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死の予感

作者: 橘川尚文

 海軍少尉・柴崎勇人は、その名前とは異なり、あまり勇ましい男ではない。戦争の敗色が濃くなってから、学徒出陣で引っ張られたクチである。

 従って軍歴もそれ相応で、先日も特攻隊に志願したものの、彼の乗機だけ発動機の具合が悪く、一人だけ出撃出来なかった。もっとも彼は、それを悔しいとか、惜しいとか思う気持ちは全然ない。

 ――死ぬのがすこし遅れるだけだ。

 と思っている。

 いまの日本は、往くも地獄、送るも地獄である。

 本土決戦を目前にした現在、日本人はみな、いつかは死ななければならないのだ。

 そのことを分かってか、喘息持ちの柴崎のゼロ戦も、今日は調子がいい。

 米軍占領下の嘉手納飛行場に、命令通りタ弾を落として来た柴崎は、九州に向け帰投針路を取った。

 薄暮攻撃のため、周囲は既に暗い。

 背後から、緊急発進した二機のP-51Dがついてくる。

 曳光弾のつぶてが、柴崎のゼロ戦をかすめて、追い越していった。

 柴崎はスロットルを全開にした。

 振り切れない。

 ――あぁ。俺、死ぬのか。

 闇の中にあっても黒い、急迫する敵機の影を背中越しに見て、柴崎はそう思った。

 そのとき柴崎の目に、ふと、20ミリ機銃の発射レバーが留まった。

 ゼロ戦の主力兵器と教えられながらも、実戦では一度も使ったことのない装備である。

 ―― 一度くらい撃ってみるか。

 柴崎は弾丸を装填し、安全装置を外した。

 撃った。

 ドンドン、と重く鈍い発射音がし、機が激しく振動した。

 それを見て、二機のP-51Dは翼を翻し、帰っていった。

 20ミリ機銃の発射炎と煙、振動を見て、弾丸が命中したと思ったのである。

 米軍パイロットの勘違いのおかげで、柴崎は難を逃れた。

「あれ、助かったか」

 引き上げていく敵機を見上げて、柴崎は、「また死に損なったなぁ」と複雑な顔をした。

 次の瞬間、柴崎のゼロ戦は、暗い夕闇の海に飛沫を上げて突っ込んだ。




 この小説は、インターネット小説サイト「駿河南海軍工廠」のブログ「玉川上水」(http://aqira.blog61.fc2.com/)上に掲載した同名小説と同一のものです。

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