第十五話 サトミ弄り>>決意
夜道を弾丸のような早さの車が走っていた。
そんな車内。
「あわわっ! チャ、チャールズさん! もっとスピード落としてくださいっ! ゆ、揺れが!」
「安心しろ、もう少しで収まる!」
スピードが出てて怖いのか、それとも加速による重力が辛いのか、はたまた揺れで気分が悪いのか。わかるのはサトミも、大人びてはいるが所詮は子供と言うことだ。
チャールズの言う通り、しばらくすると揺れは収まった。
「ふっ、何をそんなに慌てているんだサトうっぷ」
「青ざめた顔して吐きそうになってるからですよォー!」
何を言ってるのやら。
「おい、チャールズ。揺れがまた始まってるぞぞぞぞ」
「ケビンさんがプルプル震えてるだけですよォォー!!」
「ほ、本当に大丈夫なの?」
フフっ、女性二人──一人はロリだが──に心配されてしまうとはな……。後部座席の窓側に座ってるんだが、二人の間に収まって両手に花状態をしたかったなぁ………。
「遠い目をしないで、しっかりして! こんなとこでソーマトーなんて見ないでください!?」
「ちょっ、顔色本当に悪いわよ!? チャールズ! 窓開けて窓!」
チャールズは、ナンシーの指示通りに窓を開ける。
ところで雨の後の臭いってなんか、アレだよな。うん。気分が悪くなる。そこに腐臭までするっていうんだから、もう凄い。
窓に向かって、俺は酸性の液を吐き出す。
「おろろろろろろっ!」
「ヴァー!?」
哀れなゾンビに命中したのか、うめき声が聞こえた。
しかし、幸いなことに、どこからか爽やかな音楽とBlu-ray版だったら消えそうな光がお見苦しい光景を隠す。
俺はただ明日の朝、アレで自分が窒息していないことを祈るのみだ。
「お、お水です」
「ありがとう………」
サトミがそっとペットボトルを差し出す。
水を飲むと、口の中の酸っぱさが浄化されたかのようにスッキリする。
「ふぅ……さて、どこまで聞いたっけ」
「よく何事も無かったように振る舞えますね………」
「サトミ、アレが神経が図太いっていうのよ」
失敬な。
おい、チャールズ何笑ってんだ。肩が上下してるから笑い声堪えててもわかるぞ。
「とりあえず、ケビンさんと別れた後に私たちは警察署に行ったんです」
「だけど、既に警察署は壊滅状態で生存者は居なかったわ……。きっと、この騒ぎで情報が錯綜して、連携が取れずに壊滅したんでしょう……」
同僚の死を悼むようにナンシーはうつむく。
まぁ、ナンシーには悪いが、ゾンビ物だと警察は基本的に無能だからなぁ。
「それで、どうしようかと悩んでいたらですね」
「そこで俺の登場って訳だ。ヘリで突入したのは良いんだが、操縦士が噛まれちまってヘリが墜落してな。なんやかんやで俺だけが生き残ったのさ」
「チャールズの所長室の金庫を開けるなんて発想のおかげで、この災害の原因がわかったんだ。出会えた幸運に感謝しても仕切れないな」
「それにしても、原因がウイルスだなんて今でも信じらんねぇぜ」
「むぅー……私が喋ってるんですから、私に話させてくださいよう!」
サトミが頬をハムスターの様に膨らます。
……………。
「そい」
「ぷひゅっ!? 何するんでふぅ!?」
プニプニの膨らんだ頬っぺたを指で潰す。
すると、口の中の空気を吐き出したサトミが実に可愛い反応をする。
これはプチプチよりも面白い暇潰しかもしれない。
よし。
「むにー」
「いひゃい! いひゃいでふ! やうぇてくははい」
予想通りの反応でほっこりする。
そうか。こんな殺伐とした空気を癒してくれる物を心のどこかで求めていたのかもしれない。現代社会の闇によって渇いた心が潤う気がする。
もう尊敬の眼差しとか正直どうでも良くなってきた。
もうずっとサトミ弄って遊んでるだけで良いんじゃないかな。
「むn」
「止めなさい! 痛がってるでしょう!」
「ぐはっ!」
ナンシーにガイドブックをぶつけられる。
額にクリーンヒット。思わず手をサトミの頬から離してしまう。
これはどうやら旅行のお供のる○ぶ的なものらしい。
一体何処から………ハリーの手にこれと同じ種類の別の地域のガイドブックが握られていた。
俺が見ているのに気がついたのか、まるで最初からガイドブックを読んでましたみたいな雰囲気を醸し出す。
真面目な面してても、お前がナンシーに渡したのはわかってんぞ!
「ううっ、ナンシーさん。痛かったです」
「よしよし、ケビンにもうふざけたマネはさせないから安心してねー」
ナンシーはサトミを膝の上に乗せて頭を撫でて安心させる。
その仕草は母性を感じさせる。包容力ってヤツか。サランラップとかで代用できねぇかな。
「くっ、何故だ! 何故プニらせてくれない!」
「ぜぇったいにプニらせませんからねっ!」
「…………」
またプクーと頬を膨らます。
それを静かにナンシーは見ていた。
「プニー」
「ふぁんひーふぁん!?」
「裏切ったなー! プニプニ独占禁止法でそぉれプニプニプニ!」
「ふぇひぃんふぁんほ!?」
ナンシーと目を合わせ、アイコンタクトをする。
『プニプニで気持ちいいし、かわいい!』
『な?』
『私が間違ってたわ!』
『じゃ、俺右の頬貰うわ』
「「プニプニプニプニプニプニ…………」」
「うわぎるわんてひろいれすよー!」
なんか、宇宙の神秘がわかりそうな気がする! だからあと五分……!
「きゃっ!」「ぬわーーーっ!!」
額に痛みが走る。
またガイドブックだ。しかも特集号で分厚くなっている。
横を見れば、ナンシーも額に何かをぶつけられたようだ。
丸められた新聞の一ページだ。
ハリーはなに食わぬ顔で、シワのついた新聞を読んでいた。いや、逆さまになった新聞を見ていた、が正しいか。
俺はガイドブックで、ナンシーは新聞紙。……扱いに差があるような気がする。
「もうっ! ケビンさんとナンシーさんとはお話してあげません!」
怒ってしまったのか、サトミはそっぽを向いて、無視する。
「ゴメンゴメン、謝るからさ、許してくれない?」
「ツーン」
これはしばらく許してくれないかな……。
「ごめんなさい、サトミ。出来心だったの、許してちょうだい」
「……もうやらないと誓ってくれるなら許してあげます」
「誓うわ」
「じゃあ許してあげます! ……ナンシーさんだけ」
「ありがとう!」
………えっ!?
「えっ!? ちょ、俺は!」
「ツーン」
「無視しないで! 謝るから、謝るからさ!」
「………もうやりませんか? 誓えますか?」
「それは無理」
「………ツーン」
しまった!
つい本音が。
何か、何か解決策は………お、そうだ!
「無視するなら………こうだ! くすぐりの刑!」
「……ツーン」
「おかしいな……もっとだ!」
「ぷぐ……つ、ツーン」
「もっ」
「おい! もう目的地だ、おふざけはここまでにして、準備を整えろ」
チャールズが声を低くして言う。
フロントガラスから、目的地のビルが見える。
全ての元凶と最後の希望がそこにある。
車の時計は深夜であることを見る者に知らせる。
俺たちは、長い一日の峠に来たことを嫌でも理解した。