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悪夢の園  作者: 龍仁あゆん
6/12

ひとまずの終わり

「ちょ、ちょっと待ってください!」

普段運動なんかしないせいでこういう時に体力の差が出るな、と痛感する。しかし、それはハルナも同じはず、と己を鼓舞して突っ走る。何度か鏡にぶつかり、割れたガラスが飛散する。走りながら、時々よろめくハルナの後ろ姿が不意に消える。また曲がった。瞬間――

「きゃぁぁぁああああああ!!!」

甲高い、空を裂くような絶叫が曲がった先から聞こえてきた。

思わず怯み、足を止める。

――ぎぃ――

「ひっ……」

次いで聞こえるあの摩擦音。腰を抜かし、へたれこむ。

あ、と曲がり角の向こうからハルナの声が聞こえた気がした。

ライトを持ってた手にも力が入らず、見たいところが全く見えない。それに、どちらかというとあの曲がり角が暗くて見えないわけではない。さっきまで見ていたこの方向。漠然としたその範囲すべてが全く見えない。ただ暗い、どこまでも真っ黒な闇に、既に飲み込まれつつあるのが分かった。

なんにも見えないはずなのに、景色がぐるぐると回るような感覚。

死ぬのかな? そんな考えが頭を過ぎる。

――とっ とっ   とっ とっ――

ハルナの足音だろうか、曲がり角を曲がって近づいて来てる。

何で来ちゃったんだろこんな所、なんて言葉を頭の中だけで反芻してみる。

――とっ パキン とっ と――

床に落ちたガラスを割って、目の前で足音が止まる。

最後にと思って無意識に口をついて出たのは、なぜか謝罪の言葉だけだった――



「鏡割れてんじゃん……!」

走りながらマリが言う。好都合ねと、口を歪ませ。

点々と続くひびの入った鏡を辿って2人を追う3人の少女。マリにノゾミ、ヤヨイの順で続く。

いつの間にかあの不快な摩擦音は聞こえなくなっていた。

「きゃぁぁぁああああああ!!!」

突然、硝子に爪を立てるような、鋭利な叫びがあたりに響く。

「いたよ!」

ノゾミがライトを照らし、2人に知らせる。光の先にはよろめくスミレコの姿があった。

思わず駆け寄るが、見えない壁に阻まれる。

「鏡だ! それが反射してる方向を辿れ!」

ヤヨイの指示にノゾミもマリも視線を巡らす。

「あっち!」

駆け出すノゾミをマリとヤヨイが追う。

一度曲がった先に今度こそ本当に地べたに座ったスミレコが居た。

「スミレコちゃん! 大丈夫!?」

ノゾミが駆け寄り肩を揺する。しかし、見た瞬間に分かった。大丈夫ではない。座って姿勢を保てていたのが不思議なくらい脱力しきって。焦点は合わず虚ろな眼差しがが虚空を眺ている。瞳の端から零れ続ける涙と、口から呪詛のように漏れ続けるハルナさんゴメン、と言う言葉。ノゾミが二の句を継げないでいると、ヤヨイがスミレコを怒鳴りつけた。

「おいスミレコ! しっかりしろ、ハルナはどこ行ったんだよ!」

その勢いに、スミレコはピクリともしない。

「ヤ、ヤヨイちゃん……と、とりあえ――」

「何?私のこと?」

突然の声に光を向けると、鏡の向こう、曲がり角からハルナが顔を出した。そのまま歩いてくる。

「え、ハルナ……? 無事……だったんだ。……良かったー」

そこでようやく、ヤヨイが肩の力を抜いた。マリもスミレコの隣に座り込み、ため息を漏らす。ノゾミだけはスミレコの体を支えていた。

「ハルナ、まずは勝手にウチらから離れたことについて――」

「ごめん。でも代わりに出口見つけたよ」

さらりとハルナが言い放ったのを、誰も聞き漏らさなかった。

「え……?」

気の抜けた声を漏らしたのは、ノゾミかマリか。

「だから、出口見つけたんだって。そこ、曲がったとこにあった」

そう言って親指で後ろを指すハルナ。顔は陰になって見えなかった。

「よ……良かったあ~。ありがとハルナちゃーん」

そう言いながら涙声になるノゾミの背中を、マリが優しくさする。しかし、そんな様子に、ヤヨイは表情一つ変えなかった。

「本当?」

「ええ」

「…………」

思考するヤヨイを見つめる、闇で塗りつぶされたハルナの瞳。その双眸に夜色の妖しい光が、きらと走る。

「何?」

「いや……何でも無い。さっさと出よう」

クラスメイト同士のちょっとした問答に不審な空気が流れる。それはヤヨイが、いや、ノゾミもマリも気づいていた大きな、しかし口に出せない違和感だった。

3人の背中を、つつと流れる冷や汗。

ハルナの様子がおかしい。

ヤヨイが歩き出す。それにつられ、マリも立ち上がり、歩き出した。先に進む2人に焦り、ノゾミがスミレコの肩を揺らして立ち上がる。

「駄目だ、とりあえず連れ出さないと……スミレコちゃん、外に出られるよ! 立って! 行こう?」

返事はしないが、その呼びかけにゆっくりと立ち上がってみせるスミレコ。

ノゾミは引き続きスミレコを支えながら誘導していった。

マリ、ヤヨイ、ハルナが角を曲がるとすぐ左手にドアがあった。

「ほら、やっと出られるね」

「ありがとね、ハルナ」

ヤヨイが内鍵を回すと、かちゃ、と小気味よい音が響く。

ゆっくりと外を確認しながらドアを開ける。しかし、あるのはただの暗闇だった。

「マリ、ライトで外確認して」

「うん」

ヤヨイ自身、ドアを押す手に力が入り、外を照らすライトのぎこちない震えを感じていた。

その時、ぎぃ、とあの音が後ろから聞こえた気がした。とっさに振り返るヤヨイ。しかし、マリが邪魔で何も見えなかった。

「マリ! 今の音は!?」

「え?」

「ああもう! ハルナ、今の音は!?」

焦りから来る苛立ちに、ハルナの返事はない。

「……ハルナ?」

マリが振り返り、肩を揺らす。

「いない」

「は?」

「だから、いないんだってば……」

相変わらずマリが邪魔で見えない中の様子に痺れを切らし、ヤヨイがマリを押しのけた。ハルナの姿はない。

――ぎぃ――

不吉な摩擦音。次いで――

「やめてえええ!」

ノゾミの声らしき黄色い悲鳴が、曲がり角の向こうから響いた。

――ぎぃ――

駆け出すマリ。ヤヨイは状況をまるで飲み込めていなかった。

「ハルナがまた消えて、えっと、ノゾミの悲鳴が……」

思考が追いつかないままふらりと足を出すヤヨイ。割れた鏡に手を当てながら角を曲がり、生暖かな感触が手を伝う。白色光の映す視界には尻もちをついて震えるノゾミとそれに声を掛けるマリの姿があった。スミレコは、いない。

「ノゾミ、スミレコはどうしたの! ハルナも見てない!?」

「た、大変……鏡の中にスミレコちゃんが入って行っちゃった……」

「何いってん――」

「あっっはははははあははあははははぁぁ……はーあははははっはははっはあはは!!!!!!」

マリの声をかき消して、ミラーハウス中に響く高笑い。ヤヨイがライトを落とす。

「なんだよ、これ」

「あははははは!!! はぁはぁ……あーーーはっはっはっはっああああ!!」

「なんなんだよおお!」

マリがノゾミの脇の下から手を通し、無理矢理立たせる。

「走るよノゾミ! ほら、立って!」

「う、うん」

「はははああははははあははははああははははははははっはあああははあああは!!! 逃がさない! 絶対に逃がさないぞおおおおっはっはっはっはああ!!!」

上下左右、近くも遠くも、どこからでも聞こえる地獄の高笑い。駆け出すノゾミとマリ。ヤヨイの手も引いて角を曲がり、外まで駆け抜ける。

方向も、ただなんとなく。ノゾミとマリの2つしかないライトで、20メートル先が限界という小さな光をめちゃくちゃに振り回し、ノゾミも、マリも、ヤヨイも全て忘れてひた走る。何度か転び、それでも絶対に離れない様にすぐ起き上がって、走り続ける。――

気がついたら、3人とも外に出ていた。地べたに手をつきむせかえる3人。

荒い呼吸の音だけがあたりを埋めている。

場所は、最初に入った外柵沿いの一枚扉。鍵はノゾミが掛けたのか、既に閉まっていた。

少しして、かろうじて話せる程度に呼吸が戻っても、3人とも閉口して動けなかった。

しかし、それから更に時間が経って、遂に我慢しきれなくなったノゾミが口を開いた。

「2人を助けに行かなきゃ」

「「…………」」

「マリちゃん! ヤヨイちゃん!」

「「…………」」

「2人とも、まだこの中なんだよ……?」

「「…………」」

どうして、と涙と一緒に小さく漏らし、立ち上がる。そしてそのまま扉に向かう。しかし、すぐに腕をつかまれ止められる。マリだった。

「……離して」

「嫌だ」

「だってこのままじゃスミレコちゃんもハルナちゃんも……」

その先は、口をパクパクと動かしただけで、声は出なかった。代わりに出てきたのは、嗚咽と、大粒の涙。

「うっ……ノゾミ、最低だ……うっうっ……友達が、まだ中にいるのに……ふうっ……鍵まで掛けて……最低だよ……」

「大丈夫……私だって怖いんだもん。一緒に行こう。」

むせび泣くノゾミに、マリが抱きついて頭をなでる。

その様子にヤヨイも決心が付いたのか、口を開いた。

「すぐに明るくなる。そしたら行こう」

その言葉に、2人とも首を縦に振って、3人が決意新たに柵の中に目を向け、凍り付いた。

真っ赤に染まった髪と服。血走った眼のスミレコとハルナ。血だらけの両手で柵を握り、こう呟いた。

「裏切り者」

そこで、3人の記憶はぷっつりと途切れてしまった。

――2人の犠牲の末に遂に脱出したノゾミ、マリ、ヤヨイ。ひとまず終わった悪夢は、裏野ドリームランドの中で、静かに次の出番を待つのであった。

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