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第67話 大都会

「晩餐会か……貴族の集まりなんて経験がないし、色々と気を遣わないといけなさそうだし、自分から言い出しといて今さらだけど少し憂鬱だよ」


「本当に今さらだな」


 まさにこれから馬車に乗り込むというときにそう文句をこぼしたノエインに、隣にいたユーリは呆れ顔で返した。


 あっという間に12月になり、これからノエインは北西部閥の晩餐会に出席するため領都ノエイナを発つところだ。


「こうして見るとちゃんと貴族の馬車らしくなってるな」


「そりゃあね。安くないお金をかけて改修に出したんだから、見栄えがよくなってないと困るよ」


 アルノルド・ケーニッツ子爵から譲り受け、レトヴィクの工房(かつてダミアンが働いていたところだ)に改修を依頼して出来上がったのが、今ノエインが乗ろうとしているアールクヴィスト士爵家の専用馬車だった。


 2頭立ての箱馬車で、御者を除いて最大で4人乗ることができ、後部には多少の荷物を載せるスペースもある。もともとは白く華やかな見た目の馬車だったが、今は全体的に黒く塗装され、落ち着いた荘厳な雰囲気を放っていた。


「これなら派閥に所属するような有力貴族として、一応は他の家に見劣りもしないと思う……まったく、貴族は面倒だね」


「そういうところを面倒だと言っちゃうあたり、ノエイン様はやっぱり貴族らしくないですね」


 ノエインの言葉を聞いて、見送りに来ていたアンナが苦笑した。


「一応は伯爵家の生まれだけど、この年まで貴族社会とは無縁だったからね。初めての社交が大きな貴族閥の晩餐会なんて、ちょっと緊張しちゃうかな」


「そんなこと言って、どうせ他の貴族を上手いこと言いくるめて味方を増やして帰ってくるんだろう」


「どうかな。ケーニッツ子爵には今のところ完勝だけど、大貴族にはもっと手強い人がいるかもしれないからね」


 そう言いながらも、ノエインはヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべている。対するユーリとアンナも、ノエインが舌戦で負けるところなど想像もできないので心配はしていない。


「ノエイン様、出発の準備が整いました。いつでも発てますよ」


 ユーリたちと雑談に耽っていたノエインにそう声をかけたのはペンスだ。彼は今回、護衛として馬に騎乗して同行することになっている。季節が冬ということもあり、革鎧の上に分厚い外套を羽織っていた。


「はーい。じゃあ僕たちはそろそろ行くね、ユーリもアンナも領内のことはよろしく」


「おう、任せておけ。帰還までは10日くらいだな?」


「うん。向こうに何日か滞在するつもりだしね」


 晩餐会が開かれるのは、ケーニッツ子爵領のさらに東にある、北西部閥の盟主ベヒトルスハイム侯爵の領地だ。


 その領都ベヒトリアまでは馬車で片道3日ほど。せっかく大都会に足を運ぶということもあり、ノエインは数日滞在して見聞を広めるつもりだった。


「分かった。領内の業務は俺たちで回しておくから問題ない」


「ノエイン様、お気をつけて」


 ユーリとアンナ、さらに他の従士や自身の奴隷たちにも見送られて、ノエインの一行は領都ノエイナを発つ。


 一目見ただけで高級なものだと分かる貴人用の馬車が走っていくのを見て、領民たちも尊敬の眼差しを向けてノエインの出発を見届けた。


・・・・・


「……乗る物が変わると移動ってこんなに楽になるんだね。眠くなりそうだよ」


 窓の外を眺めながら、ノエインはのんびりした声でそう呟く。


 今まで領都ノエイナを出るときは、荷馬車の荷台に揺られて移動していた。乗り心地などまったく考えられていない荷馬車では、長時間の移動はなかなか疲れるものだった。


 それがサスペンション付きの貴人用の箱馬車になると、ここまで変わるのかと驚くほどの快適さだ。おまけに「暖房」の魔道具が作動しているので、外は真冬なのに馬車内は暖かい。眠気が出てくるのも不思議ではなかった。


「よろしければ私を枕にしてお休みください。お疲れでしょう」


 10日も領を空けるにあたって、昨日までノエインはややオーバーワーク気味に領主としての仕事を進めていた。それを気遣ってマチルダが提案する。


「そうだね、じゃあ甘えさせてもらうよ……あ、ロゼッタも楽にしてていいからね。僕のことは気にしないで」


「はい、私は大丈夫です~」


 ノエインが向かいの席に座るメイドのロゼッタにそう伝えると、彼女はおっとりした性格もあってか、緊張した風でもなくそう返した。


 そのままノエインはマチルダの膝を枕にしてスヤスヤと寝息を立て始める。


 今回のノエインの旅路に同行するのは全部で5人。馬車の御者を務めるバート、騎兵として護衛を務めるペンスとラドレー、世話係のメイドとしてロゼッタ、そして当然ながらマチルダもいる。


 ペンスとラドレーは馬車の前後を守り、バートは外の御者席にいるので、必然的に馬車内にはノエインとマチルダ、ロゼッタがいることになる。


「うふふ」


「……何か?」


「いえいえ~。ただ、ノエイン様はマチルダさんを愛して信頼されてるんだな~と思いまして」


 ニコニコとマチルダの方を見てくるロゼッタは、マチルダの問いかけにそう応えた。


 安心しきった顔で幸せそうに眠るノエインの顔を見れば、ロゼッタがそう感じたのも当然だろう。


「ノエイン様がここまで気を許して甘えられるのはマチルダさんだけです。マチルダさんは凄いですね~」


「……ありがとうございます」


 顔が赤くなっていないだろうかと少し不安になりながら、マチルダは照れていることを悟られないように言った。


・・・・・


 ケーニッツ子爵領に入り、レトヴィクを通過し、もっと東に進んだところにある小さな街で一泊。翌日にはベヒトルスハイム侯爵領に入り、また道中の小さな街で一泊。


 さらにその翌日の夕方、ノエインたちは目的地である都市ベヒトリアにたどり着いた。


 ベヒトルスハイム侯爵領の領都でもあるこの都市は、人口3万を数える大都会だ。都市を囲む城壁の高さも、長さも、領都ノエイナの木柵はおろかレトヴィクの城壁とも比べ物にならない。


「す~っごいです~」


「ロゼッタは都会に来るのは初めて?」


 馬車の窓から街並みを見て感嘆の声を上げるロゼッタに、ノエインはそう問いかけた。


 ちなみに、ノエインとマチルダはこのベヒトリアに匹敵する大都会で生まれ育ったので取り立てて驚くほどのことはない。


「はい、私は小さな街で生まれ育ったので、こんなに大きな街並みは初めて見ました~」


「そっか。それじゃあせっかく同行したんだし、滞在を楽しむといいよ。休みもあげるから、色々見て回ってね」


「ほんとですか~!? ありがとうございます~」


 目を見開いて喜ぶロゼッタに、ノエインも微笑んで頷く。


 そうしている間にも馬車はベヒトリアの通りを進み、やがて目的地である宿にたどり着いた。


 街の中心部にほど近い大通り沿いに立ったこの宿は、貴族や豪商、豪農など富裕層向けとされている。ノエインが予めアルノルド・ケーニッツ子爵から薦められていた宿で、アルノルドもここに泊まっているはずだった。


 宿の前には従業員が立っており、馬車が停まるとすぐさま駆け寄ってきて、扉を開けてくれる。


 ノエインが従業員に礼を言って馬車を降りるのと同時に、宿の入り口が開いて中から支配人と思われる年配の男性が出てきた。


「ようこそいらっしゃいました、ノエイン・アールクヴィスト士爵閣下。お話はケーニッツ子爵閣下からお伺いしております。私は当宿の支配人でございます」


「これはご丁寧に、ありがとうございます」


 そう応えながら、ノエインは内心で少し驚く。


 ケーニッツ子爵は早めにベヒトリアに入ると言っていたし、この宿も紹介してもらっていたが、まさかノエインが宿泊することまでわざわざ事前に話を通してくれているとは思わなかった。


 この支配人が見ただけでノエインのことを分かったのは、事前に特徴――10代半ばほどの見た目で兎人の奴隷を連れていることをアルノルドから聞いていたためか。


「それではお部屋の方へご案内させていただきます。荷物は従業員に運ばせましょう」


「お願いします……それじゃあペンスは僕と一緒に。ラドレーとバートはまた明日ね」


「へい」


「俺たちは少し戻ったところの宿に泊まってます」


 この宿は富裕層向けというだけあって、メインの部屋の隣に使用人用の小さな部屋が2つ付いているという。


 しかし、その片方はロゼッタが使い、もう片方にペンスたち3人が泊まることは広さ的に難しいため、護衛として1人が残ってあとの2人は別の平民向けの宿に滞在することになっていた。


 そのためバートとラドレーとは一旦ここで別れ、宿にはノエインとマチルダ、ロゼッタ、ペンスだけが入る。


 支配人から「アールクヴィスト閣下のご活躍はケーニッツ閣下より聞き及んでおります」などのお世辞をもらいつつ、廊下を進んで部屋に到着。


「アールクヴィスト閣下がご到着されたらお伝えするよう言いつけられておりますので、後ほどケーニッツ閣下がこちらへ訪ねられるかと思います」


 そう言葉を残し、支配人は出ていった。


「なんだか疲れたな……恭しく頭を下げられたりお世辞を並べられたり、こうも貴人らしく扱われるのは慣れないね」


「お疲れ様でした、ノエイン様。お茶を淹れましょうか?」


 身内だけになってようやく気を抜けたノエインは、息を吐きながらベッドに寝転がる。そこへマチルダが声をかけた。


「ありがとうマチルダ。せっかくだから4人でお茶にしよう」


「私もお手伝いします~」


 お茶を淹れるのをマチルダとロゼッタに任せ、ノエインとペンスは室内にあったテーブルにつく。


「わざわざノエイン様が泊まることまで話を通してあるなんて、ケーニッツ子爵もずいぶんと親切ですね」


「盗賊騒ぎの後に会ったとき、さんざん脅してあげたからね。それ以来すっかりあの人も優しくなっちゃって、やり取りする側としては張り合いがないよ」


「……ノエイン様らしいでさあ」


 そんな話をしていると、


「アールクヴィスト卿、いるかね?」


 ノックとともにドアの外からアルノルド・ケーニッツ子爵の声が聞こえた。


「げっ、もう来た。間が悪いなあ」


「聞こえちまいますよ」


 素直な反応を見せたノエインに、ペンスが突っ込む。


「ノエイン様、お茶はどうされますか?」


「……このまま話し合いがてらケーニッツ子爵と飲むよ。マチルダとペンスは僕の後ろで護衛について。ロゼッタは給仕をお願いね」


「かしこまりました」


「了解でさあ」


「分かりました~」


 予想より早いケーニッツ子爵の来訪を受けて、ノエインは出迎えの準備を渋々整えるのだった。


 これから北西部閥の晩餐会に向けて、主な出席者の予習やノエイン紹介のための打ち合わせをすることになる。

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