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夢の中の俺と現実の中の彼  作者: 私様
日常:伊藤 源の場合
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第二話 ちょっとした変化

家から出て、学校への道を行く。

学校までは自転車を使うほど遠くもなく、徒歩で行くには少々つらいものがある。運動不足にならないから良いんだが。

季節は春。

入学式だとかは終わり、授業や新しい生活に慣れて少し退屈を感じる時期。

道を歩きながら、俺はふとこんな事を考えていた。

──『曲がり角から現れる遅刻少女』。

有り体に言ってしまえば、一昔前のギャルゲーでよくあるシチュエーションだ。

パンをくわえた美少女が、曲がり角から現れて主人公にぶつかってパンモロする。そんな状況が物語の中ではまるで日常茶飯事のように起こっていた。

だが、よく考えて欲しい。

この事例は極めて危険で、死の可能性すら存在しているということを。

少女のくわえているパンは焼いてすらいないのである。場合によっては焼いている場合もあるが、それは危険度が増しただけだ。

もし、ぶつかった拍子にうっかりパンなんて飲み込んでしまったら、確実に窒息するだろう。ぶつかられた相手にとっては最悪の朝だ。

そもそも、遅刻している時にパンという食べ物は明らかに向いていない。

それならば、今の時代ゼリー飲料というものが──


「おっと」


さすがに意識を飛ばしすぎたらしい。

校門の前を通りすぎかけていた。

無駄に立派な校門、無駄に広い敷地、そして無駄に新しい校舎。

それがこの『私立高嶺高等学院』だった。

正直、「こんなに面積とかとる必要なくね?」とか思ってしまう。

やっぱり、私立だからなんだろうか。有名な財閥が建てたらしく、やたら最新の設備が揃っている。

……少し前にあった設備が、次の日には無くなっているということがよくあるので、俺は試作品を持ち込んでいるんじゃないかと睨んでいる。

この学校の下駄箱には生徒手帳をかざして解錠するタイプの無駄にハイテクな鍵がついている。解錠しない限り、壁と同化してんのかと思うレベルで髪の毛一本入る隙間も空いてない。

どうやらラブレターを下駄箱に入れて屋上で相手を待つなんてことは推奨されていないらしい。甘酸っぱさもなぁんもないね。

自分のクラスへ行き、俺の席──クラスの窓側──の前の席に座っている茶髪の男に話しかける。


「おはよう。なぁ、電子メールに愛って添付できると思うか?」

「おっはよーぅ。たぶんテラバイトは越える。間違いない」

「つまり、愛は重いってことだな」

「そういうことだ。だから、直接伝えに行くのが一番楽で、確実なのさ。何でもかんでも文明の利器に頼っちゃいけねぇってことだな」


コイツの名は文谷(ふみや)修司(しゅうじ)

青いハチマキが目印の事情通だ。

ちゃんと対価を渡せば、確実な情報を売ってくれる。

内容は気になるあの子の好みからスリーサイズまで……とにかく様々だ。

一言でコイツを形容するなら『ギャルゲーの親友ポジ』だ。


「それはそうと………なぁ、知ってるか? 今日、転校生が来るんだってよ」

「なん……だと………!?」


これは二重の意味での、『なん…だと…』だ。

先週、コイツから最近の噂をコッペパンで買った時にはそんな情報は入っていなかった。

つまり、この事情通の文谷が転校生という特ダネを掴み損ねたということに他ならない。

気のせいか、文谷の顔は青く見えた。アイデンティティーの崩壊というやつなんだろうか。

………いや、ハチマキのせいか。


「で、どんなヤツなんだ? 男か? それとも女か?」

「女。これは確定情報だ。これで違ってたら、俺、情報屋辞めるぜ」

「おいおい、そんな悲しいこと言うなよ。お前がそんなんじゃ、誰が審美眼を持ってねぇヤツにスリーサイズ教えてやれんだよ!」

「………ああ! そうだな!」

「で、スリーサイズは?」

「焼きそばパンとお茶。今日の昼に」

「………そこは友情価格とか」

「俺はお客に差をつけないんだ」

「わかった。今日の昼だな」


さぁ、転校生のスリーサイズを!


「じゃあ上から──」


今まさに、スリーサイズが暴露されようとした瞬間を見計らったかのように、鐘が鳴った。

鐘が鳴り終わると、ガララと音を立てて教室の前の方の扉が開いた。


「おはよう。………よーし、今日も全員揃ってるな。ホームルームを始めるぞ」

 

担任の吉岡が言う。

何時見ても暑苦しい。


「今日は皆に紹介する人がいる。耳ざとい連中は、もう知っているだろうが、転校生だ。喜べ、女子だ」


吉岡が女だと言った瞬間、教室のあちこちから「ヨッシャ」だとか「チクショウ、俺の二十円……」とか聞こえてくる。

明らかに賭けをしてたヤツが居るが気にしない。


「静かに。……よし、入ってきなさい」

「……はい」


まず、最初に埃一つない制服が目に入った。

次に黒い髪。髪型はツインテールだった。

そして、正面を向き、顔が見えた。

「美しいという言葉は彼女のためにある!」とまでは言わないが、美少女であるか否かを問われたならば、Yesだ。

というか、違うとか言うヤツは男にしか興味がないか、美的感覚が異世界トリップしてるに違いない。


「彼女の名前は『春風 (めぐみ)』だ。字はこう書く」


吉岡が黒板に名前を書く。


「それじゃあ、自己紹介を」

「わかりました。………えー、春風 恵です。これからよろしくお願いします」


当たり障りの無い自己紹介。

まぁ、さすがに初対面でブッ飛んだキャラクターを全面に押し出しつつ自己紹介するのは至難の技だからな。


「じゃ、春風。君の席は………一番後ろの窓側から数えて二番目の席だ」

「わかりました」


そういうとスッと俺の横を通り抜け、自分の席に座っていった。

………通り抜けた時に花の香りがした。 


「この時期は気が緩んで風邪を引きやすく───」








「おい。おーい! 聞こえてますかぁー!?」

「ッハ!?」

「何が『ッハ!?』だよ。ホームルームはとっくの昔に終わってるぞ」


気がついたらホームルームが終わっていた。

振り向くと、春風さんはクラスの女子に囲まれて質問責めにされていた。隣の席のイケメン七曜はどうしたものかと困り顔だ。


「源? あの情報聞かなくてもいいのか?」

「あの情報?」

「お前、大丈夫か? スリーサイズだよ、スリーサイズ」 

「誰の?」

「おい、今時記憶喪失なんて流行らねぇぞ。転校生のだよ」

「春風さんの?」

「そう」

「あー…………、すまん。やっぱりいらねぇ」

「どうした? さっきからお前変だぞ」

「俺は何時だってまともだ。いやな、なんか欲しくなくなったんだよ」


気づいたら、欲しくなくなっていた。

なんでだ?

ペターンとしていたからか?

だが、この胸の高鳴り的な物はなんだろうか。

あれか、動悸か。

あるあ…………ねーよ。




いくら首を捻っても、答えは出ず、授業が始まった。



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