起源①
七月のある日、午前九時半過ぎ。
学園カメレオンのメンバーは学校に集っていた。
最後にやってきた山崎を除き、本日参加する残りのメンバーは誰一人遅れることなく到着していた。
今日は初期メンバーの五人と躑躅森以外は来ないそうだ。
「遅いですわよ、山崎さん」
どこから持ってきたのかわからない紅茶と机椅子の一式で優雅に寛いでいた西宮が凛とした態度で言う。
「松川だって遅刻しなかったってのによ」
「はぁ〜?なんで私が遅刻キャラみたいになってるのよ、姫路くん」
気だるそうに山崎はこう返した。
「今朝は体調が優れなかったんだ。発起人である俺が遅れてしまってみんなすまない」
「あら、そうでしたの」
西宮が落ち着いて話す。
「まぁ、全員揃ったんだし早速始めちゃいましょうか。山崎くんは見学でもしてますか?」
部活動の開始を急かす小島はすっかりかくれんぼにハマっているようであった。
「いや、俺もやるよ。どうせ走ってたら治ってくだろう」
山崎は自分の体調を安易に考え、部活動の続行を宣言した。
「今日の課題は、相手の攻撃オフェンスに対して的確に逃げ切ることを重点的に練習することだ。今年のインターハイ予選では、守りが弱かったから負けたんだ。だからー」
「御託はもう結構ですわ、要は本日は守備ディフェンスの練習日ということでしょう?」
小島に続いて西宮も山崎を急かした。彼女も早くかくれんぼをやりたくてウズウズしているのだろう。
「あ、あぁ...。そうだな、じゃあ早速練習を始めよう」
山崎はあっけにとられていたが、その実内心は嬉しそうであった。
全国高校生かくれんぼ選手権は、5対5の団体戦。
攻撃側のチームはメンバーを一人選んで鬼とし、防御側のチームはメンバー全員で隠れる。
隠れる配置はゲーム開始時に審判に提出し、制限時間内により多くの人間を見つけることができた方の勝ち。
そういうルールである。
「じゃあいくぞー」
鬼は部長の山崎から始めることとなった。
残りの五人は各々散って、既に隠れ終えている。
制限時間は25分。
一人当たり5分以内に見つけていかないと全員捕まえることはできないだろう。
県大会やインハイ本戦ともなると制限時間はかなり増え、落ち着いたゲームとなるのだが、予選では参加校が多いため、効率よく通過校を決めるため短期決戦となる。
本日はそのための練習も兼ねているのだ。
もちろん、その場合はロースコアのゲームとなる傾向が多い。
キーンコーンカーンコーン。
構内にチャイムが鳴り響く。
今回はこれが試合開始の合図だ。
ゲーム開始と同時にダッシュで走り出す山崎。
暫く直進した後に右に曲がり、そのまま階段を駆け上がった。
ラダーダッシュのように一段ずつ階段を蹴りながら、次の階を目指す。
二階にたどり着いた山崎は、辺りを見渡し、各教室を探そうとした。
その時ふと、踊り場の近くにある大量の机の端に、人の脚を見つけることができた。
あの華奢な脚は女性のものだろう。
少なくとも躑躅森のそれではないなと山崎は推測した。
立ち位置を変えて眺めると、頭にお団子が見えた。
「松川みっけ」
「げっ」
松川は思わず嫌そうな声を漏らした。
「わかりやすすぎなんだよ、お前は」
「うう〜。ここなら見つからないと思ったのに〜」
確かに見つけやすい場所ではあったが、鬼側が隠れる頻度の高い教室に行くことを見越して、あえてその手前で隠れるという発想はなかなか悪くないし、実際のところふと気づいただけで運の要素が強かったのは山崎も否めなかった。
少しずつではあるが、以前より進歩している。
これは冬の選抜が楽しみだ、と幸先の良さを感じさせる初戦であったと山崎は感じた。
「残り人数4名、残り時間23分です」
小島の作ったプログラムが校内に鳴り響く。
あいつの技術にはいつも驚かされっぱなしだと山崎は感心した。
さて、問題は二人目である。
今、このフロアで一人捕まえることができたが、この階をスキップして3階に行くというのも手だ。
守り側は団体戦、つまり全体の構造を捉えれることができれば自ずと残りのメンバーがどこに隠れているかを推測することができる。
現時点では一人しか捕まえていないので、その構造はうっすらとすらつかめていない。
ここで虱潰しに二階を隈なく探索することはもちろん定石ではあるが、それも彼らの作戦のうちかもしれない。
無駄に時間を浪費すれば、勝つのは困難。山崎は少しの間頭を使うことにした。
松川が隠れていたのは最も見つかりやすいフロアの手間。
しかしこれはセオリーを破った戦術。
確かに見つかりやすいリスクを孕むけれど、気づかなければわからない隠れ場所。理性でとらえることは困難、博打のようなもの。
では彼らの戦略は何か。
もしかすると、ここのフロア全てを探索したら松川一人を見つけることは、時間をかければできたのではないか。
だからこそ、気づきにくい階段の近くに隠れたのではないか。
俺が二階を全て探索した後に一人を犠牲にして、小さな成功を与える。
そうすることで、実際のところ時間を浪費しているけれど「まぁ一人は見つけたから良しとしよう」と思い込ませるのが目的なのではないか。
目に見える小さな成功を食わせることで、未だで目でとらえきれていない、ゲームに勝利するという「大成」から遠ざける作戦。
彼らの戦略は、ここで俺に時間を使わせること。
ならばここは、こちらもセオリーに反して、このフロアをスキップする。
上の階層全部を隈なく探索した後で、残り時間で二階を調べればー。
山崎は直感に頼ることにした。
一段飛ばしで、大急ぎで階段を駆け上がった。
事実、この時の彼の読みは当たっていた。
松川は囮であったのだ。
体調の悪さに反して、彼の読みはいつになく冴えていた。