第134話 勧誘①
式典と晩餐会を終え、アールクヴィスト領への帰還を2日後に控えた昼下がり。ノエインは王宮からほど近い場所にある施設を訪れていた。
アールクヴィスト家の馬車で施設の前に降り立ち、護衛としてマチルダとダントを伴って門へと進む。馬車に描かれた家紋を見て、門の前で待っていた騎士がノエインに声をかけた。
「アールクヴィスト準男爵閣下でいらっしゃいますか?」
「はい。軍務大臣のブルクハルト伯爵閣下にお約束をいただいて参りました」
「ようこそ王国軍本部へお越しくださいました。庁舎の応接室にてブルクハルト閣下がお待ちです。ご案内いたします」
騎士に案内されて、ノエインはマチルダとダントとともに施設の門をくぐる。
騎士の言った通り、ここは王家直轄の軍たる王国軍の本部だ。王国軍の業務を統括する場所として多くの事務官が働くだけでなく、最精鋭たる第一軍団や王都防衛を担う第二軍団、王国軍の輜重・物資管理を担う第十軍団が司令部を置く場所でもある。
王国軍兵士たちの訓練場や、物資を保管する巨大な倉庫が並ぶ中を、ノエインたちは騎士の後に続いて歩く。
広い敷地の中を、5分は黙々と歩いただろうか。ようやく庁舎建物に到着し、その入り口からほど近い一室の前で騎士は立ち止まった。
「失礼します。アールクヴィスト準男爵閣下をお連れしました」
「入ってもらえ」
軽く、だがしっかりと響く音でノックをして報告する騎士。それに対して室内からブルクハルト伯爵の返事が聞こえ、ノエインは扉を開けた騎士に入室するよう促された。
「おはようございます、ブルクハルト伯爵閣下。本日は私のためにお時間を頂戴し、ありがたく存じます」
「よく来たなアールクヴィスト卿。堅苦しい挨拶はよい。座りたまえ」
「はっ。失礼いたします」
伯爵に言われてソファに腰かけるノエイン。
今日ここへ来たのは、クロスボウなどの献上と引き換えに王家からもらった「二つのご褒美」のうち、キヴィレフト伯爵家への牽制ではないもう一方の願いを叶えてもらうためだった。
もともとこちらに関しては「聞き入れてもらえればラッキー」程度のおまけとして願い出たノエインだったが、王家も、そして王国軍の長たるブルクハルト伯爵も気前よく許可してくれた。
「あらためて確認だが……『王国軍に所属する傀儡魔法使いの中から希望者を募り、アールクヴィスト領に雇い入れる』ということで相違ないかな?」
「はい、間違いございません。軍属の王宮魔導士を引き抜くという我儘をお許しくださり、感謝いたします」
「卿が献上する兵器の数々は王国軍の増強にも大いに役立つからな。これくらい対価としては安いものだよ」
ノエインはゴーレムの扱いに関してずば抜けた能力を誇っているが、本来、傀儡魔法の才は他の魔法の才と比べて、あまり魅力がないとされている。
というのも、ゴーレムとは鈍重にしか動けないものであり、せいぜい人では持てないような重い荷物をえっちらおっちらと運ばせることくらいしかできない、というのが一般的な認識だからだ。
熟練の傀儡魔法使いの中にはゴーレムを人間のようになめらかに動かせる凄腕も稀にいて、そういった者が戦闘部隊に配属された例もある。
しかし通常は、傀儡魔法使いはこの王国軍本部で倉庫の荷物運搬という閑職に回されており、「王宮魔導士とは名ばかり」と笑われているという。
いないよりはいた方がちょっと便利、程度の存在が傀儡魔法使いなのだ。ブルクハルト伯爵としても、引き抜かれたところで正直言って気にするほどの損失ではない。
「しかし、本当にいいのかね? 確かに卿は天才的なゴーレム操作の腕を持つと聞くが、その卿が指導したとて、凡庸な傀儡魔法使いたちが卿のような技術を身に着けられるとは限らんだろう?」
「確かに閣下の仰る通りなのですが……それでも私としては、一度試してみたいと思いまして」
世の傀儡魔法使いが自分のように巧みにゴーレムを動かせないのは、適切な鍛錬を重ねる余裕がなかったからだ。そうノエインは考えていた。
そもそも魔法とは、独学で腕を磨くか、運が良ければ同じ才を持つ魔法使いに弟子入りして学ぶのが一般的。傀儡魔法という不人気でマイナーな才に関しては師匠を見つけることすら難しい。
体系的に技術を身に着ける術がないからこそ、たまにノエインのように自力で高みに到達する者が現れても、それは個人の才能ということで片づけられてしまう。
しかし、子どもの頃の自分のようにひたすら鍛錬に励む環境があり、さらに適切に指導してくれる者がいれば、実戦をこなせるほどに成長する傀儡魔法使いも増えるのではないか。そうノエインは考えたのだ。
「まあ、卿がそう言うのならばいいさ……王国軍の傀儡魔法使いたちは、すでに外に全員集合させている。早速そこへ行こうか」
軽く挨拶と確認を交わしただけで、ノエインは再び立ち上がって今度はブルクハルト伯爵の案内に従う。
・・・・・
庁舎を出て伯爵のあとを歩き、やがて塀に囲まれた訓練場のひとつにたどり着いた。
そこには20人ほどの若者たちが整列している。そのうち三分の一ほどは女性だ。全員の後ろには一体ずつゴーレムが佇んでいることからも、彼らが傀儡魔法使いだと分かる。
「……姿勢が悪いですね」
傀儡魔法使いたちを見たダントが、ノエインに対して小声で感想を零した。もっとも、彼ら自体はぴしりと背筋を伸ばして敬礼している。姿勢が悪いのはその後ろのゴーレムだ。どれも体が傾いており、まるで糸で吊られて無理やり立たされているように見える。
「むしろ、僕のゴーレムの姿勢がいいんだろうね。伯爵閣下も彼らを咎めてないし、普通はゴーレムの立ち姿なんてこんなものなんだと思うよ」
自分のゴーレムは領地に置いてきたノエインだが、こうして一般的な傀儡魔法使いを目の当たりにすると、背筋を正してゴーレムをしゃんと立たせるだけでも普通は難しいことなのだと分かる。
「諸君、こちらはノエイン・アールクヴィスト準男爵だ。本日は準男爵より諸君に話があるということで、こうして集まってもらった」
ブルクハルト伯爵がそう紹介すると、傀儡魔法使いたちの怪訝そうな視線がノエインに集中する。獣人奴隷を連れた妙な貴族がいきなり現れて、話があるというのだ。無理もないだろう。
「アールクヴィスト卿。彼らが王国軍に所属し、傀儡魔法の才をもって本部倉庫に勤める王宮魔導士たちだ。現在は総勢で21人いる」
「……随分と若い方が多いのですね」
ノエインが気づきを述べる。目の前に並ぶ傀儡魔法使いたちは、下は10代半ば、上もせいぜい20代半ばに見える。
「まあ、傀儡魔法使いは軍内であまり良く言われておらんし、給金も低いからな……多くの者が数年で辞めてしまい、より給金の高い大商会などに転職していくのだ」
「なるほど……」
おそらく、王国軍に所属していても給料泥棒だの役立たずだの言われるのだろう。なので数年務めて「元王宮魔導士」という箔をつけたら、とっとと辞めて再就職するのだ。商会や港の倉庫など、雇い先はあるだろう。
ノエインを見る彼らの表情は、自信も覇気も感じられない。そのことが彼らの立場や扱いを物語っている。
「……えー、初めまして。ブルクハルト伯爵閣下にご紹介いただいた通り、私はノエイン・アールクヴィストと申します。王国の北西の端、ベゼル大森林の一画に領地を賜っています」
ノエインの自己紹介を聞いて、傀儡魔法使いたちは不安げに顔を見合わせる。そんな辺境領主が自分たちに何の用があるのかと、ますます疑問に思ったのだろう。
「皆さんと同じように、私も傀儡魔法使いです。この才をもって、先の戦争で奮戦し、国王陛下より直々に報奨を賜りました」
その言葉を聞いて、傀儡魔法使いたちはどよめいた。普通は傀儡魔法使いは戦争で活躍できないからだ。
実際にはクロスボウやバリスタの助けもあってノエインは武功を挙げたわけだが、ゴーレムの貢献も大きかったので嘘は言っていない。
「……そうですね、僕の技術を見てもらった方が早いでしょう。そこのあなた。少しゴーレムを貸していただけませんか?」
ノエインは列の真ん中あたりに立っていた青年に声をかける。歳はノエインと同じくらいだろうか。
「えっ……は、はい。分かりました」
青年はおどおどしつつも答える。次の瞬間、彼の後ろに立つゴーレムが地面に倒れた。魔力による操作が切られたのだ。
そのゴーレムにノエインは右手を向け、自身の魔力を送る。するとそれに応じて、ゴーレムが再び立ち上がった。
「おお……」
先ほどまでとは違って、まるで訓練された兵士のように姿勢を正して立つゴーレム。それを見て傀儡魔法使いたちは感心するような声を上げた。
さらに、ノエインがそれを動かして自分のもとに走り寄らせると、機敏な動きぶりに「うおおっ」とざわめきが起こる。
「そこのあなた、あなたもゴーレムをお貸しいただけませんか?」
「えっ? は、はい!」
一体目のゴーレムへの魔力供給を維持しつつ、ノエインは他の傀儡魔法使いに声をかける。まだ10代前半にも見える女性魔法使いは慌てたようにゴーレムを明け渡した。
ノエインは左手を向けてそのゴーレムを立たせ、また自分のもとへと走り寄らせる。
「に、二体同時に操作!?」
「嘘!? 信じられない!」
見たこともない光景に、傀儡魔法使いたちは今度こそ声を上げて驚きを示した。




