第115話 終戦
戦いが終わってから2日後。要塞地帯での戦後の雑務を本隊に任せ、バレル砦の防衛部隊は最初の集結地点であった後方の野営地へと移動した。
最終的な戦死者は34名。そのうち33名が最前線に立ち続けた獣人の徴募兵で、1名がフレデリックの部下であった王国軍兵士だ。
徴募兵たちはまともな防具も持たないために敵の矢に倒れることが多く、王国軍兵士は目に受けた矢がそのまま脳まで貫通するという、ただただ不運な死因だった。
アールクヴィスト領軍はバリスタ操作や物資管理など後方での仕事が多かったため、また全員に質のいい装備が支給されていたため、幸運にも死者までは出ていない。
激戦であったにも関わらず死者が少なかったのは、クロスボウやバリスタという新兵器を導入したことによる火力面での有利と、ノエインのゴーレムによる厚い援護が理由として挙げられる。
全体の死者こそ少ないものの、防衛部隊の面々は予期せぬ長期戦によって疲弊し、重傷者も多かった。重傷でなくともほぼ全員が多少の怪我を負っており、全くの無傷だったのはマチルダに守られ続けたノエインくらいだ。
後遺症を抱えた領軍兵士への見舞金の支給と、彼らの仕事の確保、そして欠員の補充。アールクヴィスト領に帰還してからも、将官としてのノエインの仕事は多い。
「とはいえ、戦場での僕たちの仕事は終わったね」
後方野営地で、ノエインはマチルダに淹れてもらったお茶を啜りながら呟いた。こうして彼女のお茶をゆっくり味わうのも久しぶりのことだ。
「ああ。領軍兵士が欠けることなく帰還できるのは僥倖だ……普通は戦争があれば人口が減るものだが、今回のアールクヴィスト領に関しては真逆だな」
「大勢の獣人たちを引き取るからね」
バレル砦の防衛に就いた獣人の徴募兵のうち、生存者は181人。そして、森や教会に避難している彼らの子どもや親がおよそ70人いるという。
既に獣人たちの中から数人が、その70人と連絡をとるために遣いに出ていた。
「ケノーゼとボレアスによると、数日後にはガルドウィン侯爵領の北の街――ここに来る途中で滞在した街だね、そこの近くに他の獣人たちを集められるらしいから。僕たちもそこまで移動して、合流してから帰還することになるね」
今後のことについて打ち合わせていると、そこへフレデリックが近づいて来る。
「ノエイン殿、先ほど父と……ケーニッツ子爵閣下と会って話をすることができた。やはり彼はもうしばらくここを離れられないらしい」
まだ軍務中であるため、一軍人として父親を爵位で呼ぶフレデリックによると、上級貴族であるアルノルドにはまだ戦後処理の仕事がいくらか残っているそうだ。
「分かりました。それじゃあ僕は準備ができ次第、自分の領に引き上げて大丈夫ですか?」
「ああ。ケーニッツ子爵家の寄り子の下級貴族たちを待ってもいいが……君は徴募兵を引き取るから帰りは大所帯になるのだったな」
「ええ。怪我人も多いですし、彼らの家族も引き取ることになりますから、行軍速度がずれるのを考えるとアールクヴィスト領軍は単独で帰った方がよさそうです」
ノエインがそう言うと、フレデリックはやや心配そうな顔をした。
「帰りの路銀は大丈夫か? 300人近い大所帯で2週間以上も移動するのだろう?」
「こういうこともあろうかと、行軍資金は多めに持ってますから……それに、徴募兵たちの給金を一時的に借りることもできますし」
自領との行き来にかかる費用は貴族の自腹だが、ノエインは不測の事態に備えてやや多過ぎるほどの金を持ってきている。
さらに、徴募兵たちも少額ではあるが報奨を受け取ってから解散となるので、いざとなればノエインがそれを借り、アールクヴィスト領に着いてから返すという手もとれるのだ。野宿をしながら領に帰る程度の余裕はあるだろう。
「そうか、それならよかった……他の砦の戦いも決着がついたらしい。最終的に、前線で陥落せずに持ちこたえたのは我々のバレル砦を含めてわずか二つだったそうだ」
「そうですか。まあ、あれだけの激戦だったんですから、無理もありませんね……むしろ、僕たち以外にも砦も守り切った部隊がいたのが凄いですよ」
バレル砦が敵の予想を超える善戦を見せたのは、クロスボウとバリスタ、さらにはノエインのゴーレムや奇策の数々があったからだ。そうした武器なしで、数倍の戦力差による猛攻を耐えた砦があったのは驚くべきことだった。
「持ちこたえた砦には、非常に優秀な魔法使いがいたらしい。その者の個人的な奮戦で耐えきったに等しいそうだぞ。私も詳しいことはまだ知らないが」
「それは……ちょっと会ってみたいですね」
「ははは、今回の戦争で武功を挙げた者は国王陛下から報奨を賜ることになるだろうからな。その式典の場ででも会えるだろう」
優秀な魔法使いと聞いて興味を示したノエインに笑いながら、フレデリックは言った。
「……では、私たちもしばしの別れだな」
「フレデリックさんは、来年にはケーニッツ子爵領に帰ってくるんですよね?」
「ああ。王国軍に入って10年近くが経つからな。貴族家嫡男の修行期間としては十分だろう」
フレデリックのような貴族の嫡男は、修行として王国軍に入っても、10年ほどで除隊するのが通例だという。あまりにも長く居座っては、次男以下で継ぐべき実家がなく、職業軍人として生きるつもりの者たちの出世を邪魔することになってしまうからだ。
フレデリックは来年からケーニッツ子爵領軍で隊長を務めつつ、次期領主として父アルノルドのもとで政務を学ぶのだという。
「では、また来年から会うこともありますよね。そのときはよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む……今回生き残ることができたのは卿のおかげだ。感謝する、アールクヴィスト卿」
そう言ってフレデリックが手を差し出す。
「いえ……今回の戦いで多くを学ばせていただきました。僕の方こそ感謝します。フレデリックさん」
ノエインも応えながら手を差し出し、フレデリックと握手を交わした。
「それでは、また会おう」
去っていくフレデリックを見送ると、ノエインは振り返った。
ユーリ、ペンス、そしてマチルダと目を合わせる。
「……うちに帰ろう」
疲れを含んだ、しかしどこか清々しい笑顔でノエインは言った。




