プロローグ
というわけで、またこっそりと。
この話は、拙作『僕と駒鳥と、呪いの屋敷。』に繋がる『本編』のような立ち位置の物語です。
生暖かく見守っていただければ幸いです。
「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン――回れよ独楽よ、回れよ回れ」
――牧野信一著『地球儀』より引用。
僕らは、同じ月を見つめている。
祭りの終わり。ある程度大きな物事が通り過ぎて、春から夏が来て、夏から秋になって、冬になろうとしている。
そんな秋の夜に、僕らは住処にしている建物の屋上から月を眺めている。街でのデートを終え、屋上のタイルに寝転がって、二人並んで空を見上げている。
夜空には、大きな月と、幾億もの星が浮かんでいて、そのどれもが自身の存在を主張している。ここにいると言わんばかりだ。
「……シンイチ」
彼女が僕の名前を呼ぶ。シンイチ。それが僕の名前だ。その名を右隣にいる彼女が呼んでくれる事実に、何度目かわからない安堵感を抱く。
僕は、夜空から視線をずらして、すぐそこにいる彼女の横顔を見つめる。
「どうした? ナナ」
僕は彼女の名前を呼ぶ。ナナ。数か月前に出会った少女。僕より7歳以上も年下で、けれども一緒にいて安心できる女の子だ。
「ううん、呼んでみただけ」
ナナは、そう言って微笑む。嬉しそうに、おかしそうに。まるで幸せがこぼれ出すような、そんな笑顔のままで。
「そっか」
「うん」
僕らは、そんな風に相槌を打ちながら、夜空をただ見つめている。
月と星の明かりが綺麗だった。どこからか聴こえてくる虫の音と、枯れていく草の匂いが心地よかった。頬を撫でる風がくすぐったかった。
そして、
「シンイチ」
「うん」
「シンイチ。……ここにいる?」
「ここにいるよ。ナナは?」
「私も……ここにいる」
お互いに、存在を確かめ合う。
僕は、ここにいる。
ナナも、ここにいる。
どちらからともなく手を繋ぎ合う。ぎゅっと包み合うように握り合う。小さな彼女の手が温かくて、柔らかくて、触っているだけで幸せになる。
「ねえ、ナナ?」
「どうしたの? シンイチ」
幸せだと思ったから、僕はナナに問いかける。
「――僕は、幸せな夢を、見ているのかな」
ナナがいて、みんながいる。
その中に僕もいて、嬉しくて、楽しくって、涙が出そうな程に幸せなんだ。
だから、本当の僕は夢を見ているんじゃないかって。
夢だから、幸せなんじゃないかって。
そう、思ってしまったから。
「夢じゃ、ないよ」
そんな僕の不安を、ナナは否定する。ハッキリとした声で。僕に言い聞かせるような力強さを秘めて。
「シンイチ」
そして、ナナは僕の名前を呼んでキスをした。
「ナナ」
ソフトなキスを終えて、僕らは互いの顔を真正面から見つめ合う。やがて、どちらからともなく抱き締め合って、互いにキスをし合う。
僕らが何度もしてきたように、唇を寄せて重ねる。ソフトなキスを、何度も、何度も。バターのように溶けてしまえば良いと願うように、キスをした。
夜空に浮かぶ月の下。
そこには、かつてMMORPG〈エルダー・テイル〉の架空の街でしかなかった〈アキバの街〉がある。
そんな街の中に、僕らの居場所は出来た。
ふと、僕は漠然と数か月前のことを思い出す。
あやふやなバランスで保っていたものを、自分の手で打ち壊してしまった時のことを。
砂漠のど真ん中に投げ出されたみたいに、僕を含めた人々の何もかもが変わってしまった日のことを。
その日をキッカケにして、僕と僕らと彼らが、駆け出すように過ごし出した数か月のことを。
「ねぇ、ナナ」
全てが始まったのは、僕らが〈大災害〉と呼ぶようになった出来事が起きた日からで。
「好きだよ、ナナ」
「知ってるよ、シンイチ」
――そして、その日に、僕はナナと出会った。
『ログ・ホライズンTRPG』のルールブックを買って、チマチマ読んで、セッションで楽しみたいと思いつつも、なかなか機会が……。
なんてことを思いながら、ペースやスケジュールにムラがありつつもチマチマと執筆中です。
近々、次の話を投稿します。