099 第四戦 対貴公子 前編
密室となった闘技の間に光のエレメントが飛び交い、同時に割れるような濁声が響き渡る。
「シャイニングバースト‼」
「一閃!」
「光の裁き‼」
怒りをたぎらせるベラムが惜しみなく技を繰り出してくる。
どれも兄妹にとっては未知の技だ。それらは一撃一撃は壁面を抉るほどの威力で、その攻撃範囲も広い。
「くそっ! 近づけねえ……!」
感情に任せた攻撃は大振りで、回避できるだけの隙はある。
だが、闘技の間には十分な広さがない。攻撃をかわすにしてもその間合いはギリギリだ。衝撃の余波もあってゼロダメージとはいかない。
フライアが放つ氷壁や氷塊により、ライアスはどうにか致命傷を避け続ける。
(この人も光属性を……?)
フライアはふと、勇者アヴァランの技を思い起こす。
光属性は通常、回復や補助を主要とするエレメントだ。しかしアヴァランの光魔法は攻撃にも精通していた。
ベラムも、見た限りでは光魔法を攻撃に用いているようだ。
次期勇者、というベラムの言葉が頭をよぎる。ただの思い上がりに過ぎないと思っていた兄妹は、ベラムの戦いぶりに少なからず困惑した。
だが、そんなことを気にかけている余裕はない。
(フライア、もうちょっと妨害するタイミングを早められないか? 特に踏み込んできた時!)
(やってみる……!)
(技を出されるほうが厄介だ!)
どうにか攻撃を凌いで作戦を練る。なんとか、ベラムが技を放つ前に先手を取りたい。
ベラムが大剣を掲げ、次の技を叩き込もうと兄妹に駆け寄ってくる。それを見たフライアはこれまでより早く詠唱に入った。
氷壁で技を防ぐのではなく、氷弾で敵の出鼻をくじいていく──。
「アサルト……ッ⁉」
「シャイニッ、ぐっ!」
「てめえ、これで……っうぐあ!」
叫びながら技を繰り出すのがベラムの流儀らしい。それより一歩早く、氷弾がベラムの顔面に直撃する。
テンポを崩されたベラムは技の予備動作を行えず、攻撃の手が緩んだ。
(それでいい! 氷壁は最後! こっちから手数稼いだほうがいい!)
実際、連携して戦う兄妹は手数に優れるため、こうした一騎打ち──という名の二人掛かりではあるが──大群と戦うよりずっと分がいい。
憑依中のフライアは相手から見えず、発動を悟られることなく氷魔法を放てる。ライアスは貫通力と間合いのコントロールに優れた雷魔法が扱える。
フライアが敵の攻撃を防いで乱し、その隙を突いてライアスが痛撃を与える。そのパターンに入ればこっちのものだ。
その戦術も現勇者アヴァランには通じなかったが……。
「このウザイ氷弾は……! どっから出してきやがる!」
自称時期勇者であるベラムはまだ対応できずにいる。
「クソッ! こんな壁なんて……! おらあっ‼」
際限なく現れる氷塊に苛立ったベラムは大剣を振りかざし、行く手を阻む氷壁を片っ端から破壊しはじめた。そうして氷の飛礫もろとも剣撃を加えてくるつもりだ。
がむしゃらに剣を振り回すベラムに、ライアスがギラリと目を光らせる。
「そういう力任せを仕掛けてくれるほうが助かるんだな、っと!」
氷塊に叩き入れられた大剣の軌道が逸れ、斜めになったベラムの身体が間近まで迫る。
咄嗟にライアスは腕のセスタスを使い、その鉤爪を甲冑の突起へと絡めた。白金の甲冑は形状も派手で、ガッチリ絡めた。
ライアスはそのまま腕を横に振り払う。大剣の重量も負荷となって、ベラムの体勢がぐらりと崩れた。
「っはあっ‼ それごときで……!」
ベラムは中腰で踏みとどまり、怒りの形相をライアスへと向ける。ライアスは既に剣を構えていた。
「そんななまくらが効くかっ‼」
ベラムは両腕を持ち上げ防御姿勢を取った。余裕を見せるように口の端を吊り上げている。
しかし兄妹には算段があった。
(ほうらっ! フライア! さっき言ってたやつ!)
(はぁーい!)
刹那、パキンと氷結音が響く。ベラムが仰ぎ見るライアスの剣先に、突如氷塊が現れた。その氷はみるみる大きくなり、剣を巨大なハンマーへと変える。
「⁉」
驚愕の表情を浮かべるベラムに対し、ライアスはその氷の槌をずっしりと抱え、腰を回し──
「おうらあっ‼」
アッパースイングを叩き込む。
「ぐわあっ‼」
大剣を前に据えて防いだベラムだが、予想外の重厚な一撃に身体を仰け反らせる。
ライアスはすぐさま氷の槌を構え、次弾を胴へと叩き込む。さらに逆からもう一撃。ノックバックするベラムに対し、三連撃目となる氷の槌をフルスイングする。叩き込まれた氷塊がその衝撃で砕け散った。
ぎゃあと悲鳴が上がり、突き飛ばされたベラムの全身が壁にぶち当たった。
「んがっ、クソが……! クソ野郎があっ……‼」
壁にもたれて涎を拭い取り、血走った目でライアスを睨む。
(どこまで行っても口数が減らねえ奴だな)
ライアスは怯まずに追撃を行う。走りざま剣を叩き込み、そして壁際から逃れようとするベラムを雷撃で制止する。身体を寄せられれば腕輪の仕込み刃を使い、牽制を兼ねた近接攻撃を叩き込む。
ベラムを壁際に追い込んだまま決して逃そうとしない。
守り通しで怒りに表情を歪めていたベラムが突如大声を張り上げた。
「はあっ‼ ディバインシールド‼」
白金の甲冑がにわかに光を帯びる。ライアスの剣に打たれると目映い光が溢れ出した。
「おわっ⁉」
あまりの眩しさにライアスは両目を閉じる。光量が激しくベラムの姿を視認できない。
──まずい。そう思った瞬間だった。
「くたばれ! この人間の出来損ないがあッ‼」
白金の大剣がライアスへと振り下ろされ、重くて鈍い衝撃音が鳴り響く──。
(ほら、早く!)
フライアの声が聞こえた。だがライアスには何も見えない。
「ん? ん? まだ目が見えねえ!」
網膜を焼かれたかのように、視界は真っ白に染まっている。凄まじい光に視力を奪われてしまったようだ。
(っ! ……ほらっ!)
回復魔法が施されてようやく、少しずつ視えるようになっていく。
ライアスが薄目を開けるとすぐ目の前にベラムがいた。氷塊にめり込んだ大剣を引き抜いている。どうやらまたフライアの氷壁に助けられたらしい──と思うも束の間、ベラムが抜き取った剣を振り上げる。
「だあっ、あぶねえ!」
ライアスは慌てて飛び退る。寸でのところで横に跳び、床を転がって体勢を立て直した。
窮地を脱し、ライアスはふうと安堵のため息を吐く。フライアのサポートがなければ確実にやられていた。
憎々しげに大剣を構えるベラムだが、疲弊しているようで肩で息をしている。
「この……! ゴミみてえな戦いばかりしやがって……!」
「……そりゃ、どういうことだ? 『空気を読んで負けてくれ』って言ってるのか?」
「うるせえ‼」
ライアスが挑発すると、ベラムはぎんと目を剥いた。
大剣を構え駆け寄ってくる。その両腕が振り上げられ……ようとしたその瞬間。
(はいっ)
フライアが杖を傾けると、ベラムの剣先を氷塊が覆った。先程試したばかりの魔法──「アイスハンマー」を、今度はベラムの剣に付与した。
「あ、ああっ、あっ!」
氷の重量は馬鹿にならない。大剣の重さと相まってベラムは一気にバランスを崩し、剣を振りかぶったまま身体を後ろに反らせる。
ライアスはその瞬間を逃さなかった。
「そらっ! 超電磁!」
無理な体勢のまま、ベラムの身体は磁気の力に吸い込まれる。その勢いに大剣が手放され、反動で仰け反っていた上半身がぐいん、と引き起こされる。
ライアスは強く握った両拳を突き出した。
ガツンッ‼
そこへ磁力に引き寄せられたベラムの顔面が音を立てて打ちつけられた。
「う、うう! ああ……!」
ベラムは倒れなかったが、ぴよぴよと頭を揺らしている。軽い脳しんとうを起こしたようだった。
(ほら、今度はお兄ちゃんも)
「おう!」
パキッと音が響き、「アイスハンマー」がライアスの剣先に付加される。
(お前、こんなに早く詠唱できたんだっけ?)
(今日だけっ!)
フライアの息切れが聞こえる。詠唱の集中力が今日だけは段違いのようだ。
「そうか。じゃあ、いくぜ!」
見ればベラムがふらふらと後退していく。大剣を拾おうとしているらしい。ライアスは氷の槌と化した剣を構え、ベラムのその背中へと駆け寄る。
ふとベラムが振り返った。その眼前に巨大なハンマーが迫り来る。
「ぐええっ‼」
再度頭を打ったベラムはもはや千鳥足状態だ。ライアスは内股でふらつくベラムの胴に、再度ハンマーを叩き込む。一発、二発、三発。
弾き飛ばされたベラムは壁に背中を打ちつけるとそのまま力なくうつ伏せに倒れ、顔を床に埋めた。
ダウンだ。
だがそう思ったのもつかの間、ベラムはまだ立ち上がろうとしている。ライアスはその背中を勢いよく踏みつけ、白刃を首元に添えた。
「く……あ……!」
苦悶の呻きを上げ、なおも足掻こうとするベラムに宣告する。
「動くな。首の上にはなまくらがあるぞ。……はっきりと覚えてないんだけど、これで勝ちなんだっけ?」
ライアスはふと過去に観た闘技を思い起こす。錨を振り回す重戦士と双剣士の戦い。大逆転劇を魅せたあの試合は、双剣士の刃が急所に添えられた時点で判定が下された。
ただそれが闘技のルールとして、ベラムは負けを認めるだろうか。
……これで終わらないのなら、と兄妹はフェイタムとの試合を思い起こす。後味の悪いあの一戦を、また再現することになるかもしれない。
兄妹は固唾を呑み、ベラムの出方を窺う。
(気をつけて……)
(構えとけ)
しかしベラムは微動だにせず、ただ呼吸を整えていた。その様子に兄妹はハッとする。
──まさかまた、ヴェーリングアーマー?
光のエレメントによる回復仕込みの鎧。ベラムは時間稼ぎをしているのではないか。
そう思い及んだ矢先だった。
ベラムが腕を勢いよく振り払う。
「あっ、と……!」
ライアスは軸足を払われてバランスを崩し、首元に添えた剣も外れてしまった。
その隙にベラムは立ち上がり、再び大剣を構えて対峙する。蒼白な顔に髪を振り乱し、額のサークレットは斜めに歪んでいる。顔にはあざもあって、もはや貴公子という面影はない。
「……ぶっ殺してやる……‼」
ベラムは憎々しげに唸る。もはや自身を飾る余裕もなさそうだった。
ベラムが不気味に目を細める。次の瞬間、またも凄まじい光が放たれた。
(目閉じて‼)
フライアが叫ぶ。ライアスは直に光を見ないように剣を握った両手を顔の前に構えた。
「っ! ……ちっと目に入って……? なんだ?」
光は瞬く間に部屋の端々まで目映く照らしていく──。




