召喚されてチーレムエロ勇者やってたら魔王の正体が故郷の嫁で、家族友人に全ての所業が知られて居た挙句、魔王に返り討ちにあった
その男は十年ちょっと前に勇者として召喚された。
十年一昔と言うが、ずいぶん時が経ったと言える。
召喚されたその日のことは今となっては昔のこと過ぎて、もう殆んど覚えていな
い。
ただ、二十五日のクリスマス。
そして、とてもとても寒い日だったことは覚えていた。
勤めていたデパートはクリスマスセールが終わると、即座に正月セールのための
模様替えを行う店だった。
閉店と同時に行なわれる改装なのだが、その日は同僚のミスから大きく時間が伸
びてしまい、終電間際まで掛かってしまった。
終電間際の車両は自分を含めて片手で数えるだけの上客しか居らず、座席の上で
男はうとうとしながら妊娠中の妻が待つ家を目指していた。
その途中、異世界に召喚される。
呼び出したのはある王国。
テンプレ通り勇者として強力なチートを得た男は、テンプレ通り魔王討伐を依頼
される。
受ける受けない以前に、妊娠中の妻が居るので故郷に帰れるのか?と訊ねたが、
それは解らないと召喚した姫巫女は答えた。
ただ魔王を倒せば神に認められ、より強い力を神から与えられるかも知れない。
その力を使えば帰れる可能性が高いとも口にした。
これを聞いた男は憤怒と憎悪に捕らわれるものの全てを飲み込み、妻とこれから
生まれて来る子供のために帰ろう心に決め、男は勇者として魔王討伐を目指すこと
にした。
だが、最初はそれほど上手く行きはしなかった。
強力なチートを持とうとも、使いこなせなければ意味が無い。
武器など高校の授業でやった剣道の竹刀しか持ったこと無い男は武器の扱い方を
地道に学び、この世界の魔法を学び始めた。
そうして始まった訓練。
訓練自体はつつがなく進む。
強力なチート補正のおかげで目に見えた速度で成長をしていく。
短期間で騎士団長を圧倒できるようになり、宮廷魔法士長を超える戦術級魔法を
習得してみせた。
だが精神は疲弊していく。
妻とお腹に居る子どものことが気に掛かり、慣れない異世界の生活と訓練にスト
レスが溜まっていった。
そうして訓練を始めて一月もしない内にそれなりの強さを得た男は、この世界に
召喚されてからちょうど二ヶ月経ったその日に魔物との戦いを経験した。
王都北にある魔物の森での初の戦闘。
戦い自体は剣と魔法で瞬殺圧殺滅殺だ。
騎士が数名で相手取る敵を圧殺し続け”さすが勇者様”と感嘆され褒め称えられ
たが……精神がやられてしまった。
肉を斬る感触、むせ返る血の臭い、タンパク質が焼ける臭い、耳にこびりつく悲
鳴、これらが心を疲弊させていく。
東京出身で魚介類や害虫程度しか殺したことが無かった男には、巨大な生き物を
たくさん殺したという経験は多大なストレスになったのだ。
そうした初の戦闘を終えた翌日の深夜、精神的なグロッキー状態の男は遂に姫巫
女と侍女の二名を抱いた。
この世界に召喚されてから一度も女を抱いて無かったが、流石にこの日は絶えら
れなかったのだ。
前々から色仕掛けはされていたので、それに乗っただけなので拒否などされる訳
がない。
荒々しく十台半ばの少女を抱いた。
男はこの世界に召喚されたその日から色仕掛けをしかけられていた。
召喚した側にとって色仕掛けをするのは当然のこと。
男を篭絡するための手段であり、信用を得るための手段でもある。
また男は強力な力を持ち神に認められた者。
子供が生まれた場合、男の子供は男と同じく強力な力を持っている可能性があ
る。
上手く育てれば国力の増大に繋がる。
洗脳じみた教育を行なった子供は疑うことがないので、兵士に向いているのだか
ら。
それだけに色々な者から面と向かって性交を推奨され、多くの女を押し付けられ
ていた。
本当に数多く、色々な女性が男の下に訪れていたのだ。
上から命じられた密偵、娼婦、女騎士。
誘拐として異世界から呼び込んだことに罪悪感を覚える姫巫女に、面食いの侍
女、婦人、夫人。
単に男遊びが好きなの女達。
男尊女卑の世界の中で、一般日本人らしく女性に優しくしたことで惚れられた貴
婦人、貴夫人、侍女、下働きの端女。
チートによるニコポ、撫でポ、治癒ポで惚れられ、純粋に男を慕う侍女や街娘、
未亡人に人妻、幼女を含んだ孤児などの下層民。
年齢も様々な女に男は言い寄られていた。
そんな多くの女達に言い寄られていた男だが、男はずっと女達を拒んでいた。
何せ目に見えたハニートラップだ、据え膳食わぬは~と言うが毒入りを食べる馬
鹿は居ない。
何よりも妊娠中の妻が居るし、何時かは帰る身。
責任を取ることが出来ないからと口にしては手を出さなかった。
だがこの日、遂に男は女を抱いた。
だからと言ってこの事をそれほど責めることはできないだろう。
訳も解らないまま戦闘奴隷もどきの勇者にさせられ、帰りたければ魔王を倒せと
言われる。
一般的日本人が動物の虐殺を行う。
妻も家族も友人知人も居らず心細い。
精神的に限界だったのだ。
さらに妻と二ヶ月も引き離され、男として下半身もキツかった。
これとて男の本能だ。
数多の女に言い寄られ慕われれば鼻の下は伸び、下半身は反応する。
これを責めるのもまた酷であろう。
そうした翌日、罪悪感と後悔で気まずかったがストレスは有る程度発散できた。
これが切っ掛けとなり、男は毎日女を抱いていく。
暫くは姫巫女と侍女の二人にしか手を出さなかった。
だが、水は低い場所へと流れる。
人は状況に慣れていき、楽な方へと流れていく。
同じ女に飽きいき、より強い刺激を求めて別の女に手を出す。
そうなるまで二月掛からなかった。
召喚されてから五ヶ月が過ぎた頃、男の抱いた女の数は三桁に乗り掛かってい
た。
男の近くにいる女達は自ら股を開き男を望み、そうでなくても男が望めばどんな
女もその場で股を開く。
それこそ婚約者がいる者や人妻でもだ。
複数の女を同時に抱くことも、野外や母娘で抱くことも出来る。
そんな状況なら箍はどんどん歪んでいき、外れていく。
日本人としての倫理感は変質していった。
同じくして精神的に余裕が出てきた男はチートの使い方にも慣れ始め、色々な使
い方を覚えだし、力を使った遊び始めだす。
また殺しに慣れて来た男は率先して狩りにも向かい金を稼ぎ始め、他にも商売や
採取、採掘などにも手を出していく。
チートによるこの世の春が来たのだ。
楽な仕事で金は貯まり、美女を好きなだけ抱ける。
浴びるように美酒を飲み、望めは何でも手に入る。
振るう剣は天を裂き、放つ魔法は大地を割る。
誰にも従う事無く、気に入らなければ抹殺できる。
全ての者に認められ、誰一人と逆らうことがない世界。
故郷では絶対に体験することが出来ない楽園に男は溺れていった。
そうして召喚されてからちょうど一年後、男は旅に出ることになる。
剣術や魔法を完璧に操れるようになった男は、魔王を倒すために必要となる武器
防具を得るために大陸全土をを回ることになったのだ。
自分のハーレムから姫巫女を初めとした戦闘力が高い女を六十名を選び出し、飛
行船で旅立った頃には男は故郷に帰ろうとは露程も思っていなかった。
それでも勇者として魔王を倒しに行く理由は自分の楽園を守るためであり、チー
ト能力を守るためであった。
既に妻や子、親族や友人知人のことなど頭に無い。
有るのは権力、財力、武力と自分の女の事だけだ。
そんな男は飛行船で各地を回りながら魔物と戦い強くなりつつ、ハーレム要員を
増やしていく。
気に入った女は見境無くハーレム要員に加えていき、その数は留まることを知ら
ない。
チート勇者として魅了補正が有るのだろう、多くの者から好意を受けるので手当
たりしだいだ。
それでも他の男性を愛している女性や、身持ちが硬く倫理感が高い女性は男に好
意を持ったりはしない。
気に入った女がそういった女性だった場合、精神操作や催眠、魅了や強制発情な
どを使い強制的にものにしていた。
そして初潮すらまだの子供にすら手を出していく。
もはや陵辱催眠エロゲーやらエロ漫画、エロ小説の主人公のようだ。
勇者どころか色欲の魔王だろう。
そんな墜ち続ける男だが、強さだけは桁違いに上がっていく。
剣術、魔法の腕はどんどん上がり、対魔王用の装備を少しづつ手に入れて益々強
くなっていく男を、もう誰も止めることはできなかった。
さらに男は大陸南にある白死砂海に自分用の宮殿を作り始めていく。
先ずは地下を調べて地下水通っている場所を見つけ、地下水を掘り当てた。
その後、魔法で地面を固めて地盤改良と強化を行い、そのまま基礎工事を終える
と宮殿を建築し始めた。
タージ・マハルやエラム宮殿、ゴレスタン宮殿にベルサイユ宮殿、バッキンガム
宮殿にホワイトハウスを混ぜ合わせたようなデザインの巨大宮殿を、碌な建築知識
が無い男があっさりと造りあげる。
男はもはや人の範疇から逸脱していた。
また、でき上がった宮殿の周りに畑を作り、その管理にゴーレムを配置し、自
動制御の農業と畜産を始める。
育成魔法により、蒔いた種が即座に実を付け、常時花が咲き、果物は実り続ける
その農場はまさに楽園といえた。
最後に周囲一体に結界を張っては安全と気温を調節し、男の好みに庭を整備。
そして家具を入れて完成させた。
そこは男の作った理想のハーレム。
男の魔法により常に環境は整備され、美味い食事が提供される。
色々なゲームやプールなど遊戯施設も整えられ、場合によっては飛行船で別の場
所に遊びにいけるなど、娯楽も多く設定されていた。
さらに男の魔法により老化は止められ、若返りすら可能。
男が作ったハーレムは年を取ることがない美女、美少女で埋まっていた。
そんな男のハーレムには当然だが一切、男が居なかった。
それがたとえ自分の子供でもだ。
この頃になると男の子供が幾人も生まれていた。
現在の男は避妊をしたり、女しか生まれないようにしているが、力が上手く使え
なかった頃はそのようなこともせず、普通に男女が生まれている。
男の子供の中で女の子は自分の宮殿で育てているが、男は召喚した国に預けてい
る。
養育費こそ払っているがほぼ放置。
生んだ母親が子供に会いたいと騒いだ場合は、母親の自分の子供に関する記憶を
消して忘れさせるなどの力の入れようで、もはや完璧なクズとなってきていた。
男が自分子供の中で、何故女の子だけを育てているかというと、自分の娘をハー
レム要員にするためだ。
自分の娘を自分好みの女に育てる、気分は完全に光源氏。
いや、自分の娘なのでそれ以下のクズだ。
また、この事に対し周囲のハーレム要員は違和感を覚えず、当たり前と認識して
いる。
完全に狂気の産物だ。
誰もが率先して自分の娘を父親のハーレム要員にさせるために育てる。
この地まさに男の狂った楽園であった。
そうして男が召喚され十年が過ぎた頃、全ての装備が揃うことになった。
大陸全土を回って素材を集め、ハーレムのドワーフ達に作って貰った武器と防具
は魔王と戦うに相応しい物であった。
更に新しい飛行船である大型飛行戦艦を建造し、魔界へと続く大穴に張られてい
る結界を通るための魔法具を手に入れ、魔王の位置を指し示す羅針盤ができ上がっ
たことで準備のほとんどが整った。
最後に飛行戦艦に食料や医薬品などの必要物資を搭載。
全ての準備を終えた男は各国家に一度挨拶をしてから、魔界へ続く大穴を目指し
て飛行戦艦を出航させた。
目指すは北極大陸の中央、北極点にある巨大な穴。
大穴には此方の世界から魔界に向かえないように結界が
張られていたが、魔法具であっさりと無効化しては大穴へと突入していく。
大穴の中は暗黒で、艦橋の窓もモニターも真っ黒に染まり、艦内すべてが静寂に
包まれた。
恐怖に怯えながらもひたすら下降し続けると、突然飛行戦艦が下降ではなく上昇
し始める。
艦に異常が発生したかと思い、安全のためにそのまま上昇し続けて大穴の外に出
たのだが、そこは氷雪舞い散る北極大陸ではなく、緑の臭いがきつく蒸し暑い熱帯
雨林のテーブルマウンテンだった。
男達は驚き一瞬呆けるが、魔王用羅針盤が起動しているのに気付き、此処が魔界
だと理解した男達は羅針盤が指し示す方へと艦首を向け、速度を上げると進み始め
た。
熱帯雨林を抜け、続けて現れた草原へ上空を飛行しているとき、幾つかの村や町
らしきものを見かけたが、そこの魔族らしき人影は見えなかった。
さらに飛行戦艦は進み、海を越えて別大陸に差し掛かったとき、羅針盤が強く光
り始める。
魔王の居場所が近い証拠だと考えた男は飛行速度を上げて、より速い速度で進み
だしたのだが、突如空間に走った赤い光が飛行戦艦の推進機関を撃ち抜いた。
複数有る推進機関の半分を撃ち抜かれ、混乱する艦橋を落ち着かせると、艦を不
時着させることにした。
この程度では即座に沈むということは無いが、戦艦の装甲をピンポイントで撃ち
抜き推進機関を破壊したのだ、過小評価はできない。
砂浜先の草原に不時着させた男は被害状況を確認し、死者が居ないことを確認し
た後、此処に拠点を置くことに決める。
ハーレムの中の整備要員に修理を命じると、男は戦闘力の高い者を引き連れ周囲
の調査に向かった。
羅針盤の様子から魔王が近くに居るのは間違いない。
そうした周辺の調査の末に解ったことは、暫く進んだ先に結界があり、その先に
巨大な都市があるということぐらいだ。
この強力な結界の効果により都市が見えず、攻撃を許してしまったのだ。
都市に近づくたびに羅針盤がの光が強くなることから男は此処に魔王が居ると確
信して、整備要員などの一部のハーレム要員を除いた戦闘要員で、強襲を掛けるこ
とにした。
結界を無効化できるのは分かっているので後は突き進むのみ。
その日はゆっくりと休息し、翌日の朝動き出した。
幸いにも魔王軍からの攻撃は無かった。
消耗品などを装備した男達は結界を越えて都市へと侵入。
その都市は人間界のどの国のどの都市より大きく、機能的で尚且つ芸術的で美し
く、とても清潔な都市であった。
だが、この都市、何故か無人であった。
人間は勿論、都市の住人である魔族すらいない。
植物や虫、鳥などは見かけるが人っ子一人居なかった。
風や鳥の鳴き声この聞こえるものの、全体的に物静かな都市を地上と上空から探
索していく。
すると都市の中央に巨大な城が在ることが解った。
城塞ではなく、ノイシュヴァンシュタイン城やモンサンミッシェル、シャンボー
ル城を合わせたような白く美しいお城は御伽噺に出てくる物のようだ。
羅針盤は益々強く輝き、その城こそが魔王の居城だと伝えてくる。
城を見た男は、魔法で城ごと消し飛ばそうかとも思ったのだが、確実に殺れる保
証が無いので取り止め、直接殺すことした。
魔王が居る。
それを理解した男とハーレム要員達は城を目指して進みだした。
赤い光線による対空攻撃を恐れて地上を行く男達だが、やはり人気は無く魔族は
襲ってこない。
歩みは遅いものの、何の問題なく城門前に着いたのだが、罠も無ければ門番も居
なかった。
つくづく訝しく思うが、男達は柵のような巨大な門を手で開いては通っていき、
そのまま整えられた正面庭を通り抜けては入り口へと辿り着いた。
玄関に付けられている精緻な彫刻が刻まれた美しい扉。
それを調べてもやはり罠は無く、鍵すら掛かっていない。
手前に引くとあっさり開いた両開き扉を通って中に入ると、そこは広々とした玄
関フロア。
床には深紅の毛氈が敷かれ、天井や壁には明かり魔法具が備え付けられ、辺りを
煌々と照らしている。
他にも長椅子や机、所々に美術品や観葉植物が綺麗に配置されているそこは、歴
史溢れる城と高級ホテルの玄関フロアを組み合わせたような場所だった。
男達は驚くものの相変わらず人気は無く、辺りは静まり返っている。
羅針盤を見ると正面階段の上を示しているので、警戒しながらも近付いていく。
フロア正面の大きな上り階段を僅かに上り、左右に分かれた階段を無視して正面
の壁に触れると、魔法によって作られていた壁が消えて大きな通路が現れた。
その通路は壁には明かりの魔法具、床には深紅の毛氈が敷かれているが、壁は剥
き出しで一切装飾されていない寒々しい通路だった。
羅針盤に従って男達が中に踏み入るとひんやりとした空気が肌を刺す。
気温が明らかに違う上に、通路の先から妙な圧迫感を感じ始めた。
空気が変わったことを全員が理解し、警戒を強めて奥を目指して行く。
通路の殆んどが見通しのよい直線通路なのだが、途中下り階段が何度かあり、ど
うも地下に向かっているようだ。
それから一時間ほど歩き続け何度目かの階段を下り切ると、今までとは違う漆黒
の巨大扉が現れた。
羅針盤は今まで以上の光を放ち、この先に魔王が居ると示していた。
覚悟を決めた男はハーレム要員に強化魔法を掛けながら、女達に口付けしてい
く。
全員に強化魔法とキスが終わったあと、自分自身に強化魔法を掛ける。
最後に自分の女達を一度見回して全員と視線を合わせ、覚悟を込めて全員で頷い
てから扉を開いた。
そこは巨大な広間だった。
天井も床も大理石に見える石材で覆われている広間で、ただただ広い。
人影も居なければ物影も無いただ広いだけの広間のようだが、扉正面の一番奥、
広場の一番奥に漆黒で染められた毛氈が敷いてある階段が有り、その先が魔王が居
る王座へと繋がっているようだった。
男達は階段を目指し歩いて行く。
近付くたびに圧迫感は増し、恐怖と共に魔王の強大さを伝えてくる。
それでも怯まず歩き続け、誰一人脱落する事無く階段を上りきった。
階段の上、そこもまた漆黒の毛氈が敷かれた広々とした広場だった。
違うのは壁の前に豪奢な王座が置いてあり、そこに黒いドレスにを着た女が足を
組んで座っていた。
二十台半ばに見える女だった。
かなり整った顔立ちだが化粧っけは無く、軽くウェーブが掛かった黒髪を後頭部
で纏めている。
身を包んでいるのは仕立ての良さが良く解るマーメイドラインドレスだ。
黒い刺繍糸で精緻な刺繍がされたそれは名のある仕立て屋のものだろう。
脚は黒のシーム入りストッキングで包まれ、その先の足は黒いローヒールのパン
プスで守られていた。
それら黒一色の御召し物はただの服に見えるが、その実、勇者である男が身に着
けている防具より防御力が高かった。
魔王と思しき女は、強烈な圧迫感を放ちながらも足を組んだまま、無言で男達を
見続けてくる。
男達はその場で攻撃しようかとも思ったのだが、この距離だとカウンターで返さ
れる可能性があるので、確実を期すためにもっと近付くことにした。
そうした男達はその圧迫感に負けないようにじりじりと近付いて行き、何とか魔
王らしき女の顔が見える距離まで辿り着いた。
遂に勇者と魔王が相対したのだ。
男達は武器を構えたまま、この場になっても座ったまま動かず、表情すら動かさ
ないの魔王の顔を見た。
二十台半位に見え、それなりに整った顔立ちをしているので美人の範疇に入るだ
ろう。
それでも一般レベルであり、男が美人ばかりを厳選したハーレムの女達の足元に
も及ばない。
そんな一般レベルの美女の顔に男は見覚えがあり、こんな状況だが訝しげに眉を
顰めてしまった。
ハーレム要員の女達はその顔に見覚えが無いので動揺は無い。
男は剣を構えたまま”何処かで見た顔だ。何処で見たのだろうか?”と首を捻っ
ていると、表情は動かさないままだが魔王が穏やかな声で話し掛けてきた。
『十年ぶりね。勇者ジュンジ=オオイズミ……いえ、大泉純司』
その言葉は日本語。
十年ぶりに聞く母国の言葉に男は驚き、ハーレム要員もまた男から教えられてい
た日本語を耳にし大きく驚いた。
『日本語!?』
「ニホン語だと!?何者だ」
「魔王がニホン語を使う?動揺を誘う気ですか!!」
「貴女何者なのかしら?」
警戒と共に殺気を吹き上げさせるハーレム要員に対し、男は訝しげに問い掛け
る。
『その顔……やはり見覚えがある。何処かで会ったか?それとも俺の動揺を誘うた
めに、そう見せているのか?』
何処かで見たような気がする魔王の顔を思い出せず首を捻る男。
そんな男を魔王は呆れた様子で見ていた。
『私の顔を見てもまだ思い出せないのね……解っていたことだけど、つくづく墜ち
たものね』
『その言い方、やはり何処かで合ったことがあるか……魔王よ、その顔は何だ?』
『……私の生まれながらの自前の顔よ。整形した訳じゃ無いわ……これなら思い出
せるかしら?私の名前は伊達詩織。一時期は大泉詩織だったわ。今は伊達詩織に戻
しているけど』
その名前に男の顔が驚愕に歪む。
と、同時に無意識に否定の叫びを上げてしまった。
『嘘だッ!!!!』
『嘘じゃ無いわ。私の名前は伊達詩織。十年ちょっとぶりね、元旦那さん』
そう、魔王としてこの場にいる彼女こそ、男が召喚される前、地球にいたころ結
婚していた女性である伊達詩織だった。
『ふざけるな!!アイツがこの世界に居る訳無いッ!そんなことで俺を動揺させら
れると思うな!!』
動揺させられ無い、と言っているが男は明らかに動揺し、激しく混乱している。
男は魔王が自分を動揺させるために元妻の姿を取っている、と考えたがそうでは
無い。
魔法で年齢を弄くり若返っているものの、この姿は彼女本来の姿だ。
彼女は正真正銘、男の元妻であり、男の最初の娘の母親であった。
『貴方が何を言おうと私は伊達詩織であり、貴女の元妻だった女よ。そして今はこ
の世界アーレンドラの守護者にして魔法を統べる女王。つまりは魔王ね』
軽がるしく口にしたがその意味は重く、それ理解した男は動揺を隠せなかった。
『嘘だッ!』
『嘘だ嘘だって、貴方は何処ぞのシンドロームでも罹っているのかしら…まった
く、そのセリフを言うなら鉈持ってきなさい』
呆れつつ肩を竦める魔王に男は反論しようとしたが、昔のやったゲームのことを
思い出して口を噤んだ。
『私がね、此処に居るのは貴方が異世界フロウオーレンに召喚されたからよ。貴方
が神の走狗として、今居るこの世界を攻めて来ると解ったため、その対抗策として
私は召喚されたの。神からチートを授けられた侵略者である貴方。そんな貴方を押
さえることが出来る。または倒すことが出来る可能性が一番高かった者が私だっ
た。勝率が一番高い故に私は召喚されたの』
『……』
『実際に今、貴方凄い動揺しているでしょう?私なら貴方に勝てる可能性がとても
高いのよ』
男の顔は血の気が引き、構えている剣は震えている。
ハーレム要員達は日本語が余り解らないので、二人の会話を理解出来ないのだ
が、二人のただならぬ雰囲気に呑まれてしまい、無言で見守っていた。
『何時から居たんだ?』
『貴方が行方不明になってから約四ヵ月後、妊娠九ヶ月ちょっとの時ね。ちょうど
貴方の箍が外れ始め、ハーレムを作り始めた頃になるわ』
『何故俺に声を掛けて来なかった?』
『……基地外に関わりたくなかったのよ』
『何?』
魔王の圧迫感が一瞬異常に高まったが、それをすぐに消して話を続ける。
『……いえ、いいわ。理由は色々有るんだけど、まず一つがこの世界アーレンドラ
の生物は、貴方が召喚された世界であるフロウオーレンに行くことが許されてない
のよ。行こうと思えば行けるけどかなりの制約が掛かるってことね。そんなことで
直接会いには行けなかったのよ。子供も居るしね……まぁ、合いに行く気もなかっ
たけど』
最後の方の声は小さく誰にも聞こえなかった。
『……子供…生まれてたのか』
『ええ、もう小学三年生よ。それはともかく、まぁ此方から行けないのは、制約が
掛かるのはフロウオーレンの生物が此方に来れないように張られている結界の所為
なのだけどね』
『何?』
子供のことを聞き過去を思い出したが、聞いたことが無い話に興味を引かれ、無
意識に聞き返してしまった。
『フロウオーレンから此方に来るとき、世界と世界を繋いでいる転移の大穴を通っ
たでしょう?フロウオーレン側の入り口に結界が張ってあるのよ。貴方達は結界破
り魔法具で穴開けて入って来たようだけど』
『知らないな』
『そうでしょうね。フロウオーレンでは魔王が攻めて来ないように結界が張られた
って伝わってるでしょうしね。正確には逆なの。フロウオーレンの者が攻めて来な
いように結界を張った。その影響でアーレンドラからもまた、行き辛くなったって
ことね』
『……』
確かに魔界からの侵略を防ぐために結界をはったと、男は教えられていた。
かといって魔王が言うことが本当かどうかは解らないが。
『二つ目の理由はね。私はこの世界に召喚されてすぐ流産しそうになって、日本に
戻ったの』
『戻れるのか!?』
驚愕と共に放たれた男の大声に、魔王の方も驚いてしまう。
『え、えぇ…私は日本と行き来き出来るわ。貴方には無理でしょうが』
『何故だ!?何が駄目なんだ?』
望郷の念か、男の動揺が激しくなる。
『転移時のチートを貴方は自己強化と魅了、そして精神操作に振り分けたからよ。
故に貴方は時空間関係の能力は持っていない。だから時空間魔法は使えない……何
十年、何百年と修行すれば魔法は使えるかも知れないけど』
『何だそれは?』
『神から与えられた力は有限なの。その力を自分で好きなように振り分け、自分の
才能とするのよ。貴方は無意識にだけど、今言った能力に振り分けた。私は時空間
関係に大きく振り分けた。これも無意識にだったけど』
また組んでいた足を戻し、姿勢を変えた魔王はその豪奢な王座の肘掛に腕を乗せ
て頬杖を付いた。
『何でそんなことを知っている?』
『この城の書庫で調べたのよ。日本で翻訳アプリ作って貰って、友人達に翻訳して
貰ったわ。手間賃にこの世界の酒を何度も奢らされたけど』
『何度も往復しているのか……』
『当たり前でしょ?日本に住んでいるのだから。あの子も小学校あるし』
『……』
何を言ってんだと、呆れた様子で鼻を鳴らした。
『話がずれたわね。続けるけど私は召喚され、間もなくしてショックから流産して
しまいそうになったの』
『異世界に召喚されたことによる精神的な衝撃のせいか……俺も辛かった』
『はっ!?違うわよ。精神的なショックで流産しかかったのはそうだけど、理由は
異世界召喚されたからじゃないわ……召喚されたあと、この世界の者達に色々聞い
たの。その中で私はこの相手に対抗するために呼ばれたって言われてね、遠距離監
視用の魔法具を見せられたわ……何が映っていたと思う?』
『俺が戦っていたとこか?』
魔王は”ハッ”と鼻で笑い嘲笑を浮かべた。
『違うわよ。映っていたのはね…四ヶ月前に行方不明になって、ずっと心配してい
た夫が異世界で幸せそうに笑いながら…リアルタイムで乱交プレイを楽しんでいる
映像だったわ……』
『!!??』
『余りの衝撃映像に驚いてしまったわ。流石にね……異世界に召喚されて、妻や家
族、友人が居ない中で癒しを求めて女に走るのも解らなくはないわよ。けど……9
Pってなに?今更だけど、貴方どんだけ節操無しなのよ』
その声に地獄のような冷たさを感じ、男は後ずさる。
再び圧迫感は強くなり、侮蔑が篭もった視線が全体に投げ掛けられ、ハーレム要
員達も後ずさってしまった。
『……流産しかかった私は、転移チートを無意識に暴走させる感じで時空間能力を
得たの……そうしてそのまま日本に帰ったわ。その後は入院、出産と色々ごたつい
てね…次にこの地を踏んだのは、日本に戻ってから一年後だったわ』
『……』
魔王は表情を消し、昔を思い出すかのように目を瞑った。
『その頃には僅かだけど時間が取れるようになって、あの子をお義母さんに見て貰
っている内に、恐る恐るだけどこの世界に来てみたのよ。力を日本でも使えるかど
うか試したら使えたので、それで訓練がてら遊んでいたから異世界転移自体は難し
くは無かったわ。そうして此処に来てすぐに部下に…当時は部下じゃなかったけ
ど、部下に訊ねたわ……フロウオーレンで勇者と呼ばれている男は何をしている
か調べられるかと…すると前回と同じく監視用の魔法具を持って来てくれて見せて
くれたわ……』
『……』
瞑っていた目を開き、男に目を向けた魔王は圧迫感を強めながら続けていく。
『……映っていたのはね、魔法で洗脳した四名の美人人妻を、その夫の前で犯しな
がら嘲笑罵倒している所だったわ』
『……』
目を瞑っている魔王の表情に動きは無く、無表情のままだ。
だが男の顔は血の気が引き、真っ青だった。
『……そんな所を二度も見てしまうとね、愛情が無くなるどころかマイナス方面に
楽々突き抜けてしまったの。そうすると貴方に対し侮蔑と軽蔑しか沸かなくなって
ね、関わりたく無くなったわ。基地外にわざわざ連絡取るなんてバカげてるでしょ
う?』
『……俺の、俺のことをずっと監視していたのか……』
『ええ、そうよ。貴方のことだけじゃ無く、フロウオーレンのことをずっと前から
監視していたそうよ。まぁ当然ね、危険な侵略世界と接しているのだから常に監視
し、防衛の準備を整えておくべきでしょうから』
『……』
『事実それは役に立ったわ。フロウオーレン全体を監視していたから、異世界召喚
された貴方のこともすぐに解った。さっき言ったけど、貴方のことを知ったから対
策として、貴方を倒せる確立が最も高い私が召喚されたのだから』
目を開けた魔王は男を見て、何でも無いかのように肩を竦めた。
『理解できたかしら?私が貴方に取ろうと思えば取れた連絡を取らなかった理由。
それは単に貴方に関わりたくなかったからよ。子育てで忙しいのに、妻と子のこと
を忘れて、乱交やら洗脳やらをやっている基地外に関わってる暇など無かったの。
……それに親として、胸糞悪い色欲の権化に近付きたく無かったし、関わらせたく
も無かったのよ』
『俺は!俺はお前達のことを忘れた日は無い!!』
反論のために強く叫んだ男だが、魔王は鼻で笑った。
『ハッ!私の顔を忘れてた者がよく言う。だいたい貴方、お腹に居た子供が生まれ
たかどうか訊ねたかしら?名前は何なのか訊いたかしら?……今更家族ヅラしない
で欲しいわね』
一瞬だが男に殺気を向ける魔王。
その余波で男の後ろに居た数名のハーレム要員の腰が抜けた。
『俺は!!』
『オレワ?オレワって何?ニュージーランドにある地名かしら?』
『……』
もはや一切の侮蔑嘲笑を隠さなくなった魔王は嘲るように笑った。
『あ、そうそう。貴方に伝言を預かっているの』
『伝…言?』
『ええ、そうよ。これね』
頬杖を付いていない方の左手を軽く振ると、宙にポータブルDVDプレーヤーが
現れた。
『DVDプレーヤー?』
『そう、アウトレット品の安物だけどね』
魔王はプレーヤーを膝の上に乗せると、慣れた手つきでスイッチを入れ、起動さ
せる。
『私はアーレンドラと地球を移動できるけど、自分以外の生命体は移動させること
は出来ない。だけど物ならいけるの。此方からも地球からも物の持込ができるの』
電源が入ったプレーヤーを操作しながら魔王は話を続けていく。
『話は変わるけど、行方不明になった貴方のことを心配していたのは私だけじゃ無
いわ。お義父さんにお義母さん、正行くん、理恵子ちゃん、貴方の従兄弟のような
血縁者達もずっと心配していたわ。勿論友人達ね。そんな心配している人達に教え
たあげたのよ。これを使って』
もう一度左手を振ると、今度は宙にデジタルビデオカメラが現れた。
『!!??』
『だって、誰も信用しないでしょう?夫が異世界でハーレム作って面白おかしく暮
らしてる、だなんて言ったって』
『お前!?』
『養育費のために、此方から金や宝石を持ち帰ってそれを見せてたから、異世界の
ことはすぐに信じて貰えたわ。けど、貴方が幸せにハーレム暮らしていたのは、そ
うそう信じて貰えなかったの。だからこのビデオカメラを調査用ゴーレムに持たせ
て撮影したのよ……貴方の日常生活をね』
『お前!!』
激昂したのか、男は大声を上げる。
プレーヤーの準備が終わったのか、画面を一時停止状態にした魔王は顔を上げて
男を見た。
『あら?どうしたの?貴方は勇者として恥じる事無く戦って来たのでしょう?知ら
れて困ることあるのかしら?私は貴方の家族友人に、貴方の無事を教えてあげただ
けよ?』
血の気が引くどころか土気色になり出して来た男の顔に目をやりながら、魔王は
今一度左手を振り、デジタルビデオカメラを召喚しては宙に浮かべた。
『この複数のビデオカメラを使って貴方の乱交プレイを様々な角度から撮影してい
たの。何せこの世界における最新型の調査ゴーレムに連結させているから一度もば
れはしなかったわ。凄いわね、このステルス』
また左手を振ると、今度は宙に蝙蝠に似た黒いゴーレムが数十現れた。
手の平ほどの大きさのそれは魔王の周りを飛び回ると、唐突に消える。
ステルスを使ったのか、姿は元より音も風の動きも感じられない。
きっと電磁波や魔力なども感知されないのだろう。
『このステルスのおかげで貴方の監視も撮影も楽だったわ。そうそう貴方、村上さ
んのこと覚えているかしら?』
『村上?……映像関係の職に就いていたあいつか?』
『覚えていたのね、その村上さんなのだけど、今はAV監督やってるの』
『ええ!?』
いきなり予想外のことを言われて男も驚いてしまった。
『その村上さんに貴方のハーレム乱交プレイの動画を見て貰ったらとても面白がっ
て、せっかくだから売り物にしようって言い出してね…コスプレハーレムシリーズ
って題名で、三年前からAVとして有料ネット配信しているの』
『ふざけんな!!』
『何が?養育費も払わずハーレム作って遊んでいた奴に、何か言う権利があると思
っているの?』
『そ、それは、俺は異世界にいたから……』
『黙れ。監視中に私と子供のことを一度たりとも口にしなかった奴がしゃべるな』
『……』
吹き上がった圧迫感に男は黙り込んでしまう。
『……それで、エルフやダークエルフ、獣人なんかのコスプレハーレムAVってこ
とで一定需要はあったらしく、そこそこのお金になっているの。このお金を私への
慰謝料と子供への養育費にってことにさせて貰うわね』
『……AVって……お前や親父達は何も…正行は何も言わなかったのかよ』
職業差別をする訳では無いが、AV男優はカタギの仕事では無い。
そういった職業に就いている者が居れば身内は白い目で見られる場合が多い。
増して身内に公務員が居れば尚更だ。
『言ったでしょ?三年前からだって…三年前、つまりは貴方の失踪期間が七年過ぎ
たからAVとして売り出したのよ』
『失踪期間が七年?……!?おまっ!!』
魔王が何を言いたかったのか気付いた男は、うろたえながらも一歩前に踏み出し
た。
『俺は、俺は、もう死んだことになっているのか?』
『当たり前でしょう?十年以上行方不明なのだから』
『だが!お前は俺が生きていることを知っていた。俺が帰って来るかも知れないの
に……なのに、なのに、何で失踪宣告を取り下げなかった!!』
『貴方…帰って来る心算だったの?』
心底驚いた様子で、魔王は座ったまま身を起こした。
『何で俺が日本に帰らないと思っていたんだ?』
『だって貴方、四桁を超える女を侍らせ、幼女にすら手を出し、自分の娘にすら手
を出そうとしているじゃないの。ハーレム放って帰って来る心算だったの?』
『それは……』
『好きなことをやるだけやって、子供を三桁以上作って何一つ責任取らないで逃げ
ると?そんなこと……許せる訳…無いでしょう……』
『……!?』
魔王の圧迫感に殺気が混じり、当てられた男は後ずさる。
『大体、今の貴方が地球に帰って来ても真っ当な生活なんて送れないでしょうよ。
十年に渡って好きなことだけやっていた貴方が、一般的な日本人として生活し直す
のは酷い苦行のはずだわ』
『そんなこと無い!』
『まぁ、不可能とまでは言わないわよ』
そう言って魔王は肩を竦めた。
病気にせよ、ムショのお勤めにせよ、引き篭もりにせよ、一度でも一般社会から
離れると元に戻るのは大変なのだ。
だが、不可能では無い。
その為には本人の弛まない努力が必要となる。
魔王としては目の前の色欲の権化が社会復帰のための努力をするとは思えず、無
理だろうと思って肩を竦めたのだった。
『まっ貴方がどう考えているかなんてどうでも良いわ』
『どういう意味だ?』
『貴方に日本に帰って来て欲しくない。顔も見たくないって人がそれなりに居るっ
てことよ』
『……』
『さて、さっき言った預かってる伝言がこれよ。このDVDプレーヤーには日本で
録画した貴方へのビデオレターが入っているわ』
『俺への?』
『ええ、貴方が砂漠の宮殿を出発し、此処を目指し始めたのを確認した私がこの日
のために色んな人に頼んで吹き込んで貰って作って置いたの』
魔王は数日前に近日中に男と再開することになる、と色んな人に連絡してはビデ
オレター製作への助力をお願いした。
事情を知っているみんなは、面白がって作成してはメールを使って送り届けてく
れた。
それを繋ぎ合わせて一本の動画にし、そのままDVDに焼いてプレーヤーに挿
入し、完全に準備を整えてから此処に持って来たのだった
『何故わざわざそんなことを?』
『それはね……貴方に自分がやったことを理解させ、日本に帰って来させないため
によ』
凄惨な笑みを浮かべた魔王はDVDプレーヤーを再生させる。
再生が始まったDVDプレーヤーを宙に浮かせては男の所まで運んでいく。
罠か?爆弾か?との懸念を抱き、前に出ようとしたハーレム要員を身振りで抑
え、男をDVDプレーヤーを受け取り見始めた。
父親の場合
『ハーレムを作るのはまだ良い。全ての女を食わせていけるのならな。だが、自分
の娘を性奴隷にするために育ててるとは!基地外め!二度と顔を見せるな!!』
母親の場合
『お願いだから帰って来ないでちょうだい。他の子や孫達の迷惑になるから……二
度と、二度と帰って来ないでね』
弟、正行の場合
『凄ぇな兄貴、此処までやるとは……まさにチーレム勇者まさにハーレム。催眠、
寝取りのエロゲー主人公までやるとは……正直、詩織さんから聞かされたときは、
さすが兄貴!おれにできない事を平然とやってのける。そこにシビれる、あこがれ
るぅ状態だったぜ。何せ男の夢だからな……けどなぁ、あくまで夢は夢であって実
際やるなよ。マジひくわ。催眠、寝取りだってエロゲーやエロ漫画だから許される
のであって実際やったらドンビキだわ。不倫の慰謝料知らない訳ないだろうに……
こんなことを平気でやってるアンタはもう、人間として終わってるんだろうよ。ま
さか幼女に手を出してるなんて…ペドが……狂ってるってレベルじゃねぇ。こんな
基地外が身内に居るなんて知られる訳いかないし……何より子供を近付けさせられ
ない。危なくてな。詩織さんもそう思ってるだろうし……まぁ、なんだ。日本には
絶対帰って来るな。それと催眠洗脳とペドはマジやめろ。でないと詩織さんにマジ
で殺されるぞ』
妹、理恵子の場合
『死ね!クズ!詩織さんに嬲り殺しにされろ。腐れペドが!女と子供の敵め!!』
従兄弟の場合
『……どうも……すいませんけど日本に絶対戻って来ないでくださいね。どう見て
も性犯罪犯す未来しか見えないですから。自分警察官なので親戚に犯罪者がいるの
はちょっと……』
友人Aの場合
『よお、久しぶり。まぁ、なんだ、お前の行動全部見たけどマジ引いたわ。いい歳
してチーレム勇者やるとは……それも合法ロリのドワーフだけでなくガチ幼女に手
を出して……正直に言うぞ。絶対に俺に近付くな』
友人Bの場合
『やあ、お久しぶり。詩織さんから聞いているとは思うが、僕はAV関係の仕事を
している。君の動画を勝手に販売したが悪いとは思っていないので謝罪はしない。
詩織さん達の生活費になったしね。君のね、行動を僕は否定できない。男の本能だ
し夢だからだ。それだけに君の行動は理解できる。だから責める気は無い。とても
男らしいと思ったしね。だが、子供に手を出すの駄目だ。それに近親相姦もだ。
どっちも人で無いなら問題無いけど、人であるなら駄目だ。グッピーの近親交配じ
ゃ無いんだから……君はもう、人で無いのかもしれないけど、かつての友人として
忠告させて貰ったよ』
友人Cの場合
『おっす、羨ましいじゃねーか。エルフにダークエルフの何十人と侍らすなんて。
エルフスキーとしてはめっちゃ羨ましいぞ。だが、オレは社会人なんでな。嫁さん
も子供もいるし……ってな訳で、絶対オレに関わるな。近付くな』
友人Dの場合
『死ねよ、ゲスが!。催眠で洗脳するとは……ホント胸糞悪い。ゲームと現実の区
別ついてないクソヤローが。さっさと死ね!!』
友人Eの場合
『どうも久しぶり。率直に言いますが貴方とは絶縁します。以後、連絡は全て無視
します。理由は言わずもがなでしょう』
友人Fの場合
『こんにちは、お久しぶりです。見ましたよ、異世界でハーレム作ったんですね。
……もう、正気じゃ無いんでしょうが……貴方はもう、日本には居ないほうが良い
でしょう。お互いのために日本に帰って来ないでください』
友人Fで出演者は終わりだが、DVDは続いていく。
この後は妹からの怒りからの罵詈雑言が続く。
『あとは理恵子ちゃんからの怒りの罵倒が続くだけなんで、切ってしまっても言い
わよ。言って置くけど、それは無加工の物よ。編集はしてるけどCGや魔法なんて
一切使って無いわ。あと、そのプレーヤーと中のDVDあげるので持ち帰って構わ
ないわよ』
『……』
男は何も言わず、嫌悪で顔を歪めながら盛大に男を罵っている妹が映っているD
VDプレーヤーを見続けていた。
『どうしたの?』
『何で…何でこんな……』
『何でって、貴方の行動の結果でしょう?』
魔王は呆れた顔で再び頬杖をついた。
『自分の行動に対して自分で責任を取る。これは当たり前ね。けど、自分の行動の
責任を本人じゃなく他人が取る場合が多々あるわ。まさか忘れた訳じゃないでしょ
う?』
魔王が言う通り、基本的に行動の責任は本人が取るものだ。
だが、子供であれば保護者が責任を取ることになるし、社会に出れば上司や帰属
している組織が責任を取ることなる。
社会の中では本人だけが責任を取って終わり、何てことはなく、連座して他人も
責任を取る場合の方が多いのだ。
それは力や立場が大きくなればなるほどに。
連帯責任や責任者なんて言葉があるのだから。
『基地外化している貴方が地球で罪を犯したりすると、貴方個人の問題だけに留ま
らず身内が非常に迷惑することになるのよ?そうでなくても、身内に基地外がいる
のは体面が悪すぎるもの』
『……』
身内に犯罪者が居る場合、就職や結婚で大きなハンデなる。
これは今も昔も変わらない。
人が何かをやらかしたとき、家族やが慰謝料や風評被害などのとばっちりを受け
てしまうのだ。
裁判沙汰になればそれは記録に残り、血縁者が結婚するときに不利になる。
犯罪にせよ不倫沙汰にせよ、好んで身内に厄介者を抱えたく無いのだから。
上記の理由から男の血縁者達は、男が日本に帰って来ないことを望んでいた。
欲望丸出しでチーレムを行い、幼女にまで手を出していた超能力を持つ変態。
何をやらかすか解ったもんじゃ無い。
此処まで好き勝手やってた者が、力を隠して平凡に生きるって選択肢をするとも
思えない。
散々チート能力を使い、それに依存しているのだから。
能力を使って何かやらかしても、力を使えば誤魔化ことにもできるだろうが、同
じようなことを繰り返せば発覚する可能性は高くなる。
そうしてやらかしたことが発覚したとき、血縁者や知人は男のとばっちりで社会
らか爪弾きにされてしまうだろう。
故に犯罪者予備軍の男に帰って来て貰いたく無いのだ。
他にも帰って来て貰いたく無い理由がある。
それは純粋に気持ち悪いので近付きたく無いのと、とても怖いという理由だ。
前者は解り易く、異世界でハーレム作って好き勝手やっていた者は、客観的に見
て凄いとも羨ましいともは思うが、普通にキモイ。
後者は奴隷や貧民の幼女に手を出しているので、子持ちとしては怖いのだ。
正直言って魔王を含めた幾人かの者は、目の前のこの男が地球に帰る気で居たら
殺す心算であった。
奴隷好きでペドフィリアの基地外を子供に近づけさせる訳にはいかないからだ。
『解ったかしら?貴方の知り合いで貴方の帰還を臨んで居る者は誰も居ない。正確
には、貴方が帰って来る心算なら殺してでも止めてくれって頼まれているわ』
『……』
『どうするの?これでもまだ日本に帰る心算かしら?貴方のハーレムを捨てて……
それともフロウオーレンと日本を行き来する心算だったのかしら?……そんな都合
の良いこと……認める訳無いでしょうがぁ!!』
『!!??』
殺気と圧迫感が今までと比べ物にならないほど吹き上がり、男達を圧倒する。
座ったままで掴んで肘掛がギシギシと鳴り出す。
無意識に放たれた力が空間を歪め、景色が捻じ曲がってしまう。
その余りの力に度肝を抜かれ、一部のハーレム要員などは完全に腰が抜けてし
まっていた。
『日本に入ったら…いいえ、地球に一歩でも足を踏み入れたら殺すわ!全てを掛け
て絶対に殺す!貴方を子供に近づけさない!!ぜったいに殺す!!』
『わ、解った!日本に帰らない!地球に戻らない!!』
圧倒的な殺意に怯えながら男はそう叫んだ。
かつての妻の苛烈さを、有言実行でやると言ったら絶対にやる、その行動力を思
い出したからだ。
”奴等の人生を潰す”
そう言ってセクハラ教師や痴漢などの変質者の人生を終わらせているのを見てい
る男にとって、元妻の魔王は恐怖の対象なのだ。
『そう、なら問題無いわ。貴方は異世界フロウオーレンで一生いきていくってこと
で良いのね?』
殺気も圧迫感も消して魔王は静かな声でそう訊ねた。
『あ、ああ、俺はフロウオーレンで生きて行く』
『解ったわ。貴方の親戚や友人にそう伝えておくわ。貴方の遺産は養育費に回すけ
ど良いわね?』
『そ、それで構わない』
『ゲームや漫画は私が貰うけど、それも問題無いわよね?』
『も、問題無い』
聞いた魔王は頷き、最後に男の顔をじっと見詰めてから最後の問いを掛けてき
た。
『なら、これが最後の質問……貴方は本当に何を考えて此処までやったのかしら?
私は貴方と再会したら尋ねようとずっと思っていたの』
『……』
『何を考えていたの?』
『……』
『……そう、何も考えていなかったの……』
普通の人間なら理性で本能を抑える。
社会的な立場や体面、その後に掛かる責任、自分の未来のことと本能を量りにか
けて犯罪は犯さない。
勿論、後先考えない奴はいる。
何も考えず、多くの物を失うことを考えず、回りに迷惑掛けることも考えずに本
能のままに行動する奴はいるのだ。
莫迦、または基地外と呼ばれる連中だ。
男の行動はまさにこれだった。
何も考えて居なかった。
ストレスから手を出し、後は転がるように女を犯し続けた。
咎めるものは居らず、むしろ推奨される。
だが、その行動をかつての知人達が知ったらどう思うか、まで考えなかったの
だ。
自分の行動が客観的に見て、どう見えるか、どう思われるか考えていなかった。
自分の行動の責任をどう取るのか考えていなかった。
目先の欲望と楽しい日常にに捕らわれて、先のことを何も考えて居なかったの
だ。
この世界に来て間もなくの頃は、責任を取ることを恐れて女に手を出したりはし
なかったが、それも今は昔。
責任を取らなく良い、好きなことを好きなだけやって良いと思い込んだ男は、何
も考えずに今まで居たのだ。
人は環境に影響させる。
それは楽なほうなら尚更影響を受けて堕落する。
今の勇者はその結果だ。
『ハァ……いいわ、ならこの話はこれで終わりよ。貴方の元妻にして幼馴染の伊達
詩織として話は終わり。これからは……』
無表情のまま、感傷を振り払うかのように頭を振る。
それを止めたときには、その顔に笑みが浮かんでいた。
楽しそうに笑みを浮かべた魔王は勢い良く椅子から立ち上がると、右手を天へと
伸ばす。
すると黒水晶で出来たような魔王の慎重ほどの巨大な両刃剣が現れ、魔王の手に
収まった。
魔王は重量はそれなりにあるだろうと推測される巨大剣を、軽々と振り回してか
ら切っ先を地に向けて下ろした。
「さぁ、これからは!ダテ=イオリでは無く、魔王イオリ=ダテとして相手をする
わ!!」
口にした言葉はフロウオーレンの共通語。
意味は全員が理解できる。
ハーレム要員は突然共通語を話し出した魔王に驚くも、圧迫感が無くなったのと
軽い雰囲気を漂わせ出した魔王に改めて警戒し、気合を入れ直しながら一部は立ち
上がり、全員が戦闘体勢に入った。
「……そういえばお前、結構な中二病だったな」
「中二病では無く、ファンタジー好きといって欲しいわね。勇者ジュンジ=オオイ
ズミ」
両手持ちに変え、両足を軽く開いて腰溜めにしてから下ろしていた切っ先を男に
向けてそう返す。
「サンライズ立ちかよ……」
「フフ、かっこいいでしょう?」
笑った魔王は満足したのか切っ先を下にしては地に突き刺し、固定させてから手
放した。
両手を開けた魔王は胸の前で腕を組んで話を続ける。
「さて、国家の代表を暗殺しようとする恥知らな政治的破壊工作活動家達よ。まず
は対話から始めましょう」
「俺達を活動家だと?」
「そうでしょう?領空侵犯、密入国、建造物不法侵入、器物損壊、共謀罪、殺人未
遂。軽く考えただけでもこれくらいの犯罪は犯しているわよ、貴方達」
「……」
「常識的に考えて見なさいよ。王の称号を持つ者と言えば、大抵が国家元首。そん
な人物を暗殺しようとすれば破壊活動家扱いされるのが当たり前でしょうに。本当
にそこまで考えていなかったのね」
”ハァ”と溜息を付いた魔王は信じられないとばかりに左右に頭を振った。
「まぁ良いわ。本来なら転移の大穴を通ってアーレンドラに進入した段階で国境警
備隊が逮捕するのだけど、今回は流石にね……」
「何がだ?」
「貴方、核分裂魔法使えるでしょう?」
「!!??な、何で知ってる!?」
このセリフに男は本気で驚いた。
核分裂魔法は秘密裏に研究し、誰にも話して無い、見せて無い魔法だったから
だ。
「馬鹿?ずっと監視してたって言ったでしょうが。貴方が何処で何をしてたなんて
こっちはとっくに把握済みなの」
「まさか……」
「まさかもクソ無いわよ。貴方や貴方の女達がどんな魔法を使い、どんな攻撃手段
を持っているかなんてアーレンドラの学生ですら知っているわよ。新聞に乗ってい
るもの」
呆れて言った魔王に対し、まさか全て知られていると思っていなかった男達は驚
愕で顔を引き攣らせた。
「戦略魔法を使用できる以上、貴方達を無理に逮捕するのは危険だと判断して放置
していたのよ。手下にちょっかい出して分散されたり核を使われたりしたら迷惑だ
もの」
「……」
「放って置いても私の元に来ることは解っているのだから、私を餌にして亜空間化
している大魔王の間……つまり此処で待っていれば良いって訳ね。アミューズメン
トパークであるこの都市、アヴァロンを数日に亘って営業停止にしなければならな
いのと、従業員や動物を避難させなければならないのが大変だったけど」
「アミューズメントパーク?」
「そう、この魔王城を含めたこの都市はアミューズメントパークよ。翻訳できて無
いかしら?所謂、都市型遊園施設って訳ね。だいたい都市に誰も居ないのを見てお
かしいと思いなさいよ」
「……何でそんな物を……」
掠れるような男の声に魔王は何でもないかのように返答する。
「一つは貴方達と戦うために用意した戦場よ。これから交渉を始めるけど、決裂し
たら私は全力で戦うわ。そうなった時のために亜空間化して被害が出ないようした
のよ。もう一つは貴方の砂漠宮殿と同じこの世界の住居を兼ねた遊び場よ。地球の
文化などを体験できるアミューズメントパークね。名前はアヴァロンよ」
「……」
「話がまたずれたわね。とにかく、この世界アーレンドラでは貴方達は犯罪者なの
よ。理解したかしら?」
「そんなもの!!」
ハーレム要員の一人が激昂するが魔王は無視した。
「本来なら貴方達を犯罪者として逮捕するのだけど、今回は特別に話し合いをする
ことにしたのよ……理由はね、第二第三の異世界人が勇者という都合の良い戦闘奴
隷とし召喚されて、利用された挙句このアーレンドラに侵略してこないようにする
ためよ」
「神に選ばれた勇者を戦闘奴隷などと……」
神官服を身に着けた女が咎めるように言うが、やはり魔王は無視だ。
「私も召喚されたせいでさんざん苦労したから、他の人に同じ目にあって欲しく無
いの。故に二度と召喚などさせないために話し合いをするのよ」
「……話し合いが纏まらなければ?」
男の緊張を含んだ声が響く。
「それは決まっているでしょう?国同士の対話と同じだもの。話し合いが纏まらな
ければ戦いになる決まっているわ。貴方達の一名をフロウオーレン各国への伝言役
として残すけど……残りは皆殺しよ」
殺気と圧迫感を放ちながら魔王は物騒に哂った。
「殺すってお前……」
かつての妻なら絶対に口にせず、そして行なわないことをあっさりと口にし実行
しようとする魔王に、男は勝手な恐怖と哀れみを感じた。
「友は昔の友ならず。私も貴方も昔とは違うわ。私は子供が一番大事なの。この世
界が神の狗たる勇者に侵略されると、対抗として同じ神の狗である私が強制的に呼
ばれてしまうのよ。生活もあるし、仕事しているから度々呼び出されると迷惑なの
よ」
「そうなのか……」
「それがどれくらい迷惑だか解るかしら?貴方を殺しても次の召喚者に振り回され
ることになってしまう。重要なのは二度と召喚を起こさないことなのよ。正直言う
と、転移の大穴を塞いじゃえばいいんだけど、これが危険すぎて無理だったの」
「……」
二つの世界を繋げる次元の穴を無理に壊したり、塞いだりするとどんなことが起
こるか解らないのでできなかったのだ。
そう言って軽く肩を竦めた魔王は顔を改めると、真剣な表情でこちらの望みを口
にした。
「では、こちらの望みを口にするわね。一つはこちらとしては二度と異世界人の召
喚を行なわないこと。もう一つは転移の大穴を通ってフロウオーレンの住人がアー
レンドラに入って来ないこと。この二つよ。両方が遵守される限り、こちらも異世
界人の召喚を行なわないし、アーレンドラの住人もフロウオーレンに足を踏み入れ
ないわ」
随分と穏健な希望だが、宗教掛かっている者達は当然これを受け入れようとはし
ない。
「邪神の走狗たる魔王が何を!」
「貴様達は我が祖国を侵略しているだろうが!」
「誰が魔王の言葉など信用するのですか、汚らしい」
「邪悪の化身などと交渉など!」
一部のハーレム要員が騒ぎ出すが男は黙ったままだ。
「信用しないでしょうが、アーレンドラからフロウオーレンに行くことは犯罪とさ
れているからフロウオーレンで犯罪なり侵略なりをして居る者は居ないわよ。こち
ら側の転移の大穴の入り口は監視されているので無断で進入できないしね。唯一例
外は監視用の魔法具ね。これをプライバシーの侵害だ盗撮だ、と責めるのは正しい
けど……軍事用だもの、これは仕方ないわ」
「魔王の言葉など信用できるか!!」
白銀の鎧を身に付けた女騎士が叫ぶが、魔王は肩を竦めるだけで返答しなかっ
た。
そのままハーレム要員は武器を構え騒ぎ続けていたが、無言で考えていた男が一
歩前に出ては手振りで女達を黙らせ、落ち着いた声で魔王に問い掛けた。
「召喚を二度と行なわない。互いの世界を移動しない。これが望みなのか?」
「そうよ」
「拒否したら?」
「さっき言ったでしょう?一名残して殲滅。その前にフロウオーレン諸国への警告
のために、各国の軍事施設を消滅させるけど。手始めに転移の大穴そばにある侵略
施設を消す。名前はガルム要塞だったかしら?」
それを聞いたハーレム要員が殺気立つ。
男の方は目を細めて不思議そうに聞き返した。
「どうやってだ?そもそも、一人で俺達に勝てる心算なのか?」
「そっちこそ、これだけ格の違いを見せているのに勝てる気なのかしら?」
物騒に笑った魔王は殺気と圧迫感を強めていく。
それでも男達は怯む事無く武器を構えた。
男達も解っている。
魔王が自分達より格上なのを。
だが、相手は一人だ自分達が力を合わせれば勝てると信じていた。
「へぇ、私に勝てる心算なのね。まぁ、良いわ。それより、此方の提案を受け入れ
るのかしら?」
「邪神の走狗が!そのような提案受け入れる訳無い!邪悪の化身が!!」
「裏切ると解っている者と取引する訳ないでしょう。魔王」
次々と拒否の言葉を口にしてくるハーレム要員達に冷たい視線を投げかけた後、
魔王は男に最後の問い掛けを行なった。
「貴方の女達はこう言ってるけど、貴方も同じ意見で良いのかしら?」
「……ああ、魔王には屈さない」
「そう……!?貴方まさか……アーレンドラの住人も自分のハーレムに組み込もう
とか思っていたの?」
「……」
そう、男は魔族の女を自分のものにしようと思っていたし、魔王が女だったら降
したあと自分の女にしようと思っていた。
だが、それは叶う事無く魔王が元妻と言う予想外の状況に陥ったが。
「呆れた。つくづく気が狂っているわ。貴方、神に選ばれた勇者じゃなくて、アス
モデウスと契約したラストの化身なんじゃないの?』
「……」
”信じられない”と頭を振る魔王に対し、男は無言だった。
「まぁ、良いわ。いまさらだもの。さて、これが最終通達になるけど、本当にこち
らの提案を受け入れないのね?」
「ああ、俺達は魔王を倒しに来たんだ。魔族のたる魔王と交渉などしない」
男はそう答え、全員が武器を硬く握り締める。
「そう、それが貴方達の選択なのね……良いわ…ならば、戦争よ!!」
そう叫んだ魔王周辺に三十インチ程のモニターが数十現れた。
そのモニター全てにフロウオーレンに存在する国々の軍事施設が映っている。
そこには公表されてない秘密基地や地下施設、情報部の拠点なども入っており、
リアルタイム映像なのか建物内外で人が動いているのも確認できた。
先程の言動から魔王が何をしようしているのか気付いた者が、魔王に襲い掛か
る。
数名が一瞬で距離を詰め、別々の方向から攻撃を仕掛けたが、魔王に二メートル
程近付いた瞬間、魔王を通り越して後ろに移動してしまった。
驚きつつも即座に反転して再び攻撃を仕掛けるが、やはり一定距離まで近付くと
空間を飛び越えてしまう。
それでも諦めずに攻撃を仕掛けようとしたとき、男から一度戻るようにとの指示
が下された。
逆らう事無く女達は仲間の元へと戻っていく。
そんな女達に魔王は背後から軽い口調で声を掛けた。
「ああ、そうそう。私の周りには空間歪曲場が設定してあるので、空間に干渉する
攻撃じゃないと私にダメージ与えられないわよ」
その言葉に男達は息を呑む。
空間に影響を与える攻撃手段を持つ者は男を含めて数名だけだ。
これにより空間歪曲場が完全に消去されるまでは、事実上数名しか役に立たない
ことになる。
自分の防御手段をアッサリと口にした魔王はモニターの一つを自分の前に呼び寄
せると、その画面を男達に見せた。
映っているのは転移の大穴を監視し、場合によっては魔界に…異世界アーレンド
ラに侵攻するために建設された要塞の一つ、北極大陸沿岸付近に建設されているガ
ルム要塞の上空からの映像だった。
「それでは戦争を始めましょう。もう一度言うけど私は娘が一番大事なの。次に自
分の命。その次に身内の安全、アーレンドラでできた友人の安全と続いていくわ。
それを守るためなら私はどんなことでもしてみせる……その覚悟がある……貴方達
やフロウオーレンの住人がどうなろうと構わない。全てを守れるほど私の手は大き
く無いのだから」
そう言って魔王は両手を握り締めた。
人は生きて行く限り常に何かを選び、何かを捨てて行く……常に取捨選択をし続
けるのだ。
人は全能でも万能でも無いため、全てを手に入れることはできないからだ。
自分にとって大事なものを選び、手に入れる。
そうして手に入れた物に今度は序列を付け、持ちきれない場合は下の物を切り捨
てていく。
人生とは選択の連続だ。
全てを得る、何も失わないなどと口にする者は夢想家か基地外だけだろう。
「私は大事な物を守るためなら虐殺すら厭わない。非戦闘員を巻き添いにするのも
構わない。神の意思など受け入れない……私の、私の大事な物に害をなそうとする
者は絶対に……許さない」
感情の篭もらない静かな台詞だったが、魔王の目には強い意志が込められてい
た。
「……だから何だ?」
「戦略魔法を使えるのは貴方だけでは無いの。刮目しなさい、そして大いに後悔し
なさい。貴方達の愚かな選択を……《サモン・アンチマター》」
その言葉のあと、モニター内が一瞬だけ白く光った。
続けて大きな振動、その次は全てを塗り潰す黒い爆煙がモニター内を埋め尽くし
何も見えなくなった。
「続けていくわよ」
そう言った魔王は爆煙で見えなくなったモニターを軽く上にあげ、同じように宙
に浮いてる別のモニターを目の前に持って来た。
そこに映っているのはガルム要塞とは別の北極大陸外に建設されている転移の
大穴監視、侵攻用の要塞だ。
「……まっ、わざわざ呪文を口にする必要は無いんだけど、貴方達に解り易いよう
に口にしておくわ。《サモン・アンチマター》」
同じようにその要塞が消滅する。
そうして爆煙で見えなくなったモニターをまた変えると、続けて反物質を召喚す
る。
「や、止めろ……」
「嫌よ」
掠れた声で止めた男の声を無視して魔王は次々と要塞を消滅させていく。
驚愕に捕らわれつつも、男を初めとした数名が止めさせようと攻撃を仕掛ける
が、全てが通り抜けて攻撃は届かない。
男達が唖然とする中で魔王は転移の大穴近くにある、北極大陸近辺の全ての要
塞を消滅させてみせた。
余りの現実感が無いその光景に男達は攻撃を止めて立ち止まってしまった。
「とりあえず十二の要塞を消滅させたわ。さて、もう一度訊ねるわね。こちらの提
案を受け入れるかしら?」
「な、何を、何をやったんだ!?」
魔王の問いに答えず男は叫ぶ。
「何って、聞いていなかったの?私が何度も《サモン・アンチマター》って口にし
ていたのを」
「……サモン・アンチマター……反物質召喚?」
「ええ、そうよ。言ったでしょう、私は時空間系の能力を持っていると。それによ
り召喚魔法を鍛え上げて、反物質召喚を習得したのよ。どれほど距離があろうとも
座標さえ特定できれば、そこに反物質を召喚できるわ」
「馬鹿な……」
青ざめた顔で男は一歩後ずさった。
「戦略魔法を使えるのは貴方だけじゃ無いわ。自分だけが特別だなんて思わないこ
とね」
「……」
「エネルギーを放射線へと変換し、多大なエネルギーロスを生み出す核分裂や核融
合は既に時代遅れ。時代は物質消滅と対消滅よ!!」
ビシッ!っと男を指差した魔王はもう一度問い掛けてみる。
「さて、これを見てまだ戦う気かしら?聞いて無かったようだからもう一度訊ねる
わよ。こちらの提案を受け入れないかしら?」
「受け入れる訳無いだろう!!」
男は激昂して答える。
「十万人以上を虐殺したんだぞお前は!そんな奴の提案を受け入れる訳が無い!」
「そうです!邪悪な魔王!」
「あそこにはお姉さまが……許さない!ぜったいに!!」
「貴様のような危険な存在を許して置けるか!」
そう言った男達は全員で襲い掛かった。
手加減など一切無い全力攻撃だ。
だが、やはり空間歪曲により攻撃は通らない。
そこで男は必殺技の一つを放つための準備に入り、力を両手に溜め始めた。
もはやかつての妻だろうと手加減はしない。
外連味一切なしの全力攻撃、それは空間に穴を開けて敵を穿つ必殺魔法。
男の両手の間の空間が歪み、歪みは槍の形を取り始める。
空間の歪みが完全に固定化し槍と化したそれを男は勢い良く投げ付ける。
「いけ!グングニールゥゥゥ!!」
男の必殺魔法の一つ、空間を歪め、空間そのものを貫いて全てを穿つ必中の槍。
その名もグングニール。
それに合わせる形で、ハーレム要員の中で空間干渉攻撃をできる者も攻撃を放
った。
”殺った”と男達は確信したのだが…………その攻撃は魔王の周りの空間を僅か
に歪めるだけに留まった。
「あら?空間干渉系?でも、この程度じゃあねぇ……私は空間歪曲と空間断層を複
数重ねているの。一層を貫いたみたいだけど、この程度じゃへのツッパリにもなら
ないわよ」
「……なん……だと…………」
「あら?そのセリフ…なら私も……私のディストーションストレイタムは百八層ま
であるわよ」
面白そうに魔王は笑うが男の方は笑えない。
空間を穿つ必殺魔法の一つが無効扱いされたのだ、笑うに笑えないのだ。
「どうも貴方達はまだ私に勝てると、どうにかなると思っているみたいね。此処は
確実に心を折るべきか……余り人や動植物を巻き沿えにして殺すのも嫌なのだけ
ど、そうも言ってられないわね。良いわ……貴方達がその心算なら徹底的にやりま
しょう」
そう言った魔王が軽く手を振ると宙に今まで以上の数のモニターが現れた。
映っているのは各国の軍事施設だ。
それを見た男達が慄く。
「ま、まさか!?」
「ええ、貴方達が今考えた通り……消し飛びなさい」
その言葉と同時に全てのモニターの軍事施設が消し飛んだ。
威力は大小様々で、小規模の爆発のものはモニター映像がすぐに復帰する。
復帰したモノターに映っていたのは、都市内にある各国の軍事司令部や騎士総
本部が消し飛び、クレーター状になっている映像だった。
小規模爆発はともかく、大規模の爆発が起こった場所は今だモニターが爆煙に
覆われ何も見えない。
そこには男が転移して間もなくの頃駐在した魔の森そばの要塞や、大国の要塞に
軍事港、兵器生産施設、宗教国家の騎士訓練所などが含まれていた。
「み、民間人だって居たんはずだぞ!!」
「そうね、街中のは建物だけを消し飛ばすように威力を抑えたけど、多くは無いと
はいえ非戦闘員の死者は出ているでしょうね」
頷く魔王に男は怒りのままに怒鳴り返す。
「軽々しく!どれほど死んだと思ってるんだ!!」
「さあ?解らないわ。何を言われようとも私は引かないわ……大事な者を守るため
に」
「……」
深い覚悟を込めた魔王の言葉に男は言いよどむ。
「だいたい貴方、民間人に被害出たって責めてるけどアーレンドラの一般住人を神
の敵たる邪神の走狗、邪悪なる魔族として殲滅しようとしていたじゃない。民間人
を虐殺する心算だったのでしょう?さらには貴方はあわよくば魔族の女の奴隷を手
に入れられると笑っていたじゃない」
「そ、それは……」
「民間人を虐殺、奴隷化しようとしていた貴方達に責められる理由は無いわ」
嘲りがてらに鼻を鳴らした魔王は話を続ける。
「さて、また訊ねるわよ。私の提案を受け入れるかしら」
「できる訳無いだろう。そこまでやって置いて……」
歯軋りとともに吐き出す言葉に苦渋が混じる。
「そうですわ。皆の仇を!」
「そもそも、それが幻術では無いという保証は無い!!」
”そうだ、そうだ”とハーレム要員から声が上がった。
確かに基地や要塞が連続で消し飛ぶという荒唐無稽の映像だ。
信用されなくても仕方ない。
「まぁ信用するかしないかは貴方達の勝手だわ。提案を受け入れないなら続けるだ
けだもの」
「!?魔王シオリ……殺すぞ?」
「いまさら?だいたいどうやって?」
「俺にも熱核魔法と重力魔法がある……」
男は苦渋と共にその言葉を吐いたが、魔王は鼻で笑った。
「馬鹿?そんなもの私に通じる訳無いでしょう?そもそも貴方がどんな強力な魔法
を使おうとも、私はこの亜空間から逃げれば良いだけよ。こんな風に」
その場から魔王が消える。
全員が驚き動揺するが透かさず探知魔法を使い辺りを探索した。
すると確かに空間の歪みを含め、魔王の反応がなくなっている。
暫く待っても戻って来なく、広場を全員で調査しまくるが魔王は見当たら無い。
どうしようかと頭を捻っていると、十分ほどして魔王が王座の前に現れた。
手にはカップラーメンと紅茶のペットボトルが握られている。
「ただいま、ちょっと昼食用意していたわ」
「……家に戻っていたのか」
「ええ、ちょっと失礼」
王座に座ってラーメン啜り始める魔王。
散開していた男達は全員集まると同時に、今まで以上の強力な攻撃を仕掛けるが
やはり攻撃は通らない。
魔王は平気でカップラーメンを食べているその最中、男は妙なことに気付いた。
「何で……周りが壊れない?」
そう、男達は強力な攻撃を仕掛けているので、その攻撃は壁や地面、天井にまで
届いている。
魔王への攻撃は全て通り抜けているので尚更だ。
だが、それらの攻撃は何一つ周りに被害を出していなかった。
「どう言うことだ?」
掠れるような声で呟いた男に、カップラーメンから顔を上げた魔王は呆れながら
返してくる。
「あのねぇ、この空間は私が作った亜空間なの。内部は私の思いのまま。壁なんか
を壊れないように設定するなんて簡単なのよ」
「莫迦な……」
「馬鹿はお前よ。敵の本拠地に進入するのに罠の可能性を考えて居ないんだもの。
貴方達は何も考えて無いと部下から報告を受けているわ。むしろ魔界と呼んでいる
アーレンドラ内にいるのに青姦していたって聞いて、危機感無さすぎと思ったわ」
「……」
「私は最悪の状態を仮定してこの空間に様々な罠を設定しているわよ。まず、許可
無い者は入れない出れない。徐々に空気が無くなる、空気の成分が変わる。水で満
たされる、電気で満たされる。気温重力が変動するとかね。この空間を圧縮して中
の生き物ごと潰すのも想定していたわ」
「まさか……」
「貴方達は私の許可が無い限り絶対にこの空間から出られない。殺すだけなら餓死
するまで放って置けば良いだけなのよ」
「……」
「まっ私と同格の時空間系の魔法使いが居れば別だけどね……ごちそうさま」
ラーメンの汁を飲み干し、続けて紅茶を半分まで飲むと、それらをその場から消
した。
そうした魔王は立ち上がり男達を見回す。
すでに男達の無駄な攻撃は止んでいた。
「さて、まだやるかしら?こちらとしてはこっちの提案受けて貰って、さっさと帰
っていただきたいのだけど」
「……」
男達は諦めていないのか武器を構える。
「ハァ……貴方達の攻撃なんか私の傷一つ負わせられないのよ?核を使おうとも重
力を使おうとも空間を使おうとも、私の時空間魔法は撃ち抜けない」
「そんなことありません!わたしたちの知恵と勇気を合わせれば魔王はきっと倒せ
ます!!」
力強く言った少女の言葉に奮い立ったのか、男達の闘志は上がっていく。
それを見た魔王は理解できないともう一度溜息を吐いた。
「ハァ……どうしてこんなにも現実みえて無いのかしら……それ以上にどうしてこ
んなに馬鹿なのかしら。ねぇ、貴方達、何でこのことに気付かないの?」
そう言った魔王のそばに、またも多くのモニターが現れる。
そしてそこに映っていたのは…………フロウオーレン内の大都市と呼べる数多く
の都市。
そして此処にいる全員の故郷と……男のハーレム宮殿だった。
「「「「「!!??」」」」」
男達全員の顔に驚愕が走った。
その様子に魔王は心底呆れて両目を瞑って頭を振った。
「その様子だと本当に気付いて無かったのね。キセキにバカのよね、貴方達は」
そう、魔王が言うように戦略魔法が使えるな、都市に対する攻撃を一番に警戒し
なければならない。
実際に各軍事施設に攻撃を加え消滅させている以上、このことに気付いて多少で
も対策を考えることが当たり前。
なのに男達はこのことに気付いてさえいなかった。
「つくづく呆れるわ。軍事施設を攻撃できているのよ?都市に攻撃できないと何故
思うの?」
「グゥゥ!!」
男は歯を食いしばるように唸り声を上げる。
そんな男達が気付かなかった理由は、単に考えが浅く都市への攻撃を想定してい
なかったのが一つ。
戦略魔法の使用という魔王の予想外の攻撃に驚きすぎて、頭に思い浮かばなかっ
たことが一つ。
そして魔王の正体が元妻だということが解り、日本人の価値観を持つがために非
戦闘員を虐殺しないだろうと、勝手に思い込んでいたことが理由だ。
総じていうと動揺し過ぎたのと、何も考えてなかったってことになる。
「どうするの?私は無益な殺戮はしないけど、有益な殺戮なら躊躇わずにするわ。
こっちも子供の未来とアーレンドラの未来背負ってるのだから」
「ま、待ってくれ!」
「待たないわよ。ちなみに私が死んでも戦略攻撃は可能よ。こんな風に」
そう言った魔王は天井近くに次々とミサイルを召喚していく。
千を超える大小様々なミサイルが部屋全体の天井を埋め尽くした。
「弾頭は全て反物質弾頭。全部のミサイルに時魔法を掛けて時間を停止させている
ので劣化も無いわ。当然時魔法の解除手段も部下に渡している。フロウオーレンを
無人の荒野に、死の星に変えることも可能よ」
「ほ……本気なのか?」
「何度も本気だって言ってるでしょうが。莫迦なの?」
男を含め、魔王と相対している者達の顔は血の気が引き真っ青だ。
「試してみる?」
近くのモニターを呼ぶ魔王。
それには男を召喚した国の首都が映っていた。
「や、止めてくれ!!」
「何故?」
「お前の提案は全て受け入れる!皆も良いな?」
振り返りつつ言った男の問い掛けに、ハーレム要員全員が真っ青な顔で激しく頷
いた。
「そう、異世界召喚を行なわない。アーレンドラに入らない。この二つよ?」
「ああ、絶対に守る!」
「もし他の国がそんな約定関係ないと軍を送り込んだ場合、その国の首都を消すこ
とにするけど、これも良いわね?」
「あ、ああ、問題ない」
「なら、契約書にサインを入れてちょうだい。貴方達全員よ」
魔王が二枚の契約書と筆記用具を召喚する。
それらにはフロウオーレンの共通語で上記の内容が書かれており、魔王の名前と
サインがされていた。
筆記用具と共に二枚を男達の前に飛ばす。
受け取った男達は躊躇いがちにサインをしていく。
「詐欺の心配している者もいるでしょうけど、その心配は無用よ。取引で詐欺を行
なうほど恥知らずじゃないから……誰かと違って」
「……」
詐欺をすることで何人かの女を自分のものとした男への当て擦りだ。
「偽名とかを書いたりした場合、私から報復が来ると思いなさい」
事実上の国際条約だ。
魔王も男達も偽名などは許されない。
ビクビクしながらも全員が書いていくと、暫くしてこの場にいる全員の名前とサ
インが入った契約書が完成した。
二枚のうち一枚を魔王が手元に引き寄せ筆記用具と共に回収し、もう一枚は男に
渡した。
「良し、これで契約はなったわ。契約書はお互いに保管するということで」
「ああ、解った」
「ちゃんとフロウオーレン内の国々に良く言い聞かせることね……アーレンドラに
近付いたら命無いってことを……ね」
「わ、解った」
「そう、理解してるのなら良いわ。それでは貴方達の世界にお帰りなさい……飛行
船もね」
魔王がそう言った瞬間、ハーレム要員がその場から消えた。
「な、何をした!?」
「貴方の宮殿そばに飛ばしたのよ。ほら」
魔王が呼び寄せたモニターには男の宮殿が映り、その近くには飛行戦艦と女達が
騒いでいた。
「何時でも俺達を飛ばせたのか……」
「ええ、殺すだけなら簡単なのよ」
「……」
「さぁお別れよ、元夫。二度と会うことは無いでしょう。もし、会うことがあれば
それが貴方と宮殿の最後の日。一切容赦なく消滅させるわ」
「あ、ああ」
「地球に戻って来た場合もね」
「ああ……解っている」
「理解して貰って嬉しいわ。それでは、さようなら。勇者ジュンジ=オオイズミ」
男がその場から消える。
魔王は倒れこむように王座に座り、背もたれに体を預けると目を瞑ったまま、し
ばし無言で天仰いだ。
再会したかつての夫。
クズ、ゲス、下劣、外道に墜ちたとはいえ、思うことは色々ある。
その後、干渉を振り切るかのように頭を振ると、立ち上がると同時に亜空間を解
き、二人の部下を呼び寄せる。
「アーヴィング、ウィルフレッド」
「「ハッ!」」
召喚により宙に現れた二人の美青年。
二人に対フロウオーレン政策についての草案を纏めるように指示を出すと、魔王
は立ち上がった。
「それじゃ、後は頼んだわね。言うまでも無いことだけど、監視は緩めないように
ね。あと此処であったこと確認にしておいてね」
「かしこまりました」
「陛下、魅了されている女達についてはどういたしましょうか?」
「放って置いて良いわよ。フロウオーレンの事はフロウオーレンに任せるべきでし
ょう?召喚した勇者がやらかした事は召喚した連中に取って貰いましょう」
今と成っては数多くの女を魅了し下僕としている勇者は世界を混乱させる元凶
だ。
世界秩序を重視するなら女達の魅了を解くべきなのだが、魔王はそこまでしてや
る心算はなかった。
その状況を引き起こした元凶はフロウオーレンの神と召喚者なので、その責任は
彼等を含めたフロウオーレンの者にとって貰おうと思っていた。
「何にせよ後は任せたわ。国民への公表も忘れないでね」
魔王のそばにステルス状態でこの場を撮影していた全ての監視ゴーレムがやって
くる。
その中にはビデオカメラと接続していた物もあり、それを魔王は回収した。
「ハッ。お任せください」
「お帰りをお待ちしております」
「……誰か魔王やらないかしら?」
「ご冗談を」
「陛下以外に我等を纏められる者などおりません」
「ハァ……では、帰るわ。こっち来れるの早くても来週だと思う。じゃあね」
家に着いた魔王は着替えては夕食の準備に入る。
台所で料理をしていると、玄関のドアが開き誰かが駆け込んでくるのが解った。
「かあちゃんかあちゃん。見て見て、ミヤマのオスメス捕まえた」
「その前にただいまでしょうが」
濡れている手でアイアンクローをかますと少女が軽い悲鳴を上げる。
「かあちゃん!痛え!って、手が臭え!」
「ぬか漬け出したばかりだもの」
”ホホホホホ”とおどけつつも、アイアンクローは放さない。
「た、ただいま、お母さん!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!美人なお母さん!」
アイアンクローを放した魔王は笑いながら少女が持っていた虫かごを覗き込ん
だ。
「あら、本当にミヤマクワガタのペアね」
「おう、凄いだろ」
少女は顔を擦りながら胸を張る。
「確かに。ミヤマクワガタって数が減っていって話だし。珍しいわね」
「うん、ちゃんと飼うんだ。餌のゼリーと一緒にケースに入れてくる!」
ダッシュで走って行く少女に魔王は”手を洗いなさい”と声を掛けた。
「まったく、せっかく美少女に生んであげたのに何でガキ大将化しちゃったのかし
ら?」
魔王は不満げにそう言うが、友人知人曰く魔王の子供の頃に見た目も中身もそっ
くりとのことだ。
「一緒にお菓子作ったりしたいんだけどね……」
そう苦笑しつつも魔王は幸せだった。
家族との些細な幸せ。
此処に夫は居ないけど、魔王は娘と暮らしに幸せを感じていた。
その日の深夜、魔王は空間転移である一軒家のリビングに飛んだ。
深夜だというのにそこには四人の人間が魔王を待っていた。
今から行くと、電話で伝えていたので現れた魔王に驚くこともなく、一人の女性
が声を掛けてくる。
「こんばんは、詩織さん。それで会ったんですか?」
「こんばんは。ええ、会いました」
魔王に声を掛けた大泉理恵子が怒りで顔を歪め、周りの三人も眉を顰めた。
「で、詩織さんどうなったんですか?」
「結論だけ言うと、二度と地球に足を踏み入れないと約束させました」
「殺さなかったんだ……」
「ええ、殺しませんでした」
頷く魔王に正行はソファー座るようにスツールを勧め、飲み物を取りに向かう。
「申し訳無い詩織さん。愚息のことで」
「ごめんなさい」
そろって頭を下げる義理の両親に魔王は手を振って頭を上げるように促した。
「とんでもありません。こちらこそ娘のことでお世話になっておりました」
何度も繰り返したやりとりに理恵子が口を挟む。
「はいはい、そこまで。いつもと同じことを繰り返さない」
解っているので三人も引き下がり、魔王は持って来たビデオカメラを戻って来た
正行に手渡した。
「コーヒーですがどうぞ。で、これが言ってた奴ですか」
「そうです。撮ってたので。すぐにでも見れます」
「そうですか、じゃ見ましょうか」
受け取った正行がテレビに接続し、今日会った男との再会シーンを映していく。
魔王のキレっぷりに一部引いたが、おおむね予想通りの内容であり男の家族は溜
息と共にそれを見続けた。
二度と会うことが無い墜ちた家族のその姿を。