20話 龍が、やってくる
全身と言っていいほどに、あちこちの骨が折れている。
少し動くだけでも、激痛が走るようになった。
構わない。たとえ手足がもげても、口で物書きはできる。
生きてさえいればいい。
それに、悪くない痛みだ。
ドM? 違うな。
まだ生き続けたいという身体の雄叫びだ。
ただ、身体を動かせないのも事実。
ウルフたちがフカフカのベッドを用意してくれないものかと思っていると、うつぶせの俺に近づく者がいた。
少し汚れた蒼い髪を小さく揺らして、俺の前でかがんだ。
「……! 痛みが!」
トーネが触れた場所から、潤うような感覚が染み込んでいく。
見る見るうちに激痛が消えていく。
折れたはずの身体がぬるぬると動かせる。
「回復魔法、というものか……?」
トーネは伝えてくる。
これもまた水の魔法の一種なのだと。
いかん、……また、鼻血が出た。
『私にしか……使えない魔法』
最後に、丁寧に鼻を治療してくれた。
ほぼ治りきった俺を確認すると、トーネは怪我をした1匹ウルフへと向かう。
途端に威嚇するウルフたち。
だけど、トーネは辛そうな顔で無視した。
まるで食われてもいいと言わんばかりに。
トーネがウルフの治療をしているのを待ち続けるわけにもいかない。
ぐったりと壁に埋もれ、辛うじて意識を保つダンジへと向かった。
「まだ俺は聞いていない。あなたの心の内を」
「いつまでも、こだわるな……。だがもう、すべて終わりにした」
空気がダンジに吸い寄せられる。
終わりとは、何だ?
「湖にはすでに、龍の力が宿っておる」
「……」
「伝えられてきた過程よりも早かったが、数字のようにぴたりとはまらないのが自然だ。トーネを贄にする直前に、湖は昇華した」
その言葉だけで、一帯に絶望が走った。
言う通りならば、瞬時にすべてが終わるだろう。
「龍はすべてわしの息子に、バルクに託した。すぐに事は起こる」
たとえ俺たちに何かなす術があったとしても、上から全部をなかったことに。
「そ ん な こ と は ど う で も い い」
「……な、に」
これは本心だ。
誰よりも、俺自身で言った。
「今は『あなた』に話してるんだ。息子にすべてを託し、あなたは死ぬつもりか」
何も答えぬダンジの目が、肯定を示す。
「……もし」
怒りは湧かない。
否定しない。
愚かだとも思わない。
だけど俺は。
共にダンジと歩む者として、その道は選ばない。
「もし、俺の目をまっすぐに射抜いて、本心から『死にたい』と言えるなら――死ねばいい」
「……」
「それは紛れもないあなたの生きざまだ。俺はそれを見届ける。忘れない。物書きとして、未来永劫語り継ぐ。……でも、あなたの心は違う」
「心にもないことを。分かったような口を」
「俺は――小説家だ」
人が好きだ。目指すうちにとても好きになった。
何回でも、何度でも、これから先もずっと思う。
「あなたの魂の末路が、後悔であってたまるか」
俺は未熟者だ。
何様だと思われているのは知ってる。
だがそれでも、俺は我を通さずにはいられない。
「……もう、遅いのだ。龍は降臨する」
ダンジは初めてしぼるような声を出した。
「直前の直前、この瞬間まで罪を犯した。……変われない。変わりたくもない。許されたくもない」
「でも、まだ生きてる」
その事実は、何よりもかけがえのないものだと、俺は思う。
「多くの人があなたは死ぬべきだというのかもしれない。客観的に見て、あなたの行動は死に値するのかもしれない」
それでも、実際に死ぬかどうかは別だ。
「ウルフたちにちゃんと謝ったか? 村人たちには?」
何も、やってないのならば、
「どうせなら――全部やってから、ちゃんと殺されろ」
♦ ♦ ♦
夜、闇に染まる湖が、風に吹かれて小さく波打つ。
バルクは、湖の真ん中を走る1本の橋を最後まで進んでいた。
湖の中心から見える光景は、とくに岸辺と変わらない。
少なくとも変わっているように見えない。
「これで終わるのか。長かった、と思う自分の醜さに呆れてものも言えない」
ダンジの息子として父親に従い続けた。
そして自分には耐えられないからと、すべての責任を押し付けていた。
だから力を得るのは、バルクにとっては償い。
そして、己がすべてをかけて成さねばならないこと。
どれだけの人を苦しめたか、どれだけの罪を犯したか。
そんなことはやはり、バルクには背負えない。
だから放棄した。
考えるのをやめた。
違う。今から龍を得て、考えるのをやめるのだ。
最後の今この瞬間、バルクは湖に飛びこむだけだ。
生贄ではなく、器として。
クズだと嘲笑え、だけど、憎しみは捨ててくれ。
「なぁ父さん。俺はきっと、何も成し遂げられない。……けどさ」
まるで心を削りとるように、バルクは苦しい声を出して、
「せめて、跡だけは残せるようにするから」
身体が崩れてしまうかのように、泣きそうな表情をして、
「だから、これで本当に最後だ。……みんな」
湖の中に、飛びこんだ。
静かに、誰にも見られずに、1人の男は見えなくなった。
彼の心に、反していく。
――龍が、やってくる。
ついに佳境に入っていきます!
強大な力をもつ龍に、主人公たちはどう立ち向かうのか。
ぜひ見届けて欲しいです!
よろしくお願いいたします!
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