第1話―出会い掲示板【ファインド・ラブ】
マッシュ・レリックはここガルドラゴン王国に勤める警備兵である。3交代制で、昼間に休みの日もあれば、夜が休みの日もある。
今日は昼からの休みなのだが、一人暮らしのマッシュはやることが無い。もう32歳だというのに嫁もいない。すでに出会いに関しては諦めているのだが……。
「そう言えば、最近珍しい商売が始まったらしいな……」
マッシュは帰宅しようとしていた足を止める。警備兵であるマッシュは当然この辺りの地理には詳しい。話題になっている商売が酒場の一角を借りてやっていることも知っていた。
行きつけの酒場では無いが、たまには良いだろうと、元商会館だった巨大酒場に足を向けた。
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「……盛況だな」
マッシュが店に入って最初に思ったのはそれだった。
この「海が恋しいアホウドリ亭」は大通りがY字に分かれる股の部分に立地し、元々客の多い店なのだが、どちらかというと二階の宿が目当ての客層であり、一階の酒場はいつも閑散としている印象があった。
ところが真っ昼間だというのに凄い客の多さだった。
そう言えば最近は門前を通過するだけで、中まで覗いていなかったな。
とりあえず空いていたカウンターに座った。
「ん? 初めてのお客さんだな、会員登録かい?」
いきなり真っ正面から話しかけられて、マッシュは飛び上がりそうになった。
「このカウンターは使われていなかったんじゃ無かったか?」
マッシュの記憶だと、商会時代の商談用カウンターで、今は空っぽのカウンターだったはずだ。亭主が居座るカウンターは別になっている。
「ああ、今はこのスペースを間借りしていてね、興味があるなら会員になってみないかい? 今なら無料な上に、ポイントをサービスするぜ?」
黒髪の青年が妙に字が詰まったわら半紙をマッシュに差し出した。わら半紙はここ数十年で一気に広まった格安の紙である。
マッシュはまず一番目立つ文字を読んだ。
出会い掲示板【ファインド・ラブ】
意味がわからなかった。
「なあ、意味がわからないんだが説明してくれよ」
理解不能ではあったが「出会い」という単語が妙に気になって思わずマッシュは尋ねてしまった。32歳独身の悲しい性であった。
「詳しくはそちらの用紙に書いてあるんだけど、概要でいいかい?」
「ああ」
「この 出会い掲示板【ファインド・ラブ】は、個々の出会いを提供する場の事だよ」
「出会いの場だって?」
「ああ、この異世界の……失礼、この王国の人間って、なかなか男女の出会いが無いだろ?」
「それは……確かに」
マッシュは頷いた。約30年前に帝国との100年戦争が終わり、その後一気に発展した王国は、ベビーブームの影響もあり、大変に活気に溢れていた。
特に20代がボリュームゾーンで、若者が街中に溢れていた。
その上、王国は建国以来の発展を見せている。仕事を選ばなければ職にあぶれることも無く、むしろ万年人手不足でイケイケの成長期なのだ。
おかげで男だけで無く女も働きに出るようになり、その結果職場以外での出会いというのはなかなか難しくなっていた。
「それで俺が考えたのがこの出会い掲示板って訳だ。あそこを見てくれ」
黒髪の青年が指をさしたのは、すぐ横の壁だった。
眉をしかめて首を振ると、どうして今まで気がつかなかったというほど派手な掲示板が壁一面を覆い尽くしていた。
半分は黒っぽく塗られた板で、もう半分はピン止めしやすい木材で作られた、冒険者ギルドなんかに良くある掲示板だった。実際そちらには何十枚ものわら半紙がピン止めされていた。
黒塗り板には、やや擦れた白い文字が並んでいる。
「なんだこりゃ」
マッシュがわら半紙を掴もうとすると、黒髪の青年が慌てて止める。
「あ、ダメだぜ触ったら。触らなくても読めるように張ってあるだろ?」
確かに冒険者ギルドの依頼のように、何枚も無秩序に重なるように貼り付けられているわけでは無く、神経質に並べられていた。
マッシュはせっかくなのでその一つを読んでみた。