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死の後の  作者: よっしー
第一章
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乾燥機3

東屋に向かいながら周りを見てみると、すぐ左手の砂場で幼児がスコップを手に穴を掘っていて、十分掘ったのか次にその穴へバケツの水を流し込んだのだが、どうやら水の量が全然足りなかったらしい。それでバケツを持って砂場の向こうの水道に行くのかと思ったら、隣りにいた親にバケツを渡し、水を汲みに行かせていた。


すぐ右手には滑り台とアスレチックロープとのぼり棒とはしごが一体になった遊具がある。その上で二、三人の子どもが滑り台の順番を待っていて、危なっかしいためか周辺に親たちも集まり、「コウキ危ないよ!」とか、「ユウちゃんだめでしょ!」などと公園中に響く声で叫んでいたので、僕も何だか子どもたちの予測不能な動きにひやひやしてしまった。


一体になった遊具の奥には桜の木があって、二つ並んだベンチがその下に設置されている。一方のベンチには若い夫婦が座り、奥さんはぬいぐるみを振ったりしながらベビーカーの赤ちゃんをあやしていたが、旦那さんはぼーっとしながらコーヒーを飲んでいた。


桜の木のさらに奥にはブランコが設置されている。そこでは小学生グループが四つのブランコを全て占領し、大声で話しながらブランコを漕いでいた。そのうちの一人は立ち漕ぎをしていたので、前方へ振り上がると手の位置を支点として大きくくの字に折れ曲がった。そのせいで再び後方へ加速するときにグワングワンと揺れてしまって、上手く加速できずに失速したようだ。


左手の奥にはジャングルジムがあって、誰も遊んでいないかわりに、くたびれた顔の旦那さんがジャングルジムにもたれて煙草を吸っている。その前を子ども二人の手を引いた奥さんが、右手の一番奥のトイレに向かって歩いているようだった。


僕が東屋に到着すると、たっちゃんはカバンから本を取り出して、「ここまで読んだよ」と言った。その本はサン・テグジュペリの『星の王子さま』で、僕が面白いよと言って勧めたものだ。早速読んでくれたようだ。


「あのね、王子さまはね、こんなにちっちゃい星に住んでるの」


たっちゃんは興奮気味に言ってリンゴくらいの大きさを手で作ってみせたのだが、すぐにハッとして悲しい顔をした。


「ねえお兄ちゃん」


「ん、何?」


「王子さまは、あの星でちゃんと空気吸えてるかな?」


「空気?たぶんあの星に空気は無いから、王子さまは空気必要ないんじゃない?」


「そうなのかな?心配だなあ」


「たっちゃん、安心していいよ。その本では王子さまが酸欠で死ぬことはないから」


するとたっちゃんは八の字眉毛から徐々に笑顔になって、「うん!」と返事をした。しかし僕が周囲を見ながらぼけっとしていると、再び立っちゃんの眉が八の字になった。


「お兄ちゃん、地球は大丈夫かな?」


「え?何で?」


「だって、バオバブが成長して、あの星みたいに、根っこが地球を貫通しちゃうんでしょ?」


僕はそれをイメージして思わずにやけた。


「たっちゃん、それも気にしなくて大丈夫だよ」


「王子さまみたいに、誰かが毎日抜いてるの?」


それには「あはは」と笑ってしまった。


「いやいや。地球はね、あの星と違って、こーんなに大きいから大丈夫」


そう言って僕は両手を広げ、地球の大きさを表現した。でもたっちゃんにはあまりピンと来なかったようで、「やっぱり誰かが毎日抜いてるのかな」とぼそぼそ言い、そのうちに、「僕たちのために、王子さまが抜いてくれてるのかな」となったので、「もしそうなら、王子さまは本当に素晴らしい人だね」と言った。


しかしそう言った直後、ふと毎日毎日抜かれるバオバブのことを思って何だか悲しくなった。いつかはあの星から絶滅してしまうのかもしれない。


たっちゃんが「星の王子さま」を読み始めたので、僕も持って来た本を読み始めた。いつもなら乾燥機までの三十分くらいはあっという間に過ぎてしまうのだが、そのときはなぜか集中できず、五分くらい読んではスマートフォンの時計を確認する、ということを何度か繰り返した。そしてようやく残り三分になったので読書中のたっちゃんに言った。


「そろそろ行こうか。クールダウンが始まっちゃう」


しかしたっちゃんはすっかり忘れていたようでポカンとしていて、それを思い出してからも、本に熱中しすぎたのか「ふん」と鼻で返事をしただけだった。それでも僕が「きっとホカホカになってるよ」などと洗濯物に興味を向けさせるようなことを言ってみると、たっちゃんはようやく重い腰を上げた。

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