101 暴かれる処刑場(エクセキュージョン)
両者そこまで。
突如響き渡った野太い声は上段にある観覧席からのようだった。
その忠告を耳にしながらも、ライアス、そしてフライアも手を緩めようとしない。
騙し討ちを仕掛けてきた相手に、これ以上譲歩はできなかった。
だが、さらに別の声が聞こえた。
「ライアス! もう終わりだ! 手を緩めろ!」
聞き覚えのある声にフライアが思わず《憑依》して隠れる。
引く力が一人にはなったが、ライアスはそれでもベラムの手を離しはしない。
「……っ! だったら! ロープ持ってこい! こいつはまた暴れ出すぞ!」
目の前のベラムに集中したまま声を上げる。
すると少ししてから背後でスタッ、という着地音が聞こえた。歩み寄る人影を横目で見ると、ヴィクターの姿があった。
「俺が押さえとく。お前がこのロープでこいつを縛れ!」
ヴィクターは膝を使いベラムを押さえつけた。左腕の自由がないヴィクターに代わり、ライアスが急ぎベラムの両手を縛り上げる。
ベラムはジタバタと抵抗しながら、血走った目でヴィクターを睨みつけた。
「おい! おまえ! やっぱりラム・ガルムに贔屓してんだろ! わかってんだよ! ウェイとお前は元々一緒にいたと! 運営のくせしてこんなことが許されるのかよ!」
するとヴィクターは「フンッ!」と鼻を鳴らし、ギラリとベラムを睨み下ろした。
「こんな泥試合を見てたのが俺だけだと本気で思ってンのか!」
「なっ⁉」
ベラムの表情に驚愕の色が浮かぶ。
二人のやり取りをよそに、ライアスはロープを端まで使い二重三重にベラムの腕を拘束した。そうしてようやく肩の力を抜く。
「いぎっ! っててて! くそっ! 何しやがったんだ……!」
縛り上げられた腕を捩りながら、ベラムは疑念の目をヴィクターに向ける。
「上にいるさ。……さあ、終わりましたぜ!」
ヴィクターが呼びかけると、観覧席で数人の人影が立ち上がった。逆光でその顔がよく見えない。
しかし目が慣れてその顔が確認できたとき、ベラムはゾッと青ざめ、あんぐりと口を開いた。
「ルールがお前の手中にある、と申すか」
重々しく発せられた男の言葉を皮切りに、その周囲に立つ男たちも次々と口を開いた。
「なるほど、ここが闘技場の《処刑場》と噂されていた場所とその実態、か」
「今日は閉館だと言うのに、闘技の間へ理事官が呼び出されるとは何事かと思いましたが。まさか闘技場屈指の名選手と謳われた者がこんなことを」
「挙句の果てには卑劣な手を使い、敗れ、とても観客に見せられたものではない。無残な闘技だったな」
「ザウラクの代表として、《勇者》の推薦状を王都に出すのも当面見送りですな」
口々に語られる言葉を受けながら、ベラムはただ一点を見つめていた。
「オ、オヤジ……」
ぽつり、と呟かれたフレーズにライアスは首を傾げた。
「親父……?」
その襟首をヴィクターが引き寄せ、耳打ちする。
「……今は黙ってろ。あの、一番前にいる奴がベラムの親父ベルリクトスだ」
その視線の先──ベラムの父というそのベルリクトスがゆっくりと足を前に踏み出す。
観覧席の最前列まで進み出て、ベラムの姿を見下ろした。逆光により顔のしわが影を作り、いかにも厳格なその顔をさらに険しく見せていた。
「ベラム。お前に残されている道は多くない。このまま闘技場を去るか、我々の監視下の元で闘士を続けるか、どちらかだ」
両腕を拘束されたベラムは片膝を立て、必死の形相で観覧席を仰ぎ見る。
「オヤジ! 俺は何も! 只々闘技場のために尽くしてきただけだ! ただ、こいつらが……!」
ベラムは懇願するように言った。しかし視線の先にいるベルリクトスはゆっくりと首を横に振る。
「そんなことは聞いていない。日頃の状況は知っている。なんとかお前には改心してもらおうとシリウスに書を送っていたのだが、理解してもらえなかったようだな」
言いながらベルリクトスは懐から数枚の札を取り出した。身体から鎖で繋がれたそれは、赤いカードのような形状をしている。
「――っ!」
言葉にならない声を出しながらベラムの顔から血の気が引いていく。
事情が飲み込めずにいる兄妹の傍ら、ヴィクターがひそやかに呟く。
「……ありゃ、通称『赤札』ってやつだ。なんであいつが?」
ベルリクトスは札を掲げて言葉を続けた。
「お前にはこの代わりに警告書を私の手で送っていたのだ。もはや父として庇う余地もなくなった。ルールが自分の手中にある、など……。なぜ闘士としてそんなことが言えるのか。父としてそのようなことをお前に教えたつもりはない!」
「オ、オヤジ!」
絶叫交じりに呼びかけるベラムだが、その父は何も応えない。そのまま後ろに下がり、入れ替わるように熟年の男が前に歩み出た。
その姿を見て、ヴィクターがまた兄妹に耳打ちする。
「あれが理事官長。闘技場運営トップのお人だ」
理事官長と呼ばれた男は咳払いを一つして、口を開いた。
「ここにいる者全員に告ぐ。今回の一件、大会運営を続けるにあたり極めて重大な問題と捉える。闘技場をこのような扱いにする行為が横行していないか、選手が闘技を喧嘩の材料としていないか。運営の面から厳しく監視する体制が必要と考える」
言いながら周囲の人間を眺め回す。
「選手や施設団含め、関係者は全員! このような過ちを犯さないための措置を取っていくように! 対策を固める具体策提示の納期は一週間後とする。以上」
「「「はっ」」」
男たちは全員、目礼して応える。
応答を受け、理事官長はゆっくりと観覧席を出ていった。
ベラムの父ベルリクトスを含めた側近と思しき男たちが残り、その一人が高らかに声を上げる。
「ではこれより今戦った選手二人にも事情聴取を行う。選手は運営に従い、速やかにこの闘技の間から出るように。ヴィクター、案内を頼む」
それを受け、ヴィクターが口を開く。
「わかりました。ただ、人手がもう一人欲しい」
するとベルリクトスが片手を上げた。
「私が受けよう。すぐ下に行く」
「それでは私も。これ以上の親馬鹿行為は見逃せません」
別の理事官がベルリクトスに続いて観覧席を出た。
ヴィクターは頷き、それからぽんとライアスの肩を叩いた。兄妹は未だ状況が飲み込めていない。
「さあ、移動だ。もう少しの辛抱だ」
「……もう少し、ね」
そう言われ、ライアスは小さく息を吐く。
正直もうヘトヘトだ。なにせ資格試験からずっと戦い詰めだ。ライアスは眠気すら感じている。
しかし「問題の現場にいた当事者」となった以上、従うほかない。やむ無く兄妹は案内に沿って、運営の控室に向かうこととなった。
──ベラムは兄妹がいなくなるその時まで、何も言わずただ地面に膝をついていた。




