噂
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日は隠れ、月が空を支配する丑三つ時。5人の少女が廃園となった遊園地『裏野ドリームランド』の正面入り口に集合していた。集まってもそれぞれ自由に過ごしているのを見かねてスミレコが口を開く。
「いいですか? ではこれから、『裏野ドリームランド』に潜入します。ノゾミさん、鍵は?」
「一応全部取ってこられたけど……」
「良し。みんなライトはあるわよね? 電池まで確認して」
スミレコの指示で各々持ってきたライトのボタンを押す。闇夜に瞬く白色光は少女達の目をくらませた。
「じゃあ、行きますよ」
先導するスミレコにみんなおずおずとついて行く
「この扉から入りましょう。ノゾミさん、お願いします」
「あ、うん……」
スミレコの指した外柵にある一枚の扉。ノゾミが持ってきた鍵をひとつづつ差しはじめる。
「ほんとに行くの?」
そう言ったのはハルナだった。
「ハルナ的には呪いの噂が嘘でも本当でもどっちでも良いんだけどおー」
「じゃああんた、なんでここまで来たわけ?」
苛々した声音でマリが問う。ライトを顔に向けられたハルナは、一瞬顔をしかめて答えた。
「なんか流れであの場に居た私たちみんなで行くみたいになったじゃん。ハルナは2人の喧嘩止めたかっただけなのにいー」
その答えに言い出しっぺのヤヨイが噛みつく。
「嫌なら来なきゃ良かったんじゃないの? 今更何? 怖くなっちゃった? 今は女の子しかいないんだから、その、いつものか弱いキャラしなくても良いよ」
「ちょっとヤヨイ!」
そこまで言わなくても、とマリが止める。そこで、――
「あ、開いたよ!」
ノゾミがそう言った瞬間その場の空気が入り替わった。
唇を締める者、深呼吸する者、生唾を飲む者、口の端をつり上げる者、何か言いかけてやめる者。
きぃ、と金属同士の軽い摩擦音を放って『裏野ドリームランド』への道が開く。
仄暗く、夜空に輪郭を浮かばせるのは『ドリームキャッスル』と『観覧車』、『ジェットコースター』。
真っ先に分かったのはその三つだけ。他は闇が深く、何一つ見えなかった。
この時ノゾミには、1年前まで父親が営業していた遊園地が既に楽しい夢のある場所では無くなってしまっているように感じられていた
「さっさといこう」
束の間の停滞を打破したのはマリだった。
「そうですね」
スミレコが静かに肯定し、先導した。
入ってすぐ、ランド内の地図がデフォルメされて描かれた立て看板を確認する。地理や配置が完全に頭に入っているノゾミを除いて4人が、その下のパンフレットを手に取る。
「ここからはウチが仕切るよ」
ヤヨイが言うと、スミレコは無言で頷いた。ノゾミ、マリ、ハルナも何も言わないのを確認して、ヤヨイが続ける。
「ノゾミには悪いけど、『裏野ドリームランド』にはやっぱり多くの黒い噂がある。まあ、明らかなガセネタや、ちょっとした勘違いなんかもあった訳だけど。まだ真偽の分かっていない噂もある。それが、これ」
ポッケから紙を一枚取り出し、広げる。それをマリがライトを当てて確認する
「『裏野ドリームランドの黒い噂(未確認事項)』……。ヤヨイがまとめたの?」
「うん。今日はこれを見て回る。でもその前に、ノゾミに確認したいことがあるの」
「な、何……?」
「ここが『廃園になった理由』と『子供が消える噂』について聞いたことや知っていることはない? それだけは見て回っても今日は分からないと思うから」
「ごめんね……聞いたことないや……」
俯きながら、ノゾミはこの時嘘をついた。
そして、父親が死ぬ少しだけ前のことを思い出す。
夜遅くに帰ってくる父。帰宅の音で目覚めて、2階から静かに降りていくと、明かり一つ付けずにリビングで呟く後ろ姿があった。確か、何で子供が居なくなるんだって言っていた気がする。酷く思い詰めた表情で。
だから、きっと『子供が消える噂』は本当なんだ。――でも、それを言うのは、なんだか凄くためらわれた。
「……そう。分かった、じゃあとりあえず今日見て回るのは3カ所。『観覧車』『ミラーハウス』『ドリームキャッスル』。順番もこの通りで行く」
ヤヨイはノゾミの答えにそれ以上食い下がることなく話を進めた。
「どんな噂があるの……?」
おずおずと聞いたのはハルナだった。ノゾミ、マリ、スミレコも頷く。
「移動しながら話す。ノゾミ、行こう。先導して」
短くそう言うと、ヤヨイはノゾミの手を引き歩き出した。その動作に、マリが一瞬口を開いたが、すぐに閉じた。
――かくして、5人の少女は最初の目的地『観覧車』へと歩き出した。遂に始まった廃遊園地巡り。しかし、5人で入った『裏野ドリームランド』から出られるのが3人だけだとは、この時はまだ誰も想像しなかった。