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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】  作者: エノキスルメ
第十一章 未来へ

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第262話 時間稼ぎ

「……かしこまりました。ではただ今よりロズブローク男爵閣下に魔法を行使していただき、道が開通し次第、騎兵部隊による突撃を敢行します」


 ロードベルク王国西部軍の陣地を東西から挟む、森に覆われた丘。


 その東側、西部軍の本陣から見ると左手側の丘の中で、アールクヴィスト子爵家の従士長ユーリは自身の『遠話』で繋がった主君ノエインから指示を受け取っていた。


「ロズブローク閣下、アールクヴィスト閣下より命令が下りました。お願いします」


「了解した。丘の麓の地形を変えたら敵の斥候からもこちらが丸見えになるだろうから、すぐに突撃を開始してくれ」


 ヴィオウルフの土魔法で丘の中に騎兵部隊が通れる道を密かに作り進め、敵が予想だにしないタイミングでそれを完全に開通させ、陣に迫る敵の側面を急襲する。そんなノエインの策を実行するためにユーリたちはここにいる。


 この作戦の決行のために、ヴィオウルフはこの数週間はひたすら丘の地面を崩しては整地し、騎兵部隊の全力疾走に耐えられる頑丈な道を作る作業に追われてきた。


「かしこまりました……ということですが、準備はよろしいでしょうか、バラッセン子爵閣下?」


 ヴィオウルフ・ロズブローク男爵と言葉を交わしつつ、後方のバラッセン子爵の方を振り向く。


「あ、ああ……大丈夫だ。せ、先陣を切るのはお前たちに任せる」


 ユーリに声をかけられたバラッセン子爵は、自信なさげにそう答えた。


 突撃する三〇〇の騎兵部隊の名目上の隊長はバラッセン子爵。西部軍に所属する南西部貴族の代表として、彼にも一応は重要な役割を持たせなければ面子に関わるから……というノエインの配慮だ。


 ただし、先頭に立つ役割はユーリと、ロズブローク家の従士長であるセルジャンが務める。お飾りの隊長であるバラッセン子爵はゴテゴテと装飾の施された成金趣味の鎧を着て、隊の後方で不安げな表情を浮かべていた。


「ロズブローク閣下、本当に大丈夫ですか? いくら凄腕の土魔法使いであるあなたでも、これだけの地形を一度に動かす魔法を行使すれば……」


「問題ないさ、セルジャン。最悪でも魔力を使いすぎてこの場で気絶するくらいだろう」


 この丘陵地帯の周辺は確実に敵の斥候が張っている。突撃路を作っていることを知られないようにするために、丘の外に出る道だけは突撃の直前に一気に開通させなければならない。


 間違いなく体への負担が大きい魔法行使をすることをセルジャンから心配されたヴィオウルフは、軽い口調でそう答えた。


「では行くぞ……!」


 ヴィオウルフは両手を掲げ、突撃路が途切れて木々が生い茂っている方へと体を向ける。すると、今まではとても馬が走れる状態ではなかった荒れた地面が徐々に平らにならされて固められ、邪魔な木は根が張った土ごと宙に浮いて横にどけられ、みるみるうちに道が完成していく。


 一分ほどで、馬が全力で駆けることのできる突撃路が丘の外の平野まで通った。


「……十分だろう。さすがに疲れた。私は休むから、あとは……」


 疲れ果てた表情で鼻血を流しながら、ヴィオウルフは最後まで言い切らずに体勢を崩す。横についていたロズブローク領軍の兵士たちが慌ててヴィオウルフの体を支える。


「閣下!」


「……気を失っておられるようです。我々でテントまで運びます」


 声を上げたセルジャンにロズブローク領軍兵士の一人が答え、数人がかりでヴィオウルフを担いで運んでいった。


「……セルジャン殿。ロズブローク閣下の御尽力によって道は開けました。突撃を敢行しなければ」


「……そうですね。行きましょう」


 アールクヴィスト家とロズブローク家、戦争の英雄を当主に戴く二家の従士長が馬を並べる。


「ではバラッセン子爵閣下、後ろから付い……後方からの指揮をお願いします」


「わ、分かった!」


 一応はこの部隊の指揮官であるバラッセン子爵に声をかけ、彼の顔を立ててから、ユーリは正面を向いた。


 上級貴族家の従士長とはいえ、平民のユーリが騎兵部隊の実質的な隊長に任ぜられたのは、側近にひとつくらい派手な戦功を立てさせてやろうというノエインの配慮があってのことだ。


 ならば主君の期待に応えて見せなければならない。そう考えながら、ユーリは声を張る。


「総員突撃! 敵の横っ腹を食い破ってやれ!」


 馬を走らせるユーリにセルジャンが続き、他の騎兵たちも次々に後を追った。


・・・・・


 ロードベルク王国西部軍の前衛突破が難航し、さらに隊列のど真ん中を騎兵部隊によって蹂躙されたベトゥミア共和国軍の西部侵攻部隊は、昨日に続いて攻撃を断念し、退却していった。


 退いていくベトゥミアの兵士たちを本陣から眺めるノエインのもとに、突撃を成功させたユーリが報告も兼ねて帰ってくる。


「お疲れ様、ユーリ。突撃はどうだった?」


「なかなか痛快でした。たまには派手に暴れるのもいいものですな」


 軽い口調でノエインが尋ねると、敵の返り血で顔や鎧を赤く染めたユーリも同じく軽い口調で答える。


 最近はすっかりノエインの側近としての管理職が板についたとはいえ、本来ユーリはアールクヴィスト領でも最強と謳われる戦士。かつては傭兵団を率いる長でもあった。敵部隊の無防備な側面に一方的な急襲をかけて死ぬようなヘマはしない。


 かすり傷程度は負っているものの、まるで散歩から帰ってきたかのような気楽な様子で大戦果を持ち帰った従士長に、ノエインは笑いかける。


「それはよかった。敵も逃げ帰っていったし、忠実な側近も手柄も立てて帰ってきたし、言うことなしだね」


「それと、バラッセン閣下も無事にご帰還されています」


「へえ」


ユーリの補足に、ノエインはあまり興味がなさそうに応えた。


「……敵にはまた大量の負傷者を連れ帰ってもらわないと」


「戦果で言えば昨日の倍は超えているだろうな……殺してしまった敵兵も多いだろうが」


 呟いたノエインに、隣から参謀のフレデリックが頷く。


「ですね。クレイモアの皆が思いっきり暴れたから仕方ないことですけど……にしても、これだけ倒してもようやく敵の損害は二割弱ですか。あらためて考えてもとんでもない兵力ですね」


 まだはっきりとは数えられていないものの、ざっと確認して報告された敵の損害は死者が五〇〇人以上。そして『天使の蜜』によって麻痺させた負傷者が二〇〇〇人ほど。昨日の戦いと併せた敵の死傷者は三五〇〇人ほどになった。


 これでも敵の損耗率は二割に満たない。ベトゥミア共和国軍の西部侵攻部隊には、補給線に支えられた一七〇〇〇以上の実戦兵力が残っている。


「敵も麻痺した負傷者の世話や移送で相当に人手をとられるだろうが、それを差し引いてもこちらに余裕があるとは言えないな……今日の戦闘で、こちらにも四〇〇人近い死傷者が出ている」


 ロードベルク王国西部軍の死傷者は、昨日の戦闘と併せて一割に迫る。まだ戦線復帰できる程度の怪我人も合わせればさらに多い。


 単純な比較をすれば一人の犠牲で五人以上の敵を無力化していることになるが、こちらの絶対数が減れば敵を無力化するペースも落ち、兵士一人当たりの負担や疲労は大きくなり、戦力差は広がっていくだろう。とても安心できる戦況ではない。


「ノエイン殿、次はどうする?」


「そうですね……次は、ちょっと早いけどあの手を使います。あちらには存分に騙されてもらいましょう」


 フレデリックの問いかけに、ノエインは不敵な笑みを浮かべながら答えた。


・・・・・


 物量による力押しも及ばず、またもや無念の撤退を決断した二日目の戦いの後。アイリーンはまた例の毒で麻痺させられた大量の負傷者を回収させつつ、部下たちと軍議を行って策を練り、次の朝を迎えた。


 昨日はゴーレムの暴走と側面からの奇襲のせいで突撃の勢いを削がれて押し切ることができなかったが、そうやってこちらの度肝を抜く策を敵がいくつも用意できるとは思えない。さすがにそろそろネタ切れだろう。


 丘に入らせる部隊を増やし、本隊側面への攻撃も警戒しつつまた大攻勢をかけ、今日こそは敵の防衛線を破壊してやる。


 指揮官用の広い天幕の中、従者の少女兵に手伝わせて朝の身支度を行っていたアイリーンはそう考えていた。


「フォスター大軍団長閣下! 大変です! 至急、敵陣をご確認ください!」


 しかし、今日の戦いへの決意を固めるアイリーンの静かな朝は、伝令兵の叫び声によって邪魔される。


「騒々しいぞ! 今度は一体どうした!」


 まだ鎧を着ていなかったアイリーンは、軍服のズボンと上着を身につけて天幕を出る。そして兵士の言葉通りにロードベルク王国西部軍の陣を見て――目を見開いた。


「な、何だこれは!?」


 敵陣の最前列にずらりと並んでいるのは、ゴーレムだ。それも昨日の二〇体弱などという生易しい数ではない。


 片膝をつく姿勢で戦場に鎮座しているゴーレムの列は、敵が陣を敷く隘路の左右、丘の麓にまで続いている。総数は一〇〇を優に超えていた。


「こんな……馬鹿な。こんなはずは……いや、しかし……」


 敵は二〇人もの凄腕の傀儡魔法使いを揃えていたのだ。何か傀儡魔法使いの技能を飛躍的に高める方法を発見していて、もっと多くを揃えていたとしても不思議ではない。


 しかし、一騎当千の暴走を見せていたゴーレムが一〇〇体以上もいるのだとしたら。昨日のような突撃をしたとして、どれほどの犠牲が出るかは想像もしたくない。そもそも、あんな戦列への突撃を命じたら兵士たちがどう思うか。


 アイリーンは顔を青くしながら、呆然と敵陣を見つめていた。


・・・・・


「もう夕方なのに、敵は攻勢のそぶりさえ見せませんでしたねえ」


「……それはそうだろう。こんなものを見せられたら、普通の攻め方ではどうしようもないと思うはずだ。今ごろ必死に対応方法を考えているのだろうな」


 ニヤニヤと笑いながら言ったノエインに、フレデリックが少し呆れた声で答える。


「千や万の兵を率いる将官たちが、動きもしない張りぼての人形への対応を必死に考案中……ぶふっ、滑稽ですね」


 はしたなく吹き出すノエインを見て、フレデリックがますます呆れ顔になる。ノエインの後ろに控えるユーリも周囲に気づかれない程度のため息をついて斜め上に視線を逸らし、同じくノエインの後ろに控えるマチルダだけがいつもの無表情を保っている。


 ノエインの言う通り、陣の最前列に並んでいるのはただの張りぼてだ。ゴーレムによく似せて作られただけの、何の使い道もない木偶人形が八〇体以上。それが本物のゴーレムと一緒に、片膝をつく姿勢で戦場に鎮座している。


 ゴーレムはセミラウッドという硬質で重い木材を原料にしているが、この木偶人形たちは適当な安い材木から作られている。体を染めているのも魔力を通しやすくする魔法塗料ではなく、ただの黒い顔料だ。


 しかし、遠目に見ただけでは本物のゴーレムとの区別はつかない。ベトゥミア共和国軍は昨日のような暴走ゴーレムが一〇〇体以上も並んでいると思って、今ごろ戦々恐々としているはずだった。今日一日まったく攻勢をかけてこなかったのがその証左だ。


「これで、敵軍が臆病であればあるほど……いや、この言い方じゃ失礼か。あちらが慎重であればあるほど、僕たちはただ待機しているだけで時間を稼げますね」


 多少の木材と絵具で人形を作って並べるだけで、王国西部における敵の主力の攻勢を止めてしまう。そんな奇策をまんまと成功させたノエインは、とても上機嫌だった。


「……まあ、それでもいつかは敵も異変に気づく。この膠着状態も持って二週間というところだろう」


「そうですね。その間に他の部隊がどれくらい頑張ってくれるか、期待しましょう」


 戦場は何もこの王国西部だけではない。王都奪還に臨む中央の主力部隊も、王国東部の部隊も、敵に多くの後遺症持ちを抱えさせるべく奮闘している。さらに、王国南部に侵入した無数の小部隊の遊撃戦もそろそろ展開されているだろう。


 そうした数多の戦士たちの活躍で敵の負傷者が増加していく中で、西部の防衛線を一日でも長く持たせる。それも西部軍大将たるノエインの重要な使命だ。

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