014 最初の路地裏で
パーティを依頼されたその後、しばらくは平和な日々が続いた。
大きなトラブルに見舞われることもなく、与えられる任務を着々とこなしていく。ウォルフだけではなく、他の王都兵とも任務を共にすることが増えた。都近辺のパトロールや以前にも行った物資の供給などをこなしつつ、時として野盗退治にも参戦する。
兄妹はもちろん離れることなく各ミッションにあたったが、幸いなことに兄妹の秘密を明かすことなく過ごせていた。
そうしたある日、もはや日課となっていた都のパトロールをウォルフから命じられる。
「いつも歩いている都のことだけど、頼むぜ。お前以外には三十人ほどはこの自警団から任務にあたらせている。とはいえ、多くは王都出身。実のところこのシェラタンに慣れさせるために歩かせている奴も多いんだ。地元民のお前のほうが当てになる」
「ああ、わかった」
指示を受けて本部を出ると、ライアスはいつもどおりにフライアを憑依させ、街中へと繰り出した。
「そういえば、街を最後野盗に荒らされたのって、いつだっけ?」
歩き始めて早々、ライアスが何かを思い出すように顔を上げる。
ふと、ここしばらく街の警鐘が鳴っていないことに気が付いた。
兄の問いにフライアが答える。
(たしか、自警団に入る前)
「入る前って……何があったっけ?」
(……おじいさんを助けた時……!)
「おじ、じ……じいさん?」
(路地裏で……!)
記憶が出てこないライアスと説明が足りないフライアの頭の会話が続く。
しばらくしてようやく思い出したように自分の額を叩いた。
「ああ……あれか。俺が裏路地で野盗を黙らせてた時か」
(そうよ。もう……)
憑依の中でフライアがため息をつく。
自分たちの防衛とはいえ、兄の乱暴さも目立った一幕だったのに本人が覚えていないとは。
だが、いざ思い出すと互いに黙り込む。締まりが悪くなり、ライアスは止めていた足を動かしはじめた。
(……あのおじいさん、元気になったかな)
気を取り直すようにフライアの問いかけで老人の顔を思い出す。路地では野盗に襲われ気を失っていた。
「あー……そうだよなぁ。なんか噂だと病院に運ばれたんだっけか」
(そう。無事で、安静にしてるって)
「そうかぁ、あのあたり、思えばしばらく行ってなかったな。ちょっと街の外れだったし、古民家の周りに新しい建物がごちゃごちゃに建てられて裏路地が変に多いんだよな」
(意識して、避けてたよね)
今では大通りが別に造られたが、その路地に面する通りはかつて都の大動脈だった。当時は整備された道も少なく、その利便性にあやかろうと建物が密集したのだ。
「パトロール、今日はあの辺も担当だし、調べてみるか? 他の団員と会えたらいいんだけどな」
(うん)
兄妹は頷き合い、かつて老人を助けた路地へと向かった。
通りにはチラホラ住民の姿があるが、一本奥に入ると途端に人気がなくなる。いわゆる裏路地だが、建物の陰になって表通りからは確認できない場所ばかりだ。ひと一人がギリギリ通れるような隙間も多い。いわば街の死角だ。
裏路地に入ると陽の光が届かないためか妙に薄暗かった。ライアスに憑依したフライアが思わず身震いをする。
「あの時は雨で元々薄暗かったけど、昼間でもこの辺って暗いんだな。試しに向こうまで通ってみるか?」
そう言ってライアスは何食わぬ顔で裏路地を通り抜けようとするが、ほどなくしてさらに路地の奥へと続く道があることに気が付く。表の通りに面する建物の裏側、というだけだが妙な静けさを保っている。
(大丈夫、かな?)
フライアが不安そうに言った。
「後ろ、任せたぞ。なんかあったらすぐ逃げるから」
(うん……)
よし、と覚悟を決めるように呟き、奥へと進む。
奥へと続く路地を進むと、表通りからは見えなかった半壊状態の古家を見つけた。念のため物陰に隠れて家の様子を窺う。
「あれ?」
こんな場所に住む理由もないだろう、と思うような家の前で、数人の男たちが談笑しているのが見えた。
ライアスはいったん裏路地を戻ると、手前の角に身を潜めた。
「……妙だな。あんなとこで野郎どもが何をしてるんだ? しかもあのボロ屋、明かりが点いてなかったか?」
(他にも誰かいる……?)
こうなるといかにも隠れ家という感じだ。
「さすがにあそこを二人で調べるのは危険だよな。一旦本部に戻って……」
(お兄ちゃん! 左!)
フライアが急に叫び、ライアスは咄嗟に身構えた。
見ると、左側の通路から一人の男が歩み寄ってきている。
「おい、お前、自警団か? 大丈夫だ、俺もパトロール中の自警団だ」
男はそう言うと片手を上げ、懐から団員の証であるバッジを取り出して見せた。
兄妹より少し年上だろうか。地味な顔をした男だった。フライアがホッと胸をなでおろす。
「あ、ああ。そうか。お前もこの路地裏を調べてたのか?」
「ああ、パトロールでここを見つけてな。ただ、本当にここに野盗どもがいたら一人じゃ敵わねえからよ。ちょうどいい。お前、協力しないか?」
そう言うと男は口角を上げて笑顔を作った。ライアスはこくりと頷いて応じる。
「ああ、俺らもそう思ってた」
「……俺ら?」
怪訝そうに眉をひそめる男を見て、ライアスはハッとした。憑依しているフライアをつい加えてしまった。
「あ? ああ、単に言い間違いだ。気にするな。それより、その野盗ってやつかどうかはわからないが、たまり場みたいな場所に妙な連中がいたぞ。見た限りじゃ、俺くらいの年の野郎が二人はいた」
すると男は考え込むように顎に手を当てた。
「そうか、わかった。だが、もし野盗なら路地裏の外に出すのは却ってまずいだろう」
「まず一旦増援を呼んだほうが……」
ライアスの提案にしかし男は首を振った。
「いや、騒ぎを立てれば奴らだって黙っていないだろう。いい考えがある。二人だろう? なら挟み撃ちだ」
「挟み撃ち?」
「まず、お前はそこの奥に隠れるんだ。そして、俺がその連中と話してくる。カタギだったら調査は終了。野盗だったら一旦俺がここまで退く。そして、路地の出口まであいつらを誘導した後、お前が野盗の背後を襲う。どうだ?」
兄妹で少しの間考える。悪くは聞こえない提案だが、フライアが首を傾げる。
(人数、大丈夫かな?)
「相手が二人だったらいいが、もっといたら返り討ちに遭わねえか? 大丈夫か?」
すると男はフッと笑った。
「割と弱気なんだな、お前」
挑発するような言い方にムッとする。
「用心深いって言ってくれねえか?」
「わかった。ならこうしよう、もう最初から俺が自警団の人間だと言って接しよう。それで野盗かどうかわかるだろう。奴らの初動で何人来るか大体判断できるだろうから、お前がいけそうなら背後から襲ってくれ。何十とやってきたらお前は別の道を通って一旦この路地裏を脱出する。どうだ?」
これなら問題ないだろ、と言いたげな話し方だった。
有無を言わさぬその雰囲気にライアスは頷いていた。
「あ、ああ。わかった」
「よし、じゃあ、俺も一度見てくる。作戦通り、その奥に隠れていてくれ」
そう言うと男は古屋の方へと向かった。




