100 第四戦 対貴公子 後編
──気付けばライアスは跪いていた。
「あ、あれ……?」
痺れなのか、よくわからない。身体が動かないというより、言うことをきかない。
手から剣がこぼれ落ち、カシャンと無機質な音が響く。そんなライアスを人影が覆った。仰ぎ見ればベラムの顔があった。
「『聖域』って技でよ。これでしばらくお前は何もできない。しかも外野は、一切手を出せないのさ」
「な? な……?」
逆光で影になり、その表情は窺い知れない。ただほくそ笑んでいるのが雰囲気で分かった。
ライアスは必死に身体を動かそうと試みる。しかし全身の感覚が希薄で手応えすらない。
ベラムがにょきっと左手を伸ばす。狼狽えるライアスの顎を掴み、ぐいと上に引き上げた。
「う、うぅ……?」
「冥途の土産に教えてやる。俺の辞書にはなぁ、『敗北』なんて言葉はねえんだよ。ルールは俺の手中にある。全ては俺が決めること。お前が勝つなんてことは、ありえねえんだ」
吐き捨てるようにベラムは言った。
「……どういう、ことだ……?」
どうにか応じるライアスに対し、嘲るように鼻を鳴らす。
「お前が知る必要はない。命を危険に晒して戦うのは闘士の宿命。悪く思うな」
呟くように言ってライアスの顎を放る。そしておもむろに大剣を振りかざす。
「はっ……、ああぁ……!」
危険が迫っているのはわかるのに、何もできない。
ライアスの、目だけが見開いた。
──そのとき。
(……ッ‼ ぎいぃぃぃ‼‼)
フライアが歯を食いしばり、ありったけの魔力を注いだ特大の氷柱を出現させる。ベラムの直上に現れたそれは勢いよく落下し、けたたましい衝撃音を轟かせた。
「ぐわあああっ‼」
ベラムが白目を剥いて悶える。激しい衝撃と共に、巨大な氷塊の下敷きとなった。
「ん、ん? ん??」
(……くぅ……!)
悔しそうな声で、フライアが息を上げた。
──外野は一切の手が出せないという「聖域」も、憑依した人間は内野扱いとなるようだ。
ライアスはといえば理解が追いついてない。ベラムの絶叫を聞きながら、何が起きたのか分からずにいる。
そんな兄を振り向き、フライアが杖を掲げた。
(ほらっ! いっくよ! この前のっ!)
「な、な? っ! ぐわあっ! いってええ!」
そして杖を勢いよく兄の頭へと振り下ろす。──しったげきれい!
頭部に痛烈なダメージを与えながら活力を取り戻す技だ。
ぽかん、と叩打音が鳴りライアスが悲鳴を上げた。同時に全身が自由を取り戻しはじめる。
ライアスは零れた剣を拾い上げてよろよろと立ち上がり、氷塊に埋もれたベラムを睨み下ろした。
「……ッ! ッ! これは、あれだな? もう何してもいいってんだな!」
その胸中にめらめらと怒りが沸き立つ。
「ルールは俺の手中にある」。ベラムは確かにそう言った。それはつまり、闘技のルールなど関係ないということ。
──もう容赦する必要なんてない。
兄妹は改めてその怒りをたぎらせる。
「闘技だからやめとこうって思ったけどよ、もうやるぞ、こいつをぶっ刺してったらどうなる⁉」
氷塊の隙間に剣を刺しこみ、下敷きになっているベラムの脇腹に剣先を当てる。グッ、と力を込めるとベラムが悲鳴を上げた。
「やめろおっ‼ くそっ!」
しかし鉱脈を相手にするような硬い感覚があり、剣を刺し入れることができない。胴部分はしっかりとアーマーに守られているようだ。
「なら、こっちか!」
剣を引き抜き、次は脚の部分、太腿の辺りに剣を刺し入れる。やはり防具に覆われているが、ここならどうにかなりそうだ。
ズブ、と手応えがあって、同時にベラムが絶叫を上げた。
「がああ! ディバシィ!」
ベラムがひどく慌てたように叫ぶ。先程使った「ディバインシールド」の略なのだろう、魔法の力によりライアスの剣が弾かれた。
するとベラムはオタオタと氷塊を抜け出し、どうにかその場に立ち上がった。
「はあっ! ……はあっ……! このやろう……! ……なっ!」
目を白黒させて悪態をつく。だが、息つく間もなく宙を浮遊していた氷の飛礫がベラムへと襲いかかる。
杖を両手に、フライアが操る。
(お前、いつの間にかそんな技を生み出してたのかっ!)
(見てないで、戦って!)
ライアスは驚いた様子で戦況を見つめたが、妹に促されて再び剣を構える。
「よーっし! おらっ!」
突撃の素振りを見せつつ落雷をベラムの頭に落とした。思えばまだ使っていなかったが、フェイタム戦でも役立った牽制魔法だ。
「んぐっ!」
「さあ、もう一回いくぜ!」
呻いて身体を丸めるベラムを見て、ライアスは大きく足を踏み出す。
同時にフライアは「アイスハンマー」を詠唱する。アーマーは無傷でも、幾多の衝撃でその身体は限界に来ているはずだ。
「ぬうあっ‼」
タイミングばっちり、ライアスの剣は振り下ろしざまに氷の槌へと化す。
もうルールもへったくれもない。頭部でも何でもお構いなしだ。ライアスは既にひしゃげているサークレットごと、ベラムの頭を叩き潰す。
「ぐうあああっ‼」
痛みに絶叫しながら、ベラムは倒れ込むようにライアスへと身体を傾ける。そのままやぶれかぶれに体当たりを仕掛けてきた。
刹那、ライアスはセスタスを備えた左腕を持ち上げる。その鉤爪を甲冑の肩当てに掛け、力の流れに沿うよう振り払った。ぐりん、とベラムの身体が回転する。
「そうらっ! ケツ出せや! おらあっ‼」
背を向けているベラムに、アイスハンマーが施された剣をアッパースイングする。鈍器に尻を引っ叩かれたベラムは下半身から身体を浮き上がらせた。そのまま打ちつけられて地面を転がり、うつ伏せに横たわる。
「ぐうっ! ううう……!」
腹ばいになったベラムの臀部に、さらに氷の槌が振り下ろされる。
「ぐわあああっ!」
反動で両手両足が反り上がる。それを押さえつけるようにライアスがふくらはぎへと飛び乗った。
「さあ、もう寝てんじゃねえ! ケリつけるぞ!」
ライアスは勢いそのまま、ベラムの両腕に掴みかかる。
──もう、ああするしかない。
両腿を踏みつけたままベラムの両腕を引っ張り上げる。ふくらはぎに体重がかかり、肩と腕、太腿が反り上がる。
「ああああっ‼ てっめええええ‼‼」
ベラムが血走った目で悲鳴を上げる。
「悪く思うな! こうでもしねえと終わんねえんだよ!」
ライアスは力を緩めない。両足を踏ん張り、さらに勢いよく両腕を引く。ベラムは悲鳴を上げる。アーマーがたわむことはなかったがそれがかえって邪魔をしてベラムの腕や腰を異常な方向にたわませる。
「ぐううっ! ぐるじいっ……!」
ベラムはえび反り状態のまま苦痛の涎を垂らす。しかし降参はしない。
もうどちらが正義なのか分からない。こんな人体への苦しめ方があるものか。限界だ! という悲鳴が掴んでいるベラムの腕からみしみしと伝わってくる。
はやく! 終わってくれっ!
兄妹の望みは一致していた。
「まーだ終わんねえのかって! な~ら~、こうやって! せいやっ!」
「「さー!」」
ライアスの掛け声が合図かのようにフライアが憑依を解き、兄に掴まったまま後ろへ重心を倒す。
抵抗するベラムとライアスで保っていた均衡が崩れ、ぐいっと反りが大きくなる。
「ぐあああああああっ‼」
みし、と何かが軋むような音が鳴る。
「ぎい! いい‼ あああああ‼」
もがき苦しみ、ベラムの表情はますます歪んでいく──。
するとそこに、男の声が響き渡った。
「もうよいっ‼ いい加減にしろっ! 両者そこまでだ!」




