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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】  作者: エノキスルメ
第十二章 新たな始まり

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第319話 建国準備の春

「閣下、腰に当てた左腕は肘をもう少し上げてください。右腕は少し横に広げるようにして、力を抜いてください。顔は体と同じ向きで、視線だけこちらに向けて……そうです。それではしばらくその姿勢のままお願いいたします」


「……けっこう大変なんだね」


「良き肖像画を仕上げるためにも、こればかりは閣下の御苦労をいただかなければなりません。どうかご辛抱を」


 三月も終わりに近づいたある日。テーブルをどけて広くスペースを作った会議室で、ノエインはいかにも貴族家当主らしい立派なポーズをとっていた。


 ノエインの前で指示を出しているのは、ロードベルク王国北西部では名の知られた絵師だ。


 既に八十歳を超えるハーフエルフだというこの絵師は、貴族の肖像画の依頼をよく受けており、最近だと領主代行としてケーニッツ伯爵領の実質的な為政を行うようになったフレデリックの肖像画も描いているという。


「とてもかっこいいですわ、あなた」


「衣装と佇まいが合わさって、ノエイン様の威厳が伝わってきます。とても素敵です」


「ははは、ありがとう二人とも。ちょっと照れるね」


 肖像画が描かれる様を見物しているクラーラとマチルダから感想を投げられ、ノエインは苦笑いを浮かべる。今日のノエインは全ての装飾を付けた完璧な儀礼服姿だ。


 大公として独立するのであれば、屋敷には自身の肖像画のひとつくらい飾らないわけにはいかない。これもまた国家元首として必要な仕事である。


 また、肖像画には「アールクヴィスト大公家の初代当主として歴史に顔を残す」という意味もある。いつ何が起こるか分からないのが世の常だからこそ、生きているうちに姿を絵にしておくのだ。今後ノエインが中年になったときには、また年齢相応の顔の肖像画を描いてもらうことになる。


 ノエインの肖像画が終われば、クラーラとエレオスが一緒に、その後にはマチルダも絵に描いてもらうことになる。絵師にとってはなかなかの大仕事だ。


「閣下、肖像画にお姿を残すにあたり、特に強調して示したい要素はございますでしょうか? どのようなご要望でも取り入れられますが」


「強調して示したい要素……?」


 小さく首をかしげたノエインのもとにクラーラが駆け寄り、耳元に口を寄せる。


「貴族の肖像画では、実際の容姿とは少し違う風に描くことも多いのです。背を高くしたり、若々しく、あるいは貫禄があるように描いたり、太めの方を細く描いたり、髪が薄い方を豊かに描いたり……そうした要望はあるか、ということです」


「ああ、そういうことか」


 いかにも見栄にこだわる貴族らしい話だ、と思いながらノエインは笑い、少し考えて絵師に答える。


「じゃあ、背を少しだけ高くしてもらおうかな。あまり誇張はし過ぎず、気持ち程度に」


「かしこまりました」


 絵師は穏やかな笑みをまったく動かさずに頷き、筆をとった。クラーラとマチルダも特に突っ込まない。


 世の男性の平均身長よりも背がかなり低いのは自身のコンプレックスだが、かといってあまり実際とかけ離れた姿で絵に残されるのも嫌だ。自分らしくありつつ、少しだけ見栄を張るくらいが丁度いいだろう。そう思いながら、ノエインは姿勢を保つ。


 ノエインの肖像画は、粛々と描き進められていった。


・・・・・


 四月の上旬、ノエインは自身の屋敷を見上げていた。


「いかがでしょうか、アールクヴィスト閣下」


「いいね。派手過ぎず上品で、それでいて荘厳さもあって、僕の好みだよ」


 ノエインは改装された自身の屋敷を満足げな表情で眺めながら、建築技師の言葉に答える。


 大公家の、それも小さいとはいえ一国を治める家の屋敷となれば、相応の格を示さなければならない。


 アールクヴィスト家の屋敷は実用的ではあるが、派手さを嫌うノエインの好みと、建てたのが質実剛健な造りを好むドミトリだったことが重なり、そのまま大公家の屋敷とするには少々地味と言わざるを得なかった。


 そのため、ノエインはドミトリの伝手で上流階級の屋敷などを手がける専門の技師を招き、壁を塗り直したり、装飾を足したりと、一国の主の居所にふさわしい威厳を演出してもらうことにしたのだ。


「ご満足いただけて何よりでございます。私としても、建築技師として指折りの自信作と呼べる仕上がりになりました」


「特に『母なる海の青』の使い方がいいね。細かな装飾が繊細に染められてて目を引くよ。何より、ラピスラズリ鉱脈を富の源泉に持つアールクヴィスト家の屋敷らしい」


「はははは。超高級顔料である『母なる海の青』を、屋敷の装飾にこれほどふんだんに使えるのは夢のようでした。このような仕事に巡り合えましたこと、実に幸せに思います」


 ラピスラズリから作られる『母なる海の青』は「同じ重さの金と等しい価値がある」と言われるほど高価な顔料だ。


 しかしそれは、幾人もの商人の手を介し、遠くへと運ばれて小売りされる場合の話。自らラピスラズリ鉱脈を所有し、加工職人を抱えるノエインの場合は違う。さすがに無尽蔵に使い放題とはいかないが、装飾程度になら気兼ねなく使える。


 ラピスラズリはアールクヴィスト家の繁栄を支えてきた富の源泉。なのでノエインは、屋敷の各所を彩る装飾に『母なる海の青』を使わせていた。


 その結果、白を基調とした屋敷を深い青が彩り、これからアールクヴィスト大公国を治めていく元首の居所としてふさわしい存在感を放っている。


「ノエイン様、どうですか、この技師の仕事は」


 そこへ歩いてきたのは、建築技師を紹介してくれた大工の親方ドミトリだ。


「素晴らしいよ。さすがは君が紹介してくれた人材だね」


「そりゃあよかった。レトヴィクにいた頃にこの人とは何度か仕事をしましたんでね。心配はしてませんでしたが、ご満足いただけたようで何よりですよ」


「私もドミトリ殿には感謝しなければいけませんね。やはり職人にとって、良き職人との繋がりこそが最大の宝です」


 建築技師は普人だが、犬人のドミトリに対して差別心を見せることはない。「職人に対してはその実力のみを見るのが自分の信条」だと、最初に挨拶を交わしたときに彼が語っていたのをノエインも聞いている。


「君の仕事の方も……順調みたいだね」


「もちろんです。俺も負けてられやせんからね」


 そう話しながらノエインとドミトリが振り返ったのは、現在建設中の別館だ。


 ノエインの屋敷には一通りの必要な部屋が揃っていが、一国の主となるには今のままでは足りない。晩餐会などを開くための広間や、そうした社交に客人を招いたときの予備の客室も必要となる。


 そのためノエインは、新たに小さな別館を建て、そこに社交の機能を集約させることにした。本館も別館も国に合わせて小規模に、その代わり質は高く。それがノエインの方針だ。


「私はお屋敷の改装の細かな仕上げを済ませましたら、ドミトリ殿と協力して別館の装飾を進めてまいります」


「引き続きよろしく頼むよ。ドミトリも色々と忙しいだろうけど、頑張ってね」


「嬉しい悲鳴ってやつですよ。任せてくだせえ」


 別館の建設とアスピダ要塞の都市化、そして各地の開発作業の統括指揮をこなしているドミトリは、その忙しさを楽しむような、活力に満ちた表情で頷いた。


・・・・・


 カルロス率いる劇団の滞在期限が迫った五月の上旬。当初の約束通り「アールクヴィスト領に関する劇」が完成したと連絡を受けたノエインは、家族を連れてその劇の初演を鑑賞しに出かけていた。


 場所は領都ノエイナの北西区画、未だ開発されていない空き地に壁代わりの布を張り、木製の舞台を組み上げて作られた仮設の劇場だ。到着したノエインたちは団長カルロスの挨拶を受け、観客席の中でも最も後ろ、他よりも高く作られた特別席に案内される。


「内容を聞いてない分、余計に楽しみだね」


「ふふふ、期待していてください。きっとご満足いただけますわ」


 ノエインの左隣で、エレオスを膝に乗せて笑うのはクラーラだ。


 カルロスから「劇の脚本執筆のため、アールクヴィスト閣下のこれまでのご活躍について詳しく知りたい」と申し出があり、ノエインの人生を伝記にまとめている彼女が助言役として手を貸していた。なので、クラーラは既に劇の大体の内容を知っている。


 ノエインの右隣では、マチルダが一応は護衛という役割もあるので周囲にも気を配りつつ劇の開始を待つ。エレオスは母の膝の上で、初めて訪れた仮設劇場をもの珍しそうに見回していた。


「クラーラが手伝ったから心配してないよ。劇団の民からの評判もいいみたいだしね」


 滞在中、劇団は小規模な喜劇や恋愛劇を領民に向けて公演し、好評を博しているという。これで今から始まる劇のクオリティに問題がなければ、カルロスたちは晴れてアールクヴィスト家のお抱え劇団だ。


 そうして話しているうちにも次々に客が入り、客席はあっという間に埋まり、立ち見の客も発生する。アールクヴィスト領に関連する新作劇の初演ということもあって、民の注目度も高い。


 そして、大勢の客を前に、ついに劇が始まる。


『ご来場の皆様! 長らくお待たせいたしました。これよりご覧いただきますのは、偉大なるノエイン・アールクヴィスト閣下にお捧げする新作劇にございます』


 そう語る団長カルロスの声は、特殊な加工がされた拡声の魔道具を使っているのか、劇場内に反響して多彩に揺れる。その揺らぎが、どこか非日常的な雰囲気を作り出す。


『その名も、英雄ノエイン・アールクヴィストの戦い! どうか最後までお楽しみください!』


 カルロスが高らかに宣言し、タイトルを聞いたノエインは少しぎょっとする。ノエインの動揺をよそに劇は始まり、主人公であるノエインを演じる役者が――例の優男の看板俳優が舞台の中央に登場した。


 そうして始まった劇は、タイトル通り、領主貴族となってからのノエインの半生を、戦記仕立てにして描いたものだった。


『――私は民を愛している。民を守るためであるならば、この身が朽ち果て、この血の最後の一滴が乾ききるまで戦い抜いて見せる!』


『――神よ! どうか私に、アールクヴィスト領とそこに生きる全ての民を守る奇蹟を与えたまえ! 私はここで負けるわけにはいかない!』


 ただし、その劇中のノエインはいつでもどこでも堂々と勇ましく、仕草がやたらと大仰で、周囲には限りなく優しく、気配りも完璧で、誰からも尊敬や畏敬の眼差しを受け、要するにものすごく美化されている。


 ノエインが公の場で見せている態度だけを真実として扱えばこうなるのかもしれないが、主人公の生々しい本音を知っている身としては、いくらなんでも自分はこんな聖人君子ではない、と突っ込まざるを得ない。


 はっきり言ってしまえば、とてつもなく恥ずかしい。


「クラーラ、これ……」


「あなたの偉大さを伝え広める、娯楽性もある素晴らしい劇ですわね」


 ノエインが左隣を向いて愛する妻に声をかけると、脚本に関わっている彼女は嬉しそうな表情で言った。膝の上ではエレオスが目を輝かせながら舞台に見入っている。


「マチルダ……」


「私も素晴らしい劇だと思います。ノエイン様の偉大な功績はこのように語り伝えられるべきです」


 右隣を向くと、愛しの従者が真面目な顔でそう言った。


 そして客席を見回すと、領民たちも劇を楽しんでいることがよく分かる。劇の出来は間違いなく良いものなので、当然と言えば当然だ。


「……はあ」


 半ば諦めて、ノエインもこれをひとつの娯楽として楽しむことにした。


 きっと史実の人物を描いた多くの演劇や物語本も、こうして題材の当人を誇張し、美化してきたのだろう。少し早く自分の番が来ただけだ。そう思うことにした。


 その後も順調に劇は進み、主人公が大公国の建国に向けて新たな決意を語ったところで――以前、不安がる民に向けてノエインが行った演説の再現で締められる。


 万雷の拍手が響く中で、最後に舞台上に集まった役者たちとカルロスが優雅な礼を見せた。


『公演をご覧くださった皆様に、そして我々に公演の場をくださった偉大なるアールクヴィスト閣下に心よりの感謝を申し上げます。閣下の素晴らしきご活躍の数々を伝え広める機会を賜ったことに、我ら一同、深い喜びを感じております』


 ノエインの方を見ながらカルロスが言うと、領民たちの視線もノエインに集まる。


 何か言わなければならない雰囲気だ。そう思って、ノエインは立ち上がった。


「……素晴らしい劇だった。民を幸福にするために努力を重ね、ときに悩み、そしてときに戦ってきた私の半生が、こうして誰もが楽しめるかたちで民に伝えられるのは領主として大きな喜びだ」


 ノエインの言葉に役者たちの表情が一層明るくなり、カルロスは感極まったように胸を押さえ、乙女のような顔で天を仰いでいる。少し怖い、とノエインは思う。


「私は今この場で、君たちをアールクヴィスト家として後援することを宣言する。どうかこれからも、ここノエイナを拠点とし、民に貢献してほしい」


 その宣言を聞いた領民たちが歓声を上げた。豊かではあるが娯楽にはやや乏しかったアールクヴィスト領だ。この二か月自分たちを楽しませてくれた劇団が、領主お抱えとなって居残ることが嬉しいのだろう。


 当の劇団の団員たちもそれぞれ喜びを仕草で見せる。カルロスは涙を流し、身を震わせながらノエインに向かって頭を下げた。ノエインは苦笑しながらそれに頷く。


 この日より、カルロスたちは大公立ノエイナ劇団を名乗ってこの地で活動していくこととなった。

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