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消えた過去を探して

作者: 柚木アキラ


最近僕は気がついたんだ。

弟のはあるのに、僕のはない。

何がって?

赤ちゃんの頃の写真、アルバム。

弟のは毎日のように撮って、アルバムになっているのに……

どうして?


ぼくは理由を聞こうと、キッチンで忙しくしている母の足下に絡みついて、

「ねえねえ、僕の赤ちゃんの時の写真、どこにあるの?」と聞いた。

『もう、今ちょっと忙しいから後でね』

あっさり母に振られて、今度は父の所へ駆け寄ろうとした。


背後で弟の声が聞こえ、僕の足は竦んで動かなくなってしまった。

『兄ちゃんは捨て子だからだよ』

「え?」

『うちの近所の原っぱでさ、ダンボールに入れられて、捨てられてたんだって。

それを拾って来たって、母さん言ってたよ』

「ダンボールって、そんな……猫じゃあるまいし……」

『兄ちゃん、猫だよ。鏡見てごらんよ』

僕は慌てて玄関の姿見に自分を映した。

「どうして……」

そこには1匹の白い猫が映っていた。

****


「わあああああ……」

僕はベッドの上で慌てて飛び起きた。

またこの夢か……

最近やたら同じ夢を見ては叩き起こされる。

もうすぐ彼女との結婚を控えていて、何かと神経質になってるのかもしれない。


確かに、この夢を見るまで気にもしていなかったが、

我が家で僕の赤ん坊の頃の写真を目にしたことはなかった。


そんな事より今日は実家のあるK県へ、戸籍謄本を取りに行かなければ……

彼女との入籍の手続きに必要になったのだ。


僕は、洗面所で今の夢の後味の悪さを流すように、

ジャブジャブと顔を洗った。


時折吹き付ける、冷たい強風に煽られたコートの襟がバフバフと顔を叩く。

首をすくめ、白い息を吐きながら、

僕は役所へと向かった。



****


ここは天国かと思うほど、暖かい空気で満たされた役所の中で、

必要な手続きをし、戸籍謄本を受け取った。


早速書類に目を通し、確認する。

「は?」

僕は小さく声をあげたまま固まった。


両親の名前の上に、「養父」「養母」と記載がある。

実母の欄には叔母の名前が……


この書類が正しければ、僕はあの両親の元へ、2歳の時に

養子としてやって来たことになる。


「聞いてない……何も聞いてないよ……」


僕は慌てて母に電話をした。

戸籍謄本を受け取って、知った事を母に話した。


『いつか話さなきゃと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて……

ごめんね……』

母の話はこうだ。


僕の両親にはなかなか子どもができなかった。そこへ母の妹が、

つまり、僕の叔母が僕を連れて相談にやって来て、子どもをしばらく預かって

欲しいと頼まれた。


叔母は未婚のまま僕を生んで、何とかやって来たが、生活が困窮し、

実姉を頼ってやって来たのだ。


僕の両親は叔母の頼みを受け入れ、僕を息子として育ててくれた。

その後、弟が生まれた。


もう頭が真っ白だった。

叔母だと思っていた人が実の母で、

母だと思っていた人が叔母だったなんて……


僕は叔母に会いに行くことにした。

幾度も会ったことはないが、その日の叔母は、

明らかに見たことのない神妙な顔をしていた。


母から、僕が全てを知ってしまった事を聞いていたからだろう。

叔母は、畳の上で土下座をし、

『ごめんなさい!でも、捨てたわけじゃないの!

いつか迎えに行こうと……』

叔母は泣いていた。


少しの間、黙っていた僕は

「写真、ありますか?」と尋ねた。


叔母はキョトンとした。


「僕の赤ん坊の頃の写真」


叔母は、うんうんと頷くと数冊のアルバムを持って戻って来た。


生まれた日に、病院で撮ったであろう1枚から始まって、

ほぼ毎日のように写真を撮っていた。


写真の日付けからそのことが分かる。

横に一言コメントのようなものが書かれており、

まるでアルバムが育児日記のようになっていた。


一日中泣き止まなかったとか、熱が下がらないとか、

公園へ散歩に行ったとか、離乳食を美味しそうに食べたとか、

何でもない日常……


僕は愛されていた。

手離すことにはなったけど、この人はちゃんと愛してくれていた。


僕の事を、真っ直ぐに愛してくれている人が撮った写真だと、感じることができた。


「結婚式、来てくれますよね?」僕は尋ねた。

『いいの?』

「もちろん!ただ、母さんは今の母さんで、叔母さんは叔母さんだから……」

『そうね……』

「あの……でも……生んでくれて、ありがとう!」

叔母は顔を覆って泣いた。

結婚式の当日……


よく晴れた朝だった。


式では、僕と妻の幼い頃の写真が、スライドショーで映し出された。

叔母も母も、泣きながら その写真を見つめていた。


僕は幸せだ。

2人の母にこんなにも愛されて……


これからは僕が、新しい家族とアルバムを増やして行くよ。


悲しい時も、嬉しい時も、何もなかった日も、

大切に大切に重ねて行くよ。


母さん達からもらった愛情を、

今度は彼女と育んで行くよ。

僕は、隣の妻と目を合わせて笑った。






別サイトに投稿した作品を少しアレンジしました。

読んでくださってありがとうございます!

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