096 背中に宿る守護者
薄暗い地下から出てきた兄妹を朗らかな陽射しが迎え入れた。
心地いい風がそよいでいる。
フライアは新鮮な空気を胸に満たし、う~んと大きく背伸びをした。案内所に行くために一度闘技場を出て正面口へと回る。開放感に浸りながら、兄妹は二人並んで外を歩く。
「やーれやれ。やっと終わったな。……終わった、けどなんだろうな。ひどく疲れたぞ」
おもむろにぼやくライアスを、フライアが心配そうに見つめる。
「腕、まだ良くない?」
ライアスはしきりに腕をさすっていた。その腕には包帯が巻かれている。
「ああ、それもある。けど……それ以上に気持ちが疲れたな」
腕をさすりながら、ライアスはぽつりと言った。
「気持ち?」
妹に問われ、ライアスが頷く。
「そう、あの闘技場に一人で立ってさ。何も注目されたいわけじゃないのに面と向かい合ってさ。相手は戦うのに熱意を燃やしてたのに。俺、何にも響かなかったんだよな」
「……え?」
フライアはふと歩みを止めた。兄の言葉に、どこか後ろ暗い気持ちが芽生える。
試合中、自分は他の選出のメンターのように声援を送れなかった。慣れない声出しをするのが怖くて、止めることばかりを考えてじっと戦況を見つめていた。
だが、兄がそんな孤立感を抱いていたのなら……むしろ声を出すべきだったのか。そんなふうに思った。
「あ? どうした?」
妹が横にいないことに気付いたライアスが振り返る。
フライアは不思議そうに尋ねる兄を見つめたまま駆け寄った。その憂わしげな表情を見てライアスが首をひねる。
「あれ? なんか変なこと言ったか?」
ライアスはぽかんと言った。
クエスチョンマークを浮かべる兄に、フライアは直接聞いてみることにする。
「えっと……、応援しなかったの、悪かった?」
だがライアスはなおも首を傾げる。
「……へ?」
「『俺には、何も、響かなかった』って」
発言内容に触れるとライアスは腕を組み、やがてハッとして顔を上げた。
「あー! 違う違う! 応援とか歓声がどうとか、そうじゃねえって! その……」
妹の胸中にようやく気付き、ライアスは慌てたように弁明する。それからまた腕を組み、うーんと唸りながら俯いた。
ジッと見つめるフライアをチラリと見やり、珍しくもためらいがちに口を開く。
「なんて言うのかな……。お前が《背中》にいないと気が気じゃなかったんだ」
「えっ?」
きょとんとする妹を見て、小さく息を吐く。
「これまでずっと張り付いてくれてたからさあ、何発か外したり間違ってたりしたって修正できたんだ。思うままに攻められたんだよなぁ。それが急にいなくなると一発ミスしただけでどうなるかって余計に頭の中で考えるんだ。それに、一対一だってわかってるのに、やたら後ろが気になった」
兄の言葉をフライアは黙って聞いていた。
「……さっき響かなかったって言ったのはそんな意識ばかりで聞く余裕もなかったってこと。試合場に五、六歩入っただけで、お前もすぐ後ろにいるってのに、なんにもない荒野にぽつんと一人放り出された気分だったんだ」
言いながらライアスは顎をぽりぽりと掻く。
「ずーーっと、冒険者としてなんとかやってきたと思ってるけど、あの三戦がたぶん一番孤独できつかったな。……まぁ、覚えてない戦いもたくさんあるけどな」
それはこれまでずっと一緒に戦ってきた、《独りの兄妹》ならではの感覚だろう。
闘技の間にいる時、兄妹の間はたったの数メートル。その距離がライアスに重圧として圧し掛かっていたのだ。
フライアがふっと安堵の笑みを浮かべる。兄が自分を頼っていることが分かった。不器用な物言いながら、それを思うままに伝えてくれたことがフライアは嬉しかった。
「……ふふ」
思わず笑いが漏れる。ライアスが狼狽えるのが分かった。
「お、おかしいか?」
「ううん」
フライアは首を横に振り、満面の笑顔で兄の脇をつつく。
「さ、行こ!」
急かされるようにライアスが歩を進める。柔らかな陽射しの中、兄妹はまた足並みを揃えて正面口へと向かった。




