106 ザウラクの最終日
「いてててて……」
布団の中でライアスが喘ぎ、フライアはぐっすりと眠り続けている。
闘技試験の翌日はまともに動ける状況ではなかった。
やはり四連戦の死闘は身に堪えている。
ライアスが受けた怪我の完治は程遠く、フライアも放出し続けた魔力が戻ってきていない。
「ほら、ウェイからは聞いてるよ。今日はサービス。ちゃんと栄養つけて身体を戻すんだよ!」
ぐずついたままの兄妹にマーシュが部屋まで食事を運び、はつらつと声を張りながら傷の手当てを施してくれた。
だが、結局ウェイに会いに行けるまでにはならなかった。
その翌朝。
傷みはまだ引かないがそれでも、と兄妹は包まっていた布団から起き上がった。
朝食をとるべく食堂を訪れると、カウンター上に散らばる刊行物や号外紙が目に留まった。その幾つかをめくると、大々的な見出しが兄妹の目に飛び込んできた。
『シリウス、有名選手が暴行疑惑で事情聴取』
『闘技場でトラブル、シリウスの選手が違法侵入。新人選手と騒動』
『ザウラク闘技連盟本部、不祥事を受け緊急会議』
読者に衝撃を与えるような大文字で一昨日の事件が一面に取り上げられている。
しかしよく見てみると、シリウスの選手とあるだけでベラムの名前は見当たらない。ヴィクターに聞いた通りだった。
兄妹は紙面を確認しながらヴィクターの話を思い起こし、ウェイに伝えるべき事柄を整理した。
朝食を済ませると一旦部屋に戻って荷物をまとめ、宿を離れる準備をする。
慣れ親しんだ場所を離れるのは寂しいが、一連の出来事をフェルディナントに報告すべく、王都に戻らなければならない。
王都アウストラリスへの帰途についてはマーシュが馬車の定期便を調べてくれていた。
「えっ? こんな高いの⁉」
食堂に戻ってその案内書を受け取るライアスだったが、思わず声を上げた。
隣にいるフライアも目を丸くする。馬車の運賃があまりに高額なのだ。
案内書にはマーシュによって「ペア・カップルサービス」という割引サービスに印がつけられている。にも関わらず、その価格がこの宿一泊よりも高い。
フライアが財布を取りだし残金を確認する。払えないことはなかったが、徒歩で帰り途中に一泊を挟んでもおつりが来るほどだ。
歩いて帰るべきだろうか。兄妹は自らを落ち着かせつつ、状況を整理する。
「……でも、来る時こんなに高かったっけ?」
ふとライアスが言うと、マーシュが笑いながら口を開いた。
「それはねえ、この都は何かとサービスを付けるのが大好きだからさ。運んでくれる馬車が快適だったりするんだよ。東から来た人はよく高いって言うよ」
「余計なことを……」
説明を受け、ライアスは苦々しげに呟いた。どんなにサービスがよかろうが乗ることができなければ意味がない。
肩を落とす兄妹を見てマーシュが言葉を続ける。
「だからねえ。そういう時はアトリアまで歩くといいよ。そこからなら安くなるし定期便も多いから。早めに最終便が出ちゃうこともあるんだけどね」
言われて、兄妹は地図を確認する。ここザウラクの東北東に位置するアトリアであれば、歩けない距離ではない。そこから王都までの道のりがまた長いのだが、うまいこと定期便を確保できれば今日中にたどり着けるかもしれない。
「わかった。そうするよ」
ライアスはため息交じりに言った。ひとまず馬車は諦め、隣の都まで歩くことに決めた。
そうして兄妹は荷物を背負い、宿の戸口でマーシュと別れの挨拶を交わす。
「ふふ、楽しかったよ。いいかい。ザウラクの偵察がまた必要になったらウチに来るんだよ。サービスしてあげるからね」
「ああ、わかったって」
「あと、王都のギルドって言うならお友達もいるんだろ? あんたたちのお仲間ってわかったら安くしてあげられるんだから、ちゃんとウチを紹介してあげるんだよ」
「わかった。わかったって!」
ライアスがやや尻込みしながら応じる。相変わらず大した商売根性だな、と半ば感心しながら兄妹は店を後にした。
「そんじゃ、また来るよ」
「お世話になりました」
マーシュには最後まで圧倒されたな、としみじみ思う一方で、面倒見のいい彼女には本当に助けられた。仮にまたシリウスの嫌がらせがあっても豪胆な彼女がいれば大丈夫だろう、という気にさせられる。
そう思いながらマーシュの宿を離れ、今度は向かいにあるラム・ガルムの道場を訪れる。荷物を抱えた兄妹を見るや、ウェイが稽古を中断して駆け寄ってきた。
「おお、アウストラリスに戻るか」
ライアスが頷いた。
「ああ。ただ、まだ話ができてなかったから寄ったんだ」
ウェイは「そうか」と頷き、わずかに首をかたむけた。
「今朝の新聞で話は知ったが、まさか、君がシリウスと絡んだのか?」
単刀直入に尋ねられ、兄妹は顔を見合わせる。一昨日の出来事についてどう伝えるべきか考えていたのだが、先にぴったりと言い当てられてしまった。
咄嗟の誤魔化しも浮かばず、兄妹はやむ無く「そうだ」と頷く。
その胸中を察してか、ウェイは苦笑いを浮かべた。額に指を当て、推論を口にする。
「名前が公示されていなかったと思うが大体の予想はつく。黒い噂は聞いていたからな」
それから兄妹の顔を見渡した。
「……よく無事に戻ってきてくれたな」
「ああ……実際そうだな。本当に『死闘』だったよ」
ライアスは改めてベラムのことに思いを巡らせ、小さくため息を吐いた。
ウェイが腕を組み、視線を俯ける。
「危険な目に遭わせてすまなかったな。新聞の話ではここしばらくは警告試合となる。別の意味で緊迫した闘技が続くだろうな」
そう言ってから顔を上げた。
「そういえば、ヴェーリングアーマーのことも何かわかったのか?」
「ああ、それは……」
来たな、とライアスが口を開く。
「実際のところ、どんな素材でどんなおまじないがかかってるかはわからない」
ヴェーリングアーマーのことは「言わないでほしい」とヴィクターに頼まれている。そのため事前に回答を用意していた。
「……でも、戦っててなんとなくわかったことがある。アーマーを着ているんじゃないかって言うやつはウェイさんが言ってたように長期戦をしたがる。ポルックスの奴はそうだった。戦ってる最中でも回復か何かが起きて、動きを取り戻してた感があった。やっぱり魔法か何かで強化されてるものなんだろうなって。でも、それと同時に、厄介なのはアーマーであってそいつ自身じゃなかったってこと。アーマーに掛からない顔面とか関節とかは、当たり前だけどしっかりと痛打を与えられた」
ウェイは顎に手をやり、「ふむ」と呟いた。ライアスが説明を続ける。
「そりゃルール上で顔面を叩くのはダメだって話は聞いたよ。でも、なら転ばせるなり大きく吹っ飛ばすなりして脳震盪を狙うって手があった。ポルックスで腕を引っ張って強引な勝ち方をしたけど、言ってみればそれがやつらの弱みだ。評価で芸術性が無いって言われたけど、それなら芸術的な関節技を組み込んでみるっていうのもありなんだろうな。ヴェーリングアーマーは確かに強いし、ある意味人の力を超える代物なんだろうけど、結果としてそれに依存して人自身が弱点になってる」
言いながら顔を上げ、ウェイに目線を合わせる。
「そういう意味では本当にウェイさんと対照的。そんなふうに思ったな」
装備の性能に頼ることなく、己の肉体と技で勝負する。そうしたウェイの戦い方に兄妹は敬意を抱いている。
ウェイは感じ入ったように「ううむ」と唸り、それから満足げな笑みを浮かべた。
「ふふふふ、いや、なかなか面白い考察だ。それはつまり、私に攻略法を伝授してくれたのか?」
ライアスも満足げに頷いた。
「……ああ! 俺たちはそうやって突破した。ルールに従ってな」
ウェイが声を上げて笑う。
「はっはっは。なるほどな。脳震盪に関節技、か。脳震盪を狙うのはあまり美しいとは言えないだろうが、確かに関節技はここ近年取り入れてはいなかったな。広い闘技の間において関節技は少し地味に見えてしまうのでな」
そう言って考え耽るように腕組みをする。
「随分前は取り込んでもいたが、ある時闘技の終わりに悪い採点を受けたことがあった。それからは刀剣や魔法、様々な相手に対応できるようにと護身術を鍛えていったものだが……なるほど。芸術的な関節技か」
最後は身振りを交えていた。
そんなウェイを見ながら、ライアスは思ったことを素直に口にした。
「いや、ウェイさんの身のこなしならどうとでもできるだろうよ。関節技ばかり狙うだけになったらそれは地味だろうけど、時間稼ぎしようとしてる相手にこれまでになかった技を織り込むのは悪い話じゃない」
するとウェイは数回頷いてみせた。
「いい発想だ。確かに時間稼ぎの闘技など観客が喜ぶものではない。闘技場の中ばかりで戦っていると思考が鈍るものだな。とてもいい、刺激的な助言だ」
照れるようにライアスはぽりぽりと頭を掻いた。
「今はそんなとこかな。ヴェーリングアーマーは」
「わかった。参考にさせてもらうよ」
ウェイはにこりと笑い、さて、と口を開いた。
「あまり長居も良くないだろう。楽しい時間だったぞ。次回の認定試験の日程が決まれば、こっちから連絡をさせてもらうぞ」
兄妹は揃って頷く。
「ああ。その時は、フライアと二人で戦えるルールができてたらいいな」
「おお、デュアル戦とやらか。ヴィクターがたまに言っていたな。ふふ、兄妹で天下か。それも面白そうだな」
ウェイは一層頬を緩めた。
天下、という言葉に兄妹はくすぐったい思いを味わいながら、改めてウェイに礼を述べて道場を後にした。
これでザウラクの任務は一区切りついた。
後ろ髪をひかれながらも、兄妹は王都へと足を踏み出す。
まず向かうのはその中間地点、学術の都アトリアだ。




