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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】  作者: エノキスルメ
第四章 領地強靭化

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第93話 領地強靭化⑦ 医者の卵 前編

「あなた、もし今日お時間があれば、少しお願いしたいことがあるのですけど……」


 ある日の朝食の席。そろそろ食事も終わり、給仕を務めるメイドのキンバリーが食後のお茶を出してくれているタイミングで、クラーラがノエインに向かってそう切り出した。


「今日は書類仕事と開拓作業を進めるだけだから、時間には余裕があるけど……どうしたの?」


「実は、ある生徒のことでセルファース先生からご相談をいただいて……その生徒のご実家も関わることなので、先生ではあまり安易に口出しできないらしいんです。領主のあなたのご助力をいただきたいと」


 クラーラはアールクヴィスト領の公立学校で自ら教鞭を執りながら、校長も務めている。その立場もあって、学校で医学の基礎を教えている医師セルファースから相談を受けたらしい。


「生徒の実家も関わることか……進路の問題とかかな?」


「どうやらそうみたいです。医学に興味を持った生徒のことで、ご両親が反発されているらしくて……セルファース先生としては次世代の医師を教育したいという思いがあるらしいのですが」


 子どもが将来のことで親と揉めるのは、どんな時代、どんな場所でもありふれた話だ。しかし、アールクヴィスト領に医師が増えるかもしれないとなれば、事態は単なる親子の喧嘩を超えて領全体の利益の話になる。


 だからこそセルファースはわざわざノエインに協力を仰いでいるのだろう。


「分かった、それじゃあ昼過ぎ頃に学校の方に顔を出すよ。それでいいかな?」


「ええ、ありがとうございます」


・・・・・


 その日の午後。ノエインはマチルダを伴って屋敷を出ると、クラーラに伝えた通り学校へと向かった。


 公共施設である学校は領主家の屋敷から近い位置にあるので、徒歩数分で到着する。


「お待たせ、クラーラ」


「ご足労をおかけしました、あなた」


「いいよ、これも領主の務めだから……それで、セルファース先生は?」


「事務室でお待ちいただいてますわ。例の生徒も一緒に」


「分かった、すぐに向かおう」


 事務室――と言っても執務用の机がいくつかと応接用のソファがあるだけの小さな部屋に入ると、そこにはセルファースと、件の生徒と思われる少女が並んで座っていた。


「お久しぶりです、セルファース先生」


「ノエイン様、ご無沙汰しております。本日はお時間を取らせて申し訳ない」


「いえ、セルファース先生は僕にとってもこの領にとっても恩人ですから……お力になれるのなら嬉しいです」


 恐縮した様子で立ち上がったセルファースにそう言うと、ノエインは彼の隣に立つ少女に目を向けた。領主を前にしているからか、少女はひどく緊張している。


「ノエイン様、この子は――」


「リリス、ですね」


 ノエインが少女の名前を言い当てると、セルファースも、そして少女自身も驚いた表情を見せる。


「この子をご存知だったのですか?」


「彼女はアールクヴィスト領の開拓一年目に移住してきた古参の領民の一人です。その頃の領民は全員覚えてます」


 まだアールクヴィスト領の人口が50人にも満たなかった頃。このリリスは父ラッセルと母アドミアとともにガルドウィン侯爵領から逃げ出してアールクヴィスト領へと流れてきた。ノエインはそのことを覚えていた。


「それに、彼女の父親は先の盗賊討伐で重傷を負いながら果敢に戦ってくれた英雄です。その娘のことを忘れるはずはありませんよ」


「父だけでなく私のことも覚えていてくださったなんて……ありがとうございます」


 感極まった様子で言うリリスに、ノエインは微笑んで見せた。


 彼女の父親ラッセルは、盗賊との戦いで重傷を負った一人だ。片足を失って満足に農作業ができない体になったので、ノエインから見舞金が贈られ、座ったままできる仕事として大豆の粉砕などの軽作業を任されていた。


 開拓初期からの領民で、さらに領地のために名誉の負傷をした男の家族ともなれば、ノエインの記憶にリリスのことが残っているのも当然だ。


「まあ、とりあえず座って詳しい話を聞きましょう」


 ノエインはテーブルを挟んだ反対側のソファに座り、セルファースとリリスにも着席を促す。


「妻からは『医学に興味を持っている生徒がいて、実家と揉めている』と聞いてるけど……リリスがそうなの?」


「は、はい」


 訪ねられたリリスは、やや暗い顔で頷く。


「盗賊に足を切り落とされて死ぬかもしれなかったお父さんを救ってくださったのはセルファース先生です。先生はお父さんの命の恩人です。学校に通うようになって、セルファース先生の授業を受けて……私も先生みたいに、怪我や病気をした人を助けられるようになりたいと思ったんです」


 セルファースのおかげでリリスの父親は片足を失いながらも生きている。それだけの恩のある人物から直接医学の知識を与えられたら、医者の道に興味を持つのも納得できる話だ。


「だけど、お父さんは私が医学の道に進むことをまったく許してくれなくて……私が医者になりたいと言っただけで、理由も聞かないで、『女が医者になるなんて無理だ、許さん』って一方的に怒鳴られて……お母さんも、お父さんに従うとしか言ってくれなくて」


「そういうことか……」


 リリスの言葉を聞いて、ノエインは今回の問題を理解した。


 地域によって差はあるが、「男の仕事はこれ、女の仕事はこれ」といった考えは王国社会のさまざまな場面で見られる。


 医師も基本的には「男の仕事」とされており、女性医師は王族や上級貴族の女性を診るためにごく僅かに存在するだけだという。一般庶民のラッセルが「女の医者なんてあり得ない」と考えるのも無理のない話だ。


「セルファース先生は、リリスに医学の知識を教えることについて抵抗は?」


「ありません。私はエルフの血を引いていますので……」


「なるほど、そうですよね」


 エルフの国や集落では男女が完全に対等な社会を築いていると言われている。ノエインが過去に読んだ書物にもそう記述があった。親族にエルフを持つセルファースが、人間とは違う社会観を持っているのも当然と言えば当然だ。


「それに、彼女はとても勉強熱心で理解も早い。私はこれまでに何人も弟子を持ってきましたが、過去の弟子たちの幼い頃と比べても才能があるように思えます。許されるのなら、彼女を弟子にして、私の持っている知識を授けたい」


 褒められたことが嬉しいのか、リリスは少し顔を赤くしながら笑みを堪えていた。


「分かりました。僕もこの領から新しく医師が生まれるのはとても嬉しいし、領主としてありがたいとも思います……となると、後は彼女の父親の説得だけですか」


「はい、そうなります。一医師でしかない私が、よその家庭事情にまで口を出すのは出過ぎた真似かと思いまして、恥ずかしながらこうしてノエイン様を頼らせていただくかたちとなりました」


 セルファースは申し訳なさそうに言うが、ノエインとしてはよくぞ頼ってくれた、という気持ちだ。


 今後アールクヴィスト領をより発展させるためにも、こうした古い慣習にもとづく制約はなるべく無くしていきたい。そのためにも今回の件はいい前例になるだろう。領主が自ら動く価値がある。


「分かりました。アールクヴィスト領のためにも、そして何よりリリスの決意と将来のためにも、僕が彼女の父親の説得にあたらせてもらいましょう」


「感謝いたします、ノエイン様」


「ノエイン様……本当にありがとうございます」


 セルファースは深々と頭を下げ、リリスも涙を流さんばかりの表情でそう言った。

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