ドリームキャッスル
†
「ホントさ、馬鹿でしょ?」
辛辣な言葉ながらその響きは柔らかで暖かく、ヤヨイに対するマリなりの心配の色がうかがえた。それを微笑ましく見守るノゾミ。あんな事件がなければ、もっと仲良く、一緒に学生生活を楽しく過ごせたのに、なんて思ってしまう。
午後3時、まだまだ明るい遊園地内で、3人は再開した。
恐る恐る送ったメールにはすぐ返信が来て、『裏野ドリームランド』内、ミラーハウスの前にいると書いてあった。
それで、慌てて軽い準備をしてやってきて、開口一番にマリがああ言ったのだった。
久しぶりに会ったヤヨイは全然背が伸びていなくて、その代わり髪だけはとても伸びていた。綺麗な黒髪が尾てい骨のあたりまで降りていた。
「ありがとね、マリ。ノゾミ」
それぞれに目を合わせながらそう言うと、しばしの沈黙が出来た。
ノゾミが焦って口を開く。
「そ、そーだヤヨイちゃん! 今何歳になったの?」
「は? 同級生だろ。何甥っ子や姪っ子にするみたいな質問してんだよ」
「あ、あああえっと、あの」
ノゾミが慌てて、ヤヨイが思わず吹き出した。
「なんか、ノゾミってそんなんだったっけ? ……なんつーかウチら、本当に久しぶりなんだな」
ヤヨイが不意にみせたその笑顔に、ノゾミは口をぽかんと開けて見入ってしまった。初めて見る、ヤヨイの笑顔だった。
「なんだよ」
「な、何でも無いよ!」
「はぁ……まあいいや、こういう、ほんわかしたのは解決してからにしよう。明るい内に出来るだけ進みたい。2人が良ければウチが分かってるところまで説明したいんだけど、良い?」
ノゾミもマリも小さく首肯する。
「じゃあ、今の状況を説明するよ。ちょうどさっき、ミラーハウス内を見てきたんだけど――」
「はあ!? ほんと馬鹿じゃん! なんでそういう危ないことするかなー」
マリが声を荒げる。
「ま、まあまあマリちゃん。最後まで聞こう?」
「ありがとノゾミ。えっと、先に1人で見たのは中が安全だと思ったから。ランド内の施設はすべて警察が一度中を調べてるし、まず……2人の声がするのはここからじゃなかったから」
その言葉に、2人が眉を上げた。
「そこ、メールの中で1番訳分かんなかったところ。スミレコとハルナの呼ぶ声って……それヤバイやつでしょ?」
「やばいって言うか……うん。まあ確かに、近づいて分かったけど、ヤバイやつだった」
「ど、どういうこと? スミレコちゃん達、まだ生きてるの?」
「うーん、いや、生きてはいないと思うけど魂が有るのは確か」
ヤヨイが断言し、マリがいよいよ耐えきれないといった風に口を開いた。
「もう分かった! それでヤヨイ、2人の声はどこからするの?」
マリの問いに、ヤヨイがあそこ、と指を差す。
その先は――『ドリームキャッスル』――黒い噂、隠された地下の拷問部屋の、あの日遂に見ることのなかった最後のアトラクションだった。
――久々の再会に新たに加わるアトラクション。舞台は遂に、終わりの場所へと3人を導くのだった。
†
「開いた」
「「はやっ!」」
午後3時半、『ドリームキャッスル』正面扉の鍵を僅か5分でピッキングして開けてみせたヤヨイに戦慄の目を向けるノゾミとマリ。
「ヤヨイちゃん、すご……」
「まあ、扉はでかくても鍵はどこにでも有るのと変わらなかったから」
「いやいやいや、あんたそれ、いつもやってるわけじゃないでしょうね」
やってないよと言いながら、重く巨大な正面扉を、体重を掛けてヤヨイが押す。そこにノゾミとマリも加わると、ガアーという鈍重な動きと音で扉が開いた。
いつから開けられていないのか、城内に流れ込んだ外気に微かにほこりが舞う。踊り場の先に続く幅の広い階段には赤いカーペットが敷かれていて、視線で先を追うと、壁にはめ込まれた窓。子供向けにデフォルメされた『裏野ドリームランド』のマークが紋章のように入れられていた。舞い立つ誇りが、そこから差す斜光を明確に映し出す。小さい時分はこれで大喜びしていたけれど、一見豪奢に見える内装も、子供向けのサイズ感と偽物特有の材質の安っぽさがありありとうかがえた。
久々の、それこそ小学生の時以来の入城に、どうしようもない寂しさを感じるノゾミ。
「どうしたのー? ノスタルジーに浸っている時間は無いよーノゾミ」
マリの声にはっとしてノゾミが首を振る。気付けば2人とも大広間を壁伝いに調べ始めていた。
「声はこの下で間違い無いらしいんだけどね、入り口が分かんないから探すの手伝って」
「う、うん!」
――
3時間経過
――
「だはー、足痛ーいホントにあんのーヤヨイー?」
広間の階段に腰を落とすマリ、ノゾミとヤヨイも隣に座る。
「声がするなら絶対に何かある。少なくとも『ミラーハウス』で消えたはずの2人の声が、『ドリームキャッスル』からするのは明らかにおかしい。」
「で、でもヤヨイちゃん、もう城は勿論、塔だって調べたじゃん。どこにも入り口らしいものなんてないし、それにもうこの時間だよ? だいぶ暗いしそろそろ危ないよ」
「私、地下室なんて無いと思うけどなー。絨毯も全部ひっくり返して、これ指紋調べられたら終わりじゃない?」
諦めの声を漏らす2人に、ヤヨイはため息を漏らしてみせた。
「それならもう帰って良いよ。ハナからウチは1人でもやるつもりだった」
そう言いながら鞄をあさる。
「2人は帰ったら平穏な、静かな生活が待ってるんでしょ? 帰りなよ。ウチがその立場だったら帰ってるし」
冷たく、突如淡々と言い放つヤヨイに2人はさっと血の気が引くのを覚えた。
「な、なんでそんな――」
「なんで? そりゃあウチにはあんた達に聞こえない声が四六時中聞こえてるからなんじゃないの!? 4年間も我慢してきたんだ! ようやく戦うって決めて、また逃げ出してどうすんだよ!」
激昂、立ち上がり、突如みせた涙に口も開けないノゾミ。マリも目泳がせ、次の言葉を躊躇った。
すっと、ヤヨイが鞄から2ポンドの片手ハンマーを取り出した。
「ど、どうすんのそれ……」
完全に気圧されるノゾミとマリ。2人ともなんとか下に、階段を転がってでも広間の床に逃げる。そこへ、ハンマーを振りかぶったヤヨイが歩み寄る。逃げられ無い。抗い術もなく振り下ろされる槌の、空を裂く音にノゾミは目を瞑った。