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ひねくれ領主の幸福譚 性格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】  作者: エノキスルメ
第七章 内政の日々と派閥争い

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第152話 領境画定

 ケーニッツ子爵家の当主アルノルド・ケーニッツは、嫡男フレデリックが領地に帰って来たことをきっかけに、ある仕事に手をつけた。


 西隣のアールクヴィスト準男爵領との、領境の画定である。


 これまでは大雑把に「ベゼル大森林までがケーニッツ子爵領、大森林のはじまりからがアールクヴィスト領」と決められていたが、アルノルドはこの領境についてノエインと話し合い、正式な領境を決めて文書を交わし、記録に残すことにしたのだ。


 フレデリックの帰還を待ったのは、いずれ自身の後を継ぎ、自身よりも長くノエインと付き合いを持つであろう嫡男も領境画定の場に立ち会わせようと考えたためである。


「一応今まではベゼル大森林を基準にしていましたが、これをそのまま領境として定めますか?」


「いや、こちらとしては、現在のベゼル大森林の端から東に100mまでをアールクヴィスト領として領境を定めたいと思っている。君の領地を少し広げるかたちになるな」


 春も終わりにさしかかった頃。レトヴィクのケーニッツ子爵家屋敷で、ノエインとアルノルドは領境の具体的な基準について話し合っていた。フレデリックもその場に同席している。


「それは……僕としては嬉しいご提案ですが、いいんですか? 東西わずか100mとはいえ、ケーニッツ子爵領が削られることになりますが」


「ああ、構わん。どうせこれまで手をつけていなかったし、領内で他に未開墾の土地はいくらでもあるのにわざわざベゼル大森林の傍に手をつけることもないからな。少し遅いが私からの陞爵祝いだと思ってくれ」


 大森林から少し余裕をとった方が緩衝地帯にもなるしな、とアルノルドは笑う。


「……分かりました。それではお言葉に甘えて、そう決めさせてもらいます。領境にはお互いの立ち会いのもとで目印を立てますか?」


 貴族領の境界は山や川、森や峠などが基準になることが多いが、平原のど真ん中に領境を置く場合は、街道沿いに「ここより西は〇〇領」などと記した(文字が読めない者が多いので矢印と家紋も併記した)看板を立てたり、隣り合う領地の規模や関係によっては関所を設置したりする。


 あとで目印の位置が話し合いと違うなどと揉めないように、設置には領主が立ち会うのが望ましいとされている。


「そうだな、街道沿いには看板を、平原の上には一定間隔で何か所かに石柱を立てるか。看板や石柱が動かされていないか互いに見回りを怠らなければ今後もそうそう揉めることもないだろう」


「そうですね、それでお願いします」


 義理の親子でもあるアルノルドとノエインは隣り合う貴族同士としては非常に仲がいいので、特に揉めることもなく、決めるべきことをさっさと決めていく。


「看板の設置に立ち会って文書で確認を交わすときには、調印式の形式をとろうと思っているが、どうかね? 後々のことを考えるとその方がいいと思うのだが」


「……ええ、僕もそう思います。じゃあその日は儀礼服で、クラーラやうちの側近も同席させますね。立会人も用意します」


・・・・・


 調印式を行う期日を決めて仕事の話を終え、少しばかり雑談してノエインが帰っていった後、フレデリックは自身の父に問いかけた。


「それにしても父上、なぜわざわざ手間のかかる調印式のかたちを取るのですか? 領境の画定など、今の両家にとってはただの形式的な作業でしょうに」


 ケーニッツ子爵家とアールクヴィスト準男爵家の仲は非常に良好で、大仰に調印式などを行って領境を決めなくても問題が起こるとは思えない。フレデリックはそう考えた。


「分からんか……そうだな、確かに私とノエインの仲がいい今は、領境問題が起こることはなかろう。お前が私の後を継いでからノエインと大きく揉めることもおそらくないだろうし、お前たちの子の世代くらいまでは問題あるまい。クラーラもいることだしな」


 我が子に教え諭す親の口調でアルノルドは答える。


「だが、その次の世代になったらどうだ? さらにその次は? その頃には互いの先祖が親子や兄妹同士だったと頭では理解していても、親戚という意識も随分と薄れてしまうだろう。再び両家が縁戚関係を結べばいいが、必ずそうなるとは限らん」


「……なるほど。今の両家の友好関係は、あくまで私たち個人の友好と一代の縁戚関係に基づく不安定なものだと」


「そうだ。縁戚関係が薄れた後世になって、自分の子孫とクラーラの子孫が衝突するような事態はお前もできるかぎり避けたいだろう」


「それは、もちろんです」


 そんな悲しいことは考えたくもないと思いつつ、フレデリックは頷く。


「だからこそ、わざわざ調印式のかたちをとって領境を画定するのだ。正式に調印式を行ったという記録が両家の歴史に残り、その際に交わされた文書が保存されれば、両家の子孫が安易に取り決めを反故にして領境問題を起こすこともなくなろう」


「確かに、それだけしっかりと画定すれば、もし領境を変える必要があってもまずは穏便に話し合おうとするでしょうね……絶対に大丈夫とは言えないでしょうが、いきなり武力衝突を始める可能性は格段に減りますね」


 どちらかの屋敷の一室で紙一枚を交わすよりも、見届け人が並ぶ中で「王歴215年の何月何日に調印式を行った」という記録とともに儀式用の文書を交わす方が権威性は増し、効力は強くなる。


 それを破れば相手の家はもちろん自身の先祖への裏切りにもなるので、まともな貴族であればそんな行為は忌避するはずだ。


 フレデリックが自分の意図を理解したのを見て、アルノルドは小さく笑った。


「そういうことだ。子孫のためにも不和の芽は可能なかぎり摘んでおきたいからな。せっかく新たな隣人と友好的な関係を築けたのだから、それを維持するためにできる努力はすべきだ」


・・・・・


 領境についての話し合いから数週間後、ケーニッツ子爵家とアールクヴィスト準男爵家は領境を定める看板設置と調印式のために、街道上に作られた会場へと集った。


 街道上に絨毯が敷かれ、領境をまたぐようにテーブルが置かれ、そのテーブルを挟んでケーニッツ領の側にはアルノルドとフレデリックが、アールクヴィスト領の側にはノエインとクラーラが座る。


 周囲には幕が張られ、両家の家紋を記した旗が掲げられ、さらにノエインの後ろには立会人として従士ペンスとバート、御用商人であるフィリップ、そしてハセル司祭が並んでいた。


 その他にも、重要文書を扱うために文官としてクリスティ、そして領主夫婦を護衛するためにマチルダや領軍兵士が立つ。対するケーニッツ子爵家側にも、御用商人ベネディクトをはじめとした立会人や文官、兵士が並ぶ。


「――それでは、ケーニッツ領とアールクヴィスト領の領境について、文書に定められた内容で相違ないかご確認の上、ご署名を。互いの署名を以て、領境画定について神への誓いのもとに同意がなされたものと見なされます」


 調印式の進行を務めるのは、ケーニッツ子爵領のミレオン聖教伝道会の責任者である年老いた司教だ。


 伝道会には政治的な権威性はないが、聖職者であれば中立かつ公正かつ善良であろう、という理由から、また「聖職者の前で神に誓う」という形をとる方が儀礼的に好ましいとされていることから、ロードベルク王国の式典ではこうして進行役に司教や司祭が引っ張り出されることも多い。


 進行役がアールクヴィスト領側のハセル司祭でないのは、単に伝道会の年功序列の問題だ。


「……確かに」


「間違いありません」


 アルノルドもノエインも文書の内容を今一度確認し、一枚に署名をし、それを相手に渡してまた署名し、両者の署名がされた同じ文書を二通作る。使われている紙は安価な植物紙ではなく、この日のために丁寧に作られて装飾も施された羊皮紙だ。


 さらに、二通ともに両家の家紋の印も押され、完成した文書はそれぞれの家の文官に――アールクヴィスト家の場合はクリスティに――手渡され、こちらもこの日のために用意された専用の箱に収められた。


「それでは次に、領境を示す看板の設置が行われます。両家の皆々様、しかと見届けられますよう」


 司教の言葉に合わせて、領境を示すための看板が運ばれてくる。街道を通る者ならまず見逃すことはないであろうそれなりに大きな看板が、両領の代表者である従士長二人によって抱えられている。


 敷かれた絨毯の脇、街道のすぐ横に位置する地面には看板を立てるための穴があらかじめ掘られており、ユーリとケーニッツ子爵家の従士長は目で合図を交わすと、息を合わせて看板をそこに突き立てた。


 一連の流れをアルノルドもノエインもしっかりと見る。それぞれの従士長によって領境の目印が立てられる様を、両家の当主が確かに見届けた、という事実も重要だ。


「……では、この時を以て、ケーニッツ領とアールクヴィスト領の領境がここに定められたものとなります。ここに並ぶ全ての者がその証人であり、天におわします神もまた儀式を見届けられたことでしょう」


 そう宣言する司教の言葉を聞きながら、ノエインはアルノルドと握手を交わす。


 王歴215年の春の終わり、ケーニッツ子爵領とアールクヴィスト準男爵領の領境が正式に、かつ正確に画定されたことは、両家の歴史において重要な一幕として刻まれることとなった。

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