第187話 陞爵準備①
準男爵から一気に子爵になることが決まったノエインは、陞爵するにあたっていくつもの準備をしなければならない。
なにせ子爵である。各地の貴族閥では派閥の中核を成す「大貴族」として扱われ、そこらの下級貴族とは一線を画す立場になる。
必ずしも爵位が富や権力と比例するわけではないが、だからこそ子爵という地位にふさわしい領地規模や財力、軍事力を身につけ、それを維持しなければ、家格を保てない無能な貴族として扱われてしまう。
アールクヴィスト家を守り、子爵領にふさわしい領地規模への発展を目指す上で、ノエインに必要なものは何か。金は十分にある。領地の強みとなる産業も特産品もある。王家や他貴族、大商会との人脈もある。
ただ、部下がやや足りない。領軍を拡大するにせよ、家の規模を広げるにせよ、領主所有の農地を広げるにせよ、働き手とそれを監督する立場の人間が不足している。
そこでノエインは、新たな人材を集め、その管理職として元いた優秀な人材を出世させることにした。
「――よって、グスタフ以下七名をアールクヴィスト家の名誉従士に任命する。以後もアールクヴィスト家のため、そしてアールクヴィスト領のために力を尽くすように」
「謹んで拝命いたします。これからもアールクヴィスト家に変わることのない忠誠を誓います」
グスタフ、セシリア、アレイン、その他のゴーレム使いたちが、片膝をついてノエインに頭を下げる。任命の人数が多いので、場所は領主執務室ではなく会議室だ。
「……皆おめでとう。軍務はもちろん、領地開拓でもずいぶんと活躍してるらしいじゃない。領主としても師としても誇らしいよ。君たちはもう一人前だ」
グスタフたちは軍人としての仕事や訓練の他にも、森の伐採や領都内の工事など、人手が必要な場所に随時派遣されては力を発揮している。
「ありがとうございます! 私たちも、やっとお役に立てるようになって嬉しいです! 最初は訓練しかしてないのにお給金をいただいてたので……」
「活躍すればするほど女の子からもモテるし、名誉従士にまでなれて、この領に来てから人生最高っすよ!」
「アレイン! 名誉従士になったならそれにふさわしい言動をしろ!」
真面目なセシリアとは裏腹に調子よく軽口を言ったアレインを、クレイモア隊長であるグスタフが叱る。
「あはは、堅苦しい任命式は終わったんだしからいいさ。ここでの人生が最高だと思ってくれてるなら領主冥利に尽きるよ」
「……ノエイン様の寛大さに感謝しろよ、アレイン」
ヘラヘラと笑いながらノエインが許すと、グスタフはじろりとアレインを睨んだ。
「ああそれと、君たちの頑張りのおかげもあって、ゴーレム使いは一から鍛えれば素晴らしい戦力になれるって分かったじゃない? だから、他の王宮魔導士のゴーレム使いとか、他の領に雇われてるゴーレム使いとか、もっと大人数を勧誘して訓練を施して、クレイモアの部隊規模を拡大しようと思ってるんだ」
「ってことは、俺たちに後輩ができるってことっすか?」
アレインが尋ねると、ノエインはそれに頷く。
「そういうこと。ランセル王国と国境を接することになったこの領は軍の規模を拡大しないといけないけど、急に人口を増やすのも限界があるからね。ゴーレム使いなら一人で数十人分の戦力になる」
グスタフたちクレイモアには、たった一人でそこらの下級貴族領の総戦力に匹敵する力がある。そんな人材を量産できれば、アールクヴィスト家は国境を守る上級貴族として十分な戦力を得られるだろう。
「新しく雇い入れるゴーレム使いの訓練は、基本的に君たちに任せようと思ってる。僕も陞爵すれば忙しくなるからね……頼りにしてるよ?」
「……お任せください。先任のゴーレム使いとして、しっかり新人の指導に努めます」
ノエインが微笑んでクレイモアの面々を見回すと、グスタフが代表して答え、他の七人も力強く頷いた。
・・・・・
「――よって、ヘンリクをアールクヴィスト家の従士に任命する。この地位は原則として汝の子々孫々にも受け継がれるものである。以後もアールクヴィスト家のため――」
領主執務室で任命の言葉を告げるノエインの前に跪いているのは、領主家馬車の御者や厩での馬たちの世話をしているヘンリクだ。
「ありがたき幸せにごぜえます。これからも、アールクヴィスト家に忠誠を誓います……はあ、とうとうおらが従士にまでなっちまった」
「ははは、おめでとうヘンリク」
感慨深そうに呟くヘンリクに、ノエインは笑って返した。
「君は馬を操るのが本当に上手だし、馬たちの世話についても詳しいからね。うちの領が大きくなったら領主の僕が保有する馬も増えるから、君が従士として同じ厩番の使用人や奴隷たちをまとめてくれると助かる」
実際、ヘンリクは馬に関しては領内の誰もが認める知識と技量がある。彼に御者を務めてもらえばノエインやクラーラはあまり揺れを感じることなく領主家馬車に乗っていられるし、馬の世話に関してもヘンリクは馬たちを落ち着かせて管理するのが上手い。
馬を増やし、その世話をする使用人や奴隷を増やすにあたって、ヘンリクに従士としてその指導管理を任せたいとノエインは考えたのだった。彼であれば、少々垢抜けないところはあるが人柄も問題ない。
「あんまり人に教えたことはねえけど、お役に立てるよう頑張るですだよ」
「うん、期待してるよ」
・・・・・
「――というわけで、メアリーを新たにメイド長に、ロゼッタを正式に料理長に、そしてキンバリーを当代の家令に任命する。今後は責任も増えるから大変かもしれないけど、頼りにさせてほしい」
「お任せくださいっ」
「頑張ります~」
「謹んで拝命いたします。今後も忠節を以て閣下と一族の皆様をお支えいたします」
ノエインが古参のメイドたちを集めて新たな役職に任命すると。三人はそれぞれ答えた。
以前増築したアールクヴィスト家の屋敷は、子爵の居所としても一応は十分な広さがあるが、使用人の数はやや心許ない。
そこで子爵への陞爵に併せてメイドもまた数人増員され、また上級貴族の屋敷らしい見栄えを維持するために庭師なども雇われる。それらの人員をまとめるために、古参の三人が正式に管理職となるのだ。
何だかんだで仕事のできるメアリーは新たなメイド長になり、ロゼッタは使用人を含めて住人が大幅に増える屋敷の料理長として皆の食事作りを管理する。
そしてキンバリーは、単なるメイドではなく使用人全体の長である家令となる。領主一家の日常生活を支える側近となり、メイド以外の全使用人を統括し、さらに今後は屋敷での皆の生活における財務管理も行うことになる。
もとはただの町娘・村娘だったことを考えると、三人ともとてつもない出世だ。
「……でもまあ、君たちは真面目だし、すごく優秀だからね。何も心配してないよ」
ノエインが三人の働きぶりをそう評すると、メアリーは自慢げに胸を張り、ロゼッタは嬉しそうにニマニマと笑い、キンバリーは表情を引き締めたまま頭を下げた。
・・・・・
「失礼します。お呼びでしょうか、ノエイン様」
そう言って領主執務室に入室したのは、領主所有奴隷のまとめ役であり、最古参の奴隷の一人である虎人のザドレクだ。
「ザドレク、急に来てもらって悪いね」
「いえ、ノエイン様がお呼びとあらばすぐに参上するのは当然のことと考えます」
「ありがとう……実はね、君たち古参の労働奴隷について、ちょっと提案があって」
ノエインがそう言うと、何か真面目な話をされるのだと察したザドレクは両膝をつき、奴隷の礼を示した。
「どのようなご提案でしょうか?」
「……ザドレク。君も、他の労働奴隷たちも、いつも熱心に働いてくれているね。それだけじゃない。アールクヴィスト領を守るために人手が必要なとき、奴隷の君たちはその義務がないにも関わらず、自ら志願してクロスボウを手に戦ってくれた。二度もだ」
ノエインの出征中にオークが複数匹現れたとき。そしてベゼルの戦いのときも。ザドレクたちは奴隷の自分たちに破格の待遇を与えてくれている主人のために戦いたいと志願して、実際に戦闘に参加して奮戦してくれた。
「君たちはただ奴隷として素直なだけじゃなく、君たち個人が僕に忠誠を尽くしてくれているんだと、僕は感じてる」
「……はい。我々は奴隷の身でありながら、ノエイン様には本当に良くしていただいています。私も、獣人奴隷でありながら今の立場と待遇をいただき、結婚して家庭を持つことまで許していただきました。ご恩を少しでもお返しできればと、忠誠を示すことができればといつも思っています」
ザドレクはそう自身の胸中を語る。
「そこで提案だ。ザドレク、そしてこれまで働いて戦ってくれた古参の労働奴隷の皆も。君たちはもっと多くの責任を持って、もっと自由な立場で、僕のもとで働く気はないかな? 平民の労働者として」
「……それは」
ザドレクが目を見開いて言葉に詰まる。ノエインの言ったこととはつまり、ザドレクたちを解放するということだ。
「僕の陞爵に伴って、領主所有の農地も拡大する。そこで働く農奴を大幅に増やすつもりだ。君たちにはその指導管理をしてほしい。特にザドレク、君には全体の監督を頼みたい。解放後、君がその立場に慣れたら、そのまま従士として登用したい」
ザドレクは言葉に詰まった。咄嗟に言葉を返せなかった。
自分たちが解放される。それどころか自分は従士になる。その意味が一瞬理解できなかった。
主人であるノエインが兎人のマチルダを傍に置いていることからも、彼が獣人への差別意識を持っていないことはザドレクにも分かる。頭では分かっているが、自分が貴族に仕える従士に登用されるなど、とてもじゃないか実感が湧かない。
「……本当によろしいのですか?」
震える声でなんとか尋ねるザドレクに、ノエインは微笑んで頷く。
「君たちはそれだけの働きを示したと思うよ。領主所有の農地の管理は、絶対の信頼をおける者たちに任せたい。特にその総責任者は、君以外に適任はいない。僕はそれだけ君を信頼している」
そう明言されて、ザドレクは少し下を向いて息を整えると、顔を上げてはっきりと答えた。
「その役目、謹んでお受けさせていただきます。他の者もきっと同じ返答をするでしょう。このご恩は生涯忘れません。必ずやご期待に応え、これからも自分の役割を果たしてまいります」
「ありがとう。僕も領主として、今後も君たちの忠誠に報いると永遠に誓うよ」
このようにして、ノエインは上級貴族になるために、管理職となる人材を増やしていった。




