第一章(2)炎の祝福「後」
あれを食らって生きているはずがない。死んだはずなのに―――
「少し痛かったぜ。だがまだ温いな。その熱さ、それがお前の限界ってわけだ…!!」
そこにべリスは居た。あの大爆発と光に呑まれ、それでもなお形を保ち、立っている。とはいえ流石に無傷というわけではなく、血を流し、服も少し破けていた。
「嘘だろ…これもうおしまいじゃ……」
絶望し、膝をついて空を見る。赤く染まった空は熱を持ち、世界の終わりを想像させる。
「じゃあ、今度こそ終わりだな。満身創痍のその精霊じゃ勝ち目はない。じゃあな」
そう言って炎の双剣を俺に向け、首をはねようとしたその時―――
「水盾!!」
目の前に現れた水の盾が炎の剣を消し去り、また水の盾も熱で蒸発し、互いに相殺する。遅れて俺の横に着地し、俺を守るようにべリスの前に立ちふさがる水の魔法使い―――エルミナがそこにいた。
エルミナはその眼でべリスを威圧し、そして俺にこう告げる。
「ごめんね、屋敷内にいる人を避難させて、火を消してたら遅くなっちゃった。」
「あ、あぁ……大丈夫か?こいつは大罪だぞ?」
「うん、だからクロを回復して2人で戦うわよ。」
そう言い水の光をクロの体に打ち込むと、クロの傷は癒え、魔力も戻っていく。
「水の回復魔法か、やっかいなことしやがるな」
クロを見てエルミナを睨んで威圧する。
「…なら、なぜ止めなかったんだい?」
回復したクロが俺の肩に乗り、べリスにそう問うと、べリスは少し笑って…
「その方が面白そうだと思ってな?」
不敵な笑みでそう答え、首を鳴らして真剣な眼差しで再び双剣を構え、臨戦態勢に入る。
「炎嵐!!!」
詠唱と同時にべリスの手のひらから炎の竜巻が放たれ、地面を抉りながらこちらへ向かってくる。
それに対抗して前に出たエルミナも詠唱を唱え―――
「水嵐!!!」
声に呼応し、エルミナの手からも水の嵐が起こる。
互いが互いを削りあい、撃ち合いの最中エルミナが一瞬こちらへ視線を送る。その視線を受け、俺とクロは走り、近くの倒木に飛び乗りって叫ぶ。
「ソード・オブ・ファイアーーッ!!!!!!」
エルミナとの撃ち合いに全ての神経を注いでいたべリスは完全に油断しており、俺とクロの接近に気がつかなかったのだ。残されたすべての力を振り絞り、炎の剣を首めがけて振りぬく。
「くッ…!!!」
とっさに急所への直撃を避けたべリスだったが、そのせいでエルミナの魔法に押し切られ、水の嵐をモロに受けて地面を転がる。それに続いてエルミナが追撃魔法を準備し、詠唱を唱える。
「水剣!!!」
エルミナの掌から光とともに具現化された水の刃を持ち、倒れこんでいるべリスに向かって斬りおろし、首を撥ねて決着を付けようとした。その瞬間に決着は着いたと思われた。だが―――
「ファイアシールド…」
炎の壁でエルミナの水の剣は蒸発し、淡い光になって無に還る。瞬時に立ちあがったべリスは不気味な笑みを浮かべ、詠唱を呟く。
「『大罪魔法・強欲』」
べリスの体に炎が集まり、具現化され、灼熱の鎧となる。
「この魔法はな、俺にしか使えねぇんだ。この鎧の温度は4000℃はあるぜ…!」
格が違う熱量を纏って足を踏み出し、草木を燃やしながら俺たちに歩み寄る。首を鳴らし、唇を濡らし、やがて歩みを止めて構えを取る。
今までの熱とは全く違う、太陽を思わせる熱を持つべリスは、俺どころかエルミナとクロさえも恐怖させた。
「今度こそ終わりだ、終わらせてやる。」
そう言い放ち、地を蹴って瞬時に間合いを詰める。蹴った地面は深く抉れ、飛んだ軌道にまだ紅い炎が軌跡を描いて残っている。
飛んだべリスは武器は使わず、炎の拳で俺を殴り付けた。すさまじい衝撃に腕の骨が爆ぜ、吹っ飛んで屋敷の壁に受け身も取れずに叩きつけられる。
「かはッ……」
喉の奥に詰まる血塊を吐き出し、地面に血が滴り落ちる。
「今度はお前だッ!!」
俺を吹っ飛ばしたべリスが次はエルミナに回し蹴りを入れ、手刀でクロを容赦なく殴り飛ばす。
蹴り飛ばされたエルミナは地面を転がり、戦いに倒れた倒木にぶつかってようやく止まる。
一方手刀で吹き飛ばされたクロはうまく受け身を取って俺のもとに飛んで戻る。
「……殺しちまったか?もう少し遊びたかったが…」
俺とエルミナに目をやり、満身創痍のエルミナと俺を見て残念そうにそう言った。べリスの拳によるダメージはさっきまでの攻撃の比ではなく、たった1発で俺とエルミナを、さらには世界最高峰の精霊のクロでさえ手に付けられない。
「……このままじゃ全員殺される。早いうちに一撃で倒さないと……」
満身創痍で血を吐く俺にクロは小声でそう伝え、どうする、と視線を送ってくる。
「へっ…1撃で倒せる魔法なんてあんのか?」
「…あいつは今もはや君の熱量とは比べ物にならない『太陽に匹敵しうる熱』を持っている。なら、あいつを倒すにはその熱を超えるのが一番確実だね。でも……」
「あぁ、わかってる。どうするんだ?」
「今から僕の魔力をすべて君に注ぐ。君はそれをすべて凝縮してあいつにぶつければいい。出来る?」
作戦を伝え、俺を見て不安そうにそう聞くクロ。確かに練習したこともない魔法で使えるかわからない。さらにそれができたとしてもべリスの熱を超えられるかもわからない。これは危険な賭けだった。失敗すれば俺はもちろん、エルミナも屋敷のみんなも全員が消えてなくなる。そんな賭けだった。
「まぁやんなきゃ結局殺されるからな。やってやるよ」
折れた右手を庇いながらなんとか立ちあがり、浅い呼吸を繰り返しながらべリスを見る。
クロからの魔力を受け取り、熱を取り戻した俺にべリスは少し笑ってこう言う。
「生きてたか。だがもうお前らの負けだ。お前らも確かに強かったがそれでも大罪様には勝てなかったな…?」
「どうかな、勝負は最後まで何があるかわからないんだぜ…?」
そう言いさっきは効かなかったスーパーノヴァをもう一度準備する。今度はクロの魔力も含め、一点にすべての魔力をこめて左手に熱を集める。
「さっきと同じ技か。いいぜ、打ち返してやる」
そう言い再び魔力を両手に集約し、巨大な火球を打ち出す。
「グランドファイア!!」
「ス―パーノヴァ!!!!!」
同時に詠唱を叫び、互いの魔法が二人の間でぶつかり合い、波動が起きる。その波動で庭の地面は抉れ、木々はなぎ倒され、草木の燃えた黒い物体も吹き飛んでいく。
すべての魔力を集めた今出来る最強の攻撃だったが、それでも大罪の熱に押され始め、熱量で負けたスーパーノヴァは破裂寸前だった。押し切られる、そう思ったその直後―――
「アクア・キャノン…!」
べリスに蹴り飛ばされて気を失っていたはずのエルミナが完全に不意を突いて水の砲撃魔法を放った。
その水を受け、熱が少し下がってべリスの魔法の威力が落ち、こちらの魔法が少し押し始めた。
「お願い、ナナセ……!!」
最後の力を振り絞って俺に回復魔法を使い、俺の魔力も少しだけ回復する。
回復した魔力をすべて使い、べリスの魔法―――グランドファイアを押し切り、スーパーノヴァをべリスの眼の前まで届かせる。
「イグニッション!!!」
「ぐッ……あぁぁああ!!!!」
至近距離で地を揺るがす大爆発か起き、光の柱がべリスを焼きつくす。爆風で吹き飛ばされそうになり、崩れ始める屋敷の残骸をも吹き飛ばす。
光がしだいに散り始め、爆風も弱まって魔力は無に還る。
「……やったか…」
べリスの熱がその場から消え、光が消えた戦場にその姿は無かった。
「…そうだね、彼の熱を感じないし、消えてなくなったね」
跡形もなく破壊された庭を見て奴の姿がないことを確認する。確かにそこにべリスの姿はなく、そこでようやく勝ちを確信した。
「……終わったか……!!」
疲れ果てて倒れこみ、深呼吸をしてそのまま意識を手放した。