第160話 ヴィキャンデル男爵領
アールクヴィスト領ノエイナを発ち、一度ケーニッツ子爵領に入り、大きな街道に沿って南下し、途中でその街道を逸れて小さな村をいくつか経由し……という行程を進んでおよそ十日。ノエインたちはヴィキャンデル男爵領の領都ヨーテヴレにたどり着いた。
人口およそ1500人のヨーテヴレは、アールクヴィスト領の領都ノエイナがもう少し発展したらこんな風になるだろう、と思わせる規模の都市だった。しかし、新興の都市であるノエイナとは違い、街並みにはある程度の歴史を感じさせる貫禄もある。
一方で、発展期の只中にあるノエイナのような活気はなく、良くも悪くも都市として安定している印象を感じさせた。
「よく来てくれた、アールクヴィスト卿。歓迎するよ」
「昨年末の晩餐会以来ですね、ヴィキャンデル男爵閣下。お出迎えありがとうございます」
街並みと同じく年季の入ったヴィキャンデル男爵家屋敷で、ノエインは当主ノア・ヴィキャンデル男爵から挨拶を受けた。
ノエインにとっては同じ義父を持つ遠い義兄であるヴィキャンデル男爵は、二十代半ばという年齢から考えても若々しい、悪く言えば少し頼りなさそうな雰囲気の優男だった。
「まずは妻を紹介させてくれ。ローリー・ヴィキャンデルだ。君の奥方から話は聞いていると思うが……」
「初めまして、アールクヴィスト閣下。お話は父や妹からの手紙で聞き及んでいます。クラーラを可愛がってくださってありがとうございます」
「お会いできて嬉しく思います、ローリー様。私も妻からローリー様のお話は聞いております。とても明るく聡明な、自慢の姉だと言っていました」
「まあ、それは嬉しいわ」
夫と並んで明るい表情でノエインを出迎えてくれたローリーは、確かにクラーラの姉だと分かる程度には顔立ちが似ていた。しかし、どちらかというとおとなしい性格のクラーラとは違い、彼女は快活な印象を感じさせる。
「私が義姉だという理由で閣下にはこうしてお手間をおかけしてしまって、申し訳なく思っています」
「滞在中は不自由がないようにするし、今回の援軍派遣には誠意をもって礼をさせていただくと約束する。どうかよろしく頼む」
「ヴィキャンデル閣下とローリー様の義弟として、お力添えできることを嬉しく思います。全力を尽くさせていただきます」
ここまで来てしまえば今さら戦いたくないと拗ねても仕方ないので、ノエインも精いっぱいの作り笑顔を見せて二人に好印象を与えようとする。
「そう言ってもらえるとありがたいよ……長い移動で疲れただろうから、今日はゆっくり休んでくれ。具体的な話は明日以降にしよう」
ノエインと護衛のマチルダ、従士長ユーリ、そして傀儡魔法使いの二人はヴィキャンデル男爵家の屋敷に客室が用意され、その他の兵士たちはラドレーの指揮のもとで男爵が用意した宿泊場所に向かう。
都市内の倉庫を丸ごとひとつ男爵が借り上げて簡易の宿に充て、下っ端の兵士まで全員にベッドを用意してくれているということからも、彼がノエインたち援軍をいかに頼ってくれているかが分かった。
・・・・・
ヴィキャンデル男爵の屋敷でゆっくり休み、夜は男爵夫婦と夕食を共にしてそれなりに友好を深めた翌日。アールクヴィスト領軍とヴィキャンデル男爵陣営の幹部陣による軍議が行われることとなった。
アールクヴィスト領軍側からはノエインとユーリを中心に、ラドレー、そしてグスタフとセシリアも同席する。ノエインの傍には副官としてマチルダも立つ。
対するヴィキャンデル男爵領軍の側からは、男爵本人とその従士長、そして寄り子の下級貴族が集まっていた。
男爵家の会議室で大きな会議机を挟み、両家の主要人物が向かい合って座る。
「まずは、あらためて礼を言わせてほしい。アールクヴィスト卿、親戚とはいえこれまでほとんど繋がりもない私たちのために、これほどの援軍を連れて来てくれたことを心より感謝する」
30人以上の援軍というのは、ノエインがまだ準男爵であることを考えると相当に大きな規模だ。さらにノエインのゴーレム二体とグスタフたちのゴーレムも合わせれば、その戦力は百人隊をも上回る。
ノエインが操るゴーレムの強さをアルノルドから聞かされているらしいヴィキャンデル男爵も、その彼からまた話を聞いているらしい下級貴族たちも、軍議の場に並ぶゴーレムたちを見て期待に満ちた表情を浮かべている。
「助力させていただくからには、しっかり働きを示して力になりたいと思っていますので。ゴーレム以外にも新兵器を持ってきましたから、それもお役に立つと思います」
今回の主兵装となる改造型クロスボウと散弾矢についてノエインが軽く説明すると、ヴィキャンデル男爵は目を見開いた。彼の部下たちも驚いた表情になる。
「クロスボウについては我が領軍もいくらか備えているが……そんな発展型があるとは。確かに、こうした国内紛争についてはとても有効そうだ。そうか、『天使の蜜』にそんな使い方が……」
麻酔用に薄めた「天使の蜜」を麻痺薬として使う発想は、彼から見てもなかなか衝撃的だったらしい。
「それで閣下、今回の戦いの場となる村について、詳しくお聞きしても?」
「ああ、もちろんだ」
ヴィキャンデル男爵が目配せをすると、男爵家の従士長が前に進み出る。詳細の説明は彼が行うらしい。
「現在、南西部閥の貴族が占拠しているのは、ここヨーテヴレから南東に半日の場所にあるカレヌという村です」
そう語りながら、会議机の上に地図らしき羊皮紙を広げる従士長。地図は都市と村の距離はともかく、位置関係や地形に関してはある程度正しく記されたものらしい。
カレヌ村はヨーテヴレを南に下り、森の中に切り開かれた道を抜けた先にあるという。北から東にかけてはその森が、西や南には緩やかな丘が広がっていて、村の人口は200人足らずという話だった。
「もっとも、南西部貴族による襲撃の際に逃げ出した村民もそれなりにいるので、今残っているのは150人弱というところでしょう。敵の総勢はおよそ100人。定期的に斥候を出して敵の動きを確認しているので、これはほぼ確実です」
「南西部貴族たちは今年の秋の収穫の時期に現れて、村を占領すると収穫済みの作物を奪い、南に持って行ってしまった。その後も森で勝手に狩りをしたり、村人を労働力に使って森で採集をさせたりしている。武器で脅して強制的にな」
「それは……ひどい話ですね」
従士長の話を補足したヴィキャンデル男爵の言葉に、ノエインは眉をひそめた。被害者が自分の領民だったらと思うとぞっとする。
「まったくだよ。斥候の報告では、働かされている村人たちは明らかに弱っているらしい。さすがに殺しや犯しはされていないと思うが……満足な食事もできていないのだろう。可哀想なことだ」
「お気持ちはお察しします……それで、南西部貴族たちは村を要塞化していると聞きましたが」
ノエインが尋ねると、従士長がそれに頷いて説明を続ける。
「仰る通りです。カレヌ村は獣や魔物の対策に木柵で囲まれていましたが、今ではその周囲に堀が作られ、おそらくはその際に掘られた土を使って木柵が補強されています。門も補強されて、物見台まで建てられている有り様です。もはやちょっとした砦です」
「……農村の占領のためにそこまでしますか」
やや大げさなまでにやりたい放題の南西部貴族の行動に、ノエインは思わず呆れた声で言った。
「あの村のあたりはもともと領境が微妙で、ときどき小競り合いも起こっていたからな……今回の衝突をきっかけに、本格的に実効支配するつもりなのかもしれない。うちの領境問題にアールクヴィスト卿を巻き込んでしまったな」
申し訳なさそうな顔のヴィキャンデル男爵に、ノエインは苦笑で返す。
「いえ、それにしても南西部貴族のこの振る舞いはあんまりだと僕も思いますので。同じ義父を持つ身内としても、同じ北西部閥の盟友としても、看過できません」
親戚の貴族領が他派閥から舐められっぱなしでは、あとでアールクヴィスト家にもどんな悪影響があるか分からない。
「ありがとう……我がヴィキャンデル男爵家の名誉のためにも、本来私が守るべきカレヌ村の領民たちのためにも、南西部貴族の横暴をこれ以上は見逃せん。必ずやあの村を取り戻して、北西部貴族としての誇りを示さなければ」
追い詰められたような表情で、ヴィキャンデル男爵はそう決意を語った。




