表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠になれない僕たちは、  作者: 栗しんや
第一章『そして、彼らは駆け出すように。』
8/13

 さて、状況を整理しよう。

 今は午前中。もう1時間くらい経てば、お昼ご飯を食べるのに、ちょうど良さそうな時間帯だ。腹の虫も存在を主張し始める頃だろう。

 そんでもって、ここはナナの住んでいるビルから、ちょこっとだけ離れた場所だ。人々がそこそこ行き交うような、少し広めの通路だ。現に、僕らから一歩引いた場所に、野次馬がたむろしている。

 ついでに、さっきまで口喧嘩していた男二人組も忘れちゃいけない。いかにも遊んでそうな金髪でチャラチャラした感じのDQN――だが、ロリコンだ――と、ぷっくらと膨らんだ体型の眼鏡の男――彼もやっぱりロリコンだ――が、今はシーンと静まり返って僕の方を見つめている。

 一方で、僕らはというと、しゃがんだり背伸びされたりで互いにフィットする感じに抱き締め合っている。美女と野獣ならぬ、幼女とクソガキと言ったところだろうか。

 まぁ、とにかく絵的にこれはヤバいかもしれない。

「……シンイチ?」

「えーっと、もう一度言ってくれないかな?」

「?」

「良いから」

 出来ることなら聞き間違いであってほしい。言われて嬉しい言葉ではあるんだけども、社会的に死にそうな気がして怖いんだ。だからせめて、無駄な足掻きくらいはしたいんだよ。

「……『また、シンイチとエッチなことしたい』って」

 だけど、現実は非情だったようだ。

 今度こそ、明確にハッキリとクッキリとポッキリと空気が死んだ。ポクポクという木魚が鳴らされたような素朴な音が幻聴となって聞こえてくる。針のような視線が僕らに突き刺さっていく。

 ちょっとだけ周囲を見渡してみる。

「ロリコンだ……」

 誰かが僕を見ながら、ポツリと呟くように声に出した。

「手を出してしまったロリコンだ……」

 そんな誰かの味方をするように、別の誰かが呟くような声を出す。どこか冷め切ったような声だったのは気のせいだということにしておきたい。

 ……まー、誰も彼もが養豚所の豚を見るような目をしているから、手遅れかもしれないけど。

 これはマズイ。

 本当に、嫌な予感しかしない。

 大ざっぱに状況は把握できたけど、なんだか色々と問題だらけだ。客観的な視点から自分を見れば、酷い絵面間違い無しな感じがする。どうしよう。

 ふと、ナナの顔を見つめる。彼女はどこか不安そうな顔をしている。伸ばされた腕は、僕の身体を掴んだまま離さない。

 だから。

 ――覚悟を、決めることにした。


「じゃ、そういうわけなんで」

 右手を上げながら声を出した。自然体のような、何気ないような声を意識して作りながら。内心ちょっとだけ動揺しているというか、不安でいっぱいだけれども、今のところは概ね成功だ。

「…………はぁ?」

 ワンテンポ遅れて反応が返ってきた。

 死んだ空気が生き返る。死角からジャブを食らったような表情になる。或いは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情とでも言うべきだろうか。

 ……まぁ、ようするに拍子抜けした顔になっただけなんだけども。

 僕は、そんな野次馬たちに畳み掛けるように、続きの言葉を吐き出す。右手は上げたまま、いつでも駆け出す準備を万端にして。

「まぁ、とにかく、そういうことなんで。さよならー」

 そうして、僕は彼女を抱きかかえて、彼らに背を向けながら駆け出した。

 逃げる。逃げるといったら逃げる。客観的に見ると、惨めだとか格好悪い行動なのかもしれないけど、この際そんな自虐的思考は完全無視だ。

 ともかく、野次馬たちの間を抜ける。ナナを抱きかかえたままだけど、難なく抜け切ることが出来た。大きな隙間の空いたバリケードだったよ。

 その調子で駆ける。逃げる。駆け出す。走り出す逃げまくる。安息の地というか、落ち着けるところを目指して足を動かす。どこだよそこは、と自分の計画性のなさを呪いつつも、足を止めるつもりは毛頭ない。

 足の動きは、イメージより鈍い。大抵こういうのは理想や予想や願望の通りに上手くいかない。そんなのわかってる。とにかく動け、動け、動けってば、イメージ通りに動きやがれっての、このポンコツ足!! 嫌な予感がするんだよっ!!

 その嫌な予感は的中した。背後で野次馬たちが正気に戻り始めた気がする。

「オイコラ、待てやっ!」

 後ろで誰かが叫んだ。

 そして、時は動き出す。……なんて元ネタ通りみたいな、カッコいい光景じゃないんだけどさ。

「やなこった!」

 反射的に答えながら、前を見て走る走る走りまくる。後ろからバタドタと足音が束になって響いてくる。

 あいつらは鬼だ。鬼ごっこの鬼みたいなポジションで、なんでか知らないけど僕を捕まえようとしている。僕は、彼らの逆鱗というか倫理的な何かに触れてしまったらしい。

 ともかく、そんなこんなで鬼たちが動き出した。……こんなヤツラと鬼ごっこなんて、冗談じゃないけどさ。

「待たんかい、そこのロリコン!!」

 誰がロリコンだっての。

「そう言われて誰が待つか!」

「ロリコンであることを否定しなかったぞ、こいつ!」

「……ええぃもう、畜生! くそったれ!」

 逃げながら、追いかけながらも、口だけは回る。反射的に答えているせいか、走行に向けていた意識が散りそうになる。だからと言って、反論しないわけにはいかない。言い返さないと気が済まないんだ。

 ああ言えばこう言われる。相手が誰だろうが、無差別だろうが、悪態吐いても良いよな。理不尽だって叫んでも良いよな。目立つからこれ以上は勘弁だけど。

「おまわりさーんっ!!」

 残念だけど、おまわりさんはいないよ。

「そこの人捕まえて! 誘拐魔だから!!」

 散々な言われようである。酷い冤罪だ。特に誘拐魔のくだりは、地味にしんどい。とりあえず、何か言い返してはおこう。

「人聞きの悪いこと言うな!!」

「幼女抱きかかえて逃げてるやつに言われても、説得力ねーよっ!!」

 ですよねー。

「止まれっつってんだろ、ロリファッカー!! 出ないと、ヘッドショットしてやる! アメリカで鍛えた銃の腕前を見せてやるよ! 拳銃ないけどさ!」

 手元に拳銃があったら撃つのかよ。

「そこのロリファッカー! マザファッカーよりロクでもないヤツ! 止まれっての!」

 おい、そこのヤツふざけんな。たしかに、僕の母よりは、ナナのようなロリとセックスしたい。それは認める。でも、その侮蔑用語っぽい言い方がムカつくんだよ、こん畜生。

「あーくそっ、銃声が聴きてぇ!」

 銃というのを言葉にしたせいか、人間で〈吟遊詩人〉の男は禁断症状でも起きたような荒い声を上げた。ヤクでもキメてるんだろうか。

「あぁ、畜生! 銃だ! 誰か銃をくれ! ボウガンなんかじゃ物足りねぇ! モノホンの銃だ! 思い出したら撃ちたくなってきやがった!」

 火薬中毒の方だった。深く突っ込んだら負けな気がする。……誰かこいつを逮捕して、アメリカ目がけて投げ捨ててくれないかな。

 ともかく、走る走る、走り続ける。とにもかくにも、なんやかんやで、あーだこーだ。身体が強化し、脚力も上昇したせいか、今のところバテることなく走り続けている。

 ナナをお姫様抱っこしたまま、走っているというか逃げている。客観的に観ると、メルヘンというか何とも反応に困るというか、そんな光景のような気がするようなしないような。

「そこのロリコン、止まりなさい! でないと、警察が止めなくても、私たちが止めるわよ!!」

「誰がロリコンだ!」

 背後から聞こえる声に、そう言い返す。でも、昨日のことを思い出すと否定できそうにもなかった。イエスロリータノータッチどころか、しっぽりだったじゃねえか。ロリっ子とニャンニャンしたじゃねーか。僕ロリコンじゃねーか。

 そんなこんなで、頭を抱えそうな気分になる。頭の中では『ラプソディ・イン・ブルー』が脳内BGMとして再生中。僕にとって『ラプソディ・イン・ブルー』が追いかけっこの曲に思えたからだ。

 追いかけっこと言えば、『天国と地獄』もそれっぽい。なんともまぁ、想像力の方は呑気だこと。

「ちくしょう! 遠距離攻撃は!? というか、使えないのか!」

「無茶言うな! 街中だぞ! 警備兵が来るっての!」

「誰か〈付与術師〉! 魔法は!?」

「警備兵が来るかもしれないから、やだ!」

「どうしてそこで諦めるんだよ!」

「警備兵の馬鹿野郎っ! あんなのがいるのが悪いんだ!!」

「理不尽だなぁ、もう! そこにいるロリコンを消し……じゃなくて、消滅することの何が悪いって言うんだ!」

「意味変わってないし、過激だ!」

 ちなみに、僕は何も喋っていない。ツッコんだら負けだとは思わないけど、一々反応するのも疲れてきたんだ。

 ……僕が言うのもなんだけど、呑気で騒がしい人たちだね。

「ところで、あそこのロリコンが誘拐してるのって、〈大地人〉よね!」

「だからどうした! 〈大地人〉だろうが、NPCだろうが構わん! イエスロリータノータッチ! それを脅かすものは処刑だ! 拷問だ! ファッキュー!」

「……うん、まぁ、それで良いんなら、良いのかなぁ」

「面白そうだからそれで良いや」

 おい待て。色々とツッコみたいけど、特に最後のヤツふざけんな。面白そうだからって、入り込んでくるな。僕は必死なんだよ、くそくそくそっ。勘弁してくれよ、こん畜生。理不尽だ。

 しかしまぁ、なんでこいつらは元気なんだよ。さっきまで帰りたいって言ってたじゃないか。

 それともなんだ。ちょっとくじけていただけで、キッカケでもあればすぐにでも立ち上がるだとか、そういうパワフルなメンタルでも持ってるのか。少し羨ましいよ、まったく!

「ちくしょう! なんでこいつこんなに走るの早いんだよ!」

 何でと言われても、逃げるのは慣れているんだよ。目の前にある障害物を使ったり、狭い通路を通ったり、追っ手を振り切るべく無我夢中で走り続けている。色々と混乱を狙っている感じだ。

 ふと、笛の音が聞こえた。突拍子もなく、唐突に。誰かがヤケクソ気味に鳴らされたそれは、空に吸い込まれて消えて行く。

 少し遅れて足音に紛れて、パカラッパカラッと別の生き物の足音が聞こえてきた。振り返って、確認してみる。

 そこにいるのは、二頭の馬だった。誰かが〈召喚笛〉を持ってたらしい。しかしまぁ、吹いたらどこからともなくやってくるものなんだね。さすがファンタジー。少しだけビックリした。

「この手があったか……本当に馬呼べるんだな、これ」

「盗んだ馬で、走り出す~」

「……盗んでないじゃん、それ」

「言ってみたかっただけなんだよ! 悪い!?」

「キレるなよ……」

 どこぞの時代劇の如く、スタイリッシュに乗馬しながら、二人プラス二匹は僕を追いかけてくる。漫才モドキをしながらも、スピードアップ。着々と僕に追いついてくる。

「シンイチ――!」

 ナナが、不安そうに僕の身体にしがみ付く。どうやら馬に乗った二人組が怖いらしい。

 どうする。今の僕には、馬を呼び出す〈召喚笛〉は無いし、持っていたところで吹く余裕もないし、馬が来るのを呑気に待っている余裕もない。逃げ切るにはどうする。どうするってんだよ!

「――捕まって!」

 反射的に浮かんだアイディアを瞬時に採用する。一か八かだ。やるだけやってみる。やってみるしかないんだ。

 膝を曲げる。身体を屈めて。瞬時に解き放つ。

 そして、僕は跳んだ。

 今回もコメディな感じです。コメディ……になってれば良いなぁ。

 元気の有り余ってる冒険者たちが大勢出てきて、色々と悩んでるけど、ちょうど良さそうな相手がいたから、そのイライラをぶつけてやる……という感じの八つ当たりを受けている、シンイチ君です。みんな〈大災害〉が悪いんや。


 シンイチたちの追いかけっこは、次回まで続きます。というよりは、ある種の決着がつきます……多分。

 次回も気ままにお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ