ヤヨイからのメール
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廃遊園地に侵入した5人の少女の内、2人が失踪した事件は瞬く間に全国区のニュースになり、元々の噂には更なる噂が肉付けされていった。そして、遂にはこう呼ばれるようになった。『呪いのゴーストランド』と。
軽はずみな動機で深夜に侵入した少女達はミラーハウス内で発狂。2人が行方をくらました。後日行われた警察の調べではいくつか少女達の発言と一致しない点があり、3人の証言人――裏野希望、古海真理、餅木弥生については精神錯乱状態からの回復を第一に、捜査へ協力することとなった。
そして、その事件から4年後。物語が再び動き出したのは、オカルト大好きっ子ヤヨイ(あの事件以来誰にもオカルト話をしなくなった)がノゾミとマリに送った1通のメールからだった――。
――差出人 餅木弥生宛先 裏野希望、古海真理件名 菫子と晴那を探してくる本文 久しぶり。当然だけど、ウチ、あの事件以来ずっと誰にも言ってなかったことがある。言ったところで皆、精神異常とか言って信じてくれないだろうから。でも、2人にはこれを機に言っておこうと思ってメールした。もうメアド変えてたら…いや、その時はそれでいいや。えっと、2つだけ聞いて。1つ目は、あの事件以来、ウチはずっと変な声が聞こえるようになったってこと。菫子と晴那の声がずっとやまない。頭の中じゃなくて、常に『裏野ドリームランド』の方向から聞こえるんだ。なんて言ってるかはよく分かんないんだけど、まるでウチを呼ぶみたいに。それで、2つ目なんだけど、件名にあった通り、ウチ、菫子と晴那を探してくることにした。事件以来侵入できないように鍵が厳重になったの知ってる?2人とも近寄らなくなったから分からないよね。まあいいや、とにかくあの時のウチらみたいに侵入されないように、色々警察とかがしたんだと思うんだけど、良い入り方を見つけた。正面ゲートから外柵沿いを向かって右に歩くと200~300mあたりで林があるでしょ。あそこの中、誰が置いたのかわかんないけどはしごが落ちてたの。それを使って、ウチ行ってくる。…まあ、言いたかったのはそれだけ。反対されるのが面倒で誰にも言わないつもりだったけど、なんとなく、さ。2人には言っておかなくちゃって思ったからメールした。それじゃあね。――
ヤヨイからのメールを受信したノゾミは、午前中は絶対に出ないと決めていた自室のベットから跳ね起きた。事件以来、と言うか、アドレスを交換してからというものメールを送り合う事なんて無かったから、そもそも互いにアドレスを持っていることすら忘れていた。差出人の名前を見ても、あのヤヨイだと気づくのに5秒ほどかかった。でも、気付いてからは雷を喰らったかのような感覚で、当時の恐怖が思い出されたのだった。すぐに返信しようと思ったが、なんと打っていいか指が迷い、一旦ベットに戻る。落着いてみて、マリはこのメールを見てないと気付き、転送してやった。最近迷惑メールが多いとかでメアドを変えたと言っていたからだ。送り終わって、なんとなく外出することになる気がして、シャワーを浴びに自室を出た。
「おはようママー」
階段を下るとリビングに母がいて、コーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
「あら、今日土曜日よ? 珍しいわねこんな早くに」
「いや、もう10時だから……。あ、ご飯後でいいや。先にシャワー浴びるね」
「はーい」
父が死んでからもう5年になる。脱いだ服を無造作に放って、少し熱めのシャワーを浴びると、なんだか感傷的な気持ちが湧いてきた。一家の大黒柱を失い、一時期この家族はもう駄目だと思った。母親も専業主婦だったから稼ぎがなく、本当に追い詰められた。けれど、1年ほどしてようやく持ち直し、家族2人で頑張ろうという気持ちが出来た。ちょうどその時に、あの事件だ。他界した夫が経営していた遊園地で、一人娘が事件に遭って、世間からは精神異常を指摘され、行方不明になった子の親からは大量の嫌がらせを受け、ネットでもいろいろな噂を流され、本当に大変だったと思う。そう、大変だったんだ。既に過去の話。終わった話だと、起きてしまったことはしょうが無いと、勝手に納得していた。
でも、ヤヨイちゃんは違った。
シャワーを止め、体を拭く。適当に髪を拭いて、外行きの格好に着替えると、食卓には既に母特製の納豆チーズトーストが置かれていた。それを頬張りながら携帯を開く。案の定マリからこれから会おうという主旨のメールが来ていた。
「ママ?」
「んー?」
テレビを見ながら帰ってくる返事。
「ちょっと出かけてくる」
「あら珍しい。どこ行くの?」
「マリちゃんち」
その言葉に、眉を微かに上げる母。今はもう大分良くなったが、それでもその名前が出ると事件のことを思い出してしまうらしい。事件後しばらくはハルナも居なくなったら怖いからと、ハルナをあの一件に関するすべてと隔絶していた。勿論、それだけハルナのことを大事に思ってくれていると言うことなのだけれど。
「だ、大丈夫だよ! 久々に勉強でもって話だからさ!」
「あ……え、ええ! 大丈夫よ! 何にも心配してないわ。行ってらっしゃい」
「うん……」
特製トーストを平らげ、コーヒーを飲み干して席を立つ。髪は適当にポニーテールにして、足早に家を出た。心に感じるチクリとした、小さな痛みは気付かないふりで。
自転車に乗って10分程、マリの家に着く。7階建てマンションの5階、チャイムを押すと、すぐにマリが出てきた。
「入って!」
ずいと、ドアを開けるなりいきなり手を掴まれて引き入れられた。鍵を掛けるとすぐにリビングに誘導され、椅子に座るように促される。
「あのメールいつ来たの?」
「きょ、今日の朝。いや、ホントに今さっきだから朝じゃないか」
立ったままマリが続ける。
「ノゾミはどうするの?」
「どうって……マリちゃんは……?」
「私は……」
口ごもるマリは俯いて、視線を泳がせ考える。自分はどうしたいのかを。
ヤヨイの出した答えは、4年間悩んで悩んで悩み抜いた末の、相当な勇気と覚悟を要するものだと思う。あの恐怖と、もう一度向き合うというのだから。きっと、いくらヤヨイでも1人で行くのなんて絶対に嫌だろう。でも、それでも私たちに強要せずに、一人で向き合う勇気を持って、あの事件に正面から挑もうとしてる。そんな覚悟に私は……私は……。
「マリちゃん」
親友の声に顔を上げる。いつもの緩い雰囲気はどこへやら、ノゾミが真剣な目をマリに向けている。ノゾミの気持ちは、それだけで十分に分かってしまった。それほどの仲なんだ。きっと、それまでのマリの中の葛藤も逡巡も全部分かってる。そういう目をしている。
一度目を閉じて頬を張る。両の手でぱしんと、思いっきり。思わず声が漏れる程痛かったが、しっかり効いた。
「よし、行こう! ヤヨイを一人にはさせらんないよ」
頷いて、ノゾミが立ち上がる。
「うん!」
「で、ヤヨイはいつ行くって? あの文面的に今日の夜には行っちゃうって感じ? もしかして連絡も取れなくなった?」
「あ……」
返信するの忘れてた……。
「まさかノゾミ……」
「するする! 今すぐ聞くからー!」
――かくして、4年の時を経て再び悪夢に向き合う覚悟を決めた3人。ヤヨイに届く呼び声は奈落から響き常世に至る。『裏野ドリームランド』の呪いと戦い、死を上回る恐怖に耐えきることが出来るのか。少女達の戦いは終わりに向けて動き出した。