第366話 戦闘準備
「――だから、この作戦が不発に終わるようなら、別動隊として動いた者たちは自力で国境の山まで撤退してもらうことになる。敵の大軍に追われながらね。全員が生還することはできないだろうし、全滅もあり得る。それを理解した上で、志願するか考えてほしい。他の者にもそう伝えてほしい」
ノエインが策の説明を終えると、それを聞いたグスタフとアレイン、ダント、そして歩兵部隊の小隊長たちは――一様に不敵な笑みを浮かべた。
「確かに、それなら敵の度肝を抜いてやることもできそうっすね。戦いがいがありそうだ。俺がやります」
「駄目だぞアレイン。別動隊のクレイモアを率いるのは俺だ」
「あぁっ!? 何でだよ!」
グスタフに言われて、アレインは抗議の声を上げる。
「俺たち二人とも別動隊に入るわけにはいかないだろう。お前より俺の方が軽いから適任だ……それにこんな大役、みすみす部下に譲るわけないだろう。これは隊長としての命令だ」
「くそっ! ずりぃぞ!」
そんな子供じみた言い合いをする二人を横目に見ながら、今度はダントが口を開く。
「私もこの図体では志願できないのが惜しいですが、小隊長の中から最も小柄な者――こいつを歩兵の指揮役につけましょう。兵たちの中からも、志願者はすぐに集まるはずです。むしろ枠の取り合いになるでしょうね」
ダントが言うと、彼に指をさされた猫人の小隊長が当たり前のように頷く。
「提案した僕が言うのも難だけど……皆、よく躊躇いなく志願してくれるね。下手をすれば敵陣への片道切符になる策なのに」
「大公国の平穏と発展を脅かす敵を、一気に討ち取ることのできる一手です。我々としては、むしろ是が非でも就きたい任務です」
「その通りです。できるだけ小柄で軽い者が優先されるのが羨ましいくらいですよ」
「もっと痩せておけば良かったかもしれません」
ノエインが驚きに小さく眉を上げると、小隊長たちは笑いながら口々に言った。
その反応に、ノエインもまた笑った。ユーリが語った大公国軍人の矜持は、やはり正しかったらしい。
「それじゃあ各位、それぞれの部下にも伝えてあげて。さっきも言ったように、志願者が多いときは体重が軽い者を優先するよう、各隊で調整して」
ノエインが解散を命じると、皆それぞれの部下のもとへと戻っていく。
それから一時間とかからず、グスタフとダントが、クレイモアと歩兵部隊それぞれの志願者をまとめ、人員を選定してノエインに報告に来る。
それを以てノエインはガブリエル・レーヴラント国王にも自身の策を提示し、王国軍の同意と協力を獲得。
ヴィルゴア王国の軍勢との決戦に向けて、急ぎ準備を進めることとなった。
・・・・・
「見てくださいよダント隊長。似合ってますか?」
「これで俺たちも立派な魔法使いですよ」
別動隊に選ばれた小柄な兵士たちが、笑いながら攻撃魔法の魔道具を構えて見せ、その場を通りがかったダントに言った。
「馬鹿野郎。お前らみたいな魔法使いがいてたまるか。せいぜいが魔法使い擬きだな」
それを見たダントも苦笑しながら軽口を返す。
ノエインの策を軸にした迎撃作戦。その準備は順調に進められていた。兵士たちも遊びで魔道具を手にしているわけではなく、その扱いに少しでも慣れるために構え方や動き方を身体に馴染ませているのだ。
「……あの」
そのとき、ダントに後ろから女性の声がかけられた。
ダントが振り返ると、そこに立っていたのはヘルガ・レーヴラント王女――軍事行動中の今は騎士レーヴラントだ。
「はっ。どのようなご用でしょうか」
今は形式的には一騎士とはいえ、相手は王女だ。ダントは姿勢を正し、敬礼しながら応える。
「我が国の風魔法使いたちが、そろそろ連携訓練を始めたいそうです。別動隊の兵士たちに関所の前まで集合してほしいと、伝えてもらえますか?」
おどおどした口調で、騎士レーヴラントは言った。最初は高飛車な印象だった彼女だが、この砦に陣を移したあたりから妙にしおらしい印象になっている。
「了解いたしました……おいお前ら、聞こえたな? さっさと魔道具を持って移動しろ!」
「「「はっ!」」」
ダントが命令すると、兵士たちは威勢よく返事をして、砦の司令本部となっている関所へと歩いていく。
そのままダントも他の仕事に移ろうとすると、
「あ、あの、それで……少し聞きたいことがあるのですが」
騎士レーヴラントに呼び止められてしまった。
「私でお答えできることでしたら」
そう言って立ち止まりつつも、ダントは内心で身構えた。
初日のノエインと彼女の一波乱の話はダントも聞いている。ヘルガ・レーヴラント王女には注意しろ、もし絡まれるようならノエインかユーリをすぐに呼べと指示を受けている。
「ありがとうございます。あの……アールクヴィスト大公閣下は、あなた方から見てどのような君主でいらっしゃるのですか?」
「と、いいますと?」
ダントが警戒心を顔に出すと、ヘルガは狼狽えた。
「ご、ごめんなさい。違いますの……アールクヴィスト閣下の在り方を見てよく学べと、父に言われましたので」
おろおろと答えるヘルガは、とても今この場でノエインやアールクヴィスト大公国を貶す気があるようには見えない。どういう風の吹き回しだと思いつつも、ダントは口を開いた。
「アールクヴィスト閣下は私などが語るまでもなく、君主として素晴らしい御方です。種族の別も身分の別もなく、全ての臣民にでき得る限りの幸福を与えようと常にお考えになり、行動されています。そのために閣下がご身命を賭して戦われる御姿も、私は何度も目にしてきました。閣下が死をも覚悟されて血を滲ませながら、自軍の数倍の敵に最前で挑まれる御姿を見てきました」
ダントも今は歴戦の戦士だ。醸し出す迫力は尋常ではない。その迫力と共に語られるノエインの姿に、ヘルガは慄いた。
「今回アールクヴィスト閣下が提示された策に、我が軍の兵からはすぐに志願者が集まりました。誰もが我こそはと主張し、選ばれなかった者は悔しさを滲ませていました。普人も獣人もです。閣下のご命令ならば、それが大公国のためになるのであればと、誰もが危険な任務に喜んで臨もうとしました。兵士たちの姿勢は、閣下がどのようなお人柄か、大公国がどれほど素晴らしい国かを示す上で、微力ながら判断材料になるかと思います」
「……そう、ですか」
ヘルガは俯きながら、小さな声で呟くように答える。
「では、閣下があの兎人の従者の女性を大切にされているのも、本当なのですね」
「名誉士爵マチルダ殿のことでしたら、仰る通りです。アールクヴィスト閣下が彼女を常に重用されているのを、大公国の開拓が始まった一年目から私は見てきました。閣下は常に……比喩ではなく本当に常に、彼女を傍に置いています。私の知る限り、彼女が閣下の傍から半日と離れていたことはありません。この十一年の間、ずっとです」
それを聞いたヘルガはまた慄いた。先ほどとは意味合いの違う慄きのようだった。おそらく引いている。少しばかり気持ちは分かるとダントは思った。
「……よ、よく分かりました。ありがとうございます。申し訳ありません、お忙しいときに」
「いえ、お役に立てたのであれば何よりであります。それでは」
ダントは敬礼し、その場を離れる。
後に残されたヘルガは、しばらくその場に呆然と立っていた。




