10話 人とウルフの禁断の愛とかだったらよかったのだが
後からちゃんと知った話だが、モノがウルフらに連れていかれたのは、城壁都市マダンの西方にある、緑の生い茂る山地『ホタルマ』だ。
ホタルマにおける、ウルフたちの住処。
川を挟んだ反対側には、人々の暮らす村がある。
かつての人は、高地にある湖『ルベルク湖』から流れる川を拠点として、森を開拓し、住み始めた。
人々は、拡大しつづける森を切り倒した。
もとよりそこに住んでいた魔物は、人間たちの定めた領域から追い出された。
年月が経ってそれらが収束し、現在は人と魔物の領域がはっきりとしている。
『ルベルク湖』から流れる川の1本が境になっているようだ。
モノを馬車から蹴り落した男も、そのホタルマ村の住人だった。
しかし、悪天候による水災などが原因となって、今もなお、人と魔物――主にウルフは小競り合いを続けている。
*
【何を感じ、どう思った、か】
暗闇広がる洞窟の奥で、ウルフ王の赤い目と、俺の小さな目が交差する。
【我が考えていることなどいつも変わらぬ。我ら一族の安寧。それ以外には何も望まん】
「……安寧、か」
大切なものを守りたいという気持ち。
誰もが思う、当たり前の想い。
小説界において、その気持ちは『世界最強のエネルギー』と言われている。
決してあなどれない。
時に意志あるものは、命以上のものをかなぐり捨てて、大切なものを守ろうとするから。
この王も、本性を見せてはいないだろう。
死地に瀕したときにどれほどの力を生み出すのか、まったく予想ができない。
【お前は、物書きとして成し遂げたいことがある。そうだな?】
「ああ。それだけは譲れない」
【そして、そのために貴重な体験をしたい】
「そのとおりだ」
たとえ死ぬことになったとしても、小説家にとって意味ある死を成し遂げたい。
もちろん、それは最終決断だが。
【ならば……今から人間族の村に行け。お前の求めるものがそこにある】
周辺にいるウルフが騒ぎ出した。
意味を図りかねる俺の心も、先を期待して高鳴っていく。
「ウルフの王。俺をどう利用するつもりだ?」
【流行るな。まずは状況を説明するのが先だ。人間がこの地に住み着いて以来、我らは幾度となく小競り合いをしてきたが……、最近になって人間の動きがきな臭い】
「具体的には?」
一瞬だけ、ウルフ王は間をおいた。
王が躊躇するようなこととは、いったい何なのか。
【ウルフに求婚をするようになった】
などという素晴らしい悩みであったのなら、俺は是が非でもキューピット役を務めさせてもらおう。
異種族間の愛を、誰が止められようか。人の心はそんな単純なものではない。
生まれてくる子供は獣人になるか。それとも子は作れぬのか。
たとえ、世界を守る太陽から、燃やし尽くさんばかりの偏見差別が待ち受けていようとも、俺はその絆を守って見せる。
まぁ、今のはあくまでたとえ。
さらに素晴らしい問題がくるかもしれない。
くるんだ。覚悟はできている。
村人たちよ。あなた方はいったい何をしていた?
未熟者である俺を彼方までぶっとばすほどの、最高に素敵な生命のまぐあいを!
【同族であるはずの子供を、ここより高地にある湖に生きたまま投げ入れていた】
「…………」
そうなのか。
ぱっと、思いつくのは『生贄』といったところか。
……どうしてだろう?
今、自分の中にいるサラサに、まるでよちよち歩きをしている子供が転ばないかどうか不安に思う母親のような目で見られている気がする。
事情を何も知らない俺だ。その人間たちを全否定するつもりはない。
理解できなくても、人間たちを描くために拒絶はしない。
それが小説家だ。
……だが。
「生きている子供たちのこれからを閉ざすような真似は、見過ごせないな」
それこそ、人間たちを描く小説家としての道理に反する。
「……『自分も生贄にされたい』くらいは思ってるんでしょ?」
あたりまえだ。
縄で括り付けられたまま、頭から突き落とされるのかな?
たまらない。
「……ほんとうに一回そうなったら、すこしはマシになるのかなぁ。この、あたまおかしょうせつか」
ゴロはいい。
が、やはりサラサはまだちゃんと理解していないようだ。
今度時間ができたときに、ちゃんと小説家のなんたるか。小説家としての常識を教えなくてはな。
「王よ。一応確認するが、その人間たちの行為が、『泳ぎを学ばせるための親の愛』ということはないのだな?」
【そうだ、と言ったら貴様は村にいかないか】
「それはない」
すでに俺の中で、行くことは確定している。疑いが出た以上は確かめたい。
子供たちを助ける。
ついでに、村やウルフたちにおけるバックグラウンドを、すみずみまで理解させてもらうとしよう。
罪なき命が犠牲になっている。
そこには大きな理由が存在しているはずだ。
「ただ、先ほど言った、『俺の求めるものがそこにある』とはどういうことだ? 村の真実を知った先に何かがある。そう確信しているのか?」
【……お前も魔族だ。行けば分かる】
ごめんなさい。魔族じゃないんだ。
「あらかじめ知っておいた方が対処もしやすい。俺たち魔族も万能じゃないんでな」
【我ら魔物や魔族は、『悪』『闇』いわゆる負として解釈されている。人族の偏見ではある。だが、光魔法や加護に弱いというのも事実だ】
「そうだな」
【だからこそ、我らはそういった『聖』に敏感だ。拒絶反応がおこる。そして、湖の奥深くから、その『聖なる気配』がする】
「……まさか!」
【まだ分からん。だが、可能性はある】
ウルフ王は警戒するかの如く、初めて立ち上がった。
ただでさえ大きいその巨躯が、倍に膨れ上がる。
ビリビリとした空気がつたわる……!
【あの湖のなかには、『龍』がいるのかもしれん】
……ふっ。だろうな。
「その取り繕っている仮面ぜんぶはがされて、ウルフの王様に踏みつぶされてしまえばいいよ」
それもまた快感かもしれないな。
一緒にどうだ? サラサ。
魔族、魔法、加護、龍。
あああああ! 説明しなければならないことがどんどん増えていく!
皆さんを退屈させないように文章に工夫や魂を込めなければ……!
読んでくださったすべての方に心より感謝を。
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