015 恐れる敵は“中”にいた
ライアスは指示されたとおりに奥のスペースに身を潜めた。
密集した建物にぽっかりと穴が空いたような場所で、入ってきた通路以外に抜けられそうな隙間はない。
「……確かこのへんって昔の通りだったんだっけ。今は新しく大通りができてそっちが整備されたけど。だからこのあたりは古民家が多いわけか」
シェラタンもゆっくりとではあるが道も建物も他の都に倣って整備を進めていると聞く。この辺りはそんな発展に埋もれた旧市街といったところだ。
(……ねえ、大丈夫かな?)
ふと、フライアが不安そうな声を上げた。その様子を見てライアスもやや心配になってくる。
「……やっぱり、危ねえかな。嫌な予感ばかりするんだよな。冷静に考えて、俺たちがここに残る必要もないんじゃないかって思えてくるし」
野盗を挟み撃ちするだけなら他にいくらでも良い方法がありそうだ。
(見に行ったら?)
「そうだな。何もここで待ち続ける必要……っ!」
言いながら何気なく視線をさまよわせると、見知らぬ男と目が合った。物陰からこちらの様子を窺っている。
ハッとして元来た通路に目をやると、短剣を手にした男がにじり寄って来ていた。野盗がよく身に纏う外衣を羽織っている。
(謀られた……っ!)
気付くのが遅れたことをライアスは嘆いた。
「さぁ、おとなしく武器を捨ててもらおうか」
野盗はニヤケ面で言った。
最初から、人通りのないこの路地裏に自分たちを嵌めようとした魂胆だったのだ。
改めて辺りを確認するも逃げ道はない。兄妹は覚悟を決めた。こうなってしまえば後はもうやるしかない。
ライアスが抜刀するや否や、野盗の顔面に氷弾が放たれる。不意打ちに戸惑う男に、続けざまに剣を振り下ろした。
「なめんな。初見殺しだけだったら誰にも負けねえ!」
(でも、次! 次が来ちゃう!)
顔を上げるとさらなる敵が迫っていた。
ただその経路は細い道が一本のみ、囲まれることはないため相対する敵はほぼ一人、フライアが憑依しているため実質二対一だ。敵を止め、払い、一人、二人と野盗を切り捨てていく。野盗はどこからともなく現れる氷魔法に対応できていなかった。
どうにか目の前の敵をやり過ごすも、裏路地からさらなる怒声が聞こえた。このスペースに留まっていては袋の鼠だ。
意を決して、ライアスは出口へ続く通路へと飛び出した。
「いたぞ! あっちだ、逃がすな!」
背後から野盗が迫り来る。想像以上に数が多い。このままでは袋叩きにあってしまう。
どうにか切り抜けつつ表通りを目指して通路を走る。
しかし、あともう少しというところで背後だけではなく前方にも敵が現れた。
「くそっ! なんでこんなに手を回されてるんだ!」
挟み撃ちにされてしまった。通路は細い一本道、もはや退路はない。
「それは、俺が裏で糸を引いているからさ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには先程の自警団の男がいた。野盗たちと一緒にゆったりと歩いてくる。
「おまえ……!」
「へへっ、自警団ってのも脇が甘いよなぁ? バッジを見せただけで仲間だと信じ込むとは。今や自警団に野盗が何人混じっているか知る由もあるまい」
何人も混じっている……? 身に覚えのない話だった。
フライアが悔しそうに唇を噛んだ。ライアスはグルリと野盗たちを見回す。
すると男たちは一様に蔑むような笑い声を上げ、各々が手にする武器を構えた。
「さぁ、ここはお前のようなガキがうろつく場所じゃねえ。事実を知ったことを後悔しながら死ぬことだ!」
「……ふん!」
ライアスは偽団員に背を向けると、怯むことなく前方の敵に打ち掛かった。
「バカめ! これはお前への挟み撃ち作戦なのだ!」
男は叫び声を上げながらライアスの背中に襲い掛かる。
しかし次の瞬間、宙から巨大な氷柱が落下して男の目の前に突き立った。
「なっ……氷柱⁉ どこから……!」
偽団員の視線の先、ライアスの背中の上には詠唱するフライアの姿がある。しかし当然、憑依中のその姿が男の視界に映ることはない。
その刹那、次々と氷柱が落下して狭い通路を塞いだ。男は困惑した顔のまま叫び声を上げる。
(早くっ! あまり長く持たないっ!)
(上出来だ……! 俺もこの集団戦にとっておきの技をぶちかまさねえとな!)
思い切りよく剣を打ち込むと、ライアスは怯んだ相手から距離を取った。
剣を構えなおした途端に弾けるような音が鳴り響き、刀身を稲光が纏う。
「そうらっ! 電撃撃ち!」
即興で名付けた技名を叫び、剣を薙ぎ付ける。それを打ち払おうとした野盗の身体に雷光が迸り、伝導するように背後の男たちへと伸びていった。「ひぇあッ」と間の抜けた悲鳴が男たちから上がる。
目の前にいた野盗は感電によって気を失い、その背後の男たちもひるんで足が止まった。すかさず切り込み、すれ違いざまに剣を叩き込んでいく。そのまま表通りに向かって走った。
「待て! 逃がすな! くっそお‼」
ライアスの背後で偽団員が怒声を上げる。フライアが作り出した氷柱は瓦解しはじめていた。
男は青筋を立てながら腕を振りかぶり、何かを氷柱越しに投げ込んできた。
(……ッ! 危ないっ‼)
「なんだ⁉」
フライアの悲鳴にライアスが振り返った途端、轟音と共に激しい爆発が起こった。熱気を含んだ爆風に吹き飛ばされ、壁に激突する。
倒れ込んだライアスは意識を朦朧とさせながら、どうにか立ち上がろうと地面を這いずった。
「が……いてて……あ、あ」
背後にいる野盗たちが障害物の氷柱を砕き、今にも迫ってきそうだ。
フライアは詠唱をするが焦りでなかなか集中できない。それでもどうにか詠唱を終えるが氷の結晶が出てこない。前の魔法の反動が響いていた。
(……だめ、お兄ちゃん、立って!)
ついに氷柱が崩れ、偽の自警団員はぎろりとライアスを睨んだ。
「くそっ! ……手間かけさせやがって!」
フライアは魔法を切り替え、光属性による回復を試みるもライアスはまだ起き上がれない。
(来ちゃう……! お願い! 立って! 少しでいいの! 起きてぇ‼)
野盗たちが迫り来る中、フライアが必死に詠唱する。
あたふたとした顔でライアスと野盗を交互に見た後、何か意を決したように手にしていた杖を掲げて兄の後頭部に振り下ろした。
「ぬううぅぅっ‼」
「ぐわぁぁ‼」
ぼかっと露骨な音が鳴ってライアスが悲鳴を上げる。
そして次の瞬間、兄の身体が跳ねるように飛び上がったかと思えば猛烈な勢いで走りはじめた。
「何っ⁉ なぜだ! 爆弾をもろに受けている身でなぜ奴は走り出せる⁉」
後もう少しというところで捕まえそこねたライアスの背中に手を伸ばしたまま、男が驚愕の声を上げる。
しかし走りゆくライアスはその先にあるT字路、そこを曲がれば表通りというところで壁に激しく正面衝突した。
「うぐぅ……が……あ?」
音を立てた衝撃で目を回すその姿にキョトンとしていた偽の自警団員が声を張り上げる。
「かっ……壁に突っ込んだぞ! 狂ってるぞ、あいつ! 逃がすな!」
(あ、あぁ、ああっ……!)
野盗たちがライアスに走り寄る。フライアは倒れている兄の中に縮こまったまま何もできない。
敵はもう目の前。
パニックのあまり詠唱にすら入れない。
(もう、だめ……)
憑依しながら両手で顔を塞いだ。
その刹那、また別の声が裏路地に響き渡った。
「それはこっちの台詞だ!」
偽の自警団員が「なっ⁉」と目を見開く。
その視線の先にはウォルフ、そしてぞろぞろと大勢の王都兵が姿を現す。隊長らしき中年の男が構えた剣を野盗に向けて突き出し、声を張り上げた。
「袋のネズミだ。奴らを全員捕らえるぞ!」
「ッ‼ まずいッ!」
野盗たちがグルリと進路を変え、逃げ惑うように裏路地の中へと引き返していく。
「おらあっ! 逃げるなあっ、外道ども!」
ウォルフら王都兵たちがその後を追い、雄叫びを上げながら路地を走り去っていく。やがてその声が遠のき、通路の見張りが背を向けていた隙にフライアは憑依を解いて姿を現した。
フライアは大の字で倒れていた兄の上体を起こし、その両脇を抱える。せっせと引きずり表通りに出たところで、ふうとひと息つく。改めて回復魔法をかけると、ようやく兄が目を覚ました。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ん~……頭いてえぇ。あ? あ、あれ、野盗の連中はどうした?」
問われたフライアは顔を上げると裏路地の方を見やる。
「う、うん。今ウォルフたち、入ってった」
そう覚束ない様子で言った。
「あ~、そう、とりあえず、大丈夫ってことで、い、いいのな?」
まだ爆弾を受けた時のダメージが残るライアスに、フライアはこくりと頷く。まだ息苦しそう、と呼吸がしやすいようフライアは兄を横に寝かせ、自警団が戻るのを待った。
しばらくすると王都兵たちが縛り付けた野盗たちを引き連れて戻ってきた。手柄をあげて意気揚々と歩く王都兵と対照的に、野盗たちはみな青ざめた顔を地面に向けている。兄妹を騙した偽団員を引っ立てて歩くウォルフが座り込んだ兄妹に気付き、救護をつけるように王都兵へ指示を出した。
そうして王都兵たちと共に自警団本部に移動した後、ライアスは負傷者として治療を受けることになった。
「やれやれ、お疲れさん。お手柄だったぜ。お前の突入のおかげで野盗がこの街に構えていたアジトのひとつを潰すことができた。あそこはまだ王都の連中もろくに認知していなかった場所だ。お前の土地勘が冴えた一件になったな」
衛生兵から手当てを受けるライアスを腕組みして眺めながら、ウォルフは感心するように言った。
「そうなのか。ちょっと後半は……あまり覚えてないんだけどな」
ライアスが不思議そうに首をひねった。どうやって裏路地を出たのか思い出せない。
「小型の爆弾を背中に受けたらしい。首は大丈夫か? 少しの間安静にしたほうがいいだろうよ」
「ああ」
ライアスはウォルフの顔を見上げ、ふと何か伝え忘れていることがあると思った。なんだろう、としばし黙考するも出てこない。
「んー……なんだっけ? 言おうとしてて、思い出せねえな」
「あの、自警団の……野盗は?」
そんなライアスをフォローするようにフライアが呟いた。
「あ、それ、それ。いたんだ。俺らを騙して嵌めようとした自警団員が……」
「ああ、それな。安心しろ、今締め上げて事情を全部吐かせてる。どうやら、この自警団にもネズミが紛れ込んでいるらしいな」
ウォルフはやれやれと肩をすくめた。
「……なんでだ?」
何故そんなことになってしまったのかと疑問になる。住民を守るための自警団に野盗が紛れ込んでいるようでは元も子もない。
「それは……ここの管理の問題だな。人数が足りないと王都から何十人何グループと招集を無造作にかけていたからな。これを機にまた体制を考えねえとな」
シェラタンにはとにかくまず自警団員の頭数を揃える必要があった。そこには実力も実績も、信頼もはっきりしない者たちが含まれていたのだ。
不安が募ったが兄妹二人は無理もないと思った。一応は都の人間とはいえ、素性を考えれば自分たちも似たようなものだ。
「……まあ今はまだ調査中だ。結果が出るのは明日になるだろうから、今はゆっくり休め」
ウォルフはそう言って立ち上がり、ライアスの処置が済んだことを確認すると衛生兵を連れて部屋を出ていった。
それを見送り、兄妹はふうとため息を吐く。
「無事に戻れて、よかったね」
「そうだな。……で、フライア。あの爆弾を受けた時、俺になんかしただろ?」
息も絶え絶えだった身体が急に動くという不思議体験。その瞬間のことだけは何となく覚えていた。フライアは目を丸くし、なんとかごまかそうと兄から目を逸らして唸り続ける。
「いいって、お前は嘘つけないんだから。それより、あの技はなんだ? 一時的に目が覚めたように気力が奮い立ったけど、その後しばらく痛みがじわじわと全身に広がったよ」
少し悩んでから、フライアは思いついたように技名をつけた。
「……『しったげきれい』!」
「ほう……」
「魔法が間に合わなかったから。杖に回復を宿して、ぽこって叩くの」
「……なるほどな。そんなことでもしないと動けない窮地に使う技なんだな?」
「うん! それでお兄ちゃん、なんとか逃げ切れた」
そう話すフライアは先程とは打って変わってどこか得意げだ。
「そうか……うん。それで助かったならまぁそれでいいんだけど」
ライアスが呟くように言いながら鞭打った自分の身体をさする。
やがて「ん?」と顔を上げた。
「でも、フライア? それなら、俺と憑依入れ替わってお前が逃げるってことは考えなかったか?」
「あ……」
……少し考えればもっといい手はあった。再び気まずそうな顔になるフライアにライアスは構わない、と手を上げる。
「ああ、焦ってて気付かなかったんだよな。でも、死んだら元も子もないから、本当に窮地って時なら俺たちも憑依の使い方をもう少し柔軟に使わないとな」
それは兄妹だけの特別な能力だ。誰に教わることもできないのだから、使い方も二人で考えなければならない。
その晩、ライアスとフライアはそのまま本部の診療室に泊まることにした。治療を受けた兄は安静にする必要があったし、妹はそんな兄を介抱して過ごすほうが安心だった。
どうあっても、兄妹で離れるつもりはない。二人は、《独りの兄妹》なのだから。




