098 今度は独りじゃない
ベラムに取り押さえられたまま、兄妹は通路を奥へと進む。
決して逃がさない、ベラムはそうしたオーラを全身に纏っている。何かエレメントが込められているのか、兄妹はどうにも力が入らない。
やむなく通路を進むと、やがて幾つかの部屋が並ぶ場所へとたどり着いた。足を止めたベラムがぐるりと身体の向きを変える。
「あ、ああっ!」
強引な方向転換にフライアが足をもつれさせ、その場に転倒した。手をつき立ち上がろうとするフライアの髪を、ベラムが掴み上げる。
「いたっ、痛い痛い痛い……!」
「騒ぐなよ、ガキが。もう少しだって。こんないかれたヤローを放置したんだから、お前にもたっぷり教えてやるよ」
そうしてまた首を抱え込み、のしのしと歩きはじめる。
「くそが……」
ライアスが唸る。しかしベラムの剣幕を見る限り、抵抗しても無駄に思えた。逃げたところで何も解決しそうにない。
そうして進み、やがてひとつの部屋へと入り込んだ。ベラムは両手を離し、兄妹を床へと突き倒した。横暴な扱いに憤りながらも、ライアスが顔を上げる。
部屋は公式の闘技が行われる「闘技の間」のようではある。
だが、それは一面だけ。周囲はすべて灰色の壁に覆われ、試験会場はエリアが四面あったせいか、兄妹は部屋の狭さに妙な息苦しさを覚えた。
不意にバタンと音がした。兄妹が振り向くと閉じた扉にベラムが鍵をかけるところだった。ガチャリ、と施錠の音が響く。
「あ、あっ……!」
「さぁ、コロシアムだ。俺が対面から登場するまで、せいぜい首を洗って待ってることだな!」
振り向きざまに言うと、ベラムは施錠した対面の扉へと向かう。その扉を開き、そのまま奥へと消えていった。バタン、とその扉も閉じられる。
兄妹は立ち上がり、状況を確認した。
扉は施錠され開きそうにない。入ってきた扉もベラムが消えた扉も両方駄目で、他に扉は見当たらない。
壁を見ればいたるところに亀裂や血痕らしき染みがあり、激しい戦いを彷彿とさせる。
観覧席はその壁の上にあるのだが、壁は高くどうやっても届きそうにない。
脱出は難しいと悟り、兄妹は黙ったまま身体を寄せる。
これから起こることは容易に想像できた。
だが、目を伏せていた兄妹は次第に顔を上げ、お互いを見やった。
「……やるしかねえよな。二人で」
「……うん!」
――本来は相手の術中に嵌った絶望的な状況。
にもかかわらず、二人の目には力強い光が灯った。
ライアスが手を差し出す。フライアが手を重ねるとその身体がスッと消え、そして浮かび上がった。
「よし……!」
妹の憑依を確認し、ライアスが身体をほぐしながら呟く。
「元々今日の三戦が本調子じゃなかったんだ。お前がいないままの闘いなんて、こんなつまらないものかって初めてわかったよ」
兄の頭上でフライアが頷く。
(私も、今回は遠慮なく!)
兄妹は意気揚々と瞳を持ち上げる。
「ああ、あいつは言ったよな? 二人まとめてって。二人で戦っていいんだよな!」
(うん!)
闘技場のランクにどれほどの意味があるか知らないが、あの不遜な男がウェイを倒すような実力者であるとは思えない。
兄妹はここザウラクにたどり着くまでの旅路を思い起こす。未だ知らないことだらけで未熟な自分たちだ。
だがそれでも、数多の苦難を、乗り越えてきた自負はある。不思議と、胸の奥からじわりと自信が湧き起こった。
「ヴェーリングアーマー、だっけか。そんなもので身を包んだってその中は生身の人間だ」
(……またやるの?)
フライアが思わず眉尻を下げた。フェイタムとの試合が脳裏に呼び起される。相手を踏みつけての関節外し。芸術性に劣る、と眉をひそめる審判員の顔。
しかしライアスは平然と口を開いた。
「そりゃあ、関節技も機会があればな。でも、それだけじゃねえだろ? お前のエレメントも使える。この狭さなら頭が殴れなくたって、身体に強打して壁に叩きつけたっていいさ」
「それなら……!」
二人なら戦う手段はいくらでもある。緊迫した状況にありながらも、兄妹は一緒に戦えるのだ。これほど心強いことはない。
やがて奥の扉から物音が聞こえてきた。ベラムの気配を感じ、フライアが回復魔法をライアスへと施す。
「おい、まだだ。温存はしておけよ」
兄に指摘され、フライアは首を振る。
「ううん、平気。今日は使ってないもん」
「……! ああ、そうだったな!」
ライアスはハッとする。
さっきも叫んでいた。フライアは今日、たとえ資格試験が終わっても魔法は使わなかった。約束はしっかりと守っていたのだ。
やがて前方の扉がゆっくりと開いた。その奥に見える薄闇から、不敵な笑みを浮かべたベラムがのっそりと姿を現す。
煌びやかな白金の甲冑を身に纏っていた。手にはやはり白金に輝く大剣。剣柄には豪奢な彫刻が施されている。額には宝石が散りばめられたサークレット。聖なる白騎士、といった風貌だ。
しかしその目には明確な殺意が宿っている。
「さあ、お出ましだぜ。これが闘技場の貴公子にして次期アウストラリスの《勇者》、ベラムだ」
(……えっ?)
「え? 次期勇者?」
ベラムは仰々しい口ぶりで言った。しかし兄妹は揃って首を傾げる。
闘技場の貴公子という肩書きもひっかかるが、それ以上に勇者というフレーズが気にかかった。兄妹は王都に仕える身であるし、現勇者アヴァランと話したこともある。
ベラムはふんと鼻を鳴らし、顎を上げ兄妹を見下ろす。
「そうだ。俺はもうこの闘技場に留まるだけの存在じゃねえ。《勇者》となり、脅かされてばかりいるこの大陸マーシアを救う男になる、《選ばれし者》だ。お前らごとき凡人に屈するような人間じゃない」
「あら、そう……」
兄妹は揃ってぽかんと口を開く。
こんな奴が《勇者》志願者なのか……。
兄妹は思わず唖然としてしまった。
不意にベラムが眉をひそめ、周囲をきょろきょろ見渡しはじめた。フライアの姿が見えないことに気付いたらしい。
「で? さっきのガキはどうした? 二人まとめて、と言ったはずだ!」
ライアスは肩をすくめる。
「さあ? どこだろうな。上から見守ってくれてるかもな。心配すんな。あいつは一人で逃げるほど薄情じゃねえ」
その言葉の通り、ライアスの頭上に浮かぶフライアが苦笑いを浮かべる。
上、と聞いたベラムは歯噛みして観覧席を見上げる。もちろんそこにフライアの姿はない。ギロリ、と視線をライアスに戻した。
「……お前は一目見た時から気に入らなかった。やっぱり想像した通りのクズ野郎だった。平気で人を怒らせる。たとえ相手が貴公子だったとしても……!」
青筋を浮き立たせて言うと、一呼吸置くように深々と息を吐く。
「いいだろう。その減らず口もろとも……全身搔っ切ってやるよ‼」
そして抑え込んでいた感情を一気に解放するように言い放った。
ベラムの怒気と殺意を身に受けながら、ライアスはいつも通り無表情のまま剣を構える。それと息を合わせるように、憑依中のフライアも杖を構えた。
(兄妹一緒なら、怖いものはねえ!)
(私も!)




