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永遠になれない僕たちは、  作者: 栗しんや
第一章『そして、彼らは駆け出すように。』
5/13

 なんやかんやで更新しました。


 今回も、原作『ログ・ホライズン』の世界のどこかで起きてそうな話です。ここから本格的に始まるというか、キャラクターが暴走し出す感じです。


 あと、先に言っておきますが、主人公のシンイチはホモじゃないです。精神的ホモでもないです。信頼しているだけです。


 では、本編をどうぞ。

 念話越しに聞こえた声は、輝夫の絞り出すような悲鳴だった。

 口から何かを吐き出すような音。よくわからない打撃音。男と女の笑い声。誰かが輝夫を嘲笑っているようだ。

「あっくぅぅ……がはっ、かはぁ――」

 輝夫は、振り絞るような声で呼吸を繰り返す。肺を殴られたせいか、或いは腹を蹴られたのか。

「輝夫くーん! かわいそーっ! おらっ!」

 誰かが輝夫のことを笑いながら攻撃している。再び聞こえる打撲音。今度は比較的ハッキリとした音だった。金属で柔らかいものを叩くような、硬いモノがへし折れるような、そんな音がいくつもいくつも聞こえてきた。

 ギルド〈ソイル〉の連中だ。あいつらがいつものように輝夫を殴ったり傷付けたりしている。二・三人がかりでのリンチだ。輝夫ほどではないが、そこそこレベル差が無い連中だ。輝夫をボコボコにするのも造作は無いだろう。

「ハァ――、あぐっ、いてぇっ、や、やめろ、やめてくれぇ、こ、来ないでくれっ、来るな――っ!!」

「止めませんし、止まりませーん、はははっ! バッカだねー輝夫君。異世界でも殴られるなんてお馬鹿さんだねー、ははは」

「サイコーだよ! ゲームだろ、これ。ウザい親もいねーし、警察もいない!」

「これ死んだらどうなるんだろうねー、はっはは!」

「知らねーっ! あとでやってみよっか! もし生き返ったら、俺たちは死を克服したってな!」

「サンセー! あっ、輝夫君は仲間はずれな! オメーは何やったって特別になれねーからな!! 死を克服できないでしょー!」

「あっはっはっは、本当に死んじゃったら可哀想だもんねーっ! でも、苛めちゃう! もっと痛がっちまえよ、輝夫くーんっ!」

 そこで、念話は切れた。

 念話の途中で悲鳴混じりに輝夫が言ったことが、頭の中でリフレインを繰り返す。

「こ、来ないでくれっ、来るな――っ!!」

 シンイチ、お前は〈ソイル〉に来るな。

 今の僕には、輝夫がそういう風に言ったようにしか聞こえなかった。あれは、輝夫からの忠告だった。都合の良い解釈かも知れないけど、そうだとしか思えなかった。

 けれども、輝夫がそういう意味を含めて言ったのかどうかは分からない。ひょっとしたら、本当にただの命乞いの一つでしかなかったのかもしれない。

 ――あぁ、でも、やだな。

 頭の中でブレーキが弾け飛ぶ。ベキンと感情の安全装置を破壊する。僕は僕の暴力性を解き放つ。怒り、憎悪、嫌悪感。グルグルグルグル、世界が回る。

(死んでも生き返るかもしれないだろ、この世界なら)

 辛うじて残る理性がそう囁きながら止めようとするけど、今の僕には逆効果だ。ガソリンスタンドを火炎放射器で破壊するようなものだ。

 もし輝夫が死んで生き返らなかったらどうするんだ、クソッタレ!! ふざけんじゃねぇよ!

 あんなの聞いて、輝夫が傷付くのを見て黙っていられるかよ!

 そう思うから、僕は意志を固める。目的を見つける。何をしたいか何をするべきか。少し遠い未来は見えないが、目の前に横たわる未来は見える。

(ごめん、輝夫。そんなの無理だ)

 そして、僕は寝ているナナを置いて部屋を飛び出した。

 ――ナナに、一言も残さずに出たことを思い出したのは、それから半時間も経たないころだった。


 僕が輝夫と麟太郎のことについて言えることがあるとすれば、あの二人は僕にとっての親友で、掛け替えのない仲間のようなものだった。

 麟太郎と出会ってなければ、僕は本を読むことを知らずに自分の世界が狭くてちっぽけなものであることを知らなかっただろうし、輝夫と出会わなければ、僕はシンイチという名前を得られなかった。

 ようするに、輝夫と麟太郎という人間がいたからこそ、今の僕がいる。

 逆に言えば、二人がいなければどうしようにもないヤツになっていた。自分の知る世界が狭いことを理解できずに、ズルズルと這いずり回っていくような生き方をしていたかもしれない。

 だから、僕にとって二人は親友であり、友情的な意味で好きなヤツなのだ。

 ……今は、麟太郎がいないけども。

 ともかく、僕にとって輝夫は麟太郎と同じ親友で――そいつが理不尽に殴られているという事実が、どうしようにもなく反吐が出そうだった。


〈冒険者〉は〈冒険者〉を殺すことが出来るだろうか。

 僕はそんなことを考えながら、黙々と輝夫のいそうな場所を探して歩き出す。フレンドリストを確認すれば、同じゾーンにいるかどうかまではわかるけど、今のところゾーンに軟禁状態にされているみたいだから、どこにいるのかわからない。

 砂漠の中で一粒のビーズを探し求めるようなものだ。けれども、僕は歩き回って探していた。輝夫を助けたかった。輝夫を攻撃するヤツラを暴力で押し潰して殺してしまいたかった。

 だけど、輝夫が見つからない。

(ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょう、ふざけんなちくしょう!!)

 頭の中で、同じ言葉がリフレインする。行き場を失った感情が、延々と頭の中を回り続けている。自動車みたいにアクセルを全開にして、ブレーキがぶっ壊れたようにグルグルグルグルと回っている。壁にぶつかって粉々にクラッシュしなければ止まらないような気さえする。

(――クソッタレ!)

 胸の中で吐き捨てる。輝夫を取り囲む環境そのものを軽蔑するように、口を閉じて頭の中で思い切り悪口を叫び続ける。苦しめ、八つ裂きにしてやる、股間潰してやる、死ね、死んじまえ、殺す、殺してやる。

 輝夫が死んだら殺してやる。輝夫が死んでなくても殺してやる。輝夫が生き返っても殺してやる。

 暴力的な感情に理性が崩されていく。憎悪と自覚出来るものが膨らんでいく。風船のようにそれは膨らんでいって、ギチギチと音を立てて破裂しそうになってきて――。

 ――その時、輝夫からの念話がかかった。

「おい、テルオ!?」

 瞬時に頭が冷静さを取り戻していく。爆発しそうな憎悪は、明後日の方向に飛び去ってしまった。

「テルオ! 大丈夫か!? オイ!」

 叫ぶように念話をかける。なかなか返事が来ない。ザワザワと囁き声が聞こえて、周囲を見渡すと何人かの〈冒険者〉たちが僕の方を向いて怪訝な顔をしている。大声を出しすぎたかもしれない。

「……うるせえよ、シンイチ」

 実際その通りだったらしく、ようやく聞こえてきた輝夫の声は、僕の叫びを咎めるようなものだった。不機嫌そうな感じではなく、しょうがないなとでもいうような感じの声。ああ、輝夫だ。いつもの輝夫の声だ。

 僕は安心して、ちょっとだけ泣きそうになる。輝夫が生きている。傷付いたらしいけど、ちゃんとここにいるし、生きているんだ。二度と会えないわけじゃなかった。二度と声が聴けないわけじゃなかった。そのことにホッとしたんだ。

「……さっきは悪いなシンイチ。ちょっと『色々』あったんだよ」

 色々。その言葉から連想できるものはいくつもある。確実に何かがあった。何かが起きてしまって、輝夫はそれを見てしまった。

「何があったんだよ、テルオ。お前に何が――」

「……俺は、一つやらなきゃいけないことが出来た」

 それに関して問いかけようとした時に、輝夫が突然そんなことを言い出した。

 意識が凍る。僕の頭の中が冷たいもので覆われて、そのまま何かが死んでしまったような錯覚を抱く。

「……テルオ?」

「〈ソイル〉がな。あいつら、ヒデェこと思いつきやがった。やっちゃいけないこと。誰かを食い物にするようなことを――あいつらは、やるつもりなんだ」

「……テルオ? お前、何言って――」

「つまりだ。俺は、やること終えるまでは、しばらくお前と会えないってことだ」

 輝夫の言葉は、唐突で突拍子も無くて、何がどうなっているのかわからなかった。

 少なくとも、ちゃんと輝夫から話を聞いて、思考を動かして自分なりに考える必要がある、ってことはわかっているのだけれども。

 凍った意識が溶け始め、僕は正常な判断力を取り戻していく。

 けれども、止まりかけた思考が少しずつ動き出す中で、僕が真っ先に横道に逸れるように考えたことは――〈ソイル〉の連中を僕一人の力で皆殺しにしたいな、ってことだった。


〈冒険者〉は、〈大地人〉を容易に殺せる。

 異世界転移に遭遇し、ゲームのような異世界にやってきたギルド〈ソイル〉の面々が真っ先にしたことは、自分自身に与えられた力と機会に溺れることだった。

 ゲームの世界に転移した。他にも何万人くらい似たような境遇の〈冒険者〉がいる。災害としか言いようのない、大きな問題だ。

 けれども、〈ソイル〉の面々は、それらの問題は『割とどうでも良い』として、NPCは触れるし、人間っぽいけど人権がなさそうに見える世界だから、誘拐してレイプして殺してしまえば大丈夫そうだとか、そんなことを話し合っていたそうだ。

 輝夫からそのことを聞いて、僕は腸が煮えくり返って吐きそうな気持ちになる。得体の知れない気持ち悪さ。受け入れられないと感情が軽蔑する。

 僕は、ナナとセックスをした。あの時の生々しい感触は、彼女が作り物のようには思えない。もっと別の、僕らに似たような存在だった。

 なのに、彼らはレイプして殺すとか言っている。

 なるほど。輝夫がやらなきゃいけないことがあると言うのも頷ける。

 輝夫は、そういうのが嫌いなヤツだ。目の前に嫌なことがチラついていて、傷付くのが自分だけの状況なら、どんなことだってやる。それは付き合いの長い僕自身がよく知っている。

 そんな嫌な光景を目にして、輝夫は『やってやる』と決意した。決意してしまったんだ。何も知らないのに、知らない街に置き去りにされたようなものなのに――不条理に巻き込まれた。

「俺さ、ほっとけないんだよ。目の前で誰かが傷付いたりするの。俺が何かすれば止められたことを、そのまま見殺しにするの」

「そういう事態じゃないだろ! ……落ち着けよ、テルオ」

「落ち着いてるよ。この世界がどうなっていて、どうして俺たちが巻き込まれてしまったのかとか、色々と考えることが山ほどある」

「だったら――」

「でも、あいつらはそんなことお構いなしで、色んな人を傷付けようとしている」

 その言葉に、やっぱり嫌悪感が湧き上がってくる。

 今起きている事実として、ギルド〈ソイル〉が輝夫の足を引っ張っている。ゲームの世界に送られて、困惑するようなところなのに。本当なら冷静になって、現状確認と何かを行うべきなのに。なのに、あいつらはやりたい放題に出来ると無邪気に楽しもうとしている。こんな時だって言うのに!!

 そんなヤツラに輝夫は巻き込まれた。現実を見据え、ちゃんと前を向いて進むべきところを――そいつらの好奇心と暴力に、足を引きずり込まれてしまった。

「シンイチ――お前は俺がそういうのを許せないって知ってるだろ?」

 だけど、輝夫は悲しそうにも、後悔の素振りも滲ませないような声で言う。足を引っ張られてるのに。巻き込まれてるっていうのに。

「……なんだか、二日間で色々と振り回されてるな。テルオは」

「本当だな、ったく。シンイチはいる。麟太郎はいない。突然の異世界に巻き込まれ、よくわかんない状態で、色々と混乱してはいるけどな」

 けどよ、と輝夫は続けて言う。

「――かと言って、〈ソイル〉が誰かに手を出すのを黙って見ていられるほど、混乱するつもりはねーよ」

 この世界にいる僕ら冒険者たち。日本サーバーだけで考えると、数万人は迷い込んだかもしれない異世界で――輝夫はもう何かを決めてしまっていた。

 ……迷う時間や選択肢を奪われてしまったから、その中で決めてしまうことしか出来なかったんだ。

「……テルオは、死なないよな?」

 漠然とした不安があって、輝夫に問いかける。輝夫が死ぬのが嫌なんだ。どちらか一方が死んでしまったら、僕らは二度と会えなくなりそうで。

 それが、怖くて……。

 何も言えなくなって、僅かに沈黙が生まれる。お互いに何も言わないし言えなかった。

 でも、それを引き裂くように呆れたような溜め息が聞こえて。

 輝夫が、言った。

「安心しろよ。死んでも生き返るみたいだからな」

 その言葉に、僕は安堵して腰を抜かした。尻餅をつく。こけたけど、あまりお尻は痛くなかった。

 これで安心するなんて、我ながら単純なヤツだな、僕は。

 そこで、今更ながらに思い出した。

 ……あ、寝てるナナに、置手紙とか残すの忘れてた。

 とりあえず、そこそこ続けてますが展開が結構遅いです。二日間の話でこれだけ伸びてます。第一章は、もう何話か続きます。


 色々と忙しくなりそうな感じで、次回の更新も遅れそうです。

 それまで気長にお待ちください。

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