21話 襲撃
日が暮れて、涼しさが漂うホタルマ村。
ボサボサの髪を短くほっといている中年の男が、一軒の古びた家屋を訪れた。
ためらわず戸を叩くのは、気が知れている者が中にいるからだろうか。
やがて、家の中から同じように歳をとった男がでてくる。
その無造作な顎髭を灯すのは、村では非常に貴重なランプの炎だ。
「……終わったのか? アルラル」
アルラルというボサボサ髪の男は肩をすくめた。
「店主。速く持ってきてくれよ。空にある月の光までしらけちまうぞ」
呼ばれた髭親父――店主はかるく頷くと、家の中にひっこむ。
と思えば、戻ってきた店主がかかえているのは、両腕に何とか収まる大きな樽だった。
「水でちゃんと冷やしたか」
「いやいや馬鹿にしすぎだろ。やらなきゃもはや店主じゃないわ」
2人は草の生える地面に腰を下ろす。
こんな夜に酒をかわす理由を、きっとどちらも口には出さない。
店主は木製の容器を手に取ると、樽にある酒をどぼどぼと注ぐ。
「おら、極上のワインだ。召し上がれ」
「冷やしてごまかしてるただのビールだろうが」
毒づくわりに、いや毒づく勢いにのせて、アルラルは一気に飲み干してしまう。
だがそのあとで、苦みをかみつぶしたような顔で舌打ちした。
「おい、店主、もとい村長」
村によっては、酒場が集会所の役割を果たす。
集会をまとめる店主が村長になるのは、自然なことではあった。
もっとも、この村の実質的な責任者はダンジにあるわけだが。
「なんだよ、アルラル」
「あんまそういう顔すんな。『いいのかカミさん置いてここへきて』って顔すんな」
店主は遠慮なく言い返す。
「それでも、お前のカミさんなら遠慮なくお前を送り出しただろう。それが分かっちまう訳だ。本当は喧嘩して家具投げつけられて、逃げるようにここへ来たかったか?」
アルラルは言い返すのをやめた。意地を張るのは妻の前だけだ、と少し前に決めた覚えがあるような、ないようなで。
だけど、その曖昧な記憶によって今が決まった。
酒がまわって思考が鈍る。
アルラルはぽつりと口をすべらせた。
「都市から戻る帰り道によ、1人のガキが荷馬車に紛れ込んでやがった」
懺悔ではない。すべらせているだけだ。
「都市に戻す時間も、連れていくわけにもいかねぇからよ。蹴り飛ばして放置した」
「あいよ」
どんっ!! と地面が鳴った気がする。
店主から馬鹿でかい予備のビールジョッキを突き付けられた。
アルラルは鼻をならして、それすらも飲む。
「おかしな奴だったよ。ギラギラした目で置いてかないでくれと助けを求めるんだ。まるで『ここは通過点』と言わんばかりによ。ムカついたから丁度よかった」
「継ぎ足してやるよ」
こちらに酒をぶっかけないのは、優しさなのだろう。
「で、なぜそんな話を?」
「理由なんてあるか。人間らしくつまみにしただけだ。つまみに」
責めることをしてくれない。
だからこそ、店主以外にいない中で、くだらない甘えがでる。
「ただ、あいつのあの目は俺たちがとうに失っちまったものだ。失って、もう何だったか思い出すことすらできねぇ」
アルラルはジョッキを高く掲げた。
「あいつが魔物の力でも、奇跡でもなんでも借りてよ。生きてまた会えたなら、謝ってけじめをつけて、一緒に酒を飲みてえ。とか意味不明なことを思うんだよ」
それが叶うことはないだろう。
思うと同時に、むしゃくしゃもした。
「なんて勝手な話だ」
「この村の男に勝手じゃない奴なんていない」
「違いない」
それを皮切りに、沈黙が初めて起こった。
だがやはり、こういうのは破られる。
「ダンジさんは、俺たちは、間違っているはずだ」
「……」
「確かなのは、『大切』を自覚したということだ」
樽から目を離して、アルラルは立ち上がる。
「もう行くのか?」
「そろそろ、カミさんの寝床を作ってやらねぇとな」
「……手伝う必要はねぇよな」
「当たり前だ」
そうして、2人の距離は離れていく。
明日はもう、今までとは違う村になっているかもしれない。
そんな風に、呑気に構えていた時、
【――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!】
嬌声と慟哭が混ざり合ったような、攻撃的な何かが聞こえた。
「なんだぁ?」
アルラルは山の方向を見る。
山の上から聞こえたのは確かだが、低地の村からでは確認できない。
そして直後、確認など捨て置かねばならないと知る。
「アルラル。アレを見てみろ」
店主が指した方向は、村を囲む柵の奥。
柵を乗り越えてやってくる、透明に見える『何か』があった。
『何か』は『何か』だ。
ウルフにも見える、鳥にも見える。
ただ、瞬間的に感じたことを言うのならば。
――水が襲ってくる。
あたかも、水の魔法が生きているかのように。
考えている時間はなかった。
村に暴力を落とす化け物から、是が非でも守らなきゃいけない。
アルラルたちにはもう、守ることしか残されていないのだから。
ようやく村人を出すことができました。
主人公・ウルフ・そして、村人。
キャラクターたち全員の化学反応を見ることができるまでは突っ走ります。
ここまで読んでくださったすべての方に心より感謝申し上げます。
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