ミラーハウス
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「『ミラーハウスでの入れ替わり』……ミラーハウスから出てきた後、まるで中身だけが別人になってしまった。っていう事があるらしいよ」
「もうそれやめない?ハルナほんとに無理」
ミラーハウスの前で足を止めた5人。ヤヨイの言葉に真っ先に反応したのはハルナだった。
「怖いなら外で待ってれば?」
「駄目です。5人で行動する約束でしょう」
冷たく言い放つヤヨイの言葉をすぐに否定するスミレコ。
「って訳だからちゃんと付いてきて」
「もぉーサイアク……」
そこで、往生際の悪いハルナを見かねて、マリが動いた。
「ノゾミ、鍵開けよ?」
先導してドアに向かうマリに続いて、ノゾミがじゃらじゃらと鍵を出す。
ノゾミがドアに鍵を差し始め、5人の注目を集める。
「ごめん、ちょっと持ってて」
「焦らなくていいよ」
そんな他愛もない、少しばかりの会話しか交わさなかった。そして、――
かちゃ、と鍵の開く音がした。同時に顔を出していた月がまた隠れ、あたりは再度闇の中に溶けてしまった。少女達の手元から伸びた、小さな5条の白色光がせわしなく交差する。
「ウチから行こうか?」
ヤヨイがマリとノゾミに向けて問う。
「大丈夫。ハルナ挟んでやって」
マリは短くそう返すと、すぐにミラーハウスの中に一歩入った。それに続き、ノゾミ、ヤヨイ、ハルナ、スミレコが1列に並ぶ。それを確認して、ヤヨイが頷く。
「行こう」
短く、静かに発せられたヤヨイの声に4人も頷き、少女達は鏡の迷路の中に足を踏み入れていった。
瞬間、マリの視界が光に奪われる。
「わっ!」
思わず止まるマリ。
鏡に反射した誰かの光が、マリの視界を奪ったのだが、そんなことは知らない他の4人は何かあったのかと、前屈み気味になっていた体を反らせた。
「何! やだやめて!」
早くも軽いパニックになったハルナが叫ぶ。
そのまま走って逃げようとするのをスミレコが止めた。
「ほら、ちゃんと出口まで行って出ますよ!」
あまりの抵抗にそのまま逃げられそうだと判断したスミレコは、ドアを閉め――終わったときにはもう。その場を動けなくなっていた。慌てて鍵をかける。早まる鼓動。今、居た。
ドアを閉める直前、ハルナのライトに一瞬だけ映った外の景色に。今、そこに――
「どうしたの?」
後ろから声をかけてきたのはヤヨイだろうか。そこまで考える余裕はなんとかある。しかし、みんなの方を振り返ることが出来なかった。でも、みんなに言わなきゃ。ドアの向こうに――
「人が居た! 人が!このドアを閉める直前に、立ってるのが見えました!」
ドアノブを押さえながら叫ぶ。
スミレコの必死の訴えに皆凍り付く。ただ一人、ヤヨイを除いて。
「人って……居るわけ無いじゃん。さっきからあんた変よ。幽霊でも見たんじゃないの?」
「ゆう……れい……?」
そこでマリが、くだらないと言わんばかりにため息を漏らした。
「私が確認する。下がってて」
しかし、4人を押しのけてドアを開けようとしたマリの手をスミレコが掴んだ。
「駄目です! 殺されてしまうかもしれません!」
「ホントどうしたの? 幽霊じゃなくて人だったんでしょ? 何? 包丁でも持ってたの? 人って……どんな格好してたのよ」
「それは、えっと」
あの一瞬、ドアが閉まる直前の1秒にも満たない時間を必死に思い出す。
出ようとして暴れるハルナを阻止する。ハルナのライトはせわしく動き、本当に少しだけ外を照らす。そして、ドアが閉まる瞬間、光の先に映ったのは、白いワンピースの女の子。だった気がする。
「白のワンピの女の子で、身長は私たちより少し小さいくらいだったと思います」
「はっきり見えたの? 1人?」
「はい、1人だけで、はっきり見えました」
「それで、その子に私たちが殺されるって?」
「そ、それは……」
「私たちよりも小さい女の子が外に一人でしょ? むしろその子が危ないよ」
まっすぐと視線を交わす見るマリに、スミレコが観念して手を離した。
「ありがと……じゃあ、開けるわよ」
鍵を開け、ゆっくりとドアを開く。ドアの隙間に5人の光が集中する。20センチ程ドアが開くも、まだ誰も何も確認できない。更に少し、更に少しとドアを開ける。概ね半分、90度程ドアが開いたところで、スミレコが口を開いた。
「居ない……?」
ばん、とドアを一気に開けて叫ぶ。
「居なくなった! さっきの子が居なくなったんです! 」
おかしい、おかしい、とあたりに光を散らすスミレコ。
「ど、どうしちゃったのスミレコちゃん。ほんとに幽霊見たんじゃ……」
珍しく取り乱すスミレコの姿に、ノゾミは不安の色を隠せなかった。
「幽霊なんか居ません! あーもう本当に! 私が光の反射を見間違えたのかもしれません。もうちゃっちゃとミラーハウス行っちゃいますよ」
昂ぶったまま、ミラーハウスの中に戻るスミレコ。その瞬間。
――バン!!!――
すさまじい音を立て、ドアが閉まった。
あまりの音に全員が悲鳴を上げる。恐怖に踊る5人は、思わず入り口のドアから距離を取る。
「す、スミレコじゃないでしょ!? 私も違う!」
マリが声を荒げる。
「やー、やばいねこれ。本物だわ」
ヤヨイの声ですら震えを帯びていた。
ノゾミ、スミレコ、ハルナに至っては声も出ない。ただ餌を求める金魚のように、口をパクパクと動かすのが精一杯だった。
そこでヤヨイはっとして、マリに確認する。
「もしかしてそれ、鍵閉まってない?」
「あ、ああし、閉まってる……」
「開けて」
「無理だよ!」
「マリまで……」
仕方なくヤヨイが、マリとスミレコをかき分けて鍵を開ける。
「良かった、鍵は開く。けど……」
ドアは開かなかった。外から誰かが押さえてる、なんてものじゃない。ピクリともしない。
「閉じ込められたかも。マリ、思いっきりウチを押して」
「う……ん」
ヤヨイが全力でドアを押し、少し遅れてマリもヤヨイに体重をかける。しかし、相変わらずドアは少しも動かなかった。
その事実に押し黙る2人。
ちょうどそこで、ハルナが硬直から解けた。
「ちょっと、ほんとに無理! 最悪じゃん! どうすんのよこれ!」
「少し静かにして」
ヤヨイが返す。
「は……? あ、あんたが……あんたが言い出したんでしょ! どうにかしなさいよ!」
ハルナがヤヨイの胸ぐらを掴み、わめき散らす。そこでようやく、ノゾミとスミレコも硬直が溶けた。
「や、めてハルナちゃん」
ノゾミが言って、スミレコも続く。
「とりあえず落着いてください!」
「うるさい! なんでハルナがあんた達と一緒に死ななきゃいけないのよ!」
「ウチらが死ぬなんて一言も言ってない」
「ハルナちゃん、ほんとにいったん落着こう?」
「こんな状況で落ち着けるわけ無いでしょ!」
「騒いでも事態は好転しません!」
「だったら冷静なあんたがなんとかしなさい――」
ハルナの言葉を遮って、ぴしゃり、と頬をはる音が響いた。マリだ。
「このどうしようもない状況をなんとかしたいんなら、頼むから一回頭冷やして。私たちも気が狂いそうなの、分かるでしょ?」
それで、なんとかその場は収まった。ハルナはヤヨイの服から手を離し、5人は自然に輪になった。
「……ごめんなさい」
ハルナの言葉に皆が頷き、ヤヨイが口を開く。
「よし、行こう」
――光をも飲む暗闇は、少女達の心も確実に蝕み始めていた。不安、焦燥、恐怖、そして慟哭。鏡が移すのは真実か地獄か、合わせ鏡の迷宮で、誰にも見えない黒い影が、微かに嗤った。