よっこらしょ
夢を見ていた。
ばあちゃんがご馳走を用意してくれる夢だ。
俺が実家に顔を出すたびばあちゃんは、「一人暮らしじゃちゃんと料理もしないだろうから」と、小さなちゃぶ台には乗り切らないくらいの皿を並べてくれる。
量もさる事ながら舌に馴染んだ味と気持ちが嬉しくて、それは帰省の楽しみのひとつだった。
でもさ、ばあちゃん。
自分で帰省って言って思い出したけど、俺丁度これからそっちに帰る予定なんだよ。そろそろ出ないとならないんだ。もう切符も取っちゃったから、乗り遅れるとまずいんだよ。
そう断るのだがばあちゃんはよっこらしょと土鍋を追加して、お前の好きな鶏の水炊きだからこれだけでも食べていけと言ってきかない。
うーんでもなあと逡巡していたら目が覚めた。
ああばあちゃんの水炊き美味かったよな、夢でもいいから食いたかったなと思いながら時計を見ると、予約席の時刻に遅れる事1時間半。とんだ寝坊だった。
マジかよばあちゃん。
参ったなと寝ぼけた頭を振って眠気を飛ばす。
遅参を連絡しなけりゃと携帯電話を取り上げると、実家から繰り返し着信が入っていた。まるで気づかずに寝入っていた。こいつはしまった、悪い事をした。
それにしてもこの着信回数は尋常ではない。一体なんだろうと折り返しの電話を入れると、
「あんた今どこにいるの!?」
いきなり怒鳴られた。そして泣かれた。
情緒不安定気味な母を宥めてすかして話を聞くと、俺が乗る予定だった電車が事故を起こしていたのだそうだ。
かなりの惨事で死者も出て、だというのに俺とは連絡が取れず、心配で気が気ではなかったという。
とにかく無事なのねと何度も確認された後、お墓参りは時期を過ぎたっていいんだから、帰ってくるのは今度にしなさいと通達されて電話は切れた。
そこで手ひどい物忘れに気がついた。
夢の中では実家でにこにこしていたけれど、うちのばあちゃんはこの前大往生を遂げていたのだ。俺は今回の帰省で、ばあちゃんの墓参りへも行くつもりだったのだ。
よっこらしょ、というばあちゃんの口癖が耳に蘇る。
ばあちゃんご飯だよと呼んだ時も、隣の佐々さんが来て応対に出る時も、初のひ孫を抱き上げるその時にも使っていた、「ああいいよ」「はいわかったよ」「大丈夫だよ」「任せておおきよ」、そんなニュアンスの全部の籠もった、それはばあちゃんの万能のかけ声だった。
多分俺の夢枕にも、よっこらしょとやって来てくれたのだろう。俺を助けてくれたのだろう。
でもさ、あれはないよ、ばあちゃん。
だって思い出しちまうじゃないか。
いつも料理を頬張る俺の向かいに座ってにこにこしていたっけ。お前の顔を見るのが楽しみだなんて言ってくれてたっけ。
「水炊き、食いたかったなぁ……」
そんで一緒につつきながら、こっちであったなんでもないような事、話して聞かせたりしたかったよ、ばあちゃん。
俺はよっこらしょとベッドに転がり直した。
目を閉じる。
すぐに眠ればもう一度夢で会えるかとも思ったけれど、そんな事はなかった。