i am …
1
「君が好きだ」
放課後に誰も居なくなった高校の教室で、高宮晴敏は真っ直ぐに漣渚を見つめた。彼女は少し嬉しそうな、それでいて困惑したような顔をした。
「う、嬉しいけど、ちょっと保留しといてほしいかな……」そういって渚は晴敏から顔を反らした。
「う、うん」ショボショボと晴敏は呟くと、空気の抜けた風船のようにふわふわとその場から立ち去った。
「に、日直お疲れ様!」渚は慌ててそう言っていた。
「なんだよ、別に振られた訳じゃないんだろ?」沖山直宏が言った。
「そうだけどさ……」初めての愛の告白が、とても中途半端な結果に終わったことに、晴敏はギクシャクしていた。
「いいじゃないか。嬉しいって言ってくれたんだろ?」
「まーそうだけど、なんだか釈然としないわあ」
そういうのも束の間、二人の前には帰宅のためのバスが着いた。日直以外の者は大抵一本、もしくは二本前のバスに乗って帰ってたため、バスはとても空いていた。だが一般の乗客が乗って居たのもあり、二人は会話を慎みながらバスに揺られていた。
バスを降りると空には赤みが帯びていた。ビルの合間からではあるもののそのオレンジ色の光は眩しいほど輝いていた。
「晴敏、そこのGEO寄ってこうぜ」
「おう」
店は夕方であるから、帰宅中の学生やホワイト企業の社員が寄り道に多く入っていた。二人は適当に店をうろつくと、CD売り場で立ち止まり、新作のCDを漁った。
「なんかぱっとしないのばっかだなあ」晴敏は呟いた。
「おい、これなんかいいバンドだぜ、『THE treasure queen』。まだデビュー間もないけど、日本のメタルバンドの中でも演奏が上手いって言われてんだ」
「洋楽なんだ。へえ、なんかパッケージはビジュアル系っぽいなあ」
すると直宏は「だがしかし、お前があのスピッツちゃんにコクっちゃって、まさか断られないなんて、凄いよな」
「スピッツちゃん?」
直宏はCDのスピッツのコーナーに行くと、二つのアルバムを手にした。
「スピッツって漣、って言う曲もあるし渚って言う曲もあるんだ」
「だからってスピッツちゃんはないだろ」
「だけどある意味当たってると思うんだけどね。スピッツってドイツ語で『尖ってる』って意味らしいんだ。だから彼女にぴったりなあだ名じゃないかって」
すると晴敏は怪訝な顔をした。
「なんだそれ?彼女尖ってなんかいないだろ?」
「尖ってるさ。少し気が強いっつうか。だからお前みたいにあいつが好きな奴は稀さ。みんなちょっと彼女から一歩引き気味だろ?」
「そ、そんなもんか?だけど良い奴だろ?」
「まあ確かに、誤解されやすいやつだとは思うけどな……」
そういうなり、晴敏は直宏からスピッツの二つのアルバムを奪うと、試聴コーナーにてそのアルバムを聴いてみた。
「……スピッツちゃん、か」
二人はそれからちょっと変な気分のままGEOを後にした。そして晴敏は急いで家に帰ると、スマートフォンを取り出して少し迷った挙げ句渚ににラインを送った。
渚ちゃん。僕は保留の人なんかいないよ。君は?
それから、晴敏の元に渚からの返信が来ることは一生無かった。
2
それは殺人であったのだ。後部からハンマーで殴り殺されたのである。
晴敏は呼吸の方法を忘れたかのようにちぐはぐしていた。火葬は親族で執り行われ、その後の葬儀で骨壺に納められていた渚を見ると、何故ここまで小さくなってしまったのだろうと感じずにはいられなかった。せめて最後にもう一度彼女の顔を見たかったと思ったが、東北の特性上、葬儀の前に火葬してしまうのが常なのであった。
焼香を擦る手はにっちもさっちもいかず、晴敏は自分がどれだけ彼女が好きだったのかを改めて再認識する。それと同時に、何故彼女は殺されたのかというそんな思いが、メラメラと燃えていたのだ。
「渚のお葬式に来てくれる男の子は君だけよ」渚の母はふとそういっていた。スピッツちゃん。そのいわれの通り彼女のトゲに刺さった誰かが彼女を殺したのだろうか?だが犯人はまだ見つからない。ただ、犯人が誰かなんて、自分が彼女が好きだったことに何の関わりもないのだ。ただ、自分だけでも渚が好きだったっていうこと。それだけが高宮晴敏の全てだった。だからこそ、何故こんな中途半端なところで、この恋が破壊されるのか?それだけが分からなかった。
答えを聞こうと待ちぼうけするというのは、その間に答えが無くなってしまう可能性のあることだと、この二人は知らなかった。