断をミッションとする遊撃隊は背後を取ろうとする野盗を迎え撃つ。
兄妹は自ら前線に出ることこそなかったが、情報の通り抜け道から飛び出してくる野盗の数が多い。
「よし、討って出るぞ。続けっ!」
小隊長の号令に兄妹ら遊撃隊の潜伏に気付かなかった野盗の討ち取りに入る。
「正面から構えっ! 一人も逃がすなっ!」
「包囲網はできている! 谷へと追い込むのだ!」
部隊を鼓舞する声が戦場に響く。
飛び出してきた野盗がやってきたら応戦し、それに気づいて逃げ出す野盗は別の部隊が取り逃さない。野盗の逃げ道はきっちりと塞げている。
兄妹もその渦の中で奮い立つ。集団行動は相変わらず慣れないが、勇ましい号令が不安や恐怖を取り除いてくれているのは確かだ。遊撃隊と言いつつも、対峙する野盗は少なくない。それを正面、そして側面から挟み撃ちして形勢を崩す。
戦いの最初に告げられた通り、討伐ミッションは絵に描かれたように事が進んでいる。
だがその最中、兄妹には何度か疑念が生じた。
下っ端であろう年若い野盗たちは憎悪のこもった目を遊撃隊員に向け、こう言った。
「おのれぇ! 自警団に入ったからって図に乗りやがってぇ!」
「これで……終わったと思うなよ……!」
「くそっ、覚えてろよ! 次会った時覚悟しとけ!」
そんなことには気にかけない。さあ、次だと再び迎撃態勢に入る。
だが、一方でまた、こんな嘲笑も聞こえてきた。
「クク、無駄なあがきだ……まさか、勇者まで乗ってくるとはな……」
「なぜ毎日のように争いながら、俺たちがお前らを襲えたと思うんだ?」
「俺たちがシェラタン出身とでも思ったか? 何も知らねえガキがぁ!」
言われたときには勝負がついている。地に伏しているのに、なぜそんなことを言ってくるのか?
それらの言葉を芯に受け止める隊員はいない。だが、耳にするたび兄妹は不安を覚えた。倒しても倒してもなぜか不安をあおる言葉が返ってくる。
「夜に……楽しい夢でも見るこっ……た……がはぁ!」
「どういうことだ? 最初は単なる虚勢だと思ったが……俺たちは誰と戦ってるんだ?」
(この人たち、もっといるの?)
「野盗と一言で言っても、連中は別の都にもいるってことか?」
(嘘でしょ……?)
「でも、掃討することを前提に王都は応援をよこしたんだろ? 全員倒してもらわねえとな!」
疑念を抱きつつも、兄妹は目の前の敵を薙ぎ払い続けた。
敵の戦力を分断しては混乱を誘い、散らばる野盗をおびき寄せては討っていく。次第に戦いは沈静化していき、遊撃隊だけではなく本隊の兵士を見かけるようになる。巣窟の中心部に向かった勇者の軍勢が敵を制圧し、残党の処理に加わったためだ。
「中は制圧! 巣窟を仕切っていた親玉を確保した! 各隊員小隊の指示に従い、残りを捕らえるのだ!」
遊撃隊は潜伏に変わって数人のグループになって周囲の探索に入った。
数時間後、日が間もなく暮れるという頃。
完勝を喜び合いつつ堂々と凱旋。その後、大きな被害もなく本部内が歓喜に沸く中、ウォルフが兄妹の前に姿を現した。
「よう、無事だったか。巣窟の中は随分と騒いだぜ。盗賊らしく罠も待ち伏せも巧妙でよ」
そう話すウォルフの姿は泥や血に塗れて散々に汚れている。
「単に暴れたい連中を統率するのは大変だったぜ。お前らは、そのなりを見るとうまくやってたみたいだな」
「ああ、推薦してくれてありがとな」
ライアスの鎧も規模のわりには傷がつかなかった。巣窟より敵が少なかったこともあるだろうし、作戦がうまくいっていたところもあったのだろう。
「まぁ、いいさ。ところで、なんか気がかりなところはあったか? 内部まで侵入できたかわからないが、野盗どもは静かに沈んでくれたかい?」
そう問われてライアスはううん、と唸った。気にかかる野盗の言葉があったが、その細かな内容を思い出せずにいる。
フライアの方はすべて覚えているのだが、本部が戦勝の祝賀ムードに包まれる中、不吉なことを口にするのを躊躇した。
そんな兄妹の様子を見て取ってか、ウォルフは「ま、いいか」と呟いた。
「記憶に残らないほどの野郎たちだったんだろう。で、お前らはここに残るのか? 俺は別にあいつらと飲むつもりもないから裏でひっそりひっかけるつもりだが、お前はどうする?」
「どうするかな」
ライアスが考えるように顔を上に向けると、途端にフライアがあわあわとしだした。
「あ、あ。荷物」
やや間があってライアスもポンと手を叩く。
「あー、そうだ! 今日は流石にかさばるものは置いてこようと、ベベルさんに預けたんだったな。悪い、取りに行かねえと」
「そうか、互いにこれにて落着となりゃいいな。じゃあな」
そう言ってウォルフはあっさりと去っていった。
わいわいと騒がしい広間を出てウォルフが裏口へと消えていった。その背中を見届け、兄妹もお祭り騒ぎの本部を後にした。
人々の熱気を逃れて冷たい空気に触れる。ライアスは軽く深呼吸すると、ふと隣を歩くフライアに声をかけた。
「なんかさっき、言いかけたか?」
ウォルフとの会話の中で何かを言い渋っていたことを思い出す。自分も何かを思い出そうとして思い出せなかった。
するとフライアはやや不安そうにライアスを見上げた。
「お兄ちゃん、覚えて、なかった?」
「いや、思い出そうとして……ウォルフに先越された」
「野盗、まだいるって」
それでようやく思い出し、ああ、と声を上げる。
「シェラタンだけじゃない、とか言ってたっけ?」
「そう」
「……中に入ってないからなあ。野盗が全体でどれだけいたのか、あいつらの巣窟がどんなもんか、どのくらいの規模かもわからないんだよな」
「うん……」
ライアスは腕組みをすると低く唸った。
「ウォルフが言ってたとおり巣窟の中はそんな容易いもんじゃなかったんだろうし、それ相応に本隊が野盗を片付けたんだろうけど」
「だよ、ね」
兄妹は街の中心部へと向かう街路を歩く。疑問はあったが、参加した討伐部隊の数はこれまでにない規模だったし、内部に突入したウォルフが満足げに任務を終えてきたのだ。疑える余地はほとんどないはずだ。
だが――。
ライアスはふと、妹がそわそわと辺りを気にしていることに気付いた。
「どうした?」
フライアはふるふると首を横に振る。
「ううん、なんでもない」
その心中を察するようにライアスが口を開く。
「……まぁ、単なる恨み言っていうには出来過ぎだったよな」
野盗の掃討作戦は成功した。作戦に従事したメンバーのお祭り騒ぎを考えてもそれは間違いないはずだ。しかし兄妹は心の底に芽生えた一抹の不安を消せずにいる。
喫茶店に入るとベベルが喜んで迎えてくれた。預けていた荷物をベベルから受け取り、家路についてもフライアは落ち着かない様子で辺りを見回していた。普段は昼に賑わう店だが、今日は夜になった今でもごった返している。兄妹はベベルと挨拶を交わして店を出た。
「……やっぱり、気になるか?」
兄の問いかけに表情を曇らせたまま頷く。
つられるようにライアスも周囲の様子を窺う。野盗を討伐したとあって街はいつになく賑やかだった。
なぜだろう? みんなで歓喜に沸いているのにそれに同調しないでいると別の視点が見えてくる。灯りが少ない建物の陰、隙間の路地裏、そして、家へと続く薄暗い道。そこに今、誰かがいたような、いないような……。
「気のせい、って思ってる、けど」
フライアがポツリと呟いた。
「でも、お前の悪い予感は大体当たるんだよな」
平然と言ってのけるライアスに、フライアがムッとする。不安を振り払おうとして言ったのに。
「誤解すんなって、助かってるんだよ。何も起こらなければそれでいい」
そう言ってライアスは憑依するよう身振りで伝える。自分に憑依しておけばとりあえずは妹の身体が傷付くことはない。
「助かっている」というのはご機嫌取りでもなんでもなかった。実際、不安が先行しがちな妹のおかげで危機を脱したことが何度もある。フライア自身もそれを分かっているはずだ。他人からすれば無神経な口ぶりも、《独りの兄妹》である自分たちを思ってこそだ。自分たちで心の嘘はつけないのだ。だったら吐き出したほうが気も楽になる。
フライアは促されるまま兄に憑依した。ライアスは何食わぬ顔で再び家路を辿る。この時間、家までの通り道は各家々でランプを灯してくれているおかげで夜道には困らない。
それでも、フライアは最後まで気を抜かなかった。兄に憑依しながら、常に背後を気にし続けた。単なる杞憂に過ぎないかもしれない。
でも……。
――誰かに見られている。
張り付くようなその感覚はずっと纏わり続け、離れることがなかったのだ。
「まあ、何があってもできるだけのことは準備しておくってこと。これまでやってきたことだ」
(うん……)
兄妹でそう確認し合い、自宅へと南に向かって歩き続けた。




