016 決戦を前に
裏路地に潜んでいた野盗が一斉に捕らえられてから数日。
連日夜通しで行われた詰問により、自警団に潜り込んでいた野盗の実態が分かってきた。
野盗に脅され寝返った自警団がスパイとして内通していたようだ。数人程度ではない。中には冒険者たちで組んだパーティに紛れていた曲者もいた。
襲われた自警団のバッジが野盗に悪用されていたため自警団内部のことは想像以上に筒抜けだったようだ。その因果の糸をすべて解きほぐすまでにはもう少し時間がかかりそうで、調査は翌日以降も続けられた。
その間に、ライアスの傷は癒え、爆発で破損した装備も修理された。その後兄妹は自宅でゆっくり休暇を取り、頃合いを見て自警団本部を訪れた。
「さぁ、野盗の討伐も大詰めだ。お前らの命がけの調査のおかげで野盗どもの内部情報がわかった。不明だった連中のアジトも複数確認できて、これから一斉にそのアジトを掃討する。王都とも連絡が取れて、これから本隊がこの都に送られるそうだ」
復帰した兄妹を前にウォルフは意気揚々と語った。
街の裏路地に発見されたアジトを皮切りに、野盗について多くのことが分かったようだ。
「本隊?」
「ああ、これまでは王都の小隊と俺らのような傭兵で構成された部隊がこのシェラタンの防衛に派遣されていた。ここに来て王都の最上位の地位にいる勇者とそいつが率いる部隊がやってくるんだそうだ」
「勇者?」
たて続けに口に出るライアスの疑問形に、ウォルフは呆れるように小さく息を吐いた。
「……ここに来てもお前の無知っぷりが冴えるな。勇者ってのは今王都なら誰でも知っている、アヴァランって男だ。なんでも、大昔からある王都の神聖な力を持って戦う戦士らしい。もっとも、俺もそれ以上はよく知らないけどな。とにかく、王都を取りまとめる神官達の直下で活躍している奴が野盗討伐のためにやってくるってことだ。お前にも、しっかり協力をしてもらうぞ」
その口ぶりから「勇者」という存在が一般常識らしいことが分かる。しかし兄妹は揃って首を傾げた。
アヴァランとは何者だろう。神聖な力を持つというが、そんなにも神々しい人間なのだろうか。そんな戦士が現実にいることが想像できない。
しばらくクエスチョンマークを浮かべる兄妹に対し、ウォルフは説明を続ける。
「あいにく、お前らはその勇者にはおそらく会えねえ。部隊が違うんだ。勇者は一番激戦区となるアジトの中心部へ突撃する。当然、警戒している野盗どもが周囲から群がりはじめる。お前が属する遊撃隊の役目はそんな連中を引きつけることだ」
「引きつけるってことは、囮役ってことか?」
「違う、そうじゃない。いいか、今回の目的は野盗の芽を完全に摘み取ることだ。王都の軍のトップを出撃させて不発に終わるような真似はできないんだ。それに、いつまでも野盗に振り回されるわけにもいかないからな。敵の大半を引きつけるのはあくまでアジトに飛び込む本隊だ。奴らも真っ向勝負じゃ戦わねえから別口から不意打ちや脱出を図る。だが、その場所も情報で確保済みだ。遊撃隊はそこで野盗を迎え撃つんだ」
そこまでを聞いてライアスはこくりと頷いた。
「連中の裏をかくのが役目ってことか。わかった」
「俺も別部隊だからな。お前を指揮するのは王都の小隊長だ。堅っ苦しいだろうが、軍隊の団体行動だからな。仕方ねえと思ってやってくれ」
「なんだ、ウォルフは別なのか」
ライアスの残念そうなその口ぶりに、ウォルフが眉をひそめる。
「あ? 別だからって何か変わることもねえだろ? それに、お前を遊撃隊へ推薦したのは俺だ。なにしろこの役割は言うこと聞く奴じゃないとかえって邪魔な存在になる。さっきも言ったが、囮になればいいってわけじゃない。要は適材適所。お前は良くも悪くも素直だ。命令に従って待機し、必要な時だけ戦う。分別つけられる奴としてお前を選んだつもりだ」
そこまでを説明して分かったな、と言うように腕を組む。
ライアスは顎に手を触れ、なるほどと頷いた。
「そうだったのか。俺らが知らないところでそんなに話が進んでたんだな」
「まあな。で、今回もそっちの妹は連れてくのか?」
そう言ってウォルフは疑るような目をフライアに向ける。
兄妹はぎくり、とした。
「あ、ああ。そうするつもりだが」
そう応じる兄の背後にフライアがサッと隠れる。
ずっと一緒にいるので変に思われても仕方がないが、今更自分たちの境遇を説明するわけにもいかない。
ウォルフはそんな兄妹をじろじろ眺めながら言葉を続ける。
「おい、そろそろなんか話してもいいんじゃないか? お前ら、前も一緒に行動してたし、報酬カットされても同行させたがるし。そんなにくっついていることが大事なのか?」
兄妹は一瞬顔を見合わせ、そして黙り込んだ。
事実を話したところで信じてもらえるか分からないし、信じてもらえたところで何がどう転ぶか分からない。ここまで構築した関係性を壊したくないという気持ちもある。一方で、ウォルフになら話してもいいかもしれない、という気持ちもあった。
「……ああ、もういい、もういい。別に今の状況で話すことでもねえ」
困ったように黙る兄妹を見て、ウォルフは手をブンブンと横に振った。
「ああ、すまねえ」
ライアスが何ともいえない気持ちで謝る。
するとウォルフは無駄なことを聞いたとばかりに立ち上がり、次の作業に移りはじめた。
「うーん。なあ、ウォルフ」
「ん?」
少しの間が空いた後、ライアスが口を開いた。
「その……自分以外に、この世界にもう一人自分がいるって話があったら、信じられるか?」
ウォルフが立ち止まり、怪訝そうに目を眇める。
「……はぁ?」
「この世界に自分が二人いるなんてことがあると思うか?」
その真剣な声音に、ウォルフは唖然とした声で返した。
「……な、なに言ってんだ、お前? ここに来て頭おかしくなったか?」
「……そんなつもりはなかったが」
ライアスは失敗したか、と心の内で呟いた。フライアと顔を見合わせる。誤解を招くような言い方をしてしまったかもしれない。
とはいえ、《独りの兄妹》であることを人にどう伝えるのが正解かなんて分かるはずもない。
やがてウォルフはポリポリと頭をかいた。
「まぁ、今までも不思議な奴らだと見てきたから付き合って答えるけどな。自分が二人っていうのはおかしな話だろ。コピーでもいるってか? まぁ、この世界にはヴォイドとかっていう裏の世界があるって噂も聞くし実際のことはわからねえが。でも……結局コピーっつったって元はひとつだろ? 俺も頭がいいわけじゃねえが、《自分》とか《俺》っていうのは一人称だ。それが二人になりゃ自分とは言わない。だから……? いや、俺は何言ってんだ?」
そう言って腕組みをすると、考え込むように顔を伏せる。
「いや……。無理に答えなくていい」
そう応えながら、ライアスは心を震わせていた。もちろんフライアも同様だ。
ウォルフの話したことは一部的を得ていた。何より、理解しようとしてくれたことが嬉しい。
「あぁ~たく! 変なことに頭使わせるな! いきなりそんな例えを出して、お前ら本気で自分たちがそんな関係だって思ってるんじゃねえんだろ! 俺は先に行くぞ」
捨て台詞のように言うと、ウォルフはさっさと行ってしまった。野盗討伐の会議があるのだろう。
その背中を眺めながら、フライアが苦笑いを浮かべる。ライアスはぽつりと心で呟いた。
(その通りなんだよ、ウォルフ。ありがとうな)
(また、ごまかしちゃったね)
親しくなれた相手に、またしても自分たちの秘密を伝えられなかった。ベベルもウォルフも自分たちに理解を示そうとしてくれるからこそ、伝えられずにいることが歯痒い。
いつかは知ってもらえるだろうか。分かってもらえるだろうか。
兄妹は出撃の準備をしながら、いつか来るかもしれないその日を思い浮かべた。




