6
もしもの話になるのだけれども、僕が好きな誰かと二度と会えなくなったとしたらどうなるんだろう。未来永劫に、再び顔を合わせることも無く。
二度と会わない人は、死んだ人も同じだ。
永遠の別れを迎えるということでもある。
そんな二度と会えないという確定した未来をお互いに知らないまま、何気なく別れてしまう。どちらかに死が訪れるまで、それを知らずに生きていくんだ。
そして、それを全てが終わった後に知ってしまったら。
永遠の別れになってしまった瞬間を思い出して、「あの時こうしていれば」とIFの可能性を思い浮かぶようになって――考えて悩んで苦しんで、延々と後悔し続ける。そうなってしまうと僕は僕自身のことをそう思っている。
だからこそ、と疑問に思うことがある。
小さな不安のような問いかけ。
答えが出ないとわかっていつつも、自分自身に問いかける。
――後悔の末に、僕はどうなってしまうんだろうか。
「ナナ、」
「――シンイチ、さん」
抱き締めたり抱き締められたりしながら、僕らは立ち尽くしている。少し離れた場所から雑音のような声が聞こえてくるけれども、そんなのは気にならない。
今は、ナナの感情を真正面から受け止めるだけで精一杯だった。
「ナナ――どうして?」
「――わかんない」
問いかけは、曖昧な言葉で遮られる。
「わかんないけど、嫌」
……いや、曖昧な言葉でしか語れないからこそ、なのかもしれない。
僅かな沈黙。互いに何かを言うことも無く。周囲から口喧嘩の罵り声が聞こえてくるけども、雑音にしか聞こえない。
そんな中、ポツリと。
「――でも、シンイチさんとして、良かった」
僕の背中を撫でるような言葉が、響いた。
「だから、どうして――」
「気持ち良かったの」
問いかけに、今度は明確な答えが提示される。セックス。ナナとしたセックス。僕にとっては初めてで、彼女にとっては何度もこなしてき行為。それを気持ち良いと言った。
「生まれて初めて、そう思ったから」
――逆に言えばそれは、苦痛を伴うセックスしかしたことが無かったということで。
その事実にどうしようにもない嫌悪感が湧き上がる。得体の知れない気持ち悪さ。不条理や理不尽に対する憎悪。僕は僕の暴力性を抑える気が無くなっていく。
「……シンイチさんのが、一番優しくて、ちょっとだけ好きだって」
そんな僕を包み込むように、ナナは言う。僕に縋り付くように。願うように。
それは、ヒヨコの刷り込みのようにさえ思えるような。
「ナナにも、好きだって気持ちがあるんだって、初めて知ったから」
ナナは、僕に希望のようなものを見せられた。
そして、ナナは僕を好きになった。
何も知らない僕が、何もできない僕が、彼女に夢のようなものを見せた。無自覚に、一方的に。気まぐれでしかなかったのに。
ナナに、金払ってセックスしただけなのに!
……なのに、ナナは一度セックスしただけの僕を信じることにしてしまったんだ。初めて誰かを好きになったんだ。
何も知らない子供のように。
「ありがとう、シンイチさん」
そう言って、ナナはぎこちなく笑う。笑い慣れていないとでも言うように笑うんだ。そして、僕は。僕は。
「ナナ」
僕は、しゃがみ込んで、ナナの背中に手をまわして抱き締める。
「シンイチ……さん?」
何がどうなっているのか分からない。僕とナナがこれからどうすればいいのか、何が正しくて間違っているのか、色々なことがわからない。
でも、わかっていることはいくつかある。
この世界は、〈エルダー・テイル〉の世界で、僕らはそこに連れてこられた。
そして、そこにいる〈大地人〉はNPCじゃなくて、ちゃんとした人間だ。
僕が抱いた彼女――ナナは、人間だ。
目の前にいる彼女が、哲学的ゾンビだとか、NPCだとか、そんな風に思いたくなかった。これっぽっちも、欠片ほども。
「シンイチさんとして、良かった」って。そう言いながら、ぎこちなく一生懸命に微笑もうとした彼女のことを、誰が架空で虚像だと認めるものか。
ナナは、人間だ。
〈大地人〉という名の、ここにちゃんといる人間なんだよ。
いや、この際、〈冒険者〉だとか〈大地人〉だとか関係ない。好きなヤツだとか、殺したいほど嫌なヤツだとかに、そんな区分なんて今さらどうだって良い。
――僕は、ナナを欲しいと思ったんだ。
「ともかくだ――ナナ」
「シンイチ……さん?」
「僕は、君と一緒にいるから」
刷り込みのような好意。セックスして移った情のようなもの。なんとでも、どうとにでも言えるような、よくわからない何か。今の僕は、彼女に縋るしかないのだ。
しばしの沈黙が訪れる。
誰かの喧嘩の声に寄せられて、野次馬が集まってくる。何がどうしたとハテナマークを浮かべてるような人々が来て、喧嘩している二人組や、抱き締め合っている僕らを見始める。
何だか気恥ずかしいけれども、僕はナナを抱き締めることを止めないままでいる。彼女も僕を抱き締めたまま離さない。
「……いなくならない?」
「いなくならない」
「本当に?」
「嘘吐いてどうなるんだよ」
そう言いながら、僕は腕を引き寄せて、ナナを抱き締める力を強くする。ギュッと彼女の体温が伝わってくる。細くて、ボロボロで、まだ幼い彼女。僕は彼女とセックスをした。
セックスして、キスをして、抱き締めて抱き締められて、微笑もうとしてくれた彼女に――惚れしちまったんだよ、僕は。
数えるほどしかいなかった友達が――今は目の前にいなくて。
こんなクソみたいで、ご都合主義みたいで、薄っぺらくても嘘くさくても、僕はナナを好きになったんだ。
蜘蛛の糸を掴んだように。
――あいつら以外に、初めて人を好きになったみたいなんだ。
「……どこにも?」
「少なくとも、今は」
永遠は無く、真実も無く。少なくともこの瞬間は、そうであって欲しいと思う。僕らにとって都合の良い『今』であって欲しいと、頭の片隅で願ってみせるんだ。大抵そういうのは叶わないと諦めつつも。
少しずつ僕の意識は、周囲へと向いていく。誰かがしていた口喧嘩が静まっているのがわかる。騒音が一つ静まり、入れ違うように囁き声が聞こえてくる。
誰かが人差し指を僕らに向けている。
「リア充め」
「相手はロリっぽいぞ」
「こんな時に何やってんだか」
「NPCに手を出すなんて……」
好き勝手言いやがって。僕らのことを何にも知らないくせによく言うよ。失礼しちゃうな。僕の方も似たようなもんだけど。でもなー。
あーもう、これ以上どう言えば良いんだ、くそったれ。
照れ隠し気味に、変な方向に頭が回り始める僕である。思考の通常運転再開である。くるくる、ぱ……いや、何でもない。今の僕は非常に疲れているのかもしれない。
ふと、僕らや野次馬から一歩離れた場所で、口喧嘩を続けていた男二人の声が段々と落ち着いたものになっていることに気が付いた。和解――というより、友情が芽生えるシーンのように見えるのは気のせいだろう。
「そうか、俺はロリコンだったのか……そっか」
「安心しなよ。……僕もロリコンさ。お前一人がロリコンなんじゃない。ロリが偉大すぎるから、ロリコンが生まれるだけなんだ」
などと言いながら、男二人の間では友情が芽生えている。ロリコンとロリコンは惹かれ合うものなのかもしれない。言ってることは、まるで意味が分からないけど。
「そのことを恥じる必要は無いさ。堂々と胸を張ればいい」
胸を張るな、少しは恥じろよ。
「そうか、そうだよな……へへへっ、よろしくなっ」
「あぁっ!」
そして、二人は何とも清々しい笑顔になって、お互いに手を差し出し合って握手をした。仲がよろしいことで。色々とツッコみたいけど。
とまぁ、なんだかんだで色々と冷静になってきた。完全に冷静とは言い切れないところではあるけれど。
「……シンイチ、一緒にいて」
「うん」
「寂しいの、嫌」
「うん」
僕とナナは出会った。出会って、色々あってセックスした。それだけの関係。そこから芽生えただけの関係。その後どうするかは僕ら次第だった。
だから、僕はこうすることを選んでいる。
「シンイチ、さん……」
「シンイチで良いよ、ナナ」
「……シンイチ」
「うん」
ナナのことはよく知らない。ただ一度セックスをしただけだ。それ以外に何も知らなくて当然だ。だけど、僕はそれを知りたいと思う。思うようになってきている。
「やっぱり、リア充じゃないですかー、やだー」
「爆発させちゃう?」
「……こんな時だってのに、えっちなのはいけないと思います!」
「微笑ましいから良いじゃないかー、あはは」
「ロリのNPCにナンパして、成功している……だと」
「アホか。あれがNPCに見えるかっつーの。人間じゃねーか、どう見ても」
「身長差カップル……じゅるり」
「つーか、あのプレイヤーなにやってんの?」
ふと耳を澄ませば、ワイワイガヤガヤと騒がしさが増していた。野次馬が僕の周囲を取り囲んでくる。人々が遠巻きに僕らを見ている。喧騒が人を呼んで、さらに人が群がってくる。さっきまで、帰れないって凹んでたくせに。
まぁ、別に良いんだけどさ。
「ねぇ、シンイチ」
ナナが、僕を呼んでいる。周囲への意識もそこそこにして、改めて彼女の顔を見つめた。ほんのり赤くて、恥ずかしそうだ。「どうしたの?」と促してみる。
そして。
「また、シンイチとエッチなことしたい」
この時、空気が死んだ。
なんやかんやで、コメディな感じです。日本サーバーだけで三万人くらいいれば、こういうパワフルな人たちもいるかも……みたいな軽い気持ちで書いてます。
あと、なんやかんやで、新キャラが続々と出てきてます。
……上手く書ければなぁ、と。
あと、ついでという感覚で、これとは別にオリジナルの小説を投稿しようかと思ってます。乙女ゲートリップ系です。……そっちは何話か出来つつも、保留中。
次回も気ままにお待ちください。