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永遠になれない僕たちは、  作者: 栗しんや
第一章『そして、彼らは駆け出すように。』
3/13

 ちょっとだけ更新遅くなりましたが、次の話のストックが書けたので更新しました。

 しょっぱなからヒロイン登場です。

 幼女に服の裾を掴まれた。

 単なる気まぐれのつもりだった。ただの自己満足のつもりだった。黙って去るつもりだった。

 けれども、その結果として、幼女に服の裾を掴まれて、振りほどこうにも振りほどけない状況になっている。

 強引に振りほどこうと思えば出来る。

 でも、そんなことをしようとは思わなかった。

「あの、その……」

 彼女が僕を見上げている。ボロボロの服を着て、ボロボロな格好で、薄汚れた姿をした彼女。そんな彼女が、僕の服の裾を掴んで、必死そうに見上げている。

 そうしないと駄目だと自分自身に言い聞かせているみたいに。

 僕は、何も言えなかった。どうすればいいのかわからなかった。ただの気まぐれで、自己満足で――ただすれ違うだけの何かだと思っていたのに。

 だから、僕に出来たことは、彼女の言葉を待つことくらいしかなかった。

 そして、そんな僕に。

「私を……買ってください……」

 ――彼女は、そう言ったんだ。


 少しだけ時間は遡る。

 僕は、輝夫との念話を終え、自分自身に対する嫌な感情を出来るだけ振り払いながら、〈アキバの街〉を何となしに歩き続けていた。

 途中、露店――店主はNPCの〈大地人〉で、僕ら〈冒険者〉の様子を見てオロオロとしていた――で買った『お好みサンドイッチ』とオレンジで腹を満たしておいた。

 いくらゲームの世界とはいえ、お腹は減るものなんだね。味はなくて、結構しんどかったけどさ。

 オレンジはともかくとして、サンドイッチの方は味のしない湿気た煎餅という感じだった。自分で言ってて訳がわからないけど、味のしない湿気た煎餅なんて食ったことは無いんだけども、そういうイメージが浮かんでくるような代物だったから仕方がない。

 対して、オレンジの方は味があって、如何にもオレンジって感じの甘酸っぱさを堪能した。ようするに、美味しかったってわけだ。オレンジなんて食べるの、何か月ぶりだっけ。

 ついでに、メニュー表示でサブ職人のスキルを使い『お好みサンドイッチ』を作ってみたけど、こちらの方も味がしなかった。

 ただの確認でしかないとはいえ、アイテムをケチったメニューにしたせいなのかもしれない――という冗談はさておき、原材料からスキルを作って料理を作るプロセスで味が失われるみたいだ。原材料は味するし。

(……栄養は?)

 ふと立ち止まって考え込む。

 スキルによる調理で味が消える。ということは、味を形成している栄養そのものも消えるんだろうか。ビタミンだとか、塩分だとか、鉄分だとか。栄養なにそれ美味しいのって感じに。

 ひょっとしたら、料理スキルは、原材料をほとんど味のないデンプンに変換し、指定したメニューの形にするものなのかもしれない。それなら、味のしない湿気た煎餅という湧き出たイメージにも納得できる。

 あれ、でも、食べてる最中に甘みとか出てきたっけなアレ。デンプンは唾液によって、甘みのある麦芽糖になるはず――。

(ストップ!)

 とりあえず、思考を打ち切る。料理に関する思考はここまでだ。今考えなくても良いことだし、面倒だし、もしかしたら誰かが先に答えを出してくれる。多分。

 料理スキルに致命的な問題があるのはよくわかったけど、それなら自分の手で調理すれば良いだけの話だ。味のないご飯を喰い続けるなんて、そんなしんどいのはごめんだし。

 大丈夫だ。料理にはほどほど自信がある。

 まさか、料理スキルでないと料理が作れないわけじゃないだろうし、原材料もスキル以外の調理法を拒むなんてことは……ないはず。食材が僕の調理を拒んだらグレるからな。

(味のないご飯が7つ。それらは一先ず置いといて、たまねぎが6つに、ピーマンが7つで、にんじんが3本、にんにくが4つ。そして色々なお肉が合計で14。……って、お肉が多いな、この鞄)

 とかなんとか、鞄の中を見ながら、何を作ろうか考え始める。せっかく、こんなに食材があるんだ。腕が鳴るぜと思考をそっちに集中。周囲では色々としんどそうな人たち。

 僕は、彼らのことをあまり考えないようにしている。彼らも彼らで自分自身のことで精一杯みたいだ。だから、どうもしない。

 ――割り切ってしまった自分自身を見つめるよりは、こうして料理のこと考える方がマシだ。

(銀行にも結構な食糧アイテムを預けてたっけ。んで、この鞄にある分は、サブ職業のレベル上げしてたから……だったような)

 少しだけ、異世界に転移する前のことを思い出す。たしか僕は輝夫がログインするのを待っていて、それまでの時間潰しにと〈料理人〉のスキルを上げていた。

 あの時は我ながら呑気だったなと思うけど、誰かを待っている時はいつもそうしていたから、変えようがない。

 そして、ゲームで輝夫と合流して、画面が真っ白になって――。

(……思い出したって、仕方がないんだけどさ)

 頭を振って、考えても仕方のないことを追い払う。今は思い出したって、どうにもならないんだ。

(そんでもって、お金は……結構持ってるな)

 気を取り直して、メニュー表示での確認作業を再開する。現在の所持金は、4130G。最後にやった時のクエスト報酬がそのまま残っている。〈ギルド会館〉にある銀行にアイテムを預けたくせに、金の方を預け忘れたみたいだ。うっかりしてる。

(……というか、料理とか言う前に、今日をどうするか、なんだけど)

 いや、本当にどうしようか。

 もしこれがファンタジー小説やRPGなら、宿屋に泊まるところなのかもしれない。けど、この街の宿屋は使えるのだろうか。

〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃は、宿屋なんてものがこの街にもあるにはあったけど、クエストやロールプレイ用でしかなかった。なにせ、放置していれば、HPとMPは勝手に回復するようになっている。宿屋なんてのはあっても大して意味がなかった。

 宿屋は、ただの雰囲気作り――見せかけでしかなった。そこに泊まれるとは思えない。

(……でも、そうでもないのかな)

 さっき露店で会ったNPC――〈大地人〉のことを思い出す。彼らは人間のように見えた。

 というか、人間のようにしか思えなかった。架空の存在でしかないはずの、〈大地人〉なのに。それがとてもNPCとは思えなくて。

 だから、ひょっとしたらって。

(……思うけど、本当はどうなんだろう)

 友達の麟太郎が、雑談として話していた『哲学的ゾンビ』のことを思い出す。

 哲学的ゾンビというのは、感情を表現している他人が、本当は意識を持っていなくて、そう見せかけるように機械的に振る舞っているもの。

 大ざっぱにだけど、と前口上をつけて、麟太郎が言っていた。うっすらとだけど、今でも覚えている。

(〈大地人〉は、哲学的ゾンビなのかな)

 かと言って、僕ら〈冒険者〉が哲学的ゾンビとは限らない。だから、大して違いのないはずだけど。

(……NPCだったり、するのかな。今も)

 本当は、どうなのかはわからない。今の僕には、〈大地人〉が人間だと確信を持って言える自信がないんだ。

(……止めよ)

 頭を振る。ぶんぶんと脱線ばかりの思考を打ち消すように。考えたってどうにもならない時があって、それがきっと今なのだと思うようにした。

 一先ず目指す場所は宿屋だ。具体的にどこにあるかまではわからない。〈アキバの街〉の中にいくつかあったはずだけど、正直覚えていない。フラフラと探し回るしかないみたいだ。

(ともかく、どこかの宿屋に行ってみてからだ)

 そうして、明確な方向も決めずに歩き続け、通り掛かりに何気なく覗き込んだ路地裏で――僕は彼女と出会った。


 そこは、細い通路だった。

 建物と建物の隙間。まだ陽は高いのに、どこか薄暗い。じめじめとしていて、なんだか自分自身の身体に苔が生えそうな気分になる。

 その通路の入り口に――彼女はいた。

 膝を抱えて、蹲っているような少女だ。緑色の髪をしていて、何日も洗っていないのかボサボサでフケだらけだ。衣服もよく見てみると、いくつもの箇所が破けている。

 どう見ても僕より幼い――十七歳である僕より、五歳以上年下に見える少女だ。

 その少女の足元に、ボロボロのものが置いてある。よく見てみると、それは帽子だった。汚れていて、ところどころ千切れているせいか、とても帽子には見えないけど。

 そんな風に帽子を凝視していたせいだろうか。

「…………」

 蹲っている彼女が、顔を上げて、僕をジッと見つめてきた。何も言わずに、凝視するような強い視線で。

 何かをねだっているような、物欲しそうな顔をして。

 ――だからだろうか。僕が気まぐれを起こしてしまったのは。

「……ほらよ」

 僕は、500Gを取り出して、彼女の足元にあるボロボロの帽子の中に放り込んだ。じゃらじゃらじゃら。帽子の中は金でいっぱいになる。

 この世界で、一日を生きるのにどれだけの金が必要なのかはわからない。けれども、それなりに生きていける分の金を、物乞いである彼女へと送った。

 ただの気まぐれで、同情のつもりで。自己満足でも構わなかったから、僕はこうした。

 ――無責任だとわかっていても、そうしたかったから。

「……しっかりな」

 僕は彼女に、そう言って、背を向けて歩き出す。物乞いに同情した。金を出した。無責任だった。それだけだ。

 結局は、たった今、僕の胸の内から湧き上がってくる、不愉快な感情を緩和するための自己満足でしかなくて。

 どうせすれ違うだけの何かなんだと。野良犬に餌をやるようなものなんだと。それで、おしまいのつもりだった。

 ――それなのに。

「ま、待って!」

 駆け出すような足音が聞こえたと思ったら、誰かに引っ張られた感じがして、思わず足を止めた。ぐい、とシャツの裾を掴まれているみたいだ。

 振り返ってみると、そこにはさっきの少女がいた。金を持った帽子を抱えたままで、必死に手を伸ばして僕のシャツを掴んでいる。

 そんな彼女の手を、強引に振りほどこうと思えば出来る。だけど、そんなことをしようとは思わなかった。思えなかった。

「あの、その……」

 必死そうな顔をして、僕を見上げている。

 そうしないと駄目だと自分自身に言い聞かせているみたいに。

 ――それは、勇気を振り絞っているようにも見えて。

 僕は、何も言えなかった。何もしなかった。何も出来なかった。

 どうしろって言うんだろう。

 だから、僕に出来たことは、彼女の言葉を待つことくらいしかなくて。

 そして、そんな僕に。

「私を……買ってください……」

 ――彼女は、そう言ったんだ。

 最初は、単なる気まぐれのつもりだった。ただの同情のつもりだった。黙って去るつもりだった。

 本当に、ただの自己満足のつもりだった。

「お願い……します……」

 彼女は言う。

 どこか必死そうで、何かを恐れるようなその顔で、見上げてくるものだから。

 ――僕は、首を縦に振ってしまったんだ。

 というわけで、主人公シンイチにとってのヒロインが登場しました。

 数ある『ログ・ホライズン』二次創作の中でも、あるベクトルでヤバい感じのヒロインかもしれません。幼女という意味で。

 ……とはいえ、この話自体、シンイチを筆頭に色々とネジが外れているというか(略)。

 次回はちょっとエロっぽいです(これ大丈夫かな、と思いつつも)。


 次の次の話書いたら、次回を投稿します。

 それまでユルユルとお待ちください。

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