第254話 集結
領都ノエイナを発ってからおよそ十日後。ノエイン率いるアールクヴィスト領軍は、途中でフレデリック率いるケーニッツ子爵領軍とも合流しつつ、西部軍の集結地点であるバラッセン子爵領へと到着した。
「……もう結構な人数が集まってるんですね」
「我々の領地がここから特に遠いというのもあるし、そもそも西部軍として集結する前から、近隣の貴族領軍は街道防衛のためにバラッセン子爵領を拠点にしていたからな」
軍馬に騎乗して集結地点の野営地を進むノエインに、同じく騎乗しているフレデリックが答える。二人の後ろにはマチルダやユーリなど、互いの側近級の部下が続く。
「そうですよね。決戦直前まで自領にいられた僕たちと違って、このあたりの貴族や兵士たちは冬の間もずっとここでベトゥミアの侵攻に備えてたんですよね」
「まあ、実際はベトゥミアが冬の間まで支配域を広げることはなかったから、彼らはただ待機していただけだがな……カドネの親征を退けた英雄が大将として着任したんだ。兵士たちの士気も上がるだろう」
「そういうものですか……」
貴族たちは誇りやら勝ち方やらにこだわる者もいるが、兵士たち、特に民から徴集した兵は「生き残れるなら何でもいい」と考える者が多い。だから勝ち目を見せてくれるノエインが大将を務めるのなら士気も高まる。という理屈をフレデリックは語った。
「アールクヴィスト卿!」
と、そこへノエインに呼びかける声が響く。聞き覚えのある声にノエインはすぐさま振り向いて笑顔を浮かべ、馬から降りながら応えた。
「オッゴレン卿! 昨年の軍議のとき以来ですね!」
声の主は、ノエインの数少ない個人的な友人であるトビアス・オッゴレン男爵だった。領地が王国南部との境界に近く、凶作の影響からもいち早く脱したオッゴレン家は、相対的に北西部での重要度が高まって今回の戦いでは主力の一家となる。
「私の領地は距離も近いから、色々な面で西部軍に助力できると思うよ。アールクヴィスト卿と共に戦えて光栄だ。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、オッゴレン卿と一緒に戦えることを誇りに思います。よろしくお願いします」
トビアスと仲良く握手を交わすノエイン。それを横で見ていたフレデリックの方に、今度は声をかける者がいた。
「ここまでの行軍お疲れ様でした。義兄上」
「……ノア殿! 久しいな!」
フレデリックが声の方を向くと、そこに立っていたのはノア・ヴィキャンデル男爵だった。
ノアの妻ローリーはクラーラの姉であり、フレデリックの妹だ。ノエインから見てそうであるように、ノアから見てもフレデリックは義理の兄にあたる。
「お元気そうで何よりです……アールクヴィスト卿も、今回はよろしく頼む。卿がいてくれるのはとても心強いよ」
「ヴィキャンデル卿、こちらこそよろしくお願いします。共にベトゥミアに勝ちましょう」
北西部閥の上級貴族の中では下層に位置していたヴィキャンデル男爵家も、昨年の凶作や飢饉を手堅い領地運営で乗り越えたことで、相対的に力を強めていた。
今回はベヒトルスハイム侯爵やマルツェル伯爵、シュヴァロフ伯爵、その他の子爵級の貴族たちの多くが王国中央の主力に置かれて戦うことになる。結果的に、西部軍の中核を成すのはアールクヴィスト子爵家、ケーニッツ子爵家、オッゴレン男爵家、ヴィキャンデル男爵家の四家となっている。
「それにしても……北西部の貴族社会でも影の薄かった我がヴィキャンデル男爵家が、まさか王国の命運を決する戦いでここまでの立ち位置になるとは思わなかったな」
「私もだよ。オッゴレン男爵家など、以前はその他大勢の扱いだったのに……これもアールクヴィスト卿が仲良くしてくれるおかげだな」
「ケーニッツ子爵家も、ノエイン殿と関係を強めてから経済規模が大きくなって、以前にも増して北西部での影響力を強めているからな。もはやアールクヴィスト閥とでも言った方がいいかもしれん」
アールクヴィスト家と特に繋がりの深い三家。その当主と次期当主たちが口々に語ると、ノエインは苦笑いしながら答える。
「アールクヴィスト閥の呼び名はいくら何でも畏れ多いですよ……でも、皆さんのお力になれているのなら光栄です。これからもさらに共栄の道を進むために、必ず戦いに勝ちましょう」
各地方閥の中でも細かな勢力分けがなされ、商売上の繋がりが深かったり、単に地理的に近かったりと利害関係を有する貴族たちが「〇〇閥」などと称されることもある。
表向きは謙虚に答えつつも、実際に自分を軸とした貴族の繋がりが生まれつつあり、互いに栄える上で今後もこの繋がりが利益になるであろうことをノエインは内心で喜んでいた。
「後は、この野営地の場所を貸してくれたバラッセン子爵をはじめ、南西部貴族からこの西部軍に参加する者もいるからな。彼らへの顔合わせも済ませてしまおう」
ノアがそう切り出し、トビアスも一緒になって、ノエインたちをひとまずの司令部となっている天幕に案内する。
ノエインがフレデリックや部下たちと天幕に入ると、そこには派手な軍服を身につけた神経質そうな表情の男を中心に数人の貴族がいた。その端に立つ人物は、ノエインもよく知っている。
「ロズブローク卿、お久しぶりです」
「ん? ……アールクヴィスト卿じゃないか。無事に到着したのだな」
「ええ、つい先ほど」
穏やかに笑いながら、ヴィオウルフ・ロズブローク男爵と挨拶を交わすノエイン。
「王国南部は大変な打撃を被っていると聞いていますが、ロズブローク卿の領地は無事でしたか?」
「ああ、ロズブローク領は王国南西部の中でも北寄り、このバラッセン子爵領の西のあたりにあるからな。王国西部でのベトゥミアの侵攻をこれ以上許さなければ、戦渦に巻き込まれる心配はないだろう」
「それは何よりです」
「……あのぅ」
仲良く会話する二人に、申し訳なさそうな声がかかる。例の派手な軍服の男だ。
「ああ、これは失礼。ご挨拶が遅れました。アールクヴィスト子爵家当主ノエイン・アールクヴィストです」
「……スネルソン・バラッセン子爵です。アールクヴィスト卿、今回はどうか、どうかよろしく頼む。この王国西部での戦いに勝利をもたらしていただきたい」
弱りきった表情で腰を低くしてバラッセン子爵が言うのは、彼の領地の立地のせいだろうとノエインは考える。
今回バラッセン子爵領が集結地点となっているのは、王国西部におけるベトゥミア共和国軍との決戦の場所となる丘陵地帯が、この領の南東あたりにあるためだ。ノエインたちがベトゥミア共和国軍の西部侵攻部隊に敗北するようなことになれば、真っ先に侵略されるのはバラッセン子爵領である。子爵としてはなりふり構っていられないのだろう。
「もちろんです。光栄にも西部軍の大将の役割を国王陛下より賜りましたから、必ずや西部の防衛線を守りきってご覧に入れます。バラッセン卿も、南西部閥の皆様も、どうかよろしくお願いします」
「それはよかった。勝利のためなら何でも協力する。必要なものがあれば言ってくれ」
爵位が同じとはいえ貴族としての家格も当主の年齢も下のノエインに対して、バラッセン子爵はぺこぺこと頭を下げる。他の南西部貴族たちは、一応は対立派閥のまだ小僧と呼んでもいい青年に対して低姿勢になるバラッセン子爵に微妙な表情を見せていた。
「……まあ、我々の到着で西部軍を構成する主要な貴族も揃ったことだろう。あまり時間もない。この後すぐにでも軍議を始めた方がいいと思うが、どうだろうか? ノエイン殿」
西部軍全体の参謀を務めるフレデリックが、総大将であるノエインに尋ねるかたちを取りつつ提案する。
「そうですね。敵がいつ動き出してもいいように、できるだけ早く作戦の概要説明を済ませてしまいましょう」
下級貴族も含めれば百を超える貴族家から、合計で六〇〇〇ほどの兵力が集まるのだ。これをひとつの軍隊のかたちに再編成するのはそれなりに手間もかかる。
この地での決戦に備えるため、ノエインはここに集まった貴族たちとの軍議を始めることにした。




