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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】  作者: エノキスルメ
第十一章 未来へ

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第287話 停戦成立

「ベトゥミア共和国の西部軍総指揮官、ドナルド・パターソン将軍だ。協議の場にご参上いただき感謝する」


「西部軍の副指揮官、アイリーン・フォスター大軍団長です」


 停戦の申し入れを受けた翌日、アハッツ伯爵領の領都とロードベルク王国・ランセル王国連合軍の野営地の中間あたりに設けられた両軍の協議の席で、ノエインはこの西部におけるベトゥミア共和国軍の将たちと対峙していた。


 パターソン将軍は初老の紳士然とした雰囲気の人物で、一軍人としてはまともで有能そうな印象を感じさせた。


「ロードベルク王国西部軍大将、ノエイン・アールクヴィスト子爵です。よろしくお願いします」


「同じく、エドムント・マルツェル伯爵だ」


「ランセル王国軍総指揮官のオーギュスト・パラディール侯爵だ。隣は副指揮官のクロエ・タジネット子爵。我々はロードベルク王国の友軍の代表として同席しているだけなので、気にしないでいただきたい」


 ノエインたちの側も挨拶を済ませ、用意された協議の席に互いに座る。ノエインは一瞬だけフォスター大軍団長と視線を合わせたが、今は互いに敵同士の立場なので、個人的に言葉を交わすような真似は当然しない。


 場所は野外ではあるが天幕が張られ、巨大な絨毯が敷かれ、おそらくアハッツ伯爵家の屋敷あたりから持ち出した高価なテーブルと椅子が並べられている。大軍の将同士が話し合う場としての威厳は一応整っている。


 わざわざ野外で協議を行うのは、互いの警備上の理由だ。位置的には両軍のちょうど中間辺りに協議の場が作られ、どちらの本隊からも距離がある。周囲は平野なので、奇襲のしようもない。


「では、早速本題に入らせていただく。昨日そちらへ送った使者からも聞いていると思うが、ベトゥミア共和国軍はロードベルク王国への侵攻を止め、全軍が本国へと撤退することが決まった。その間は互いに戦闘行為を停止し、我々が迅速にロードベルク王国から去ることができるよう貴国にもご協力いただきたい」


「ええ、こちらもオスカー・ロードベルク三世陛下より指示を賜っています。貴国の撤退が迅速に行われるよう、協力させていただきます」


 パターソン将軍の言葉に、ノエインは穏やかな表情で頷いた。この点については互いに総指揮官から指示を受けているので、話が食い違うこともない。


 港にこもるベトゥミア共和国軍に最早まともな侵略能力などないが、余裕がないのはロードベルク王国とて同じ。むしろ、国としての困窮度合いはこちらが上だ。


 何せ、凶作の翌年に総力戦を行っているのだ。食料不足に経済の麻痺。民を徴集して兵力とすることによる農村の労働力不足。事態は深刻を極めている。


 兵に食わせる飯さえ余裕がないのだ。悠長に敵の捕虜を大勢拘束し、じっくりと交渉に臨む余裕などない。敵を港に押しとどめることはできても、殲滅しきるほどの余力もない。敵が帰るというのなら、諸手を挙げてそれを見送りたいのが本音だ。


 停戦後の正式な講和については両国の指導者――ロードベルク王国の場合は国王オスカー、ベトゥミア共和国の場合は政治家が考えることなので、現場指揮官でしかないノエインたちの話し合うことではない。


 問題はこのあとの具体的な話し合いだ。現時点での戦闘や混乱をできるだけ速やかに収束させるところまでが、ノエインの仕事となる。


 ベトゥミア共和国軍は少しでも損を減らすために、隙あらば価値のある戦利品を持ち去ろうとするだろう。ノエインはできる限りそれを防ぎ、王国の財産を守りつつ速やかにベトゥミア兵たちだけを本国に追い返さなければならない。


「感謝する。ではまず撤退までの期間についてだが、ロードベルク西部のベトゥミア共和国軍人が全員去るまで、およそ一か月半から二か月を要すると我々は考えている。食料などの――」


「いえ、一か月です。それ以上は認められません」


 ノエインが言うと、話を遮られたパターソン将軍は少し怪訝な表情を見せた。


「貴国の兵士のみを輸送船に乗せて本国に帰るだけであれば、一か月での完全撤退も十分に叶うはずです。もともと我が国のものであった貨幣、貴金属や宝石、芸術品、鉱物資源、馬車、馬、家畜など、港にかき集めた戦利品まで積み込んでいては間に合わなくなるでしょうが」


「……もし一か月の期限を過ぎたら?」


「その時点で残っているベトゥミア共和国軍は戦闘継続の意思ありと見なし、こちらは攻撃を再開します」


 将軍の問いかけに、ノエインは不敵な笑みで答える。


 ベトゥミア共和国の指導者たちが損切りのために撤退を決めた以上、西部侵略軍に継戦のための増援などは来ない。そんな状態でノエインたちが攻撃を再開すれば、その時点で残っていたベトゥミア共和国の西部侵略軍は悲惨なことになるだろう。


 パターソン将軍はノエインの要求通り、戦利品の積み込みを諦めて一か月以内に撤退するしかない。選択の余地はない。


「貴国の兵にこれ以上の被害が出ないことを望むのであれば、余計なものは持たず迅速に撤退することです。これ以上、私たちの国での略奪は認めません。受け入れられて当然の要求かと思いますが」


「……いいだろう、了解した」


 パターソン将軍は渋い表情を浮かべながらも頷いた。


「ご理解いただけて幸いです。我々の方も、王国南西部に未だ散らばっている貴国の兵士たちが無事に帰還できるよう尽力しましょう。我が軍の兵士を動員してベトゥミア兵たちを回収し、こちらへ送り届けます」


「……その際に『天使の蜜』を用いることは」


「しません。停戦するのであれば、こちらは一切の加害行為を行いません。ご安心ください」


 顔を強張らせたパターソン将軍に、ノエインは微笑を浮かべながら答えた。窮鼠でさえ猫を噛むというのだ。窮猫に噛まれる鼠にはなりたくない。


 その後の細かな話し合いは滞りなく進み、王国西部における両軍の正式な停戦が成立した。


・・・・・


 協議を終えたノエインは、ひとまず野営地の司令部へと戻り、椅子に腰を下ろす。緊張が解けたことで、少々だらしなく背もたれに体重を預ける。


「退くと決まってからはあちらも素直なものですね……これで、本当に戦争も終わりですか」


「とりあえず一安心だが、今後のことを考えると頭が痛くなるな。王国南部がこれだけ被害を受ければ、北部への影響も計り知れない」


 ため息をつくノエインに、マルツェル伯爵も今ばかりは少々疲れた様子で答えた。


 凶作と戦争という不幸が立て続けに起こり、特に戦争では多くの領主貴族が死に、多くの村が破壊され、多くの民が攫われた。飢えや破壊行為による民の死者も少なくないだろう。ベトゥミア共和国との貿易がなくなることで、南部の経済も打撃を受ける。


 その影響が北部まで波及するのは必至だ。北部に領地を持つノエインたちも、戦争が終われば領地に帰ってすぐ日常が元通りというわけにはいかない。


 貴族たちの感情の問題もあるだろう。状況的に仕方のないこととはいえ、実質的には失うばかりの戦争となった。特に南部貴族にとっては。彼らの憤りを鎮めるために、国王オスカーが与えられるものはそう多くない。言葉を尽くしての称賛と、装飾した栄誉、そして――


「おそらく論功行賞を口実に、南部は領地再編が成されるだろう。領主一族が死んで空白となった地は恩賞として、生き延びた南部貴族や、功の大きい中央の部門貴族や宮廷貴族に下賜される」


「……国内の勢力図が大きく変わりそうですね」


 そう呟いたのは、会話を聞いていたフレデリックだ。


「そうだな。貴族閥の力関係も今までとはまた違ったものになるだろう。卿らもどう立ち回るか考えておくといい。特にアールクヴィスト子爵は、今回ひどく目立ったからな」


 マルツェル伯爵の言葉を受けて、ノエインは苦笑いを浮かべた。


「……本音を言えば、しばらくはできるだけ目立たずに領地でおとなしくしておきたいんですが」


「そうもいかんだろう。卿は過去にない策を提示して王国を救い、西部の防衛戦では大軍を率いて見事に敵の侵攻を食い止めた。いずれ王宮にて褒賞を賜るはずだ……一方で『天使の蜜』を使った戦略については、今後も好き勝手に評する者が出てくるだろう。良くも悪くも、これから注目を浴びるぞ」


「やっぱりそうなりますよね……難しいなあ」


「ははは、ノエイン殿は意に反して目立つのが得意だな」


 頭を抱えるノエインを見て、フレデリックが笑う。


「……それと、アールクヴィスト子爵はここを発ってキヴィレフト伯爵領ラーデンに向かうつもりでいろ。ベトゥミアの西部侵略軍が期限内に撤退を完了する目処が立ったら出発するつもりでな」


 不意にマルツェル伯爵が言うと、ノエインはきょとんとした顔になった。


「私が、キヴィレフト伯爵領にですか?」


「そうだ。東の方は敵の数が多い分、撤退にも時間がかかる。それが終われば講和だ。実際にまともな講和が成立するかは分からんが……卿が講和に向けた協議の場に同席することを、国王陛下が望んでおられる」


 それを聞いて、ノエインはますます怪訝な顔になった。


「私は必要な人員とは思えませんが……」


「別に協議の場で何かをしろというわけではないそうだ。ただ、そこにはブルクハルト軍務大臣、スケッギャソン内務大臣、ベヒトルスハイム侯爵閣下、シュタウフェンベルク侯爵閣下、ビッテンフェルト侯爵閣下、その他の主要な顔ぶれを連れて行くという。そこに、西部軍の大将として卿も加われと……つまりは、大勢で相手の前に並んで怯ませるのに参加しろというだけの話だ」


「ああ、そういうことですか」


 要するにこれは、舐めた真似をしてくれたベトゥミア共和国の代表者を大貴族たちとともに囲み、脅す栄誉をノエインにも与えるという国王オスカーの計らいだ。


「マルツェル閣下は参加されないのですか?」


「ああ。むしろ私は、卿をキヴィレフト伯爵領へと向かわせる代わりに西部軍の大将を務めるという、交代要員の意味もあって合流した……ただの前線指揮官でしかなかった私と、王国そのものを救う戦略を提示した卿では、どちらが講和の席につくのに相応しいか考えるまでもない」


 そう言ってマルツェル伯爵は――ノエインの記憶が正しければ、知り合ってから初めてノエインに向けて笑った。


「ノエイン・アールクヴィスト。お前の考えや価値観は、私には理解できない部分も多い。だがこれからの時代を作るのは、私のような中年を過ぎた騎士ではなく、お前のような若者なのだということは理解できる……お前は陛下とともに、ベトゥミアの代表者の前に並ぶ栄誉を得るべきだ。分かったな」


「……はい」


「それでいい」


 マルツェル伯爵はまた表情を引き締めると、天幕を出ていった。


「マルツェル伯爵閣下があのような表情をされるのは初めて見たな。凄いじゃないか、ノエイン殿」


「……認めてもらえたと考えていいんでしょうか」


 フレデリックの言葉に、ノエインは呆けた顔で答える。


「今のはどう見てもそういうことだろう。誇らしく思っていいんじゃないか?」


「……そうですね。ふふっ。ふふふふっ」


 ノエインはニマニマと締まらない笑みを浮かべる。それを見たフレデリックが少し微妙な表情になった。


 マルツェル伯爵はノエインにとって、領主貴族として尊敬すべき先達――ノエインにはない男らしさや力強さ、気迫を持つ人物だ。その伯爵から明確に認められたというのは、笑みを浮かべずにはいられない嬉しい出来事だった。

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