第六話 学校生活
今日の一番目の授業は数学。
プリントには問題が書かれていて最初は簡単だが、最後辺りの問題は実に難解だ。出題者の性格の悪さが感じられる。
生徒ほぼ全員が頭を悩まして、問題に立ち向かっている。一部の者にいたっては、諦めて未来へのタイムスリップを図っていた。
すこし白髪が目立つ先生は前の方で、ニヤニヤしながらそれを眺めている。
(難しい………。なんか、こう、発想をひねればいけそうな気がするんだ………)
七曜がペンを少しいじくりながら考えていると、カタッという音が聞こえてきた。
(……カタ?)
鉛筆が落ちたにしては大きい音。
気になって音源を見ると、春風が立っていた。
(………え!? もしかして終わった!?)
立っていることに気づいた生徒たちが驚愕する。もう終わったのか、と。
しかし、春風はその視線を気にせず、真っ直ぐ先生に答案用紙を見せに行く。
先生は意外そうな顔をしただけで、驚きはしなかった。
赤ペンを持って、彼女の答案用紙の採点を始める。
「………ゴクリ」
七曜だけではなく、クラスのほぼ全員が固唾を飲んでその様子を見ていた。
シャッ、シャッ……と少しだけ乾いているペンに有りがちな音が聞こえてくる。
その音が響く度、先生の顔に汗がうっすらと浮かぶ。
そしてペンを動かす手が止まった。
先生は少し息を吸い、静かに吐いた。
「うん。まさか、これをこんなに早く解くとは思わなかったよ。もっと難しくすれば良かったかな?」
「えー!? 止めてくださいよ先生!」
「そうですよー」
「あー、わかったわかった。まだ授業時間は終わってないから、諦めずに頑張りなさい。………ああ、春風さん。満点だ。おめでとう。残りは自習時間にしてください」
「わかりました」
春風は席に戻って、黙々と自習の準備をし始めた。
(喜んだりはしないんだ………。いや、良く見たら笑ってる? 口元がちょっと上がってるだけだけど)
結局、みんなあと一歩という所で解けず、宿題になった。
(挨拶は大事だからな。遅くなってしまったけども、ちゃんとやらないと)
授業と授業の間の時間。
今度こそは、と立ち上がって声をかけようとする。
「あ「あー! 貴女が噂の転校生さんね!」の」
七曜の声を遮ったのはお隣のクラスの女子だった。
(またか!)
あっというまに、女子軍団に囲まれる春風。
眺めるしかない七曜。
「次………。うん、きっとあるよな……?」
そう言って自分を納得させ、席に戻って次の授業を待つ。
次があると信じて──
◆ ◆ ◆ ◆
「もうお昼か………」
非情にも、七曜が春風に声をかける事は無かった。
時に女子に囲まれ、時に先生に頼まれ事をされ、時に気を取られた隙に見失ったり………。
「だけど、お昼ならば………お昼ならば、話しかけられるはず……!」
絶対話しかけてやる!
その決意を胸に声をかける。
「よし! おー…………………ぃ……………」
戸惑う七曜の目には、金髪の女生徒が春風の首根っこを掴み、引っ張って教室から出ていく様子が写っていた。
「全く、親友である私に会いに来てくださらないなんて酷いですわ!」
「いや、あのね。忙しくてね、あとで会えるしね……?」
「朝と昼とでは、印象が変わるのです! 朝の制服を見逃すなんて、不覚でしたわ……。でも、一緒にお昼を頂くことで取り返しますわよ! ほーら、生徒会室に参りますわよー!」
「え、ちょっと! い、痛い痛い!」
七曜は声もかけられず、立ち尽くすばかりだった。
「良く見えなかったけど………今の、生徒会長だよな………?」
頭の中に疑問が湧いて出るが、出るだけで、解消されることは無かった。
◆ ◆ ◆ ◆
その後も、世界が妨害してるとしか思えないほど春風に声をかけられないのだった。