第一章(2)炎の祝福「前」
「さて、今日から屋敷でのお仕事も覚えてもらいます。一日の流れは、午前中に廊下・食堂などの掃除。
午後は基本的に自由ですが、建物の修繕や洗濯など、やることがたくさんです。とりあえずナナセ君には廊下のお掃除をしてもらいます。」
早朝にいきなり起こして俺への指示を淡々と話し、雑巾の入ったバケツを手渡してくるマリア。廊下はとんでもない広さで、一人で雑巾がけなどしたら夕方にでもなってしまいそうだ。
「えっと…これ全部?一人で?」
恐る恐るそう聞いてみた。
「いえ、これから残りの使用人も起こしに行きます。それまでは一人でお願いします。」
一人ではないのか、と安心し、早速作業を開始する。
「それでは、他の使用人を起こしてきますね」
「おっけ。じゃあ雑巾な」
雑巾を絞り、さっそく作業に取り掛かり、やたらと長い廊下を雑巾がけする。恐ろしく長いせいで1往復が終わらず、すぐに足がもげそうになる。
「おはようございます。朝からご苦労様です。雑巾がけ、私もお手伝いしますよ」
ぐったりしている俺の後ろからそう声をかけてきたのは、マリアとはまた別の少女。
「あ、私はモ二クです」
そう名乗り、モ二クはさっさとぞうきんを絞り、廊下を走っていく。
「おし、俺もピッカピカにしてやるぜ!!」
そう意気込んで俺も雑巾を洗い、雑巾がけを再開する。
「お、終わった……」
雑巾がけを始めること4時間、朝6時に初めて終わったのは10時、これが毎日となると足腰が化け物になりそうだ。
「お掃除終わったので、昼食まで自由にしていていいですよ」
掃除の後片付けを終わらせ、庭に走って出て行く。庭から少し離れた、少し開けた場所で心の中にいる「精霊」に声をかける。
《クロ、出てきてくれ…》
腕の刻印が光り、光に包まれた精霊が姿を現す。
「おはよう。じゃ、早速魔法の練習をするかい?」
クロは俺の周りをふわふわと漂い、そう言う。
「火属性の魔法の派生魔法だよな、頼むぜ」
「そうだなー、遠距離はラ・フォイアで今は十分だし、せっかくなら近接魔法教えたげるよ。詠唱はソード・オブ・ファイアね。」
確かに遠距離から攻撃する分にはラ・フォイアで今度は近接というのは正しい。
「で、どうやって出すんだ?」
「炎の剣をイメージして具現化する…といっても難しいかもね…まぁ、言ってみるといいよ」
「あ、うん…ソード・オブ・ファイア!!」
そう詠唱を唱えると、手のひらから歪な棒状の炎が噴き出た。
「うーん、まだ正確にイメージできてないみたいだね。これは何回もやるしかないけど、大丈夫?」
歪な炎を手放し消滅させ、何度も何度も詠唱を唱え続ける。
「ナナセくん、もう昼食のお時間ですよ~」
そう呼ばれ、練習を中断する。
「練習は中断だね。でもだんだん近づいて来てるから、もうすぐ出来るようになると思うよ。」
「そうなのか?じゃああとでまた時間があったら呼ぶよ」
そう言うと黒は刻印に消え、俺の中に戻ってくる。
「いただきます」
昼食の時間、屋敷にいる全員が食堂に集合している。
「エルミナさん、どうやら昨日行った街から少し外れた街が『憤怒』に襲われたそうです…」
少し遅れて食事の席に着いたマリアがエルミナにそう報告し、食堂の空気が変わった。
「そうなの…次々と…」
怒りを露わにするエルミナに俺は
「なぁ、エルミナはどうしてそんなに『憤怒』を倒そうとしてるの?」
そう言うと変わりにモ二クがこちらに話しかけてくる。
「大罪戦線はご存知ですね?」
「あぁ、ちょっとだけ聞いたぞ」
「その大罪戦線の際、当時特に強い魔法使いで大罪を倒すための部隊を作ったと言われています。そして、『林属性』として呼ばれたのがエルミナさんのお爺様だったのです。ですが、戦闘中に不意打ちで『憤怒』に殺されてしまったんです。」
エルミナと『憤怒』との関係について、やっと少し明らかになってきた。約45年前の大罪との戦いで命を落とした祖父の仇打ちというわけだ。
「まぁ、そのほかにも私が『現在の水の戦士だから』ってのもあるんだけど、あの『憤怒』だけは私の手で葬ってやりたいの。」
その時のエルミナの眼には、確かな怒りと闘志があった。絶対に奴だけはこの手で。そう思っているからこその眼だった。
「…じゃあ、俺が一緒に戦うよ」
そう俺が言った瞬間、食堂内の空気が凍りつき、エルミナがこちらに視線を運ぶ。
「本当に言っているの?危険なのよ?命の保証はないし、本当に死んじゃうかも…」
そう言ってエルミナが俺の戦闘宣言を止めようとする。するとモ二クがまぁまぁとエルミナを止め、
「でも火属性の戦士は今いないでしょう。先ほど庭で魔法の練習をしていましたし、かなりもう戦力になると思いますよ?」
「…じゃあせめて、1週間はちゃんと魔法の勉強をしてもらうわよ」
モ二クの提案に納得したエルミナは俺に1週間の練習期間を設け、俺の戦闘宣言を了承してくれた。
それから毎日仕事合間合間に魔法の練習を繰り返し、ソード・オブ・ファイアはすっかり習得していた。そんなある日の昼下がり、いつもと同じようにクロと魔法の練習をしていたその時だった。
「ねぇナナセ」
「なんだよ?今炎の具現化で忙しいんだけど…」
「何か来る」
クロが空を見てそう呟いた。声色から警戒の色が伝わり、俺も警戒態勢に入る。そしてその直後
―――――
空は赤く染まった。