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永遠になれない僕たちは、  作者: 栗しんや
第一章『そして、彼らは駆け出すように。』
2/13

 更新しました。

 嫌な夢から、目が覚めた。

 瞼を閉じたまま、暗闇の中を漂っていると、ふと草の匂いがした。爽やかな風が頬を撫でる。太陽の光が眩しくて、僕の瞳を強引にこじ開けようとしている。

 いったいどうしてしまったんだろう、と眠りから覚めたような気だるさに包まれながら、体を起こし、強引に頭を振って目を開ける。

 そうして、真っ先に視界に映ったのは、天を貫くような大樹だった。

 視界を埋め尽くすような、幾百年も時を経て育ったような大樹が一本。何気なく周囲を見渡すと、辺り一面、廃墟だらけで、それをあらゆる緑が包んでいる。

「――ア?」

 目の前の鮮やかな色彩に、思わず間抜けな声がこぼれ出した。

 ここはどこ? 私は誰?

 いや、流石にそれはやりすぎだ。ここがどこかはわからん。僕は、僕の名前は――あんまり思い出したくない。

 思わず、眉をしかめた。

 その瞬間に、目の前に情報が書かれた板のようなものが何枚も浮かんだ。緑と黒のウィンドウに、白い文字と多種多様な記号。

 視界を覆う、不思議なもの。見覚えがある何か。恐る恐る手で触れてみる。触れた。

「これって、」

 メニュー表示だった。さっきまで遊んでいたはずのゲーム、〈エルダー・テイル〉のメニューに他ならなかった。

 そのメニューに、シンイチ/Lv78武闘家/Lv79料理人と書かれているのが、何よりの証拠だ。

 シンイチは、MMORPG〈エルダー・テイル〉のプレイキャラにつけた名前。〈武闘家〉だとか、料理人ってのは、そのキャラの職業だ。

 ……僕は夢を見ているんだろうか。

 もし夢なら、目を閉じて寝てしまえば大丈夫。次に目が覚めたら現実に戻ってる。きっとそうに違いない。

 けれども、目を閉じるような気には到底ならなかった。

「…………いてぇ」

 なんとなしに頬っぺたをつねってみたけど、つねった力の分くらいには痛かった。

 つまり、僕は痛みを感じる程度には起きているらしい。

 夢なんかじゃ、なさそうだった。

「――――はは、は」

 それを知った僕に出来たのは、笑うことだけだった。

 口元を引きつらせて、喉を震わせるように、無理やり笑ってみせることしかできなかった。

 嬉しいのか、嫌なのか、気持ち悪いのか。曖昧な感情を笑うことでひき潰した。

 今の僕が理解できる範疇を越えていて、何もわからなくて、ただ無理に笑うことしか出来なくて。

 とりあえず、今のところ一つだけわかっていることがあるとすれば。

 ――どうやら、『僕はまた救われたらしい』。


「なんなんだよ、これはっ!」

 叫び声が、聞こえた。

「なんで、こんな……」

「ゲームしてたはずなのに!」

「どうなってるのよ、これ!? 誰か!」

 一人一人の叫び声が混じり合い、音の波が大きくなって僕の鼓膜を刺激する。混乱、困惑、愕然、その他諸々。そこにいる全員が、何かしらの興奮状態覚めぬままだ。

 ――一方で、僕は少しだけ冷静みたいだ。

 僕は、ここ〈アキバの街〉を目的地もなく歩き続けている。

「責任者はどこだよ!」

 ふと周囲を見渡すと、至る所で誰かに怒鳴り散らしている人を見かけるようになった。

 それも一人や二人じゃなくて、十人から百人、いやもっと多いかもしれない。

 周囲には僕のような人がいっぱいみたいだ。砂漠の真ん中に投げ出されたような感じがする。

「親父! 母さん! どこにいるんだよ!! ここはどこなんだよ!! 誰か教えてよ!!」

 通りすがりに誰かの叫び声を耳にして、僕の意識はますます冷静になっていく。自分より慌てている人が傍らに居れば、次第に冷静になるのと同じようなものだろうか。

 それにしても、これが異世界ってヤツなのか。

〈アキバの街〉――現実世界の秋葉原が廃墟となり、勝手に生えてきた自然と混じり合ったような、不思議な街だ。

 僕は、現実世界の秋葉原を写真で見たことはある。たしかに、それらしい感じはするが、ここまで朽ち果てていなかったし、植物に浸食されている感じでもなかった。

 なんとなく歩く。足の裏で土と草の感触を確かめる。空気が妙に美味しいような気がする。

 ――妙に、生々しい感じがする世界だ。

「家に帰りたい……」

 膝を抱えて座り込んでいる人がポツリと呟くように言う。家に帰りたい、と。それもそうか。

 知らない場所に連れていかれ、途方に暮れているのなら、普通なら帰りたいと思うに違いない。友達の麟太郎や輝夫もそう思うだろう。でも、僕は。

(――止めよう)

 そこまで考えて思考を打ち切る。口の中が血の味で満ちているような錯覚を抱く。もう血の味はしないはずなのに。

 僕――シンイチは、とにもかくにも歩き出している。何をすればいいのか、どうすればいいのかわからない。一通り確認出来ることはしてしまった。

 最初に調べたのは、自分自身のことからだ。背丈に、顔に、服装、その他諸々と。〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃と、ほとんど同じ格好をしている。

 僕が気が付いた場所〈銀葉の大樹〉にあった池――なのか、湖なのかよくわからないが――の水面を鏡代わりにして、ちゃんと確認した。その時の衝撃は、ちょっとだけ絶句するくらいだった。

 ハッキリ言うと、イケメンになっていた。あと、筋肉もそれなりについていた。筋肉モリモリマッチョマンじゃないけども。

 強いて違う点を挙げるとすれば、顔立ちは元の世界の僕寄りな感じだ。僕らしい顔になっている。やっぱり不思議だ。

 黒い髪に、黒い目。うん、普通だ。普通の僕だった。自分で言うのもアレだけど、どこにでもいそうな感じの外見だ。

 服装は、ファンタジーらしい青い布鎧、その下に灰色のシャツ。メリケンサックのようなものが付いた黒いグローブに、紺色のジーンズのような感じ。皮鎧とグローブ以外に、ファンタジーらしさなんて欠片もない。

 担いでいた鞄の中――〈ダザネッグの魔法の鞄〉というやつで、ようするに四次元ポケットみたいな代物だ――に入っていたものも確認した。結論は言わずもがな。ファンタジーってすごい。

 それはともかくとして。

「――もしもし?」

 今の僕は、耳に手を当てて、〈念話〉をかけている。

〈念話〉というのは、〈エルダー・テイル〉における音声チャットの別名だ。使い放題のケータイ電話みたいなものだと思う。ネットカフェで念話するたびに、こんなケータイを持っていればと思ったものだ。

「輝夫、いる?」

 そんな念話機能を使って、友達の輝夫に連絡をかけている。さっきまで一緒に遊んでいたはずの輝夫。オンライン状態になっている輝夫。他にある判断材料は、〈アキバの街〉に僕を含めて大量発生した元プレイヤーたち。

 きっと、輝夫はこの世界にいる。

(……頼む、当たってくれ)

 予想が当ってくれればいいと、拳を握りしめながら念話に集中する。もし、当たってくれなかったら僕は――。

「あっ! おいっ、シンイチか!?」

 その時、祈りが通じた。

 テルオだ。たしかにこれはテルオの声だ。僕の友達、西門輝夫の声だ。

「テルオ! テルオだよな!? 間違いじゃないよな!」

「シンイチこそ! 無事だったんだな!」

「なんとかな」

「ってか、どうなってるんだよ、これ」

「僕が知るか」

 そこに輝夫がいることにホッとして、思わず軽口を叩き合う。力が抜けて、へたり込みそうになる。安心したよ、本当に。

「今どこだよ」

 ふと問いかけられ、周囲を見渡してみる。はてな。

「そこらへん」

「もうちょい具体的に」

「迷ってる」

「そういう意味じゃねぇ。……ってか、本当に?」

「本当だ。ここがどこだか、本気で分からん。強いて言えば、うっすらと目の前には〈ギルド会館〉が、背後にはさっきまでいた〈銀葉の大樹〉らしきものが見えるってことくらいで」

「最初っからそう言えば良いのに」

「はいさ。んで、どうすんだよ」

「どうするって……どうしよう」

 安心したら、何もかもが良くなってきた。大抵の問題は気にしないまま、僕らは会話を続ける。

 どうすればいいのか、何をすればいいのか。

 今は何もわからないけれども。

「そう言えば、麟太郎は? あいつは、ここにはいないのか?」

 ふと、輝夫に問いかけられ、僕は少しだけ思い出す。友達の麟太郎。もしかしたら、あいつも――。

「なかなかログインできないって、さっき聞いたよ」

 サーバーの都合かも知れない。だから、なかなかログインできない。そうあいつは言っていた。

 ひょっとしたら、ここにはいないかもしれない。

 でも、もしいるのなら――。

 そう思って、僕はフレンドリストをジッと見つめる。片手で数えるほどしかないゲーム上のフレンドたち。その中から麟太郎の名を見つけたのは、一瞬だった。

 これに巻き込まれていないかだとか、この世界にいるのなら嬉しいだとか、そんな一方的な願望の押し付けのような、相手のことを考えないような願いを胸にして、確認した。

 そんな願いを軽蔑するように、麟太郎は――オフライン状態になっていた。

 思わず、溜め息を吐く。

 安堵と、自分自身への気持ち悪さ。そして、何かに対する失望と、曖昧な不安が胸の中にこみ上げる。

「――――チ」

 誰かが耳元で僕を呼んでいるような気がする。

 けれども、そんなのは気にしないとばかりに、頭の中は混ぜこぜになった感情で埋め尽くされて何も言えなくなる。

(麟太郎が、巻き込まれなくてよかった)

 本当は、巻き込まれていて欲しかった。

(でも、麟太郎がいないのは、なんだか怖くて嫌だ)

 もう二度と、麟太郎に会えなくなるかもしれないという不安が胸を引き裂いていくような気分を味わう。

「――シンイチ!」

 目が、覚めた。

「おい、シンイチ。どうしたんだよ」

 貫くような輝夫の声だった。どこか不安そうな、心配そうな声だ。何も言わなくなった僕を心配してくれたらしい。

「――いんや。少しだけショックだっただけだよ」

 僕はボソリと呟くように言う。ショックだった。言葉にするとそれだけだけど、僕にとっては身体を引き裂かれてるような気分だ。

「…………そっか」

 輝夫が、僕の態度に疑いながらも、溜め息を吐くように言う。麟太郎がここにはいない。その事実が、痛みを伴うくらいには辛かった。

「また、会える。そう、思おう」

 その辛さを受け止めた輝夫が、念話越しに願望を口にする。シンプルすぎて薄っぺらい感じのする、混じり気のない願望だった。

 それは僕に言い聞かせるようでもあり、輝夫自身にも言い聞かせるような言葉だった。

 そうだ。麟太郎にはまた会える。

 僕も、そう思うことにする。

 楽観的で、どこか縋るような願いごと。世の中はそうそう上手くはいかなくて、僕らがいくら願ったり祈ったところで、どうしようにもないってことくらいわかっている。

 でも、何も祈らずに願わないよりはマシだと思ったんだ。


 それから、しばらく念話で輝夫と話をし続けた。

 輝夫は、現在ギルド〈ソイル〉に所属『させられて』いて、他のメンバーに色々と振り回されているらしい。

 一応、僕も協力しようかと申し出てみたけど、会わない方が良いと言われた。そう断られて、安堵した。

 申し出といてなんだけど、僕は輝夫以外の〈ソイル〉メンバー全員が嫌いだ。輝夫も、そんな僕のことは良くわかっていてくれる。そして、輝夫も〈ソイル〉が嫌いだってのも良く知っている。

 けれども、異世界に大勢の人間が転移した今となっても、未だに〈ソイル〉は輝夫を縛り付けている。不本意なことに。

 明日に会う約束を取り付け、僕は念話を切ってどこへともなく歩き出す。

「また明日な、シンイチ」

 最後に輝夫が言った言葉が、頭の中で反響する。

 また明日。

 明日になれば、今日よりマシになるんだろうか。僕も、輝夫も、人々も、世界も、何もかも。

 うずくまる人々の姿が目に映る。罵声と怒声が入り乱れている。誰かが泣いている。誰かが感情の行き場を失ったまま、どうすればいいかわからないでいる。

 引きずって、悲しんで、不安なまま閉じこもる。

 目を閉じて、耳を塞いで、口もチャックして、膝を抱えて蹲るような彼らがそこにいる。

 けれども、その姿が、カッコ悪いと思わない。みっともないだとか、惨めだとは思えない。

 ――だって、それに比べて僕は。

(この世界に来て良かった、なんてさ)

 そう思い始めた僕の方が、どうしようにもないくらいに惨めで気持ち悪かった。

 次回は、ヒロインの登場です(プロローグにも出てたけど)。

 今後、少し書き溜めて、何話かストックした状態で一話更新……というようなスタンスでいく予定なので、次回の更新は少し遅くなりそうです。

 気ままにお待ちください。

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